ターン36「ぜっこう」
「そこの線より、こっちきたら、カエルだかんね」
ある日のこと。
このあいだのことを、ふと思いだして、気になって――。
キサラのところに行ってみたら……。
ものすごーい不機嫌そうなカオをしたキサラがいた。
地面に線が引かれていた。
その線の、ずっと向こうで、キサラはぶすっと黙りこんで、火の番をやっている。
家の外に置いてある、大鍋の番をやっているのだ。
魔女の薬は、色々な材料を、大きな鍋で、ぐつぐつと煮込む。
簡単な薬でも何時間も煮る。むずかしい薬だと、三日三晩も煮込んだりする。
しかも、ただ煮ていればいいというものではなくて、秘伝のレシピ通りに、火加減を変えていかなければならない。いっぺんでも火加減を間違えると、だめになってしまうそうだから、たいへんだ。
鍋を火に掛けているあいだは、魔女が、つきっきりになって、一睡もせずに見張っていなければならない。
オババはもう年寄りで、長いこと番をしているのは大変だ。
なので火の番の仕事は、だいたいキサラがやることになる。寝るときくらいはオババに交代してもらえるけど、1日20時間くらいはつきっきりになる。
「ポーション煮込んでんの。明日までかかんの。わかったら帰れ。このエロバカクソガキ」
あー。キサラ。相当。怒ってる。
……怒ってるよね?
ぼくはこのあいだ、キサラから逃げてきてしまった。
だって大きな宝箱を投げつけようとしてくるんだもん。
はじめは「いいよ」と言っていたキサラだったけど。なんでか「だめ」って言ってきた。
どうやらマイケル流の「わきわき」とやる手つきが、いけなかったっぽい。
マイケル。だめだった。
ぼくはそのことをすっかり忘れていたんだけど。キサラは覚えていて、それで怒っているんだろう。
もう5日も経つんだけど。
「なによあんた。5日も来ないで。よく、今頃になって、のこのこと顔を出せたものよね」
ちがった。5日も経ってたから怒ってるんだ。
すぐつぎの日くらいに謝りにきていれば、よかったのかな。
そうしたらこんなに激オコになってなかったのかな。
女の子って、むずかしい。
マイケルなんて、ケンカしたって、つぎの日になったら、もう忘れてるんだけど。
「絶交よ。絶交してんだからね」
キサラは言う。
「え? 〝絶交〟って、どーゆー意味だって? ……あんたバカ?」
「くち、きかないし。あそばないし。一緒にいないし。顔も見たくないって。そういう意味よ。わかった?」
うんわかった。
「じゃ、わかったなら、あっちいけ。あんたとは絶交してんだから。なにがいけなかったのか。あんたが自分の胸に聞いて、ちゃんとわかるまで、もう、くちきーてあげないんだから」
でもキサラ。くちきーてるよ? さっきからずっと、ぼくら、話してるよ?
「と――とにかく! 絶交なの! 絶交なんだから! そこの線、越えてきたら、ぜったいだめだからね! ぜったい許さないんだから! ――ってええええッ!? 言ってるそばから踏み越えてくるなーっ!?」
ぼくは地面の線を、ひょいと、またいでいた。
約束してたら、絶対にまたがないけど。
約束してなくて、キサラが引いてるだけだから、ぼくは気にしない。
キサラと仲直りすることのほうが、ぜんぜん大事。
それに、「線を越えたらカエル」って言っていたけど。
カエルにだったら、前にもなったことがあるし。べつにいやじゃないし。おもしろかったし。
もういっぺんなれるんだったら、なってもいいし。
「もう……、だめって言ってんのに。聞かないんだから」
キサラはカエルの呪文を唱えなかった。
ほら。やっぱり。やるつもりはなかった。
ぼくはキサラの隣に腰掛けた。一本の丸太に二人で座る。
「ちょっと狭いんだから。あっちいきなさいよ」
もうちょっと真ん中に寄る。キサラと二人で肩を並べて、丸太の真ん中に座る。
「あっちいけっていってんの! なんでこっちくんの!」
あっち行った落ちちゃうよ。狭いんだから。しかたないよ。
この丸太に、まえで二人に座ったときには、もっと広々としていた気がするんだけど……。
まえも、こんなに狭かったっけ?
「え? まえがどうしたって? ……まえって、いつのことよ?」
いつだったっけ?
ぼくは思い出そうとした。
キサラとこの丸太に一緒に座ったのは――、ずっと、ずっと、昔のこと。
……ああ。
ぼくは思いだした。
ぼくがこの村に来て、すぐのころだ。
マイケルに連れられて、「村のおんなのこ紹介してやるぜー!」って言われて、最初に連れられていったのが、キサラのところだった。
「こーらーっ! せーまーいーっ! あっちいけーっ!」
キサラはあのときと同じことを言っている。
あのときも、大鍋の火の番を一人でしていて――。
まだ5歳だったのに。
あそびたくても、あそびに行くことができなくて――。
だからぼくは、キサラの隣に座った。
あそべないけど、一緒にいることはできた。
「あっちいけ!」
またおなじこと言ってるー。キサラは。
「なに笑ってんのよ! 意味わかんないのよ! ――あっちいけって言ってんのーっ!」
キサラはあっちに行けと言っている。あっちに行きますか?[はい/いいえ]




