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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ビースト・スティンガー

作者: 遊獅

『Stupid』というタイトルでブログに掲載していたものです。修正前に比べ、若干ホラー要素が加わっております。

 その『獣』は飢えていた。

『空腹』でもなく、『渇き』でもなく。

 それは『渇望』。

「ヒヒ……足りねぇ……」狂気に満ちた笑みを貼り付け、月明かりの中の獣は笑う。「足りねぇ……全ッ然足りねぇんだよこんなんじゃあ!」

 びちゃり。

 原型を失くした肉塊を蹴り飛ばし、吐き捨てるように叫ぶ。

 むせかえるような血のにおいの中、ふと別のにおいを感じて獣は笑うのをやめた。

「ほう……」耳まで裂けた口から鋭利な牙が覗く。「こいつはなかなか……楽しませてくれそうじゃねえか」

 獣はくつくつと喉を鳴らしそう呟くと、一気に跳躍し夜の闇へと消えていった。

 後には血生臭い沈黙だけが残される。

 月を雲が隠し、闇は深く。

 深く。


 山間の小さな村は、すっかりお祭騒ぎに興じていた。松明に照らし出された大蜥蜴の亡骸を囲い、人々がせわしなく動いている。ケヴィン・ウォーレンは酒臭い男たちの間に挟まれ、少しばかり照れ臭そうな笑顔を見せていた。

「しっかし大したぼうずだぜ。あの怪物をやっつけちまうなんてよ」

 壮年の男が、豪快に酒を煽りながらがははと笑う。

「まったくだ。流石『退治屋』ってだけのことはあらぁ!」

 隣に座る別の男が頷き少年を見る。

「いえ、そんな……。僕はまだまだ見習いで……」

「なぁに、謙遜すんなって! あんたはこの村の英雄だ。今夜はたっぷり飲んでいってくれや」

 断る間も無く、目の前のグラスに葡萄酒が注がれる。

「あの、僕まだ十四なんですけど……」

「このめでてぇ日に堅苦しいことぁ言いっこなしよ! 男が酒も飲めねぇで……」

 ごん。

 鈍い音が響いて、男が後頭部を抑えて呻く。相当利いたのか、若干涙目だ。

「子どもに無理強いするんじゃないよあんたは! まったく、仕様の無い男だね」

 気の良さそうなふくよかな御婦人が、眉を吊り上げ拳を握り締めていた。どうやらこの男の妻らしい。周囲にどっと笑いが広がる。ケヴィンもつられて笑う。

 戦いの後の束の間の安らぎ。人々の笑顔を見るのが、彼は好きだった。

 しかし時折、ふと思い出すのだ。

 村人たちの他愛無いやりとりが、かつて自分も持っていた家族の姿と重なる。

 戦いなど知らず、平穏に暮らしていた幸せな記憶。もう二度と返らない、帰れない場所。

 それを奪っていった、『魔物』と呼ばれる異形の者たち。

 同じような境遇の者は珍しくない。だからこそ、彼は剣を振るうのだ。

――もうこれ以上、この笑顔を消させるものか。

「ところで少年、『人狼』の噂を聞いたことがあるか?」

「『人狼』、ですか?」

「この辺りは奴の縄張りじゃねぇみてぇだから被害はねえけどよ、ある村じゃあ家畜が食われるわ畑は荒らされるわ、酷いありさまだって聞くぜ」

「『幻惑の森』を挟んでこっち側は流石の人狼も渡って来れないみたいだから無事でいられるけどな。奴が森を越えて来たらと思うとぞっとするぜ」

「お前さん、森の向こう側へ行くって言ってただろう。まあ大丈夫だとは思うが、くれぐれも気を付けてな」


 翌朝、見送りに出てきてくれた村人一同に別れを告げ、ケヴィンは次の目的地を目指していた。

 どのくらい歩いただろう。薄暗い森はどこを見ても同じような景色が広がるばかり。じめじめとした空気が疲労感を助長し、ケヴィンは溜め息を吐く。

「まいったな、そろそろ抜けてもいい頃だと思うんだけど」

 言いながら地図を開くものの、もはや自分がどこを歩いているのかもわからない。

『幻惑の森』と呼ばれる原生林。どうやらその名は伊達ではないようだった。一先ず休憩を取ることにして、ケヴィンは近くの倒木に腰を下ろす。

「動くな」

 首筋にひやりとした感触を感じて、ケヴィンは凍りついた。

 殺意の込められた刃が自分の後頭部に突きつけられている。今の今まで人の気配はおろか、物音すらも無かったというのに。ケヴィンは固まったまま、ごくりと唾を飲む。

「何者だ?」

 低く、淡々と。しかし殺気を隠そうともせずにその人物は問いかける。

「ぼ、僕は……ただの旅人です。道に……迷ってしまって……」

 自分でも情けないほど、その声は震えていた。

「……すまない。俺の勘違いだったようだ」

 いつの間にか刃は離れ、目の前には精悍な顔立ちをした青年が立っていた。

「俺はレオン・ターンブル。この近くの村で雇われている退治屋だ。近頃魔物の被害が増えていてね。少々過敏になり過ぎていたようだ」

「魔物……人狼のことですか」

 ケヴィンが尋ねると、レオンと名乗った青年は厳しい目をして頷いた。

「そうだ。奴は人に化けることもあるからね。……もうすぐ日が暮れる。村まで案内しよう」


 その村は異常な静けさに包まれていた。

 未だ日の入り前だというのに、農作業をする農夫の姿も、外で遊ぶ子どもたちの姿も見えない。家々は扉も窓も厳重に閉じられており、物々しい武装をした兵士が血走った目をして村の中を巡回していた。

「そうか、君も退治屋なのか。」

 レオンが宿としている酒場にて食事を取りながら、ケヴィンはここに来るまでの経緯を簡単に話した。

「まだ見習いで、経験も浅いんですけどね……」

「いや、大したものだよ。たった一人で修業の旅とは」それに、と付け足して、青年の目が僅かに鋭くなった。「俺の殺気を受けて、あれだけ冷静でいられたのは君が始めてだよ」

「いや……あれは……なんていうか……」

 ケヴィンは苦笑を浮かべて口篭る。

「それにしても」蒸した芋を皿に取りながら、ケヴィンはふと思い立った疑問を口にする。「あなたはなぜこの村に? あなたほどの腕があれば、軍人としても出世できそうなのに」

「出世ね……興味ないな」彼はなんでもないことのように答える。「退治屋をやってるのはただの暇潰しさ。軍は性に合わない。誰かとつるむのが苦手なんだ」

 そんな素振りは見せないけれど、もしかしたらこの人は、僕と同じなんじゃないだろうか。とケヴィンは思った。

 退治屋は金になるが、基本的に個人事業のためにリスクは大きい。

 一口に魔物と言っても、能力や容姿は様々だ。毒を吐くもの、山のような巨体を持つもの、人に紛れて欺き牙を剥くもの。強力な魔物を倒せば名を上げられるが、失敗すれば財産も命もなくなる。

 そんな世界に身を投じるような人間は限られている。手っ取り早く金を稼ぎたい者か、強い者と戦いたい命知らずか、あるいはケヴィンのように魔物に大切な人を奪われ、その傷を癒すために力を求める者か。

「どうした? 浮かない顔をしているな」

 声を掛けられ、ふと我に返る。

「すみません、少し考え事を」

 ケヴィンの言葉を遮るように、何発かの銃声が響いた。酒場にいた者たちがにわかに浮き足立ち、続いて聞こえた悲鳴に、その場は騒然とした。

「奴が来たか……行くぞ、ケヴィン!」

 酒場を飛び出して行くレオンを追い、ケヴィンも走る。

 日は沈み、満月の明かりが小さな農村を照らしていた。松明を掲げた門のそばに、肩から血を流して倒れている兵士の姿が見える。慌てて駆け寄ったケヴィンに、彼は縋るような目を向けた。

「あ……ああ……あいつが……狼が……」

「しっかりしてください。傷は浅いみたいです。立てますか?」

「だ、駄目だ……腰が抜けちまった……は、早く逃げないと、あいつが……」

「大丈夫です、僕につかまって……レオンさん、この村に医者は?」

「さっきの酒場の隣の、青い屋根の建物だ。『人狼』は俺が探す。行け」

「……! レオンさん、後ろ!」

 ケヴィンはレオンの頭上に獣の影が襲いかかるのを見た。それから起こったことは一瞬だった。

 獣の気配に気付いたレオンは振り返るが、相手は一瞬速く彼の肩に食いついていた。獣はレオンを咥えたまま跳躍し、夜の闇へと消える。後にはなにも残らなかった。レオン・ターンブルという人物など最初から存在していなかったかのように。

「う、うわあああああああああああ!!」

 ケヴィンの肩に寄りかかっていた兵士が、断末魔のような絶叫をあげた。膝を折り、脇目も振らず子どものように泣きわめきながらなにか叫んでいる。ケヴィンがかろうじて言葉として聞き取れたのはごく一部だった。

「みんなやられる……! みんな死ぬんだ! ああやって一人ずつやられていくんだ……! もうおしまいだ!」


 村人に門を閉めるよう告げ、少年は走った。夜露に濡れた地面には大きな獣の足跡と、レオンのものらしき血痕が残っている。血痕を辿って着いたのは『幻惑の森』だった。昼間ですら迷うこの森。明かりも持たず飛び込んで、ミイラ取りがミイラになっては話にならない。血の跡はここで途切れている。手掛かりを失い、 ケヴィンは呆然と立ち尽くすしかなかった。

「こんなところで何をしている」

 不意に声をかけられ、ケヴィンはびくりと身体を強張らせた。

 振り返ると、そこには。

「どうした? 幽霊でも見たような顔をして」

 そう言って苦笑を浮かべたのは、姿を消したはずのレオン・ターンブルだった。

 ケヴィンは声を出すことも出来ず、へなへなとその場に座り込む。

「おい、大丈夫か?」

「よ……かったぁ……」

「なんだその顔は。俺がやられたとでも思ったのか? 甘く見られたもんだ」レオンは苦笑を浮かべ、やれやれというように後頭部を掻いた。「『人狼』ならトドメを刺しておいた。さあ、村へ帰ろう」

 そう言って差し出されたレオンの手を取ろうとしたケヴィンは、吹き抜けた風の中に獣のにおいを感じて動きを止めた。

「くっくっく……よォ、退治屋」

 地を這うような重低音。その唸り声を聞いた瞬間、ケヴィンは周囲の時が止まったような錯覚を覚えた。

 その獣は、満月の光を受けて輝く銀色のたてがみをなびかせて、平然とそこに立っていた。

 闇がそのまま形を成したような漆黒の毛皮。真っ赤に燃える双眸は爛々と輝き、楽しそうに笑っている。

「ば……かな……。お前は……確かに……」

「くっくっく……くははははは!」愕然とした表情を浮かべるレオンを、獣は高々と嘲笑する。「不意を突いて俺をやろうとするたぁ、度胸だけは褒めてやるぜ。だが甘かったな。満月の夜にこの俺を仕留められると思ったのかよ!」

 両手を広げ、大仰に吠える獣。

 不意に獣の姿が消え、突風が吹き抜ける――と思った矢先、黒い影がレオンの目の前に姿を現した。

「あっ……がぁ……!」

 鋭い鉤爪を備えた手が、レオンの顔面を掴む。

「てめぇにやられた傷ももう塞がった。なかなかの強者と聞いていたが、こんな雑魚だったとはな……がっかりさせやがる」

 力自慢の男がリンゴを潰すみたいに、獣はその手に力を込める。

「や、やめろ!」

 ケヴィンは駆け出し、獣目掛けて剣を振り下ろす。

 しかしその一閃は、獣の左手の二本の指だけで難なく止められてしまった。獣はケヴィンに一瞥もくれず、レオンの身体を投げ飛ばす。木の幹にぶつかり、倒れたレオンは呻き声をあげた。

 獣の指に捕らわれた剣はびくともしない。ケヴィンは剣から手を放し、ももに括っていたナイフを抜いて斬りつける。刃は空を切り、カラン、という金属音と共に剣が落ちた。そこに獣の姿はなく、ケヴィンは背後に気配を感じて振り返る。

「小僧……」獣の目が、禍々しいほどに鮮やかな赤い眼が、少年を射抜く。「そんなモン向けて、俺に勝てるつもりなのかよ?」

 ケヴィンは剣を拾い、獣に向けて一閃した。

「おっとォ!」

 獣が後ろへ跳び退る。ケヴィンの刃が、それを逃がすまいと追撃を放つ。

 銀の弾丸となったケヴィンを、獣が横に跳んでかわす。

 突き、薙ぎ、払う。跳び、屈み、かわす。

 攻める銀色、避ける黒。

「こいつ……!」

 獣の顔に焦りの色が浮かぶ。

 しかしそれも一瞬のことだった。

 渾身の力を込めて突き出された刃。

 手ごたえは、あった。

 しかしケヴィンが貫いたのは、獣の心臓ではなく、腕。

 相手は自分の腕を犠牲にすることで、急所への攻撃を免れたのだ。

「今のは……危なかったぜ……」それはそれは楽しそうに、獣の口が大きく歪む。「いつ以来……だろうなァ……。ただの人間に、ここまで追い詰められたのは……」

 何かに取り憑かれたような、狂気に満ちた笑み。恍惚とした喜びに満ちた表情。

――まずい!

 獣が、剣が刺さったままの腕を薙ぎ払うように振るう。

 遠心力で吹き飛ぶケヴィンの身体。

 そのまま湿った地面に叩きつけられ、肺から押し出された空気が呻き声となって漏れる。

 舌なめずりをして、獣が近付いてくる。

 霞んだ視界にその姿を映しながら、ケヴィンは身を起こした。足がふらつく。吐き気もする。死ぬかもしれないな、と彼は思った。

「もう終わりか? 命乞いでもするか?」

「冗談じゃ……ない」ケヴィンは剣を構え、獣を睨みつける。「僕を喰いたければ喰えばいい。でも、その人には手を出すな」

「面白いこと言うなァ……小僧。そんなに英雄になりたいかよ」

「英雄なんて、どうでもいい。僕は後悔したくないだけだ」

 獣は笑う。

 しかしその笑みは、今までの嘲笑や、狂気を含んだ笑いなどとは違う。

 奇妙な笑みだった。

「わかんねぇな……人間って奴はよ……」

 静寂を破る破裂音が、ケヴィンの耳を貫いた。

 迸る赤。

 獣の胸から鮮やかな赤色が花火のように飛び散った。

「トドメを刺せ!」

 煙の上がる拳銃を構え、意識を取り戻したレオンが叫ぶ。

「銀の……弾丸か……」

 とめどなく血を流す胸を押さえ、獣が苦々しげに吐き捨てる。

「何をしてる! 早くしろ!」

 レオンの顔からは落ち着きが消え、今までとはまるで別人のように声を荒げた。

「く……くく……」低く、低く、獣が笑う。「どうした……? 男前が台無しだぜ……」

 咳き込み、血を吐きながらも、獣は笑うのをやめない。

「だ、だまれぇ!」

 レオンが引き金を引く。

 しかし。

 カチリ。

「!?」

 カチリ。カチリ。カチ、カチ、カチ。

 カチカチカチカチカチカチカチカチ。

「く、くそ! 弾切れだと!?」

「くく……そりゃあ、そうさ」くつくつと、楽しそうに、楽しそうに、獣が笑う。「その銃には弾は一発しか込めてない。銀の弾丸を持ち歩くなんざ、気分が悪いんでね」

 獣の口から紡がれた言葉の意味を、ケヴィンが理解するのには時間がかかった。

 獣は自らの肉を抉って弾丸を取り出す。赤黒く染まったそれは月明かりに照らされ、神秘にして凶悪な光を纏っていた。

「そこを動くなよ、『ケヴィン』」

「え……?」

 何故僕の名を、とケヴィンが訪ねる前に、獣は血に塗れた弾丸を指で弾く。銃口から放たれたような勢いでケヴィンの頬をかすめたそれは、レオンの肩を深々と貫いた。甲高い絶叫が夜闇に響き、ゆらりと、陽炎のようにレオンの姿が揺らぐ。

 代わって姿を現したのは、薄汚れた灰色の毛皮を纏った古狼だった。

「く、くそォオオ……! もう少しでェ……!」

「小僧一匹喰う為に、随分と周到なこった。上手く『俺』に化けたつもりだろうが、詰めが甘かったな」目を細め、黒い獣が笑う。「魔物のてめェは知らんだろうが、退治屋ってのは獲物を仕留めたらその死体かその一部を証拠として持って帰るんだ。首とか、鱗とかな。もっとも、首をもがれたら流石の俺もまいっちまうが」

「おのれェ……何故だ! 何故同族の邪魔をする!」

「『同族』だァ? 寝ぼけてんじゃねぇ」黒い獣がまた笑う。くぐもった声で、くつくつと。「誰がてめぇみてぇな雑魚と同類だって? 笑わせんじゃねぇよ!」

 ぐしゃり。

 まるで卵の殻のように、古狼の頭部が踏み潰された。

 鮮血が舞い、呆然と眺めていたケヴィンの頬に赤い斑点を刻む。

「ちっ、くだらねぇ……」獣は呟き、ケヴィンに向かって言う。「お前も騙されてるんじゃねえよ。本物のほうがよっぽど男前だろうが」

 そう言って振り返った獣の姿は、上半身を血に染めて凶悪な笑みを浮かべるレオン・ターンブルへと変わっていた。


 あまり寝た気がしないのは、戦闘の疲れのせいだけではおそらくない。食堂に入ると、人の多い席から少し離れたところにレオンの姿を見つけた。時折話しかけてくる相手をうっとおしそうにあしらいながら、鶏の丸焼きを頬張っている。『人狼』から村を救ったヒーローもまた『人狼』だなんて、あの人たちが知ったらひっくり返るだろうな、と思いながら、ケヴィンはレオンの向かいに座った。レオンが気さくに挨拶をしてきたが、聞こえないフリをする。

「レオンさん、ひとつ訊いてもいいですか」

 人が離れてから、ケヴィンは声を潜めて切り出した。

「あ?」

 パンにかじりつこうとした格好のまま、レオンは怪訝な顔をして動きを止める。

「どうして魔物のあなたが、退治屋の真似事なんかしてるんです?」

「前にも言ったろう。暇潰しだよ」頬張ったパンを飲み下し、人狼レオンはくつくつと笑う。「俺は強い奴をぶっ殺して喰らうのが好きでね——流石に昨夜の老いぼれは喰わなかったが——この稼業で名を上げりゃ、嫌でも強い魔物の情報が集まってくる。こんな楽しい事ぁねぇよ」

 実に楽しそうに語る人狼に若干引いたものの、魔物に人間と同じ価値観を求めるのもどうかと思うので、何も言わないことにした。

 それにしても。

――どうしてこの人、僕の前でこんなに平然としていられるんだろう……。

 狩る者と狩られる者が同じ屋根の下で同じ食卓を囲んでいるのは、なんとも奇妙な光景だった。

「さぁてと、それじゃあ行くか」

 唐突にそう言って、レオンはのったりと立ち上がる。その言葉が自分に掛けられたものだとケヴィンが気付くのは一拍遅れての事だった。

「何呆けてやがる。用事は済んだんだろ。次行くぞ次」

「ちょ、ちょっと! なんでそんなことあなたに言われなきゃならないんですか!」

 抗議の声も虚しく、襟首をむんずと掴まれ強引に立たされるケヴィン。人狼はにやにやと笑いながら事も無く言ってのける。

「お前なかなか面白そうだからな。特別についてってやらあ」

「は!? 別にそんなこと頼んでな……」

 ケヴィンの声など聞こえていないかのように、人狼は彼の襟首を掴んだままずかずかと店を後にする。

 天は人に二物を与えないと言うが……いや、彼は人ではなかったが。

「俺はお前の事気に入ったぜ?」

「僕はあなたの事嫌いですけど」

「くくっ……厳しいねぇ」

 旅はみちづれとは言うものの、どこの世界に魔物をお供にして旅をする退治屋がいるだろう。とはいえ、いつ人間に牙を向くかわからない以上、退治屋として彼を放置するわけにもいかない。

 彼が自ら申し出たのは罠か、あるいは挑戦か。

 疑心を抱くケヴィンの心境などお構い無しに、空はどこまでも青く晴れ渡っていた。

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