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第一夜 々(くりかえし)

ちょっとくだらない掌編ホラー三編。

同時投稿ですが、どれから読んでいただいても問題ありません。

 住めば都、なんて言葉がありますが、傍から見れば物にも限度があるだろうと思うような場所でも、平気な顔で住んでいる人がいるものです。

 私の高校時代から付き合いのある先輩もその一人でして、都度都度引っ越しを勧めてはいるのですが、家賃が安くて駅にも近いから、と一向に転居する気配がありません。


 別に、先輩の家がオンボロだとか、変なのが近くに住んでいるとかいうわけじゃあないんです。

 不動産用語で言うと“精神的瑕疵物件”というらしいですね。

 要するに“幽霊が出る”わけです。


「別に、部屋の中に出てくるわけでもないし、ぐちゃぐちゃのゾンビみたいなのが見えるわけじゃないからいいじゃない」

 なんて先輩は言います。

 さらに驚くことに、彼が住むマンションはひょろ長い十階建て三十六室が満室とのこと。物好きは多いということでしょう。単に引っ越すお金の問題かもしれませんが。


 肝心の幽霊ですが、部屋には出ないで、どこに出るかというと、外です。


「ああ、またやってる」

 先輩と飲みに行った帰り。

 途中まで同じ道を行く私と二人でマンションが見えてくると、先輩が呆れたように言いました。

 何のことかわかる私は、見たくないと思いつつも、つい視線が向かってしまいます。


 ぐいっと見上げる十階建のビルの上。屋上の上に黒くて細い人影が揺らめいているのが見えました。

 ためらっているような仕草を二度ほど見せてから、人影はふらりと歩き出すように虚空へと身を躍らせ、落下しました。


 どちゃ


 “固い”とも“水っぽい”とも言えないような、何とも表現しがたい音が響きました。


 私はこれが二度目の遭遇なのですが、以前も感じた嫌な感触が背筋を逆なでするような以後心地の悪さに、ぎゅっと眉を潜めてしまいました。

 隣の先輩を見ると、何でもない事のように、酒に酔って紅潮した頬ではありましたが、すまし顔でまた屋上を見ています。


 どちゃ


 また、同じ音が聞こえました。

 見たくは無いのに、つい見てしまいます。三度目の落下の瞬間が、顔を上げた私の目に映りました。


「毎週、毎週、迷惑なんだよねぇ」

 先輩は見慣れているのでしょう。迷惑そうな顔をして、また落ちてきた影を目で追っています。

「慣れたと言っても、あんまり気分の良いものじゃないでしょ。夏とか窓を開けてると結構はっきり聞こえてくるんだよね」


 先輩の部屋は五階。飛び降り続ける影が現れる方の角部屋です。

 週に一度、日付が変わったあたりの時間から三十分くらいの間、何度も何度も飛び降りるそうです。

 先輩はもうこのマンションに三年住んでいますが、自殺があったのは五年以上前の話だそうで、たまたま他の住人から話を聞いたところ、自殺騒動があって以来、ずっと続いているそうです。


「その時も話してたんよ。毎晩五月蠅いですよね、って」

「先輩、ちょっと麻痺してるんじゃないですか?」

「そう? その人も言ってたよ。で、あんまりうるさいから思い切って遮音カーテン買ったんだって」

 先輩は、笑っていました。

「んで、ガチで分厚い業務用ってやつ? 買って早速付けてみたら、カーテンが重すぎて夜中にカーテンレールごと落ちたんだって」

「ブフッ!」

 ニヤニヤと話す先輩につられて噴き出してしまいましたが、直後にまた、あの落下音が聞こえてきて、背筋が寒くなって来ました。


「じゃあ、帰るから」

「ああ、はい。それじゃ」

 マンションへ向かう先輩を見ることはできませんでした。

 また視界に落ちてくる影が入りそうで。


 それから四か月くらい後でしょうか。

 久しぶりにその先輩から飲みに誘われまして、行ってみたい店もありましたので、二つ返事で誘いに乗ったわけですが、帰りの間際になって例のマンションの件を思い出したわけです。


「……今日はタクシーで帰ろうかな」

「何言ってんの。勿体ない」

 結局、先輩と二人で駅からの道をぶらぶらと歩く羽目になったわけです。


「あれ、やっぱりまだ続いてますよね?」

「あれ? ……ああ、そう言えば話してなかった」

 なんでも、あの飛び降り続ける幽霊の件で、変化があったそうです。


 いなくなったわけではないそうですが。


「じゃあ、どうなったんですか」

「見た方が早い」

 丁度、というと期待したように聞こえてしまいますね。間の悪いことに、その日は幽霊が飛び降りる曜日です。時間もそろそろ日付が変わるころ。


 酔いが醒めはじめて、寒気を感じ始めたあたりで建物が見えてきました。

「まだ出るじゃないですかぁ」

 言っている間に、ふらりと落ちていく影から、私は目を逸らしました。寒さで両手をポケットに入れていて、耳を塞ぐのが間に合いません。


「……あれ?」

 いつもの墜落する音が聞こえません。

「ほら、アレ見てみ」

 先輩が指差したのは、影が落ちていく場所でした。


 最後に見たときは、駐車場にも駐輪場にもできない中途半端なスペースで、何の変哲もないコンクリート敷きのスペースだった場所です。

 それが今は、レンガでぐるりと囲いをつけて、柔らかい土のうえに背の高い植物がみっしりと植えられています。


「何です、あれ?」

「花壇」

 それじゃわからん、と説明を求めたところ、どうやら“音”の件で管理会社に苦情が集中したらしく、音を押える対策として、花壇を作ってクッションのための植物を植えたそうです。


 そんな話をしている間に、また影が落ちてきます。


 どさっ


 あの、嫌な水っぽさを含んだ音ではありません。草の中に土嚢を放り込んだような音です。


「あれでかなり静かになったんよ」

 良かった、と笑う先輩を、私は呆然と見るしかありませんでした。

「あんまりクレームとか好きじゃないけどさ、たまには言ってみるもんだよね」


 霊現象が物理で変わるのか。とか、根本的な解決になっていないのでは。とか、色々と言いたいことが頭の中を巡りましたが、声に出せたのは一言だけでした。

「それでいいのか」


 あれから一年ほど経ちましたが、先輩はまだあのマンションに住んでおり、相変わらず人影は飛び降り続けているそうです。

 住めば都なんて言いますが、まず住む気になれるかどうか、そして麻痺するまで耐えられるかどうか、あるいは無視できるくらい豪胆か。

 未だに飛び降りる人影が頭から離れない私には、到底無理だと思います。

お読みいただきましてありがとうございました。

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