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――少女が二人、会話を楽しむ。
「ごきげんよう、ミーシャ」
「ごきげんよう、アリシア様。……あら、そのお方は一体どなた?」
「もしかして彼かしら? 私の騎士よ」
少年は一歩前に出て、恭しく礼をした。
「――お嬢様の騎士のログナ・ハイリエンと申します。以後お見知りおきを」
それを見て、ミーシャと呼ばれた少女は、目を大きく見開いた。
「凄いわ、アリシア様! この方まるで、スヴェン様みたいだわ!」
ミーシャの反応に、胸を反らしてアリシアは自慢げに語る。
「そうでしょう、お父様が私に付けてくれたの」
「まあ、流石はウェストバルテですのね。とても羨ましいですわ」
ミーシャとアリシアの会話は続く。内容は主にアリシアが自分の自慢話を聞かせて、それをミーシャが遜りながらほめちぎるといったものだった。
ログナはただ、終始少し離れた位置で姿勢を乱さず、控えているだけ。
暇であるが、至極簡単な仕事だった。
時折、会話の矛先がこちらに飛んでくることはあれど、その時は、「はい」か「いいえ」で答えて相手の意見に賛同しておけば、大体正解であり、話の大筋を聞き逃さないようにしているだけで事足りる。
ウェストバルテに仕えてからというもの、アリシアが他の貴族の娘の屋敷に招かれるとログナは彼女に同行することとなった。
ウェストバルテの屋敷で彼女が茶会を開く際も、彼女の少し後ろで石のように黙って侍ることになる。
今のログナはまるで、親の後ろをついて回る雛か。悪く言えば、金魚の糞のような存在である。
そして、ただ大人しくその辺りに棒のように立っているだけ。
アリシアにしてみれば、ログナをまるで父親に買ってもらったペットを自慢するかのように見せびらかしている。
そして命令すれば、黙々と従う利口なペットにより、更に気が大きくなって流れるように続く己の家の自慢に次ぐ自慢話。
これが常のように毎回である。ログナはウェストバルテに仕えたばかりだというのに、耳にたこができるほど聞かされた。
他のご令嬢方は、ログナよりも長い時間聞かされ続けているだろうに、なぜ平静に聞いていられるのか。
アリシア自身、同じ言葉をよくまあなぜ飽きないで吐き続けられのだろうか。
ログナは疑問に思う。
貴族とは華やかなものである。それが市井の抱く一般的な印象だ。一応は、ログナもその中から漏れてはいなかった。教会にガルシエが訪れるまでは、貴族という生き物を間近で見たことは一度もなかったのだ。
ログナは無表情を作って、目の前で茶を楽しむ少女たちを眺めて思う。
華やかとは思う。しかし、どこか歪であると。
光が強ければ、一層闇は濃くなる。こんなものはまだ序の口である。これから先、ログナは貴族の生活に触れて、その歪さを知っていくことになるのだった。