ターン26「薪割りのおしごと」
ぱっかん。ぱっかん。
いつものように、ぼくは薪割りの仕事をやっていた。
薪を割るのは、薪割りの仕事。
原木に斧を振り下ろす。
うまく〝目〟を合わせると、ぱっかん、と、左右にキモチよく割れる。
それがつい楽しくて、やってると熱中する。
ゾーンに入る。
そうすると、誰が話しかけてきても、聞こえなくなったりして――。
「……! ――!? ……~~!!」
そう。ちょうど。こんな感じ。
「ちょっと! ねえカインってば! もう――!! 聞いてるの!? カエルにするわよ! ――ねえおねがいだから! 無視しないでよ! カエルになんてしないから!」
キサラの声だった。
無視してたんじゃなくて、ゾーンに入っていただけだよ。
あとカエルにするの? しないの? どっちなの?
斧を振るう手を止めて、顔を向けると――。
紺色の魔女服に、すらりとした肢体を包んだ女の子が、作業場の柵の向こうに立っているのが見えた。
キサラだ。
彼女は見習い魔女。魔女のオババのところで、住みこみ修行をやっている。
ツンとして一見クールな感じのする彼女だけど、じつは内面はそうでもない。頑張ってクールな印象を作っているのだと、みんなわかってる。
「え? なんの用だって? ……なによ? 用がなくちゃ、来たらいけないの?」
ううん。そんなことべつに言ってないよ。
「……ああ。じゃあ、薪よ薪! ……薪割り小僧のところに来る用事なんて、それしかないでしょ? うちの薪が足りなくなってるの。はやく持ってきなさいよね!」
うん。あとで持ってゆくね。
ぼくはキサラにうなずくと、薪割りに戻ろうとした。
「……えっ? やだちょっと怒っちゃった? いま言った『薪割り小僧』っていうのは、べつに蔑称じゃなくてね、親しみをこめた、なにかそんなような感じの呼びかたでね?」
なんか話が通じてないなぁ。
キサラさっきから挙動不審だよ?
「あの。だからね。ぶっちゃけて言うとね……? あそぼ?」
ごめん。あそばない。
ぼく。薪を割らないといけないんだ。
「ふ、ふんっ! べ、べつに遊びたかったわけじゃないもん! じゃ――じゃあ! あとでちゃんと持ってきなさいよね! そ、そしたら――お、お茶くらい出してあげるわ!」
キサラは行ってしまった。
まえにマイケルが説明してくれたけど。あれは怒っているんじゃなくて、「ツンデレ語」というものらしくて、意味を翻訳すると、「そっかー。じゃあしょうがないねー。あとで来てくれるの楽しみにしてるからー!」あたりになるっぽい。
ぱっかん。ぱっかん。
キサラが行ってしまってからも、僕は薪を割りつづけた。
ゾーンに入って、しばらく作業をしていると――。
「……~~。――さん。……~~ですか」
また誰かの気配がしたので、ぼくは手を止めて、そっちを見た。
綺麗で大人っぽくて、とても女性らしい雰囲気のお姉さんが、静かにこっちを見つめていた。
「カインさん。お仕事。熱心ですね」
ユリアさんだった。
教会のシスターのお姉さん。ぼくたちより四つ年上だから、ユリアさんは十六歳。
ちょっと年が違うから、一緒に遊んだことはあまりないけど。いつも近いところから、優しい眼差しを送ってくれてる。
「あとで教会にも薪をお願いしますね。それじゃ……」
ひらひら、と、指先を振って、ユリアさんは行ってしまう。
ぼくは、ひらひら、と、同じようにして指先を振りつつ、ユリアさんを見送って……。
はっ。と、我に返った。
斧を手にとって、薪割りの続きにとりかかる。
ぱっかん。ぱっかん。
またゾーンに入ってしばらくすると……。
「ねー。カインー。薪もらっていって、いーいー?」
明るく元気な声がする。
顔を上げると、オレンジ色の明るい髪の色と、青い目と――。それと、ほっぺをちょっとだけ汚している黒いスス。
かじ屋のマリオンだった。
マリオンはぼくと同い年なのに、おじさんを手伝って、かじ屋の仕事をやっている、すごい女の子だった。
「あー、仕事中ごめんねー。〝ぞーん〟とかに、入ってるところだったよねー。あたしも鍛冶の仕事に夢中になると、そーゆー感じになるから、わかるんだー」
マリオンは、にかっと笑うと、そう言った。
そのほっぺについているスス汚れが、ぼくは気になって――。
腰に下げてるタオルを、手に取ると、ぐーと押しつけた。
「え? なに? ……え? これで、ほっぺ、拭け? え? いいよいいよー。こんなのたいしたことないしっ。あたしみたいなのが、カオ汚してたって、誰も気にしないしっ! ……え? 気にするの? 誰が? カインが?」
ぼくはタオルを、ぐーと、押しつけた。
「あの……、その……、あ、ありがと」
マリオンは顔を拭いた。ほっぺたのスス汚れが取れて、綺麗になった。
さばさばした性格の彼女だが……。力持ちであることだとか、女の子らしくないことだとか、そういうことを気にしているのだと……。ぼくは知っている。
あたしみたいなの、と、マリオンが口にすると、ぼくはすこし気になってしまうのだ。
「ねーねー。薪。すこし貰っていっていーい? 午後の仕事ができなくってさー」
かじ屋さんは、薪と炭を大量に使う。炭のほうはどうしているのかよく知らない。
薪のほうは、ぼくの仕事だ。
ぼくが、うん、と首を縦に振ると――。マリオンは――。
「ありがとー。じゃあー。もらってくねー」
びっくりするぐらいの量を、抱えて持っていった。
やっぱり、マリオンって……。力持ちだなぁ。
朝から割ってた薪が、ごそっとなくなっちゃった。
また頑張って割らないとー。
ぱっかん。ぱっかん。
ぼくはゾーンに入った。
「……~~。――……。………。」
本日、四人目のお客さん。
ピンク色の手編みの服を着て、おだやかに微笑む女の子がいた。
話しかけてこなかったから、ゾーンに入ってたぼくが気づくまで、だいぶかかったんじゃないかな?
「あ。ごめんなさい。邪魔しちゃいました?」
いつもこんなふうに、遠慮しがちなのが……。ロッカだった。
彼女は薬草摘みをやって生計を立てている。
村の真ん中の広場の近くの、大きな木の上に、おうちを作って住んでいる。
両親も家族もいなくて、ひとりで生きているのは、ぼくと同じ。
でも寂しくないことは、ぼくも知ってる。ぼくにはトモダチがたくさんいるし。
ロッカには村のトモダチ以外にも、動物にトモダチがたくさんいる。彼女はなんと動物の言葉が話せるのだ。
「あの……、お邪魔でした?」
遠慮がちに言ってくるロッカに、ぼくは、ううん……と、首を横に振った。
ちょうど休憩しようとしていたところだった。
腰のタオルに手を伸ばし――。あれ? タオルがないや。
ああ。さっき、マリオンに渡してから、戻ってきていないんだっけ。
マリオンにタオルを差し出すと、かならず、持っていかれてしまうのだ。
そのまま返してくれればいいのに、「洗って返すから」と、ぜったい、譲らない。
家に入って、水を一杯飲む。
ロッカのところに戻った。
「カインさんの薪割りのおしごと。見ていると飽きないんです。割りかたがとてもきれいだから。迷惑でなければ、見ていてもいいですか?」
うん。いいよ。
ぼくは薪割りに戻った。
またゾーンに入って――。
ぱっかん。ぱっかん。
割っていると――。
「いてっ」
頭にどんぐりが命中して、思わず、そう声が出た。
「あはははっ。カインがしゃべったー。〝いてっ〟だってー」
ころころと笑う、スマートな女の子が立っていた。
ピンク色の毛糸服が、ライムグリーンのレザースーツに変わっている。
ぼく的には、さっきまでそこにいたロッカが、一瞬にしてアネットに変わっていたように思えて……。
まばたきを繰り返していたが……。
見回せば、薪の山がたくさんできているし、日の高さも変わっているから、たぶん、きっとすごい時間、集中しちゃっていたのだろう。
ロッカはいつまでいたんだろ。退屈してたかな。薪を割ってるぼくを、ただ見ているだけなんて……。
あとで薪を持っていったときに、話せなくてごめんね、って、言っておこう。
「はい! カインくん! なんか言うことは!?」
アネットは、はきはきした声で言う。
狩人の彼女は、いつも明るく陽気。
ぼくらと同じ一二歳だが。彼女はもう一人前のハンターだった。
でも本人は「幻獣ハンター」になりたいらしく、まだまだぜんぜん――とか、言っている。
足元には、本日の獲物なのか――大きなイノシシが置かれていた。
「ね? どこがいい? モモ? キモっ?」
一瞬、なにを聞いているのだろう? と、思ったが――。
腕組みをして、ちょっと考えてみたら――。お肉の部位のことだとわかった。
それで、答えようとしたら――。
「あとで一番いいところ持って来てあげるねーっ!」
アネットの姿はもうほとんど消えかけていた。
狩人が関係するのかどうなのか。アネットは気が早いというか、ひとところにじっとしていないというか……。
アネットがイノシシを引きずって村の中を行進すると、家々の、おじさん、おばさんが、歓声をあげる。こどもたちが、「きょうはお肉お肉だーっ♪」と歌いはじめる。
アネットは狩ってきた獲物の肉を、いつも気前よく皆に配っている。
今夜の食卓は、どこの家も「お肉山盛り」になるのだろう。
「あれぇー? アネットが戻ってきてるって、聞いてきたんだけどー?」
ぼんやりとした声が聞こえてきて、顔を向けると――。
村一番のレアキャラが立っていた。
発明家のリリーだ。
日の光の下で彼女を見かけることは、ちょっと珍しい。
〝変人〟とウワサされるリリーだが、アネットとは仲がいい。
親友が戻ってきたから、〝研究所〟から出てきたのだろう。
「ああ。そうだ。カイン君。ちょうどよかった。――ちょっと実験させてよ」
リリーは「いいお天気ね」とでも言うような感じで、ぼくにそう言ってきた。
実験? 実験かー。……内容にもよるよね?
「改造させてよ。改造」
改造かー。改造はいやだなぁ。
「えー? だめ? なんならドリルつけてあげてもいいよー?」
ドリルはカッコいいと思うけど。でもついちゃうのは、ちょっと困るかなー。
「ちぇ。ケチー。いいもん。池でカエル君つかまえて、改造するからー。三倍速く泳げるようになる改造。神経系を強化して……」
リリーは、ぶつぶつ言いながら、夕陽の方向――研究所のあるほうに向かって歩いていった。
うん。リリーはいつも通りだなぁ。
「あー! そうだー! カイン君ーっ! あとで薪、持って来てねー! もってきてくれないと、わたしー! 今夜ー! 暖炉が使えなくてー、凍えて死んじゃうよー! そしたら寝覚め悪いよーっ!」
おっきな夕陽を背に、リリーは両手をぶんぶんと振って、三つ編みもぶんぶんと振っていた。
ぼくは手を振り返した。
さて――。
みんなのところに持っていかなきゃならないから、まだ薪が足りないなー。
皆のために、もっと薪を割りますか?[はい/いいえ]
薪割りスローライフをはじめますか。第1巻。4/28にスニーカー文庫より発売です。そして2巻目分の連載もスタートです。しばらく毎日更新となりますので、よろしくおねがいします。
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