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ねらたま  作者: 春日あきと
第2章「デート?」
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シーン5「パーティーの準備」

シーン5「パーティーの準備」



「さあ、好きなものを選べ!」


 両開きの扉を勢いよく、貴志が開け放った。


 彼に続いて部屋に入り、


「……わ」


 円は感嘆の声を漏らした。


 すご……


 両手を当ててにやける口元を覆い隠す。


 軽く二十畳はあろうかという部屋の壁一面が、ドレスなど婦人用の服で埋め尽くされていた。


 街中のブティックをそのまま持ってきたかのようである。


 ブティック、と一口に言っても、その頭には『高級』が、さらにその上に『超』が二つくらいつくようなところだ。


 間違ってもユニク○の雰囲気ではない。


 パーティーを開いた。だから、そのためのドレスを選んでもらう。


 そう言われて連れてこられたのがここだった。


 正直なところデートからパーティにどう繋がるのかさっぱりだったけれど……どうも、付き合う相手をまずお披露目するのが鳳凰院家の慣例らしい。


 そう言われてしまえば円に返す言葉はない。


 それに、パーティでお披露目ということになれば、これはもう公式に交際がスタートするわけである。


 貴志の勢いに押されてなし崩し的に関係が進展してしまったために、いまいち実感が持てずにいたのが、ここにきて明確なかたちになろうとしているわけだった。


 自然、気分も高揚するというものだ。


 まして目の前の光景を目にすれば。


「こ、これ、どれでも好きなの着ていいんです……?」


 わぁ……と視線の向くままに体を一回転させて、円は部屋の中央で腕を組んだ貴志に顔を向けた。


「そう言ったはずだが?」


「そ、そうでしたね」


 息が弾んでいる。


 近づいて一着、手に取ってみる。


 赤いパーティードレス。


 持つ手が震えた。


 ……うわ、うわぁ……なにこれ。なにこれ! この寝間着もそうだけど、これってほんとに地球上の物質で作っているのかしら!?


「あ……これなんか……こっちも……捨てがたい」


 もう一着、もう一着、と移動しながら目についたものを円は体の前で合わせていった。


 と、サイズを確認していて、気づく。


「あの、なんか、ここにある服、ぜんぶわたしにぴったりのサイズなんですけど……」


 もしかして……


 案の定、貴志はしれっと、


「当然だろ。おまえのために用意したんだから」


「へ、へぇ……て、ちょっと待ってください。なんでわたしのサイズ知って」


「おまえが寝ているときにサダメに測らせた。健康診断のデータも当然手に入れているが、あれは入学時のものだからな。サイズが変わっているかもしれんといちおうな」


「そ、そのデータ、あなたも見たんですか……?」


「見たが?」


「見るなぁ!」


 口調を取り繕うことも忘れて円は叫んでいた。


 プライバシーの侵害だ。


「胸のサイズは一ミリたりと変わってなかったな」


「ぅあ、う……」


「どうした、優のような声を出して」


「あなたのせいでしょ……っ」


「トイレか?」


「違う! いい加減しつこいですね……」


 はぁ、と今日何度目かのため息をつく。


 貴志といっしょにいるための、これは試練なのだと思うことにする。


 いちいちいきり立っていたら身が持たない。


 すべては彼をものにして、玉の輿に乗るため……我慢だ。


 服の物色に戻る。


 その間ずっと、なにをするでもなく貴志は黙ってこちらを見ていた。


「……あの」


「なんだ?」


「試着したいんですけど」


「そうか」


「……出て行ってくれませんか」


「なぜだ」


「いえ、なぜもなにも……出て行ってください。あと姿見ってどこにあります?」


「オレが鏡だ」


「意味がわかりません……いえ、まあ、なんとなぁく……わかりましたけども」


「着替えたおまえをオレがこの両の瞳に映すのだ。なんの不思議もない」


「い・い・か・ら、出て行ってください! あとサダメさん呼んでください」


 盗撮されてはたまらない。


「むぅ……だが、しかし」


 こんこん。


 と、控えめに扉がノックされる音が聞こえた。


「取り込み中だ」


「え……! あ、ぅあ……う。し、失礼しました!」


 扉の向こうから上がったくぐもった声に円は慌てた。


「ちょ、優くん!? 待ってそれ絶対なんか変な誤解してるから! 大丈夫だから! 入ってきてっ」


 返事はなかった。


 行っちゃったかな……と円が不安になった頃、ガチャリと扉が少し開いて、隙間からおどおどとした様子で優が顔をのぞかせた。


「あの、その……キシさま」


「用件は?」


 つまらなそうに貴志は声のトーンを落としていた。


 びくっと優は肩をすくめる。


「あの……もうみなさん、来られてるみたいで……」


「チッ」


 あからさまな舌打ちに優は首を引っ込めた。けれど、またおそるおそる出してきて、


「キシさまぁ……」


 目には涙がなみなみと溜まっている。


「待たせておけ」


「で、でも、その、あの」


 わしわしと貴志は頭をかいた。


「……まったく、わかったよ。行けばいいのだろう? それじゃ、マドカ、残念だが……とても残念だが、オレは先に行っている。あとから来い。会場にはサダメに案内してもらえ。サダメ?」


「はいぃ」


「ひっ」


 突然背後から声が聞こえてきて、円は胸に抱えていた服を床に落とした。


「って、サダメさん!? え、今、どこから……」


「ワタクシぃ? ずぅっといましたがぁ?」


「う、嘘です……!」


「いましたがぁ?」


「……はい」


 顔を近づけられてはうなずくしかない。


 心臓に悪い人だ……


「ではサダメ、任せたぞ。マドカ、またあとでな」


 優を連れて貴志が扉の外に消えるのを見送って、円はほっと息をついた。


 ともかく、これでやっと試着ができる。


 そう思って振り向くと、サダメが血を吐いて倒れていた。


「ぎゃー! さっき落とした真っ白なドレスが真っ赤に染まっていくぅー!? ていうか、だから、なんなのよこの人ぉー!」


 ひとしきり叫んだ後で、円は輸血パックを探すことにした。


 なんだかんだと慣れてきている感じが嫌過ぎる。


 ……うーん。なにやってるのかしら、わたし……

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