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ねらたま  作者: 春日あきと
第2章「デート?」
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シーン4「鳳凰院の食卓」

シーン4「鳳凰院の食卓」



 もぐもぐ、ごくん。


「まったく、マドカが起きたらすぐに知らせに来いと言っておいただろう? 本来ならオレがずっとついていてやろうと思っていたのだ。それなのに、視線がいやらしいなどと言って追い出したのはどこの誰だ? さあ言ってみろ」


「あぅ……ぼ、ぼくです……」


 ぱく。むしゃむしゃ。ごくん。


「ほう、そういえばそうだったな。さて、では優【ゆう】よ。そのおまえが、なぜあんなところでのんきに尻もちをついていたのだ?」


「ご、ごめんなさい……」


 テーブルの向かいで、口に入れたものを呑みこむ度に貴志が、ちびメイドに向かって小言を言っていた。


 場所は変わって、食堂。


 円は椅子に腰掛けている。


 寝間着のままなので、少々居心地が悪い。


 テーブルは大人が三人くらい余裕で寝転がれそうなくらいあって、真っ白なテーブルクロスの上に様々な料理が載せられている。


 豚の頭、色とりどりなフルーツの盛られた大皿など。


 円はキャビアやフォアグラをはじめて間近で見た。


 周囲の壁にはどこかで見たことのある絵画が並び、高い天井からは巨大なシャンデリアが吊されている。


 古めかしい柱時計が、ボーンボーンと鳴った。


 十二時だ。


 貴志の後ろ、両脇にそれぞれ、ちびメイドと病弱メイドは立っている。


 病弱メイドの名前はサダメというらしい。


 彼女は血液パックの吊された点滴台を杖のようにして、顔色は相変わらず蒼白だったが、口の端がつり上げた不気味な笑みを貼りつけて、いまは平然としている。


 服は着替えたのか、もう血まみれではない。


 ちびメイド――優は、貴志の言葉に首を縮めて、ますます小さくなっていた。


「もぐ。フン、どうせ緊張して動けなくなっていたのだろ。この人見知りめ。それともアレか。マドカが綺麗過ぎて見惚れていたか。もぐ、もあ、それならしかたがない。許してやる」


「あ、うぅ……」


 ゆでだこになった表情を見るに、あながち外れてもいなかったようで、円としてはこそばゆかった。


 学園の男たちからは歯の浮くようなセリフをさんざん聞かされてきたけれど、それとは違う。


 こういうのは悪くない。


「んむ? なんだマドカ、そのちょっとまんざらでもなさそうな顔は……ごくん。はっ、そうかわかったぞ! オレに嫉妬してほしいのだな! くくく、かわいいやつめ」


「なっ……! 違います! だいたい……優ちゃんは女の子じゃないですか」


「優は男だぞ」


「…………。はイ?」


 理解が追いつかずに声が裏返った。


 男? 誰が?


 優の顔をまじまじと見る。


 うまく言葉が出てこず、視線だけで問うと、


「………………ぃ」


 彼女……いや、彼はうなずいた。


 ……マジ?


「それと年齢は十五歳だ」


「はいいぃぃっ」


「……ぁぅ」


 ……詐欺だ。


 小学生にしか見えない愛らしさなのに、円とひとつしか違わないなんて。


「そんなことよりマドカ、どうした? 先ほどから一口も食べてないじゃないか」


「そんなことって……もしかしたら今日一番の衝撃を受けているんですけど、わたし」


 ツンデレ呼ばわりされたことを越えてる、かもしれない。


 もぐ、と貴志は一度うなずいた。


「ああ、そうか。やはり腹が……」


「っ違います!」


 だんっ、とテーブルに拳を打ちつけた。


 食器が音を立てる。


 目の前の豪華な料理を、食べたくないかと聞かれればもちろん食べたい。


 けれど懸念があって、口に運ぶ気になれない。


 人を思い通りにしてしまうような薬が普通に入っていそうで、怖いのだ。


 あと貴志はさっきから食べてばっかりだ……意外に大食いらしい。


 彼が口をつけた皿なら安心なのだろうが、まさか食べかけに手を出すわけにもいかない。


 もぐもぐ。


「ひょういれなら、ん、トイレならそこを出て左の突き当たりだぞ」


「だ、か、らぁ……!」


 人の話を聞け!


 ちゃんと食べてから喋れ!


 ダメだ。疲れる。貴志の相手はとにかく疲れる。


 はぁ、と円は肩を落とした。冷静になれ冷静になれ。冷静に……よし。


「……三つ」


「んぐ?」


「三つ、質問させてください」


 腕を突き出して、指を三本、立ててみせた。


 まっすぐ円が向けた視線の先で、貴志は、ごくん、と喉を鳴らして、手にしたフォークを置いた。ナプキンで口元をぬぐい、


「いいだろう」


 ようやくまともに話ができそうな雰囲気になって、円はほっとした。


「では、一つ目。わたしを着替えさせたのは誰です?」


 一番気になることを一番最初に聞いた。


「それはワタクシ、ですよぉ」


 点滴台をカタカタ揺らして、貴志の横から、病弱メイドのサダメ(そういえばこの人は何歳なんだろう。見た目は二十代のようだけれど)が答えた。


「あ……そうなんですか」


 ……よかった。


「ええぇ。思わず爪を突き立てたくなるほど、白い肌だったわねぇ……うふふふぅ」


「…………」


 だいじょうぶ。どこも痛くない。


 この場にいる他二名が男である以上は、ベストの解答だ。


 チッ、と舌打ちが聞こえた。


「どうしてもと言うからおまえに任せたが、あれは失敗だったな。おまえがいると監視カメラにノイズが走っていいところがぜんぜん見えなかった……ところで、おまえが気絶してから映像が急にクリアになったが、あれはどういう原理なんだろうな?」


 ……なるほど。


 あのタイミングで貴志が現われたのはそういう理由があったらしい。


 なにからつっこめばいいのかわからない……


「すみませんん、体質なものでしてぇ」


 サダメが頭を下げる。だらりと下がった髪で顔が見えなくなっていた。


「フン、まあよい。失念していたオレの過失だからな」


「……サダメ、さん」


「はいぃ?」


 湿り気のある髪の間から片目だけがのぞく。


「あ、ありがとう」


「ふふぅ、なんのことですぅ? ワタクシ、ただ、あなたのお腹を舐めたかった」


「え、えぇと……では、二つ目っ」


 後半のセリフは聞かなかったことにして、先へ進む。肩にかかる髪を後ろに払い、円は自分の首筋を示した。


「気を失う前に首のここらへんがチクッてなった気がするんですけど……あれは?」


「それは優の仕事だな」


 貴志に名前を呼ばれた優はびくっと跳ねた。


 見れば、貴志の手が伸びて、彼女いや彼のスカートのなかに入っている。


「――っ、――っ」


 その手から逃れようと、顔を真っ赤にして優が暴れる。


 離れようとするのを貴志はスカートの裾をつかんで離さない。


「ちょっ、なにやってるんですか、あなた!」


 女の子になんてことを……いや男の子なんだっけ。


 とにかく、絵的にマズいことになっている。


「や……め、キシさま……やぁ」


 腰を浮かしかけたところで固まって、円はごくりと生唾を呑んだ。


 ……うわぁ。


「うるさい暴れるな。オレの声が聞こえないのか? 暴れると変なところに手が、むっ」


「あ――っ、あ――っ」


 なにがあったのか、優の抵抗がいっそう激しくなる。


「ええい、くそ、めんどうだ!」


「ひあー!?」


 貴志が優のスカートを盛大にめくり上げた。


 けれど大事なところまでは、危ういところで見えない。


 優が必死に押さえつけているからだ。


 壊れた傘みたいになって、ニーソックスを履いた足が丸出しだった。


「フン、手間をかけさせおって。見ろ、マドカ」


 言われるまでもなく円は見ていた。


 呆然と、太ももを。


「なによあれ……すごいもっちりスベスベしてそうじゃない……! ま、まぶしいわ……ほんとに男? え、ちょっと、もしかしてわたし、負けてない……?」


「ん? なにをぶつぶつ言っている? これだこれ」


 ぺちぺちと貴志が叩いてみせたのは、太ももに巻かれた黒色のベルトだった。


 ベルトには二十センチほどの金属の棒が取り付けられていた。


「なんです……それ?」


「吹き矢だ」


「はぁ、そうですか」


 …………。


 ………………。


「……………………はい?」


「吹き矢だ」


 貴志は持ち上げていた優のスカートから手を離した。


 もとに戻ったスカートの向こうから、ぎゅっと目をつぶって羞恥に耐える優の顔が現われる。


 涙の浮かんだ目をうっすらと開けた彼女――彼は、


「ぅ……うわぁーん! もうキシさまのばかぁー!」


 涙の雫を振りまいて部屋を駆けだしていった。


「ふむ。トイレか」


「……違うと思いますけど」


「では、なんだ?」


「あなたにはきっと言ってもわからないと思います」


「む。いや、だが、ああなったときのあいつはたいていトイレにいるぞ?」


「あー……」


 額を押さえる。


「頭が痛いのか? サダメに薬を用意させよう」


「いえ、いいです。だいじょうぶですから……」


 たしかに頭は痛かったけれど、薬で治るものではない。


「そうか? 必要ならすぐに言えよ? ならば質問の答えの続きだが、」


「って、そうですよ……! 吹き矢ってなんですか、吹き矢って! まさかあれでわたしを眠らせたなんていうんじゃ……」


 パチン、と貴志は指を鳴らした。


「おお、その通りだ。よくわかったな!」


「なんでそんなこと……」


「優はオレの護衛役だからな。オレが危ないとでも思ったのだろ」


「そ……そういうことですか」


 バツの悪さを感じて円は視線をそらした。


 あー、と口の端を掻く。あの時はたしかに弾みとはいえ貴志を突き飛ばしてしまった。


 なら非があるのはこちらである。


 だからって吹き矢はない、と思うけれど。


「まあ、その、なんだ……あいつにも悪気があったわけじゃない。あまり怒らないでやってくれると助かるが?」


「え?」


 彼にしては歯切れ悪く付け足された言葉に、円は目をまるくした。


 ……驚いた。


 ……この人、こんな顔もするんだ……


 まなじりを下げて、こちらの反応を待っている。


 他人の気持ちなんて気にしない人だと思っていたのに。


 わからなくなる。


 こちらのことを勝手にツンデレ認定したかと思えば、今はちゃんと気持ちを知ろうとする言葉をくれた。


 ……けどそれって、あの子のことだから?


 優。


 メイド服を着た、頭の両側の赤いリボンが似合う貴志の護衛役。


 きっと付き合いは相当長いのだろう。


 貴志にとって、あのかわいらしい男の子は……家族、なのかもしれない。


 そんな気がした。


「…………」


「ん? なんだ? オレの顔になにかついているか? それとも……やはり許してはもらえないか? そうだな……それなら、仕方ない。後でお仕置き部屋へ案内しようじゃないか。そこで存分に怒りを晴らすといいぞ! フフ、なぁに、遠慮することはない。存分にやれ。ケジメは大切だからな!」


「え……い、いえっ、けっこうです。べつに怒ってませんからっ」


 慌てて首を横に振る。


「遠慮はいらんぞ?」


「いえ、だから……」


 ふむ、と頷くと貴志は背もたれに体を預けた。


「それならよいが――ああ、それで、たしか質問は三つと言っていたな。最後の一つはなんだ?」


 問われて円は一度深く息を吐いて、先ほどの感傷を頭から追い出した。背筋を伸ばして居住まいを正す。


「わたしをここに連れてきた理由を、教えてください。そもそも……あの時は、その、いきなりだったのですこぉし取り乱しましたけど……なんで、デートが家なんですか?」


「は?」


 貴志は片眉をつり上げた。


「深妙になにを聞いてくるかと思えば。そんなもの、決まっているだろう?」


 そう言われても、貴志の常識はこちらのとは違うのだ。


 わからない。


「……ええと」


「パーティーをするのだ」


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