第10話 帝都攻防、狂信者との宴
ひな祭り更新を逃がしたのは痛恨ですね。
どうして短編ネタって過ぎてから思い浮かぶんでしょう。
純粋に喜ぶルヴィスとか、双子の婚期を遅らせようと雛人形を片付けようとしないシャロン先生とか、ひたすら雛あられを食べるヴィレッサとか書きたかったんですが……。
まあそれはともかく、本編をどうぞ。
ヴィレッサの乱入により、ひとまずレミディア軍の侵攻は押し止められた。
城壁の穴は開いたまま、レミディアの兵士たちは帝都へ攻め入る機会を窺っている。破壊の暴風を撒き散らしていった騎兵部隊により、前進を躊躇させられていた。
それでも城下街での戦いは続いている。
まだ数百名のレミディア兵が散らばり、『地炎獄剣』が街の各所に火を放っていた。
「放火魔の始末にわざわざ出てくるとは、皇帝ってのも大変だな」
「……貴様には、西方守護を命じたはずだが?」
「あんまりにも暇だったんでな。ちょっと散歩に来てやったんだよ」
「ふん、落ち着きのない娘だ。少しはルヴィスを見習うべきだな」
親衛隊と合流したヴィレッサは、ディアムントの下へと参じていた。
感動の親子再会、なんでものを戦場で演じるつもりはない。戦況を確認できれば充分だった。手早く互いの状況を伝え合っていく。
威圧的に睨み返してくるディアムントの様子に、少しだけ安堵もしていたが。
「シャロン先生は?」
「東側の守備に回っている。心配は要らん」
そうか、とヴィレッサは低く呟く。
遠くにある東側城壁を見つめてから、炎に包まれている街へ目を向け直した。
いますぐにシャロンの下へ駆けつけたい衝動に駆られる。
でも、ぐっと息を呑んで己を抑えつけた。
後でいくらでも一緒に居られるはずだから―――。
「厄介な敵魔導士は、とりあえず残り一人ってことだな?」
「そうだな。『殲滅輪』と『傀儡裂鞭』は後方から出てくることはあるまい。散発的な攻撃に留まっている」
「なら、話は簡単だ」
そいつさえ倒せば押し戻せる。
簡単な結論を頭に浮かべつつ、ヴィレッサは念の為に戦力の確認をする。
すぐに動かせる親衛隊は百名余り。小数だが、投入の仕方次第で強力な突破力を見せつけてくれる。
ディアムントの下にある予備兵たちも、負傷はしているが充分に戦えるだろう。『金剛盾』と『銀流盾』をはじめ、親衛騎士たちもいるので、最悪の事態になっても城までは戻れそうだ。
「あたしたちは遊撃に回る。行くぞ!」
「っ、待て! おまえはまた勝手な―――」
呼び止める声を聞き流して、ヴィレッサを黒馬を走らせた。ゼグードも、ディアムントに一礼するとすぐに後を追う。
帝都を焼こうとする炎の中心へと、騎兵の一団は怯むことなく突き進んだ。
街路に長剣を突き立てると、そこから地を割り、炎を吹き出させる。
フレナンドが持つ『地炎獄剣』には、一見すると単純な能力しかない。けれど生み出した炎を操ることで、いくらでも灼熱の領域を広げていける。その際に必要となる魔力も、大気中に漂う分を再利用できるのだ。
さながら生贄を神に奉げて、力を授かるかのように。
条件さえ整えば、なにもかもを際限なく燃やし尽くしてしまえる。
帝都を我が物としたいレミディア軍は、なるべく被害を抑えたいのだが―――、
そんなことは、敬虔たるモゼルドボディア教徒である彼には関係なかった。
「穢らわしい異教徒の街を、神の名の下に浄化致します」
フレナンドにとっては、異教徒が関わるものはすべて穢れている。
帝国の民も、兵士も、皇帝でさえも等しく価値が無い。
だからディアムントと対峙した後も、積極的に首を取りにはいかなかった。神のために戦うのを恐れはしないが、敢えて危険を冒さずとも、どうせ街ごと焼き払うのだ。『地炎獄剣』の性質を考えても、距離を取った方が効果的だった。
異教徒を皆殺しにするために、いまも街を焼く炎を広げている。
ただ残念ながら、異教徒の命はさほど奪えてはいなかった。目につく端から炎を広げていったのだが、住民が避難を終えた区画ばかりだった。
けれど炎の壁に遮られて、帝国兵も近づいてこられない。
あとはひたすらに浄化を繰り返すだけ―――、
神の栄光に貢献できる喜びに、フレナンドは恍惚として笑みを浮かべた。
「神に感謝を―――」
天上を見上げて、けれど直後に戦慄を覚える。
幾つもの瞬く光が高速で降り迫ってくるのだ。
それが何かは分からなかったフレナンドだが、反射的に横へ跳躍していた。
光弾が落下すると、炸裂し、爆発的に冷気が広がる。骨まで凍りつかされそうな冷気だ。咄嗟に炎を纏わなければ、実際にそうなっていただろう。
さらには濃い霧が立ち込めて、広がっていた炎を打ち消していく。
「なんだ、これは……!?」
魔術だとしても、これほど強力かつ大規模なものは見たことがない。
街の一角を完全に焼き尽くそうとしていた炎が、瞬く間に消されていった。
しかしフレナンドには、ゆっくりと事態を観察している暇はなかった。
威圧的な音に気づき、振り向く。
濃い霧の向こうから、無数の馬蹄の音が迫ってきていた。
『着弾確認。申し訳ありません、水冷弾の効果は予測以上です』
「この霧か? まあ却って好都合だ」
口元を三日月型に吊り上げながら、ヴィレッサは黒馬の速度を上げた。一歩先も見えないような濃霧の中へと突撃する。何が起こっても対処できるよう、念の為に魔導銃は投擲形態から速射形態へと変形させておく。
すでに敵魔導士の生体反応は捉えていた。
何かの障害物に突っ込む事態は避けたいが、そちらは黒馬の勘に任せれば問題ない。親衛騎士たちも一切躊躇わずに後に続いてくる。
「敵は魔導士一人だが構わねえ。全員で轢き殺してやれ!」
「はっ! 姫様の御命令だ、皆、奮起せよ!」
一騎打ちを尊ぶ騎士たちだが、嫌な顔をする者は一人もいない。
雄叫びが力強く応えた。
濃霧の中、こちらの居場所を知らせることにもなるが構わない。どうせ馬蹄の音が響き渡っているのだ。
むしろ威圧としては効果的だろう。
突然に視界を塞がれた後、雄々しい叫びとともに無数の馬蹄の音が迫ってくるのだ。並の兵士ならば一も二もなく逃げ出す。たとえ狂信者でも恐怖を覚えないはずがない。
そして事実、慌てふためいた声が街路に響いた。
「う、おおおぉぉぉぉ―――!?」
僅かに霧が薄まった直後、相手の姿が見えた。炎を纏った剣を持つ男、十二騎士の四位、フレナンドだ。
先に宣言した通り、ヴィレッサはそのまま轢き殺そうとする。
街路を塞ぐ形で親衛隊も続く。
それでもフレナンドは跳躍すると、親衛騎士が放った投槍も剣で弾き、家屋の壁を崩しながら辛うじて逃れた。
一瞬の交錯の後、両者の姿は再び霧の中へと消えていく。
「いい反応するじゃねえか。レミディア最高戦力は伊達じゃねえってか?」
馬首を反転させると、ヴィレッサは今度は魔導銃を構えた。けれど銃口を向けるだけに留めておく。
フレナンドの生体反応を睨みつつ、尋ねてみた。
「武器を捨てて、投降するなら命は助けてやるぜ? とりあえずはな」
「……異教徒の言葉など考慮にも値せぬ。貴様こそ、今すぐ改心して神の赦しを乞えば、地獄での責め苦も少しは……」
「そうか、死ね」
どうせ期待はしていなかった。ヴィレッサは躊躇無く引き金を弾いた。
耳を裂くほどの轟音が響く。
すでに魔導銃は、掃射形態へと変形していた。
堅い城壁すら削り取れる無数の魔弾は、脆い家屋の壁など砂のように砕いていく。フレナンドの姿は霧に覆われていたが、生体反応が慌てたように動き出すのは見て取れた。
同時に、また新たな火の手も上がった。攻撃というよりは、フレナンドを守るように炎の壁が噴き上がる。
その程度の炎では、ヴィレッサの魔弾を防げはしない。
けれどフレナンドの生体反応は健在だった。
『マスター、下です。地面を割って逃れたようです』
「はっ、無駄だぜ。前にも似たようなことした奴がいたけどな!」
十二騎士の一人、ガラディスの顔を思い出して、ヴィレッサは頬を歪めた。
その時は地中を進む相手に対して、狙撃形態で地面ごと撃ち貫こうとした。けれど正確な狙いを定められず、相手に逃げる隙を与えてしまった。
今回は状況が違う。最初から一騎打ちのつもりはない。
フレナンドも、地中を真っ直ぐに突き進んできている。どうやら逃げても無駄だと判断したらしい。
「全員、散れ! 出てきたところを囲んで仕留めろ!」
指示を放つと同時に、ヴィレッサは空中へ黒馬を走らせる。
親衛騎士たちも屋根に上り、壁を走り、あるいは家屋を崩して陣形を広げた。『一騎当千』によって強化された馬だからこそ可能な芸当だ。加えて、ヴィレッサの視線が地中の敵を睨んでいる。騎士たちはそれに合わせて動いてみせた。
なかなかに頼もしいな、とヴィレッサは獰猛な笑みを浮かべる。
そうして速射形態を構えつつ、フレナンドが出てくるのを待った。
ほんの数呼吸の時間であり―――、
「―――来るぞ!」
ヴィレッサが声を上げる。近くにいた騎士たちも、地中にある魔力が高まるのを感じ取っていた。
地面が割れ、炎とともにフレナンドが姿を現す。
さながら火山が噴火したように、焼けた石礫が撒き散らされた。けれど怯む者はいない。其々に対処をしつつ、長槍を突き出す。
優位な陣形を築き、包囲し、謂わば大勢で一人を嬲り殺しにする形だ。
そこに躊躇など欠片もない。
帝都を脅かす敵に対して、元より容赦もない。
だがフレナンドも勝利を、異教徒の殲滅を、微塵も諦めていなかった。
突き出される槍の穂先を、身を捻って避ける。剣も振るって弾き、甲冑の分厚い部分でも受け流す。すべては捌ききれず、腕一本を穿ち断たれ、血塗れになりながらも、それでも紙一重で致命傷を避けていた。
神が与えた奇跡、なんてはずもない。
フレナンドを狙う槍が、僅かに狙いを外していたのも原因だ。噴き上がった炎が身を包み、その姿を陽炎のようにぼかして、正確な攻撃を防いでいた。
そして絶対的に不利な状況に追い込まれながらも、フレナンドは尚も前進していた。
「神よ、御加護をぉっ!」
狂信者の突撃に対して、ヴィレッサも黙って見ていた訳ではない。自分一人を狙ってきているのは、フレナンドの眼光から察せられた。
無論、命をくれてやるつもりなどなく、速射形態の引き金を弾く。
続け様に放たれた魔弾は、フレナンドの肩を抉り、脇腹を吹き飛ばし、脚一本を断ち切った。頭部を狙った一発は、耳と頬肉を裂くだけに留まった。
視界の悪さが、辛うじてフレナンドの命を長らえたのだ。
脚一本を失ったフレナンドは、それでも跳躍してヴィレッサへ迫ろうとした。
けれど脇に控えていたゼグードが槍を突き出し、その体の中心を貫いた。
空中に吊るされる形となり、フレナンドは口から大量の血を吐く。
「がっ……か、み、ぉ……」
「地獄で祈ってろ」
完全にトドメを刺すべく、ヴィレッサは魔導銃の狙いを定める。
フレナンドの頭部へ銃口を向けると、即座に引き金を弾いた。
銃声が戦いの終わりを告げる―――それは、間違いのない事実だった。
だが最期の瞬間まで、フレナンドは抗おうとする。
唯一絶対なる神の敵に対して、その手にある長剣を突き出した。
炎を纏い、渾身の力が込められた剣先は、ヴィレッサには届かなかった。けれどトドメとなる魔弾を放とうとした、その銃口に突き立てられたのだ。
「な、に……っ!」
『マス、ター―――』
ヴィレッサの手元から衝撃が走る。
突き出された剣の切っ先は、魔導銃に僅かな傷を刻んだだけだった。しかし銃口を塞ぐ形で突き立てられたために、放たれようとしていた魔弾は、その直前で炸裂してしまった。
人も物も区別なく破壊する、物質崩壊効果を込められた魔弾が炸裂したのだ。
魔導銃の外側から撃たれたのならば、被害は違っていただろう。
だが銃身内部は、最も脆い部分であり―――、
「っ、ディード!?」
『……申し訳、ありません。機能、修復を急ぎます……』
己の指を濡らす鮮血にも構わず、ヴィレッサは相棒をきつく握りしめた。
応える声は冷静さを保っている。けれど動揺も滲んでいる。
銀色の輝きを纏っていた銃身は無惨に引き裂かれて、死を想わせるように黒く染まっていた。




