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第二夜 鏡

ちょっとくだらない掌編ホラー三編。

同時投稿ですが、どれから読んでいただいても問題ありません。

 もう干支が一周するより前の話になるんですが、私が通っていた高校で、ある怪談が実しやかに囁かれていました。

 私がまだ一年生だったころに、美術部の先輩から聞いた話なのですが……。


 高校には職員室や図書室がある管理棟と、各学年の教室がある教室棟、美術部が活動する美術室やPC室、家庭科実習室などがある実習棟と、廊下でつながった三つの建物がありました。

 問題はその実習棟でして、美術室とPC室がある四階。廊下の一番奥にある鏡にまつわるお話でした。


 そこはちょっとした空きスペースになっているので、奥の壁に立てかけるようにして、私たち美術部のキャンバスが置かれています。

 美術作品というのは結構場所を取るものでして、彫塑ちょうそ作品なんかも、そのスペースに置かれていたりします。

 私は見たことがありませんが、そのスペースの一角に鏡があるそうです。


 怪談の内容は、夜中の0時丁度、その鏡の前に立つと異世界に引き込まれるというものです。

 引き込まれた人の代わりに、同じ姿に変化した悪霊がその人に成りすますので、見た目は同じでも性格とか話し方が変わっている……といった内容でした。

 最初に先輩から聞かされた時は、その鏡を見たこともありませんでしたし、まあ、よくある学校の階段を、ちょっとひねったような感じかな、という程度の感想だったのを覚えています。


 教えてもらってからしばらくして、その怪談の事はすっかり忘れていましたが、夏休みが終わってから、その怪談にまつわる騒動がありました。

 当時三年生だった女子生徒が夏休みの間に後者の中で気絶しているのを、警備の人が発見したそうです。


 あまり詳しくは聞けませんでしたが、場所があの鏡の前だったのと、意識の混濁がどうとかで、新学期になっても登校していないという噂もあって、怪談話が一気に信憑性を帯びた、という感じでした。

 私自身は、学年も離れていてその先輩とは面識もありませんでしたから、何だか学校全体が落ち着かないな、という感想しかありませんでした。


 ところが、私に怪談を教えた先輩が、鏡を見てみようと誘ってきたのです。

 最初は夜の学校に忍び込もうと言われたのですが、断固拒否。部活中にチラッ、と見る程度なら、と了承しました。


 結論から言えば、後悔しました。


 鏡を覆っている絵は、100号の大きさがあり、この高校の実習棟が描かれています。油絵でとても丁寧で緻密なタッチは、とても私には描けないほどきれいで、アクセントにクレパスが使われているらしく、背景と建物のコントラストがはっきりしています。

 何故かサインが入っていないので、誰が描いたはわかりませんでした。


「あれ?」

 絵を動かそうとして、不意に先輩が声を出しました。

「どうしました?」

「ここ」

 先輩が指差したのは、キャンバスに描かれている校舎の四階。廊下に並ぶ窓の一か所。

「人物なんて書かれてたかなぁ」

「ちょ、変なこと言わないでくださいよ!」


 しきりに首をひねる先輩を無視して、私は両手を広げてキャンバスを抱え上げ……ようとして、想像より重かったので、押してずらした。

「うわ……」

「これ、すごいね」

 

姿見、と言って良いでしょうか。幅が四十センチくらい。高さが百六十センチくらいの、ひょろりと縦長の鏡です。

 飾りどころか枠も無い、シンプルに鏡だけが貼られています。

 何の変哲もない鏡ですが、うまく言えないんですけど、異様な雰囲気なんです。目に見えない威圧感というか異物感というか。


 鏡の縁は、少しだけ黒ずんでいましたが、綺麗に映りました。

 今思えば不思議です。誰も手入れをしていない鏡なのに、埃一つないんですから。でも、その時は気付きませんでした。それどころじゃなくて。


 気持ちが悪くなってきて、急いでキャンバスを引き摺って鏡を隠しました。

 不思議と、鏡が視界から消えた時点で、嫌な雰囲気は煙のように消えてしまいました。

 振り向くと先輩も汗をびっしょりかいています。


「……だから、嫌だったんですよ」

「ごめん」

 鏡の近くに長くいたくなくて、二人とも急いで美術室へ戻りました。

 もう絵を描く気にもならなくて、他の部員に色々聞かれましたが、明日話すと言って、先輩と二人で帰ることにしました。


 描きかけの油絵を、イーゼルに乗せたまま美術室の隅に押しやって片付けた事にして、鞄を掴んだ時でした。

 急に美術室の扉が開いたのです。

 変に緊張していたので、ものすごくびっくりしました。


 まあ、幽霊とかじゃなくて、ちゃんと生きてる女子生徒だったんですけどね。

 美術部の人じゃなくて、見たことない人だったんですけど、どこか憔悴した感じでした。

 美術室を出ようとしてたので、最初に私と目があいました。


「あの、ちょっといいですか?」

「あ、はい。何ですか?」

 絵に書かれた女子生徒とは全然違う見た目だったせいか、現金ですがちょっとホッとしました。


「学校の怪談で言われてる鏡って、どこにあるか知ってますか?」

「えっ」

 びっくりしました。つい今見てきた鏡の話でしたから。

 汗びっしょりになって固まっている私を見かねて、先輩が交代してくれました。


「……あそこにあるよ。壁に大きなキャンバスが立てかけられてるでしょ? あれをずらしたら見えるよ」

「ありがとう」

「あ、待って!」

 話を聞いて、鏡の場所へ向かっていこうとする彼女を、先輩が慌てて止めました。

「あれ、本当にヤバいから。遊び半分で見たいなら、止めといた方が良いよ?」

「遊びじゃない!」


 興奮した様子で何か叫んでいた女子生徒は、先輩が睨みつけるとすぐに落ち着いたようです。知らない人に向かって叫んでいるわけですしね。

「事情があるならきくけど」

 ポツポツと話し始めたのを、なぜか私も一緒に聞くことになりました。

女子生徒はYさんという三年生の先輩でしたが、あの鏡の前で気を失って倒れていたという生徒の親友だそうです。

 その親友は、まだ病院にいるんだけど、何も話してくれないそうです。ただ、夜になってからノートか何かの忘れ物を回収するのに学校に忍び込み、いつの間にか鏡の前にいたそうです。


 Yさんの話を聞いて、“夜の学校に入るなんて、すごい度胸がある人だ”と、変な方向に考えがそれていましたが、先輩がもっとおかしなことを言い始めました。

「わかった。じゃあ、今日の夜にでも実験してみようか。興味あるから、同席するよ」

「ええっ!?」

 私と一緒に、Yさんも驚いています。

「夜に見なくちゃ意味が無いでしょ? あ、一緒に……」


 私は、その瞬間に走って逃げました。


 翌日、先輩は普通に部活に顔を出していました。

 私の顔を見て、頬を膨らませて不満げにしている先輩を見つけたとき、私は「あ、結局行ってないんだ」と思ってしまいました。

「こ、こんにちは」

「裏切り者め」

「巻き込まれそうだから逃げただけですよ」


 少し青ざめた顔をしている先輩を見て、鏡の話をするかどうか迷っている私に、先輩の方から切り出してきました。

「結局、あのY先輩と二人で鏡を見に行ったのよ。あんまり遅い時間だと怒られるから、九時ごろだけどね」

 どうやら、本当に夜の学校に入ったらしいです。職員室にまだ先生が残っている時間だったので、忘れ物を理由にして実習棟に入る鍵を開けてもらったそうです。


「先生から鏡の話は出なかったよ。藪蛇になると思ったんじゃないかな」

 そうして、二人で鏡の前に向かって、Yさんが鏡を見る役で、先輩は少し離れた場所で見ることになったそうです。

「Yさん、自分がどうなるかわからないから、何かあったら助けを呼んで欲しいって言ってた」

「で、結局どうなったんですか? 先輩が無事なのはわかりますけど……」

「ん~……彼女の名誉のためにも、言わない方が良いかもしれないけど、気になるよね」

 当然です。


 結果として、鏡に引き込む手が実際に見えたそうです。

 白くて細い手が何本も出てきて、Yさんの身体を掴み、悲鳴を上げる彼女の身体を無理やり鏡に引き込もうと……。


「それで、Y先輩はどうなったんですか?」

「引っかかった」

「へ?」

「あの鏡、細長かったでしょ? Y先輩の身体……」

「あっ」


 直接的な表現は避けますが、端的に言えばサイズの問題だったようです。細い鏡に引き込まれそうになったY先輩の身体が、鏡の端に引っかかった、と。

 先輩の体感時間で五分ほど、白い手は向きを変えたりして格闘していたようですが、やがて諦めたように手を離して、鏡の中に戻って行ったそうです。


 気絶してしまったYさんを鏡の前から引き摺って、鏡面に映る何かを見ないようにしてキャンバスを動かした先輩は、途方にくれたそうです。

「結局、頬を引っ叩いて起こしたよ。先生を呼んだら、こっちまで怒られちゃう」

 すっかり怯えてしまったYさんを家の近くまで送って、今日は会っていないという事でした。


 無責任な気もしましたが、逃げた私は何も言えません。

「驚いたよ。初めてあんな、霊現象? みたいなのを見たし、幽霊でも歪められない物理法則ってのもあるんだね」

 結局、興奮して寝不足なのと、幽霊を見た驚きで具合が悪いそうで、先輩はさっさと帰りました。


 美術室には他の部員もいましたが、一人ぼっちで取り残された気分になった私も、すぐ帰ることにしました。

 それにしても、引っかかった時のYさんと幽霊の気持ちはどんなだったでしょうか?

 考えても、仕方ないんですけれど。

お読みいただきましてありがとうございました。

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