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6

 馬車はガタゴトと音を立てて石畳の道の上を進んでいく。不規則な揺れに身を委ねてログナは窓から流れていく外の風景を眺めていた。


「そんなにも珍しいかね」


 向かい合って座るガルシエが声をかけてくる。


「はい。馬車には初めて乗りましたので」


 そうかと、ガルシエは相槌を打つと、視線を下に落とした。彼が見ているのは、ログナが抱えている一冊の本であった。


「少年、それは何だね?」


「これですか? ありきたりな騎士道物語です。内容はそうですね、騎士が冒険をして竜を倒す話ですよ。お姫様を守って、最後に彼は英雄になります」


 ログナの返答に対して、ガルシエはほうと興味を抱いたように言う。


「最近よく耳にするが、それは流行りなのか」


「そうですね。でも、騎士が活躍する話は昔から人気がありますよ。この国は騎士を重用していますし」


「なるほど、我が国なら尚更か」


 ガルシエは頷くと、本から視線を外した。


 そして、再びログナを見据える。


「少年、君にはその本に登場するような騎士になってもらう」


 ログナはガルシエの発言に驚きの声を上げる。


「それは一体どういうことですか……?」


 冗談ではないかと、一瞬疑うも、ガルシエの顔は、そのような欠片は微塵もないのだと訴えていた。


 ただ騎士になるのではなく、物語に登場するような騎士。それは、つまり――


「まさか僕に、英雄になれということですか?」


 本気で意味が分からない。この目の前の男の考えていることが、理解できない。自分はただの子供だ。普通ではないが、ただ普通でないだけの子供にすぎないのだ。

 この男は、木の棒すら振ったことのない子供を騎士に仕立てて、さらには英雄に祭り上げるとでも言うのか。


 ログナの問いに、ガルシエは渋面を作る。


「いや、そういうわけではない」


 ガルシエは複雑そうな表情になる。


「だが、あながちそれは間違いではないのかもしれん」


 その顔は、とても言葉にし難いといったものだった。いや、もしかたら単に言うのを躊躇っているだけなのかもしれない。


 ログナは『夢』で、ガルシエが教会に訪れることを知った。自分を探していたのは、騎士にするためだと。そう、そこまでは知っている。彼は貴族だ。そしてひとりの騎士でもある。彼の言葉に偽りはない。そう思っていた。


 だからこそ、疑問に思う。なぜ、彼は言葉を濁すのか。


 ログナが彼についていくことにしたのは、そうする他無かったからだ。


 いくら未来を知り得ても、避けられないことだってある。『夢』はログナを守ってくれる。未来を知ることによって、最善の選択がとれる。だが、ログナがそれを行動に移すだけの力が無かった場合、結局は意味がない。


 今回の場合、前もって知っていても防ぎようがなかったわけだ。


 仮についていくのを断っていたとして、ガルシエは権力を行使して教会を潰すような真似はおそらくしないだろう。ただ、こういうことも可能だと、暗に告げただけ。それだけで子供を脅すには十分すぎる。本当にやれば、自分の首を絞めるだけなのだから。


 そんなことは分かりきっていた。彼の貴族としての合理性と騎士としての道徳性を考えてみれば、それは自明の理だった。


 そう。だから、ログナは首を縦に振ったのだ。それで少なくとも、波風は立たない。むしろ、ガルシエは感謝の礼として教会を支援してくれるだろう。そして、教会の厄介者であったログナは教会からいなくなる。サーシェラとの別れは悲しいが、それはログナの心境であって、それを除いて見てみれば、両者共に万々歳である。


 彼は、ログナを騎士にすると言う。そこまでは、『夢』で見た。しかし、その先までは見ていない。


「ガルシエ様、失礼だと思いますがお聞きします。なぜ、僕を騎士にしたいのですか? 僕は剣なんて握ったことは一度もありません」


 もう後戻りは出来ない代わりに、訊かねばならない。


「僕をなぜ選んだのですか?」


 ログナの問いかけにガルシエは短く答えた。


「今は、言うべき時ではない」


「では、それはいつですか」


 それに対して、ガルシエは目を瞑り、大きく息を吐き出すかのように言った。


「屋敷に着けば嫌でも分かる」


 ――それ以上は訊いてくれるな。


 話はそこで終わりだった。

ゆっくりと投稿していきます。

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