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ログナが教会を去るための諸々の手続きはガルシエが訪ねてきたその日に全て済んでしまった。思っていたよりも比較的早く終わったが、しかしそのことは驚きに値しない。
通常ならば、もっと時間がかかるだろうが、まあ、なにせログナは嫌われ者だ。いつ追い出してもいいように準備をしていたに違いない。皆、ログナが教会からいなくなるということを聞いて、どこかほっとしていた。孤児院の子供たちは、羨ましそうに指をくわえていたが。
ただ、サーシェラだけは、ずっと不安げな表情をしていた。彼女は、ログナのことが心配で心配でたまらないといった様子であった。
ログナは自分が教会を去ることについて、何度も納得している旨を伝えたのだが、それでも彼女の心配をぬぐい去ることは出来なかったようだ。
――実は、自分は騎士に憧れていたのだと、これは自分にとってとても光栄なことなのだと。
騎士になること、それは念願の夢であった。そう彼女に伝えて、ようやくサーシェラは微笑みを浮かべて、「良かった」と喜んでくれた。
サーシェラに嘘を吐いてしまったが、しかし、それでいい。彼女には辛気臭い顔は似合わない。ログナは、彼女の笑顔が好きだった。ログナの嘘で彼女に笑顔が戻ったのだ。だから、これからも悲しまないで笑っていて欲しい。
それが、ログナの望むこと。
「頃合いだ、少年。そろそろ出発しなければ、屋敷に着く前に日が暮れてしまう」
教会の前には、馬車が停められていた。立派な馬車だが、一侯爵家の当主が乗るにしては、どことなく少し質素な気もする。そう言えば、彼は護衛をまったくつれていない。少し離れた場所に帯剣した者が一人見えるが、自分の領土内でその上、腕に覚えがあったとしても不用心ではないだろうか。
いや、その考えはおそらく違うのだろう。
大勢の護衛がいれば、嫌でも目立つ。見れば、馬車もわざと地味に造られている。きわめつけに、その馬車に掲げてあるはずの紋章なのだが、その家を表す徽である、それがない。
ガルシエは、最初、自らの素性をサーシェラに明かしていなかった。
――ログナを騎士にする。そのことは、どうやらあまり人目に触れたくないことらしい。
それほど長いわけではない己の人生を振り返り、それもそうだろうとログナは思う。しかし、それならば、彼はなぜ――
教会の入り口付近で、サーシェラがログナを見送っている。
先ほどログナは彼女から、沢山の言葉をもらった。それと、餞別として本を一冊渡された。それは、前に一度読んだことがある本だ。
彼女からの贈り物なのだから大切にしなければならない。ログナはその本を強く胸に抱きしめる。
「ログナ、体に気を付けて元気でいるのですよ」
サーシェラは手を振った。
別に、この先ずっと会えないわけではない。気軽に会うことが難しくなるだろう、けれど、それだけだ。少し大袈裟ではあるが、それは彼女が果たすべき役割だと自覚しての行動なのだろう。
彼女は、ログナの家族だ。だから、自分も言葉を返さなくてはならない。それが家族として当然の義務なのだから。
「シスター・サーシェラもお体に気を付けて、お元気で」
そう言って手を振り返した後、ログナは馬車に乗り込んだ。
遠ざかっていく馬車を見つめながら、胸の前で手を合わせて彼女は、己が仕える主に祈りを捧げる。
――願わくば、あの子の道が希望で満ちあふれていますように。