8
思えば、孤児院から子供を見繕って騎士にするというのは、元来おかしな話だった。
どこの馬の骨とも分からぬ身元不明の孤児を教育するというリスクを抱えるより、どこかの貴族の次男それ以下の子供を騎士として教育した方がよほど効率がいいだろう。貴族と平民ではそもそもの価値観が違う。腐っても貴族の家柄。すでに下地から優れている。
ガルシエがログナに才能を見いだしたかというと、それは違う。彼は、ログナを一目見ただけである。
それでも有無をいうことなくガルシエが育ちの悪そうなログナを選んだ理由。それは――娘に、アリシアに頼まれたからだろう。
もうすぐ十歳になるのだから、自分だけの騎士が欲しい――それも物語に出てくる騎士様のような者がいいと、容姿も一緒に伝えられて。巷で流行っている本を読んで影響された口であろう。
ガルシエは最初、貴族の子供から当たってあちこちを探して駆けずり回ったがそのような者は見つからず、かと言って娘の願いを断ることなど端からあり得ない。困った末、そして思いつく。
平民から騎士になった者はいないわけではない。多いとは言わないが、それなりには存在する。
それならば、容姿の条件に該当する者を適当に探して、後はその者を教育すればいいのだ。――彼女が気に入るように。
一目見るその前から、彼はログナの存在を知っていた。ログナの噂を偶然どこかで耳にしてこれ幸いと飛びついたのだろう。
これが、彼が教会を訪れることとなった発端である。
ログナがウェストバルテ邸に来て知ったのは、ガルシエが掛け値なしの親馬鹿であったということだ。
愛する娘のためなら、それこそ何だってしそうな父親である。対して、アリシアは何でも欲しがる典型的な我が儘娘といった様子だ。
アリシアとガルシエの会話を聞いていると、それが分かる。彼女は、ログナがこれから自分の騎士になると言われて、諸手を上げて大はしゃぎであった。
「嬉しい! お父様の言ったことは本当だったんだわ!」
「そうだろう、アリシア。私が、これまで約束を破ったことがあったかね? 一度もなかっただろう」
娘の喜びように、満足気に頷く父親。
まるで、ログナは自分が買われたペットのように思えてきた。
その後、ガルシエはアリシアとの団らんを名残惜しそうにしながらも、一時打ち切ると、ログナを連れて執務室のような場所へ移動する。
そこで案の定というべきか、ログナに釘を刺してきた。
――娘に妙な真似をしたら、ぶっ殺す。
要約すると、そのような内容。何度もしつこくである。
やはり、彼としても信用のおけない者を愛娘の傍に措くことは苦渋の決断だったらしい。
ログナは少しでも彼を刺激しないよう神妙な顔で頷いておくことにした。
気が済むと、ガルシエは話を切りだした。
「君は、実は貴族の子供だ」
あまりにも唐突な告白である。ログナは、そうですかとだけ答える。
親がいないと思っていたが、実はその両親は貴族だった。その可能性はなくはない、とは思うが、疑わざるをえない。いやいや、と。何というか、娘の従者が、浅ましい生まれだと格好がつかないと思って、無理矢理にでっち上げているようにしか思えないのだ。
というわけで必然的に、ログナには家名が与えられた。
ハイリエン――ログナ・ハイリエン。
ハイリエン家は一応は男爵の位を持ち、ウェストバルテの遠縁に当たるらしい。今は当主が病で亡くなり、跡取りもいないためウェストバルテが支援してどうにか保ってはいるが、実質没落状態であるという。だが、実は、どうやらその当主の忘れ形見がログナであるということだった。しかし、どのような経緯で教会に引き取られたのかは、分かっていないとのこと。
本当にそうであるのかは、ログナは知らないし、知る術もない。
正直怪しいとは思うが、ガルシエがそうなのだと言っていたのだから、そういうことになるのだろう。深く訊いたところで、藪をつつくようなものだ。真偽を確かめたくもあるが、命欲しくば、詮索は無用である。
そういうわけで、ログナは孤児からとあるどこぞの貴族の庶子へと身分がいきなり変わったのだった。
自領内の教会を訪問した折、ガルシエが、偶然孤児になったログナを見つけて引き取り、家来のひとりとして仕えることになったという筋書きだ。
ログナからしてみても突っ込みどころ満載である。あまりにも強引過ぎると。
しかし、ガルシエはどこ吹く風といったように、気にした様子はない。当事者から見れば、あからさまだが、第三者からだとまったく分からないような工夫でもされているのだろうか。
抜かりはない。彼の態度がそう表していた。
大した忠臣である。聞いて呆れるログナであった。