幕間1
●幕間
ウィム・リービングスターは政務の空き時間を利用して、書庫で調べものをしていた。
年下の上官に頼まれたものだが、“個人的に”と前置きされたものだから、後になっても構わないと言われていた。
それを、ウィムが何より優先している理由は、無視できないものだったからだ。
上官、サヴァ・ドラゴニスもわかっていて頼んできたのだろう。
ウィムと、当事者たちとの関係を。
ぼやけている、ときょうだいたちに言われる顔をしかめて、ウィムは手元の書類に目を落とす。
調査しているのは、数年前の事件。
ウィムが騎士になりたてのときに起きた、陰惨な事件の詳細だ。
実際、ウィムが目にしたのは事件の後半部だけだったが、いつ思い出しても記憶に蓋をしたくなる。すでに事件は調べ尽くされていたが、サヴァには引っかかることがあったらしい。
事件の詳細とは、教皇派の上級騎士が何人も殺されたこと。手口は毒殺、一騎打ちののちの戦死、暗殺。
それが全て、ある一人の上級騎士の手によるもの。
動機が不明だった。一人は周りから見ても師弟関係にある者、その他残りの者たちも犯人とされる者と不穏の噂はなかった。
毒物の入手経路や、暗殺の手際の良さも良すぎるほどだった。
殺害場所と発見場所が不明な点もあった。誰が死体を動かしたのか。犯人と言われているが、それにしては血で汚れた風もない。
それに。
「なんで、なんでだよ」
知らず言葉が口にでる。唸る。
ウィムが一番信じられないのは、犯人の名前だった。
どれだけ読んでも名前の部分だけは頭に入ってこない。理解できないでいた。
“彼”はそんなことできる人ではない。言い切れる。どこまでも小心者でどこまでも優しくて、どこまでも能天気でいい意味で馬鹿だった。
そんな彼が、あんな陰惨な殺人現場を残すことができるわけがない。
人を、あんなに残酷に殺すことができるわけがない。
癖のある茶髪をがしがしと乱暴にかいた。もどかしい思いが渦巻いている。
ドラゴニスに頼まれているのは、彼の犯人の真偽ではない。ウィムの目から見て、違和感のあるとこを全部細かく教えてほしいと言われた。
(違和感? 違和感だらけだ)
何度、資料を読み返しても、ピースの合わないパズルをやっているようだった。
それに、殺された上級騎士たちのほとんどが教皇に深く信頼されていた。同じく、教皇に信頼されていた犯人に殺される理由がない。
信頼されているのが条件なら、犯人自身も殺されていなければならないひとりだ。
どこを正解と取り換えればいいのか、ウィムにはわからなかった。
誰もがこの事件に心奪われたまま、事件の真相を調べるのを避けている。
(ああでも)
ウィムが一番気になったのは、犯人の身を案じてもおかしくない姉が、全く意に介していないことだ。
(なんでだろう)
あんなに仲が良いのに。あんなにお互いを思い合っていたのに。
二人の笑顔が浮かぶ。
慌ててウィムはそれを振り払った。今は思い出に浸っている場合ではない。
「ウィム様」
「っな、なんだ?」
いつの間にか、書庫の入り口に騎士ひとりが立っていた。
驚いたウィムは狼狽えて素っ頓狂な声を上げるが、すぐに顔をきりっとさせる。
書庫の扉が開けっ放しになっているのを見ると、余程火急の用事だろう。騎士の身なりも整っていない。
一礼した騎士は、ウィムに耳打ちする。
内容を聞いた瞬間、ウィムは飛び上がるように椅子から立ち上がった。不安定に積まれていた資料が床に散らばる。
「なんだって!」
「お急ぎを」
(お急ぎ?)
剣術もろくにできないウィムにできることと言えば、体を張って止めることくらいだ。
呼ばれた理由が何であれ、行くしかない。
斬り捨てられてでも、止めなければ。
椅子の背もたれにかけてあったアガトを手に、ウィムは走り出した。