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ねらたま  作者: 春日あきと
第2章「デート?」
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シーン3「見知らぬ天井。2人のメイド」

シーン3「見知らぬ天井。2人のメイド」



 目が覚めると知らない天井だった

 天井というか、布である。


 背中はふかふかしていてまるで重力を感じない。


「っ!?」


 がばっ、と円は身を起こした。


「ここ、は……?」


 円が寝かされていたのは、いわゆる天蓋付きのベッドというやつであった。


 四方をレースで囲まれている。


 当然のようにキングサイズで、円が両腕をめいっぱい伸ばしても端から端に届きそうもない。


「わたし、どうして……」


 たしか、貴志の家に行くって言われて、それで――


 意識を失う前の出来事を思い出して、ぞ、と背筋に冷たいものが這う。


 服は……着ている。


 しかし、触れたことのない手触りの寝間着に替わっていた。


「って、ちょっと!?」


 寝ている間に着替えさせられた?


 ……誰に?


 そこ重要だ。乙女的に。とても。


「お目覚めですかぁ?」

「ひゃっ?」


 いきなり横から声をかけられて、円はベッドの上でぼよぼよと弾んだ。


 青白い顔の女性が、いつの間にかベッドの横に立っていた。


 前髪が長く、顔の片側半分が隠れている。


 なんとなく井戸から這って出てきそうな雰囲気がある。


「お、お化け……?」


「失礼な方ですねぇ。先ほどからずっといましたがぁ?」


 ぐぐ、と女は顔を近づけてきた。片目でぎょろっとにらまれる。


「う、嘘……さっき見たときはいなかったじゃない……」


「そうですかぁ? あなたの気のせいではぁ?」


 上からのぞき込んできたと思ったら、次は右、さらに下から見上げてきて、また上から。


 その度にぎょろぎょろと目玉が動く。


 生ぬるい息がかかる。


 ざらざらな舌でなめ回されているような気がした。


 金縛りにあったように体は動かない。


 シーツを握りしめるのでせいいっぱいだった。


 ……うう、なによ。


 こ、こわくなんてないんだから!


「ふふふふぅ」


 地獄の底から響いてくるような、低い笑い声だった。


「ひっ」


「そんなに怖がらなくていいですよぅ? ワタクシ、ただのメイドですからぁ」


「メ――、イド?」


「病弱メイドですよぅ」


 顔を離して、えっへんと胸を張る女性。


 よく見れば、たしかに、冥土服――いや、メイド服を着ていた。


 ……に、似合わない。


 胸元にあるカメオのブローチに彫られているのが髑髏なところなど含めて、コスプレ感が漂っている。


 これが割烹着なら、また違った感想にもなりそうなものなのだけれど。


 水色のエプロンドレスである。


 ミニスカでないのが救いか……


「なにかぁ?」


 ギョロリとにらまれた。


「い、いえ、なんでも! なんでもないわ!」


「ふふぅ、それなら、よろしいのいですけどねぇ……がハッ」


「と、吐血したー!? だ、だいじょうぶなの?」


「げほ、ごほ、ぐふぅ……だから申しましたでしょう……病弱メイドだとぉ」


 床に膝をついた彼女は手の甲で口元をぬぐうと、びっと親指を立ててきた。


 ……あ、なんか、だいじょうぶっぽい?


「げぼぉっ」


「ダメだったーーーーーー!?」


 自称病弱メイドの女性は床につっぷしてぴくぴく痙攣している。


 頭のしたから床の上にじわじわと紅い染みが広がっていく……ああ。


 って、呆けている場合じゃない。


「き――救急車! そうよ救急車を呼ばないとっ。あっ、携帯がない! いや待てそもそもわたし携帯契約してないじゃないの……ま、待ってて。誰か助けを呼んでくるから!」


 ベッドから降りて扉に向かう。


 予想が正しければ、ここは貴志の家だ。


 校内にでんと構えられた大きな館である。


 だから探せば貴志を見つけることができるはずだった。


 他のメイドもいるかもしれない。もし誰もいなくても固定電話くらいあるだろう。最悪、館を出れば見知った学校があるのだし――


 扉のノブをつかみかけたところで、円は、その扉が少し開いていることに気づいた。


 そして、開いた隙間の暗がりにはこちらを見上げてくわっと見開かれた目が……


「ぎゃあああああああああっ!」


「きゃあああああああああっ」


 円は悲鳴をあげながら、扉の向こうからも悲鳴があがるのを聞いた。


 自分の悲鳴よりも、若干かわいらしい。


 鼓動を落ち着けておそるおそる、円はノブに手をかけた。


 慎重に開く。

 

「はうぅぅぅ」


 そこにあったのは、ひっくり返って尻餅をつく、小さなメイドの姿だった。


 ボリュームが多いとは言えない髪を、赤いリボンを使って頭の両側でくくっている。


 ぴょこん、とはねているそれが実に可愛らしい。


 見た目、十二歳くらいだろうか?


「ねぇ、ちょっと――」


 相手が無害そうなのでほっと胸を撫で下ろしつつ円は声をかけた。


 その子はビクゥと肩を震わせて、ものすごいいきおいで足をばたつかせて後ずさった。


 いきおいあまって、ごんっ、と壁に後頭部をぶつけて、


「はうっ」


 と瞳に涙をにじませる。下唇を噛んで、涙の決壊をこらえているようだった。


 ……か、かわいい。


 ルルに通じるものがある。


 抱きしめたい衝動にかられるが、そこで、はっ、と円は我に返った。


 後ろを振り返る。血の海に沈む病弱メイドという現実が目に飛びこんでくる。


 そうだった!


「あ、あなた! メイド服着てるってことは彼女の知り合いなんでしょ? 彼女、なんかたいへんなことになってるんだけどっ」


「あ、う、あ」


「ちくしょうきゃわいいなぁもー」


 でも今はそれどころじゃないんだってば。


「と、とにかく。じゃあここはお願いねっ。わたしは電話を、」


「――サダメのそれはいつものことだ。そう慌てることもない」


「この声は……」


 まさか彼の声に安心を覚えることがあるとは思わなかった。


「貴志っ」


「ああ、そうだ。オレだ! マイスイートハート!」


 視線を向けた先――


 廊下の曲がり角から、出てきた。


 大仰に両腕を広げてこちらへと迫ってくる。――尋常ではない勢いで。


 ドドドドドドドド!


「なっ」


 円は頬を引きつらせて部屋に飛びこむと乱暴に扉を閉めた。


 しっかりと鍵をかけると、背中を扉に預けてずるずるとへたりこむ。


「なんなのよ、もう……」


 血の臭いの充満する部屋で、円は途方に暮れた。


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