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夜の客

●四章

 孤児院の夜。子供達も寝静まった、月も高くなる頃。

 孤児院の世話になり、どうせ滞在するならウチに連泊すればいいというゼットの言葉に、子供たちの熱い同調もあって二人は泊まることを決めた。本人たちを置いてけぼりに、というのはこの際置いといて。

 旅のハプニングというか、そういうこともある。ケンプはまだ、その波に慣れていないようだが。

 夕食時、隣のケンプの声が聞こえないほどの騒がしさは、懐かしいものを感じた。故郷にいる騒がしい仲間たちを思い出し、感傷に浸ってしまう。まだそれほど遠い日にはなっていないのだが。

 子供たちの寝静まった孤児院を後にする。少しだけ外の空気を吸おうと外にでるつもりで。

 夕食のときの騒がしさが嘘のように静まっていた。遠くのほうで犬の吠える声が聞こえるだけで、物音もしない。肌に感じる空気は少し肌寒く、身を切るものを感じる。

 肌寒さも感じたが、ゼットの話では雪は積もるわけではなく、ちらつくだけらしい。昼間みた大聖堂が雪に包まれたら、全く別の姿が現れるのは想像しやすい。ケヴィンはその姿を考えると、それが見れないことを少しだけ残念に思った。

 昼間、子供たちの遊びまわっていた庭を歩いていると、ケヴィンの耳に話し声のようなものが聞こえた。ケヴィンの耳は悪くない。むしろ自信さえある。獣人だからとか、五感が優れているとか理由はあるが。

 耳を澄まして、声のする方向に足を向けた。気配は消して。息を潜める。獣人の本能からか。

「……から……て……いちど……ない」

(! ゼットさん?)

 聞き覚えのある声だった。ケヴィンの聞き間違いや記憶違いでなければ、間違いなくゼットだ。穏やかな雰囲気ではないのは一瞬で感じ取れた。ゼットの声に明らかな拒否が窺えたからだ。しかし剣呑というほどでもない。ゼットが少しだけ迷惑がっている、そんな声音だった。

 ケヴィンは声のしたほうに向かう。建物に背中を張り付けて、さらに聞き耳をたてた。

 気配は二つ。墓地のほうに立っているようだ。

 ケヴィンが建物から少しでも身を乗りだせば、相手が手練れなら見つかる。そんなぎりぎりの綱渡りに、心臓が煩いくらい音をたてた。

「それは聞いている。私はその後の話を聞きたいのです」

(若い男)

 近づいただけ声がよく聞こえる。高圧的な口調だが、それを感じさせない柔らかい喋り方。ケヴィンが知る人種の中で例えるなら、貴族のような印象を受けた。

「後も何も、あいつの行方を知りたいのはこっちのほうだ。大体な、故郷で指名手配なぞされてれば帰ってこれるもんも帰ってこれんだろう」

「指名手配の解除は越権になる。私にはできない」

「知ってるさ。なら何でやれる奴がやらな……」

 そこで、会話が突然途切れた。

 ケヴィンははっとする。気づかれた。体を固くして身構える。ないはずの全身の毛を逆立てて、じりじりと後退を始める。今から飛んで外周に植えられた木陰に飛んでも気づかれるだろう。孤児院の戸は引き戸。気づかれる。

 月影が墓地を黙って照らしていた。

 よく考えれば最初から興味など持たなければ、散歩も近場で済ませておけば。後悔はあるが、しかし今更気づいたところで仕方のないことだ。

 しかし、ケヴィンの全身は緊張で強張っていたが、恐怖を感じはしなかった。複数人いる相手のうち一人が知り合いというのもあったし、何より本能が命を危険を叫んでいなかった。

「そこにいるのは誰です」

 普通なら、素直に出ていかない。

 が、ケヴィンはしかし、すぐさま体の緊張を解いて月明かりの下にでた。両手を上げて、降伏のポーズをとって。

「ケヴィン……!」

「知り合いですか」

 月を背にした若い男が、ケヴィンに視線を投げたままゼットに問いかける。若い男の手は、腰に差してある剣にかかっていた。

「ああ、客人だ。お前、なんでこんなところにいるんだ」

「散歩、です」

 もしここにはぐれた仲間がいたら、こっぴどく叱られているはず。ケンプにもだが。

 しかしケヴィンは若い男に、命を危険を感じなかった。男が臨戦態勢であるにも関わらず、だ。何故と聞かれれば、本能、としか答えようがないケヴィンだが、自分の本能の精密さは中々いい感度を示しているはずだ。自信がある。

「今の話は聞かなかったことにしてください」

 気まずい流れを切って、男がケヴィンに話しかけてくる。先程話していたより、少しだけ強い口調。

 男がどんな素性か、来たばかりのケヴィンでは情報不足で予想はできないが、ヴァリアーニの国に関わる身分のある者という大まかな予想はできる。

「わかりました。……けど、口止めされるほど重要なことは聞いてないと思いますよ、俺」

「それはこちらが判断することです」

(おー怖い。アロンタイプだ)

 仲間の顔を思い出して苦笑を噛み殺す間に、若い男の剣から手が離れるのを見逃さない。男は踵を返し、墓地の奥に歩き出した。立ち去り際、ゼットに耳打ちする。それは人間なら聞こえないが、五感が他種より優れている獣人だ。ケヴィンの耳に男の呟きが入ってくる。

「彼が戻ったら連絡を」

 ゼットはそれには反応しなかった。

 若い男の姿が墓地から消えた頃、頭をポリポリかいてゼットは肩の力を抜く。今までのゼットは、先ほどまでいた若い男に緊張していたのか、夕食時や出会った頃のような朗らかな雰囲気がなかった。

「ったく、お前も間が悪いときに」

「すみません、間だけは悪くて」

 それはもう、なにかに取りつかれているのではと思うくらいに。

 そういえば、と二人きりなのをいいことにケヴィンはゼットに質問しようと向き直った。

「興味で聞くんですけど、さっきの人は誰ですか」

 歩き出したゼットの横に急いで並んで、ケヴィンは聞いた。本当に興味本位だが。ケンプがこの場にいて、彼の姿を見ていたら的確な答えと鋭い予想が返ってくるに違いない。

「聞かなかったことにってのは、見なかったことにしてくれって意味でもあるんだけどなぁ」

「すみません、興味です。言えないなら聞き流してください」

 さっきの男に口止めされているなら尚更だ。しかしゼットは歩みを止めた。

 ケヴィンも何歩か先に進んでから、ゼットを振り返る。ゼットは真顔のまま、ケヴィンをじっと灰の目で凝視してきた。

 神父という肩書はあながち名だけではなようだ。ゼットの目には感情が込められていない。しかし、なにかを訴えかけられるような、覗かれているような、不思議な感覚にケヴィンは陥った。

「さっきのやつは、教皇騎士団の、上級騎士だ」

「教皇騎士団?」

 エルバリス大陸は大きく分けて三つの国に分かれている。その三つの国全てに騎士団がある。別段不思議ではないが、その全てが武力を持っているのだ。戦争を仕掛ける気も、受けいれる気もある。明確な意思表示。

 ケヴィンのいたアーマニスクでは、騎士団というのは名前だけの法を取り締まる集団だった。他国のために戦うのでは無い、自国の民を取り締まり守るために存在するものだった。

 その違いがケヴィンには不思議だった。ケヴィン自身、民を守る自警団というものに所属していた時期もあったが、エルバリスの騎士たちの在り方は、アーマニスクのそれとは大きく違っていた。

「あいつは、息子を探しにきた騎士だ」

「息子さん?」

 問いかけにゼットは顔を少し背けて、じっと何かに耐えるように両目を閉じた。そして灰の目の開けると、ケヴィンを見つめる。決意をした男の目をしていた。

「アシエト・リービングスター」

「!」

「……その様子だとやっぱり知ってたみたいだな」

 ゼットの口から、聞きなれた名前の登場に、思わず息を呑む。何か犯罪に巻き込まれていたのか、巻き込んだのか妄想がフルで動く。たぶんアシエトという男が何も語らない、何も語ってこなかったからだろう。

「……はい」

「あいつが今どこで何しているか知らねぇけどよ。そうだ、これだけは言っておかなかきゃな」

「?」

「仕送りなんてすんじゃねぇって。ずっと続いてるんだが、最近金額が多くてな。家の心配よりてめぇの心配をしろってんだ」

(仕送りなんて、意外だ。想像できない)

 ケヴィンの見たアシエトというのは、情に厚いというより、全てを憎んで全てに諦めているようだった。出会って間もない男をそういう風に論じるのは好まないが、アシエトともう一人相棒のアータルは、二人一緒でいつもすべてを憎んでいたのだ。そうとしか見えなかった。

「わかりました、伝えます」

 ついでにからかってやろうと思う。

 ケヴィンがそんなことを思っているなど、露知らずゼットはにかりと笑って「頼む」と一言付け加えた。

「アシエトは、騎士に探されるようなことをしたんですか?」

「……この国じゃ有名だ」

 ゼットは重々しく口を開く。

「教皇は神の使いと言われている。その神の使いに仕える騎士、教皇騎士を殺した。騎士殺しは重罪だ。あいつは、アシエトは、その騎士を五人殺したと言われている」

「騎士殺し」

「ああ。だが、俺もここにいる子供たちも、そんな話は信じちゃいねぇ。アシエトは世話になった人を殺せるような、奴じゃない。それは俺達が一番良く知ってる」

(みんな簡単なことを忘れている)

 神の使い? それこそ些細なことだ。どこの騎士団でもそうだ。騎士そのものを重視して、人自身には目もくれない。

 ゼットも麻痺しているのかも知れない。教皇、教皇騎士団という枠にはめられたひとくくりに。

(人殺しそのものこそ、重い罪だ)

「誰かがアシエトを陥れた」

 ずぅっとゼットに影がのしかかる。誰も近づけないほど大きくて暗い影だ。

 啓示や世の巫女という、無限の力を持つ人間離れした存在があるから、どうでもいい重罪が存在しだす。

 人を殺めた者は、あまねく同罪で重罪なのだ。

(早く、この歪みをまっさらにしなければ)

 そう思うケヴィンこそ、神の代行者のつもりか。

(傲慢だ)

 ケヴィンの知る限り、アシエトは神を存在から否定していた。


(「神はいない」)


 そうはっきりと口にしていた。

 啓示に仕える啓示騎士の隊長が、よくそう抜けぬけといったものだ。とケヴィンは清々しさに関心を覚えた。

 アシエトを無神論者にした原因が、恐らくこの騎士殺しの根底にある。。だが、だからこそ、もう一人の啓示の傍にいても、啓示=神ではなく、一人の人間として扱えるのだろう。

(ここにいれば、歪みの一遍が見える)

「アシエトさんを陥れた犯人、見つけましょうか」

 ケヴィンは迷うことなく、するりとでた言葉を口に出していた。

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