ターン50「マイケルとフローラ」
僕はマイケルとフローラの二人を探して、村のあちこちを歩き回った。
キサラやユリアさんやロッカやマリオンやアネットやリリーのところにも顔を出してみた。
マイケルとフローラは見ていないという。
みんな、僕を引き留めて、ゆっくりしていけって言ってくれるんだけど。
僕は二人を探さなくちゃならないから、ばいばい、って言って、次の場所を探しに出かけた。
うーん。
いないなー?
村の中は、だいたい、回ったと思うんだけどなー。
あと行ってみていないところっていうと……。
あんまり人が行かないようなところだけだよね。
僕は村の隅にある池の、裏手のほうに行ってみた。
ここは、なんにもないところなので、ほとんど人がやってこない。
誰もいないと思うんだけど。
……!
マイケルとフローラの、二人がいた。
「なぁ、フローラ……。いいだろ? なっ? なっ?」
「そんな、いけないわ、こんなこと……」
二人は、なにか話しあっている。
マイケルが、なにか迫っている感じ?
フローラのほうは、いやいや、ってやっている。
……けど、本気で嫌がっている感じじゃない。
「このあいだも、言ったろ? おれが好きなのは、フローラだけだって……」
「ううん。そんなこと……、疑ったことなんて、いちどもない」
ああ。うん。そうだよね。
マイケルはフローラが好き。
いいかげんなところのあるマイケルだけど……。
フローラのことが好きなのは本当のこと。そこは本気。
いいかげんなところのあるマイケルだけど……。
そこだけはブレたことがない。いつも本気。
僕もそのことは知っている。
「そういうことじゃ、ないの……。掟が……、村の掟が……」
「そんな掟が、なんだっていうんだ! フローラ……!」
「あっ……。マイケル……!」
あっ……。
マイケルがフローラを抱きしめた。
そして二人は……。
チューをした。
昔やってた「おでこへのチュー」じゃなくて、口と口をくっつけるほうのチューだ。本当のチューだ。
「…………」
「…………」
二人はずっとチューしている。
ずいぶんと長い。
ほんと。長い。
見ている僕は、なんだか、ドキドキしてきてしまった。
二人はようやく、口を離した。
でもおたがいの顔を見つめあったまま。
「……好き。マイケル……」
あれ? いまフローラ。「好き」って言った?
フローラって、いっぺんもマイケルのことを「好き」って言ったことなかったんだけど。
「おれもだよ。だけど……」
フローラから好きって言ってもらえたのに、マイケルは嬉しそうな顔をしていない。
なんか苦しそう。悔しそう?
なんでだろう?
「だけど、クソっ! あんな掟が、あるから……」
「……言わないで、マイケル。それは言わないで……」
フローラも苦しそうな顔。
なんでだろう?
「しかたが、ないのよ……。好きよ、マイケル。でも、だからこそ……。わたしたち、いっしょになれない」
「掟がなんだっていうんだ! そんなもの……、そんなものっ……。くそっ! くそっ!」
マイケルは、すごく悔しがっている。
なんでなのかわからない僕は、もっとよく聞こうとして、もうすこし二人に近付いてみた。
「くそ! くそ! くそ! くそっ……って、 うわぁ!」
あ。マイケルが、こっち向いた。
僕にようやく気がついてくれた。
「いっ、いたのかっ!? カインっ!」
→[はい]
「は……、はい、じゃないよっ! のぞき見するなんて、ひ、ひどいぞっ!」
のぞき見していたわけじゃないんだけどなー。
二人が僕に気がついていなかっただけで。
「い、いやっ……。そんなことは、どうだっていいんだ」
いいんだ。
「なぁ、カイン……。おれたちがつきあっていること。みんなには、内緒にしてくれよ。村の掟のこと……、おまえだって知っているだろ?」
ん?
二人、つきあってたの?
でも、〝つきあっている〟って、なに? どんなこと?
あと、村の掟?
掟なんて、なんか、あったっけ?
ぼく、なんか知ってたっけ?
→[いいえ]
僕は掟のことなんて知らなかった。だからここは「いいえ」だよね。
「そうだろうなぁ……。おまえ……。好きな女の子なんて、いないだろ?」
マイケルは軽く笑った。
たしかに僕には、好きな女の子とか、いないかなー。
ここでいう〝好き〟って、ふつうの好きじゃなくて、マイケルとフローラたちみたいに〝好き〟ってことだよね。
ああ。だから〝つきあう〟って、そういう意味なのか。
二人みたいに〝好き〟な同士が、二人みたいになることなんだな。
僕は〝つきあう〟が、わかったっぽい。
「もうすこしすると、結びの儀ってのが、来るだろ」
うん。来るね。
さっき。うわさおばさんが言ってた。
「あれは……。結婚相手を決める儀式なんだ」
ん? ケッコン? ケッコンって、なんだったっけ……?
昔、〝ケッコン〟について、みんなに聞いて回ったことがあったんだけど。結局、よくわからなかったんだよねー。
「でも結婚する相手は、自分じゃ選べないんだよ。村長の長老が決めるんだ。恋人同士は、ぜったいに一緒にはなれない。そういう決まりだ。それが掟なんだ」
どうして?
「え? どうしてか……だって? そりゃぁ……」
マイケルは考えている。
考えている。
考えている。
……が。
「どうして……なんだろ? なぁフローラ、知ってるか?」
「もうっ、マイケルったら……。恋人同士だと、呪いがふりかかってくるからじゃない」
「ああ、そうだった。そうだった」
マイケルも知らなかったっぽい。
フローラに教えてもらっている。
「だからおれたちふたりは、いっしょになっちゃいけないって……。そう……いいやがるんだ!」
呪い? 呪いってなに?
それって、どんな呪い?
「えっ? どんなんだって?」
「おまえって……。ほんとうに、なんにも知らないんだな。いいか、その呪いっていうのは……」
うんうん。教えて教えて。
「その呪いって、いうのは……。えーと……。どんなんだっけ? ……フローラ?」
マイケルは、だめだった。
またフローラに頼っている。
きっとマイケルは、フローラがいなくては、生きていけない人だった。
「もうっ、マイケルったら……」
フローラはマイケルに優しげに微笑む。
マイケルがだめでも、フローラはいつも優しく笑っている。
こういうの。いいな。だめでも許してもらえるっていいな。
「わたし……。まえに長老さまのところにいって、聞いたことがあるの。それがどんな呪いなのか……。わたしたち、ふたりだけのことだったら……。呪いがかけられたって、わたし、マイケルといっしょになりたい……」
「フローラ……」
つらい顔になるフローラを、マイケルが見つめる。
「でも……、母さんや、村の人や、みんなにまで、迷惑はかけられない。だから、わたし……。マイケルとは……」
フローラは涙をこぼした。
「でも、でもっ……。うっ……、うっ……」
マイケルが、こっちに向いた。
「なぁ……、カイン。わるいんだけど、ふたりきりにして、くれないか?」
だめだよ。泣いてるフローラをほうっておけないよ。
→[いいえ]
「そんなこと、言うなよ。おまえも男だったら、わかるだろ?」
→[いいえ]
「わかれよ。……しっしっ」
しっしっ、と、されてしまった。
しかたがないので、僕はうなずいた。
→[はい]
「そうか、わるいな……。呪いのことだったら、村長から、じかに聞いたほうがいいんじゃないか? そう思うぜ」
なるほど。そうだよね。
僕はマイケルとフローラと別れて、村長の家に向かった。
◇
「おや。カイン。……どうだい。マイケルは見つかったかい?」
村長の家に向かう途中――。
マイケルのおばさんと出会った。
あっ……。
僕はすっかり忘れていた。
そうだった。マイケルのおばさんに、頼まれていたんだっけ。
それでマイケルを探していたんだっけ。
「あっ……、ちょっ、どこ行くんだーい? マイケルに乳しぼりさせておくれよー?」
僕は来た道を引き返した。
村長のところに行く前に、マイケルに言っとこ。
◇
池の裏手に戻った。
マイケルとフローラのふたりは、まだ、あの場所にいた。
「なぁ、フローラ。もう落ち着いたかい?」
マイケルがフローラに優しく話しかける。髪の毛をなでている。
「ええ……。ごめんなさい、マイケル……」
「じゃぁ、フローラ……」
マイケルはきりっとした優しい顔から、一変して――。
「いいだろ? なっ? なっ? おじゃま虫のカインのやつも、もう……どこかに行ったことだしさ」
――途端に猫なで声になって、フローラにそう言った。
僕。ここにいるけど? マイケルは、気づいてないっぽい……。
あと。おじゃま虫だったんだー。……だったの?
「なっ? なっ? いいだろ? なっ? なっ?」
マイケルは、手をわきわきと動かしながら、フローラに迫る。
なにが「いいだろ? なっ? なっ?」なんだろう。
「やめて……。その手つき。ヤギの乳しぼりじゃぁ、ないのよ」
フローラは嫌がっている。
「そんなこというなよ……。なぁ、ちょっとだけでいいんだ。な? な?」
なにが「ちょっとだけ」なんだろう。
「だめよ、マイケル。あなたのこと、忘れられなくなったら、困るもの……」
フローラは、あれは、嫌がっている……のかな?
ちょっとハッキリしない。
嫌がるっているよーな、いないよーな……。
いやよいやよ、って、言ってはいるけど、そうでもないよーな……?
「それに……。あと、それにね……」
なんだろう? 「それに」――で、なに?
「カインが……、見てるわ」
フローラは僕を見た。
ああ。フローラのほうは、僕に気づいていたんだね。
「うわぁ! なっ、なんだおまえっ!」
→[はい]
「いっ、いたのかっ!? おまえっ!」
→[はい]
「はい、じゃないだろ! のぞき見するなんて! よくないぞっ!」
のぞき見はしてないんだけどなー。
「あー、うんっ! こっ、この手はだなっ。うんっ! そうだよっ!」
あの謎の「わきわき」とやる手つきについて、マイケルは釈明をはじめた。
「そうなんだっ! ヤギの乳をしぼらないとなっ! さぁ働くぞー!」
マイケルは、ぴゅーと、走っていってしまった。
僕とフローラだけだ取り残される。
「…………」
フローラは、僕のことを、じっと見つめてていたが……。
やがて歩きはじめた。
僕の隣を通り過ぎていってから、振り返って――。
「もうっ……、カインったら、デリカシー、ないんだから……」
あれれ?
なんか僕、怒られてしまった?
まあともかく……。
村長さんのところに、行ってみようーっと。