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「あの、ですから……人違いでは……」


 教会の入り口前まで行くと、女性の戸惑うような声がはっきりと聞こえてくる。


 見れば、その女性は黒と白を基調とした修道服に身を包んでいる。この教会で孤児院を任されている者の一人であるサーシェラだ。


「えっと、その……申し訳ありませんが……教会にそのような子供は……」


 会話の相手である、向かい合う男に対してサーシェラは困り顔で受け答えする。


「――シスター・サーシェラ、その方はどなたですか?」


「ログナ……ちょうど、あなたの話をしていました。この方は、あなたを探していたそうです」


 ひょっこりと顔を見せた少年――ログナにサーシェラは何故ここに、と驚きながらも、ばつが悪そうに話しかけた。


 男は、この辺りでは見ない顔であった。そして、彼とサーシェラはログナの話をしていたと言う。なるほど、聞こえてきた会話の内容から察するに、彼女はおそらくログナの身を案じて守ろうとしてくれたのだろう。そこに、運悪く本人が現れた。


 サーシェラには本当によくしてもらったとログナは思う。彼女は、時折見る『夢』のせいで教会の子供や大人たちから疎まれていたログナを拒絶しなかった唯一の人物だ。


「僕を、ですか? それは、どういうことでしょう」


 そう訊くも、しかし、ログナは目の前の男が一体なぜログナを探してこの教会に現れたのか、既に知っていた。


 勿論、それは『夢』で、である。


「……君は、ここの子供かね?」


 男は、ログナに対してまるで値踏みでもするかのように視線を注いだ。無愛想な表情をした大柄の男だ。身なりはそれなりに良い。どこか高貴な家にでも仕えているかと思うほどだ。


「はい、そうです」


 ログナは返事をかえす。


「名前は?」


「ログナです」


「歳はいくつだね?」


「八か九くらいだそうです」


「なるほど……受け答えもはっきりしているし、言葉遣いも悪くない」


 男はそう小声で呟くと、黙りこくった。


「ちょっと、一体、何だというのですか?」


 サーシェラは眉をひそめて訊くが、男は答えなかった。


 まだ年若いサーシェラであるが、しかし彼女はログナを我が子のように思っている。だから、このように、教会に突然訪れた見知らぬ男からログナの話を出されて黙っているわけにはいかなかった。


 かつて、教会が経営難で売り払われてしまうという危機に瀕した際、ログナは一度、この一大事から教会を救ったことがあった。


 教会がなくなれば、必然的に孤児院までなくなってしまう。


 そのことを『夢』でみたログナは、サーシェラに経緯と詳細を伝えたのだった。


 原因は、教会の管理者である聖職者の汚職。彼女に、その証拠の在処を事細かく伝え、それを見つけたサーシェラが教会本部に提出。不祥事は明るみに出て、その聖職者はあっけなく破門された。代わりに、新しく勤勉な管理者が来て一件落着である。管理者が変わったことで目立った騒動や揉め事が起こったりはしなかった。


 ただ、問題視されたのはログナである。


 どうしてか教会の危機を救ったのに、結果はまあ、異常な子供だと更に疎まれることになった。しかし彼自身、他人の評価などまったく気にもしていなかったので正直どうでもよかった。だが、そのせいでさらに肩身が狭くなってしまったことには変わりない。ログナは孤児なのだ。教会を追い出されてはたまらない。


 当然、外界には親どころか頼れる知人もいない。少しばかり未来が分かったからといって子供一人で生きていけるほど現実は優しく出来てはいないのだ。


  教会売り払いの一件以来、ログナは自分の居場所を確保すると言う目的のためだけにさらに面倒事を避けるようにしていつも隅っこで一人大人しく本を読んで過ごすことにしていた。


 しかし、そんなログナにサーシェラは毎日のように構ってきたのだった。別に、昔から彼女は、暇さえあればログナに話しかけてはきていた。しかし、そんなに頻繁ではなかったはずだ。なのに、ほぼ毎日、朝昼晩必ずと言っていいほど。彼女自身、シスターである自分の仕事と孤児院の運営に大変だろうに、一向にログナを放っておく気配がなかった。むしろ時間を重ねるごとに彼女はログナと共にいることが多くなった。


 ログナは不思議に思った。なぜ自分に構うのか。そこまでして薄気味悪い子供に骨を折る理由は何なのか。


 そう一度訊いたことがある。


「あなたは、この孤児院の、つまりは教会の子供です。あなたの父は我らの主なのです。主の子供なら、主に仕える私の子供でもあるのですよ」


 ログナに対してサーシェラは微笑を浮かべて言ったのだった。


「主は皆平等に愛しています。それなら私も子供たちを平等に愛して何が悪いのですか」


 不遇の身の上の中でさらに不遇の境遇に立たされるログナに人並みの愛を与えたいのだとサーシェラは心から言う。聖母のような人だ。そう思った。だからこそ、自分に構うのは彼女の時間を奪っているようで申し訳なく思う。


 それを伝えると、彼女は更に深く優しく微笑んだ。


「良い子に育つのですよ、ログナ」


 そう言って頭を撫でられ、ログナは黙って頷いた。




 だがその彼女とも今日限りでお別れである。


 何故なら、ログナはこの教会から一人出ていくことになるのだから。


「あなたについていけばいいのですか?」


 沈黙していた男に、ログナは言った。


 男はログナの言葉に一瞬、驚いた顔をするも感心した様子で言葉を返す。


「ほう、どういうわけか話が早い。物分かりの良い子だ。ああ、そうだ。私は君を必要としている」


「どうしてですか? 説明してください」


 一人状況を把握出来ていないサーシェラは男に食って掛かる。


「悪いがシスター、君が知る必要はない」


 しかし、男はそんな彼女をにべもなくあしらおうとする。


「この子は教会の子供です。シスターである私に知る責任があります」


 理由を教えない男を不審がるサーシェラ。このままでは、日が暮れても彼女は彼を警戒し続けるだろう。ログナは少しだけ『夢』で見たことを教えることにした。


「心配しなくてもいいです、シスター・サーシェラ。この方は貴族です」


 無愛想な男の顔に小さく笑みが浮かぶ。


「……ほう、案外、聡いな君は。そうだ、私はウェストバルテの者だと言えば分かるだろうか。我が家名にかけてこの子に危害を加えないと約束しよう」


 それを聞いて、あんぐりとサーシェラは口を開けて驚いた。


「ウェストバルテ……? と言うと……まさかあなた様はガルシエ・ウェストバルテ侯爵!? そのような方がどうしてこのような場所に……」


 男は、仕方無しといった表情で言う。


「その子を騎士にする。そのためにここへ来た」


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