ターン53「ケッコン式」
やってた。やってた。
教会に駆けこんだら、ケッコン式、やってた。
間にあった!
僕は皆の後ろに、こっそりと並んだ。
「病めるときも……。また……、富めるときも……」
神父さんの声が聞こえてくる。
誓いの儀式は、いままさに、行われているようだ。
神父さんとユリアさんが、皆の前で儀式を行っている。
フローラとマイケルの背中が、僕には見えている。
「……おたがいを助けあい、また、喜びを分かちあうことを……、誓いますか?」
「……誓います」
フローラが、こくりとうなずいた。すごく真剣で真面目な顔だ。
頭の上には、花で編んだ冠がのっかっている。
〝結びの儀〟っていうのは、女の子が、あの花で編んだ冠を頭にかぶるものっぽい。
神父さんは、フローラの返事を聞き届けてから、その顔をこんどはマイケルに向ける。
「ああ」
マイケルが言った。
「……違うでしょ」
フローラに怒られる。
「あたたたっ……。痛いって、つねるなよ……」
フローラに一回つねられてから――。
マイケルは、こんどは、滅多に見せない真面目な顔になって――。
「……誓います」
そう――、言った。
「それでは……。誓いの、口づけを……」
マイケルとフローラが、向かいあう。
「フローラ……」
「マイケル……」
二人は見つめあったまま……、顔を近づけてゆき……、そして……。
「……あっ! カイン!」
フローラが僕を見つけて、大声をあげた。
マイケルは目を閉じて、口を突き出した――ちょっと間抜けな顔のまんま。
「カイン……っ!」
フローラはマイケルをその場に残して、僕のところに走ってきた。
マイケルも、間抜けな顔をやめて、目をあけて――きょろきょろ周囲を見てから、ようやくこちらに気がついた。笑顔で駆けてくる。
「もうっ……、カインっ! 帰ってきてたなら……、教えてくれても、いいじゃない!」
フローラは笑顔になったり拗ねた顔になったり。
きょうはすごい表情が豊か。すごい魅力的。
ごめんね。でもいま帰ってきたばかりなんだ。
「ちがうだろ、フローラ……」
マイケルがフローラに言った。
「カインには、礼を言うのが先だろ?」
「そ、そうよね……。ごめんなさいね。カイン」
フローラが聞き分けてる。
そしてマイケルが、まともなこと言ってる?
なんか、ちょっと、びっくりだった。
「ありがとうな、カイン……」
「ありがとう。カイン」
マイケルとフローラから、お礼を言われた。
困ったなぁ。
お礼を言ってほしくって、やったことじゃないのに。
僕は昔、ずっと昔に、決めたんだ。
マイケルとフローラの二人を、もし、引き裂こうとするやつがいたら、ぼくは絶対に許さない。――って。
それがたとえ、魔王であろうと、神であろうと――。
そいつが、泣くまで、ぶつのを、やめない。
そう誓ったんだ。
ほんとに、そうなっちゃったけど。
魔王が泣くまでぶつのをやめなかったよ。
「いや……。おまえには、お礼の言葉なんかじゃ……。足りないな……」
「そうよね……」
フローラが近付いてきた。
ちゅっと、僕のほっぺたに、柔らかな感触。
いまチューされた? ほっぺにチューだ。
「ありがとう、カイン……」
「あーっ……! あっ! あっ! そ、それ……! おれのっ!」
マイケルがショックを受けている。わなわなと震えている。
「うふふっ……。妬かないの、マイケル」
「あなたには……、これから、毎日、たくさん……、してあげるんだから」
「お……、おうっ!」
マイケルは機嫌を直した。
「あー……、おほん!」
神父さんが、そこで大きく咳払い。
そういえば、ケッコン式の途中だった。僕のせいで、ずっと中断されていた。
「あ……、ごめんなさい。カイン……。もどらなきゃ。式の途中なの」
「そ、そうだった。じゃあな……、カイン」
「それでは……、誓いの、口づけを……」
神父さんが言う。二人は顔を近づけてゆく。
「フローラ……」
「マイケル……」
ちゅっ。口付けをした。口と口をくっつけるから、口付けっていうらしい。
つまり、本物のチューのこと。
「おめでとう……。これでふたりは、晴れて夫婦になりましたよ」
二人はまだ、口と口を合わせたまま。僕は歩いて行って、近くから、じーっと見つめた。
「…………」
フローラは無言で目を閉じている。
(しっ、しっ……。カイン……、しっ、しっ……)
マイケルは薄く目を開いて、僕のほうに、しきりに手を振っている。
「……はいっ、マイケル。おしまい」
「えぇ……っ、そんなぁ」
フローラがさっと離れてしまった。マイケルは残念そうな顔。
「つづきは……、夜にねっ」
「うん! うん!」
マイケルは、また一発で機嫌が直ってしまった。
フローラはマイケルの操縦が本当にうまい。感心するなぁ。
「さぁ、みんな! 踊りましょう!」
フローラが叫んで、外に走り出て行く。
皆が歓声をあげて、ついてゆく。
僕も皆についていって、教会の外に出た。
「あははっ……! あはははっ……! ほらっ、マイケル、こっちこっちー!」
「よっ、とっ、ほりゃっ……。あははっ、楽しいなぁ……」
二人が踊っている。フローラは華麗に、マイケルもずっこけながら、なんとか踊っている。
「楽しいけど……、夜のために……、体力残しておかないとなっ!」
マイケルは、なんでか、さっきから「夜」にこだわっている。そこはこだわりポイントであるらしい。
「あはは……。こんなに踊ったのって、娘のころ以来だねぇ……」
マイケルのおばさんも踊っていた。
「うちのマイケルってば……。うれしそうなカオで踊ってるねぇ、ほんとに、もう……。しょうがないねぇ……。ほんとうにあんたのおかげだよ。あんな穀潰しが、本当に、いい嫁さんをもらえて……、嘘みたいな話だよ、ほんと……」
おばさんは、泣いちゃった。あーあ。誰だ泣かせたの。
「あのおねえちゃん、きれい……。わたしもおっきくなったら、あんなお嫁さんになれるかなぁ……」
ちっちゃな女の子が、フローラを見て、そんなことを言っている。
うん。綺麗だよね。僕も今日のフローラは特別に綺麗だと思う。
僕は楽しそうな皆の輪から離れて、歩きはじめた。
マイケルとフローラのケッコン式には出たし。
行くところが、まだあるしね。
次は村長さんのところに行かなきゃ。