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ロリータ・ガンバレット ~魔弾幼女の異世界戦記~  作者: すてるすねこ
第5章 幼女、おうちの前を通り過ぎちゃう編
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第9話 帝都攻防、鮮血の幼女



 黒馬を疾走させながら舌打ちを漏らす。

 ヴィレッサが帝都へ辿り着いた時、すでに南側城壁が崩れ落ちていた。

 だからといって引き返す選択肢は無い。

 むしろ突進する速度を上げると、強く魔導銃を握り締めた。


 詳しい状況は分からないが、まだ完全に落城していない以上、無駄な戦いにはならないはずだ。助けられる命も、勝利の可能性だってきっと残されている。

 そのために、ヴィレッサは駆けつけてきたのだから。


「姫様、まずは南側の援護をすべきかと」

「分かってる。第二案で行くぞ」


 親衛隊長であるゼグードとしては、皇女殿下の安全を第一に考えたいところだろう。けれど撤退すべきだとは言わなかった。言っても無駄だと分かっているのか、あるいはヴィレッサの思考に毒されてきたのかも知れない。

 いずれにせよ、突撃という選択に変わりはなかったが―――。


「帝都に入って、一休みするってのも悪くねえ」

「姫様が入城なされば、それだけで奴等は逃げ出すかも知れませぬな」

「はっ、そういう戦いの終わらせ方もアリだな」


 三日月型に口元を吊り上げながら、ヴィレッサは素早く指示を出した。

 第一案では、帝都周囲を大回りして、敵本陣を背後から急襲するつもりだった。さすがに敵陣を突き破るには手勢が少ない。なので、砲撃形態で一撃を加えた後、そのまま離脱するという作戦だ。

 しかし帝都城壁が破られて危地にある以上、もはや時間の掛かる作戦は取れない。幸い、まだ南側のレミディア軍は手薄なので、小勢でも蹴散らせそうだった。


 ヴィレッサの背後に従うのは騎兵百名あまり。

 少なすぎる気もするが、その分だけ小回りが利く。後の作戦のためにも、人数を絞る必要があった。


「南側に群がる敵を一掃する。砲撃形態!」

『了解。充填に入ります』


 変形した魔導銃を構えつつ、鐙を強く踏んで足を固定する。

 だが―――、

 充填を始めたところで、上空から幾つかの影が迫ってきた。


『マスター、上方より敵が来ます』

「あれは……『殲滅輪』か! 姫様を御守りしろ!」


 回転する円刃が襲ってくる。

 鋭利な刃の輝きを睨みながらも、ヴィレッサは引き金を弾いた。

 急いだために魔力の充填は不十分だ。けれど敵に脅威を覚えさせるには充分すぎる破壊力が発揮される。


 放たれた砲撃は、城壁に迫る敵陣の横腹を食い破った。巨大な爆発が広がって、数千の命をまとめて葬り去る。

 レミディア軍からは悲鳴と怒号、混乱しきった声が上がった。

 そして城壁上の帝国軍からは、一拍の静寂を置いて歓声が沸き起こる。

 味方の声には応えたいヴィレッサだったが、残念ながら、手を振り返すほどの余裕はなかった。


「っ……!」


 爆発が治まった直後、数十枚の円刃が騎兵部隊に襲い掛かってきた。撒き散らされた衝撃で動きは乱れていたが、その刃の鋭さは失われていない。

 親衛騎士は馬の速度を落とさぬまま、障壁を張り、剣を振るって対抗する。

 だが数名が腕を斬られ、身体を深く抉られ、血を吐きながら落馬していった。


 ヴィレッサの眼前にも円刃は迫っていた。ゼグードが突き出した槍に数枚が叩き落とされたが、残りは器用に空中で旋回する。幼い身体を切り刻もうと狙ってくる。

 咄嗟に掲げた魔導銃と、鋭利な刃がぶつかり合った。

 甲高い音を立て、火花を散らし、弾かれた刃は空中へと戻っていく。


『マスター、あの魔導遺物は危険です』

「ああ……おまえが傷ついたのは、初めてじゃねえか?」


 ほんの小さな傷ではあるが、銃身が斬られて欠けていた。


『機能障害はありません。ですが、流体魔鋼の補充には時間が掛かります』

「気をつけるぜ。出来れば、一気に魔導士本人を叩きたいが……」


 魔導銃を拡散(ショットガン)形態へと変形させると、空中へ向けて撃ち放った。

 再襲撃を行おうとしていた円刃は、すぐに反応して散らばる。しかし無数に広がる魔弾は回避しきれず、まとめて叩き落されていった。


「一旦、動きを止めればなんとかなるな。他に反応はあるか?」

『近くには確認できません。警戒を続けます』

「よし。あとは……目の前の奴等を蹴散らすぜ!」


 先程の砲撃によって、レミディア軍は大混乱に陥っている。騎兵部隊に向けて槍を構える兵士もいたが、ばらばらの動きでは脅威にも成り得ない。

 加えて、『一騎当千』によって守られた騎馬は並の武器など跳ね返す。

 そもそも、槍先を掠らせるつもりもなかった。


「死にたくなけりゃ、死んだフリでもしてやがれ!」


 優しく降伏を促してやってから、拡散形態の引き金を弾く。

 放たれた魔弾は、空中で文字通り拡散し、無数の死をばら撒いた。槍を構えようとしていた兵士たちは、まとめて穿たれ、吹き飛ばされて、無惨な屍を晒す。


 そこへさらに、馬蹄による蹂躙が行われる。

 僅か百騎とはいえ、一歩ごとに死を振り撒く集団が駆け抜けていくのだ。帝都に攻め入る寸前だったことも忘れて、レミディアの兵士は我先にと逃げ惑った。


「あのデカブツも片付ける。爺さん、潰されんなよ!」

「姫様こそ、どうか無茶はなさいませぬよう」

「はっ、ちょっと木登りするようなもんだ」


 軽く笑みを返すと、ヴィレッサは空中へと黒馬を駆けさせた。

 城壁ほどの高さのあるゴーレムは、すでにこちらへ拳を向けようとしていた。けれどその動きは鈍い。攻城兵器としては優秀かも知れないが、騎馬に対するには遅すぎる。

 ましてやヴィレッサにとっては、その巨体は良い的でしかない。


『事前の情報通り、背部から繋がる『鞭』を貫けば機能は停止するはずです』

「だったら、コイツの出番だな」


 長い銃身を備えた狙撃形態へと、魔導銃を変形させる。その間にも巨大ゴーレムは拳を振り下ろしてきたが、空中を駆ける黒馬には掠りもしなかった。

 一気に頭頂部まで駆け上がると、ヴィレッサは銃口を下へ向ける。

 巨体の頭から、股下へと、一直線に魔弾で撃ち貫いた。

 単純に穴を開けただけではない。内部に衝撃も撒き散らしていったのだ。


「粗大ゴミも、しっかり持ち帰らせねえとな」


 内部で束ねられていた『傀儡裂鞭』を破壊されて、ゴーレムは停止する。

 その背中を駆け下りつつ、黒馬に蹴らせると、巨体はレミディア軍の頭上へと倒れていった。


 呪詛にも似た悲鳴と、肉や骨が潰れる音が耳に当たる。

 ヴィレッサは振り返りもせず、そのまま空中を駆けた。地上からは親衛騎士たちも、ゼグードを先頭に崩れた城壁の間を抜けてくる。


『マスター、ディアムント様を発見しました。交戦中のようです』

「ん……なんだよ、皇帝のくせに無茶してやがるのか?」

『……御自分に対する皮肉ですか?』

「うっせえ。それよりも場所は……あそこか!」


 炎に包まれた街の一角で、魔力光が明滅していた。剣戟の音も響いてくる。

 また距離はあるが、拳を振るう敵魔導士の姿は捉えられた。


「あの男……見覚えがねえか?」

『肯定。バルツァール城砦で遭遇しております。『崩甲拳』のバワードと名乗っていました』

「ああ。最初に出てきた奴か」


 まあどうでもいいか―――、

 思考を切り替え、狙撃形態の照準を定める。

 その途端、まだ遠方にいるバワードが振り向いた。襲い掛かる帝国兵の剣を避けつつ、はっきりとヴィレッサを見据える。


「な、に―――」


 ヴィレッサは戸惑いを覚えながらも引き金を弾いた。

 だが同時に、バワードも横に跳んでいた。

 一瞬前までバワードがいた場所を、魔弾は通過する。肉塊を生産するはずだったが、地面を抉って石礫を散らしただけだった。


「とんでもなく勘のいい野郎だな! ディード!」

『了解。この戦場では、速射形態が最適です』


 ヴィレッサが頷くと、二丁に分かれた魔導銃を構えなおした。

 眼下には平民の住む家々が並んでいる。その屋根に隠れながら、壁を壊しながら、バワードはヴィレッサとの距離を詰めようと迫ってきていた。


 もっとも、住宅の屋根程度では魔弾を防げはしない。

 姿が見えないのも問題にならない。すでに生体反応は捉えていた。

 続け様に速射形態の引き金を弾く。だが、避けられる。

 期待した断末摩の悲鳴は上がらず、代わりに笑い声が投げられた。


「ははっ、バルツァール以来だな! 探してたぜ!」

「そいつはご苦労だったな。勝手に地獄まで探しに行きやがれ」


 言い返す間にも、ヴィレッサは黒馬を駆けさせながら、眼下へと魔弾を放っている。しかしやはり当たらない。

 捉えきれないほどの速度ではない。強化術を施した騎士程度ならば逃がさないくらいには、ヴィレッサの技量も上がっている。

 バワードの動きは、魔弾が放たれる瞬間を先読みしているかのようだった。


「っ、どんだけ勘がいいんだよ! テメエはニュータイプか!」

「はははっ、楽しいぜ! ビリビリ感じる! 相変わらず凄え殺気だ」

「ただの変態野郎かよ!」


 罵声と舌打ちを落としながら、ヴィレッサは戦場を移そうとした。

 こういう手合いには拡散形態が向いている。けれど周囲には帝国兵もいるため、位置取りを考える必要があった。


 手綱を引き、馬首を巡らせる。

 だが攻撃が緩んだ瞬間、眼下から破壊音が響いた。

 住居の屋根に穴が開き、その破片が無数の弾丸と化してヴィレッサを襲った。


「っ……!」


 不意を打たれたとはいえ、さしたる攻撃ではない。その程度の打撃ならば『赤狼之加護』で無力化できる。

 しかし、目眩ましと足止めの効果はあった。

 一瞬の隙を突いて、跳躍したバワードが距離を詰める。


「はぁっ、ようやく殴れるぜ!」

「ナメてんじゃねえ!」


 手が届くほどの距離で睨み合う。けれどそれは一瞬のこと。

 バワードが拳を振り抜くよりも早く、ヴィレッサは引き金を弾いていた。

 左手は頭、右手は胴体を狙って。


 だがそれすらも躱される。

 バワードは空中で身を捻ると、素早く腕を伸ばして、二丁の魔導銃を掴み止めた。銃身を握り潰そうかという程に力を込めてくる。

 ほんの微かに、頑強な銃身が軋む音を立てた。


「これでもう、コイツは撃てねえな。今度は俺の番だぜ」


 勝利を確信したのか、バワードはにんまりと口元を吊り上げる。

 確かに、がっしりと握られた魔導銃は、ヴィレッサの力でも振り解けそうにない。下手をすれば、このまま握り潰されそうでもある。

 両手を塞がれているのはバワードも同様だが、蹴りのひとつでも出せれば、子供相手に格闘戦で負けるなど有り得ないだろう。


 まだ空中にあることを考慮に入れても、明らかにバワードが優位―――、

 傍目にはそう見えたかも知れない。

 けれどヴィレッサは、呆れとともに吐き捨てた。


「いつ、”あたしたち”が、接近戦が苦手だと決まった?」

「……あ゛?」


 バワードの声が濁る。

 その言葉尻に、奇怪な音が混じった。

 ビギリ、と。


 同時にバワードの体が揺らぐ。魔導銃を握っていた手も開き、ずり落ちた。

 何故なら―――その腕が、肘から捻じ曲げられていたから。


 真っ赤な外套から伸びた四本の帯が、触手のようにバワードの手足に絡みついていた。『赤狼之加護』から伸びる帯は自在に動く。人間の大人程度の力しか発揮できないが、人体を壊すには充分な力だ。


『関節技の知識はありましたが、習熟するには苦労させられました』


 平淡な口調を漏らす間にも、ディードは的確に赤い帯を操っていく。肘、手首、膝など、人体の継ぎ目を次々と破壊していく。

 容赦なく、徹底的に。あるいは機械的に。

 折られた骨が肉を突き破り、鮮血が舞い散った。

 血を吸った外套は、さらに悦ぶように帯を伸ばし、バワードの首へ絡みつく。


「あ゛、がっ……なん、で……ざづい゛が……」

「殺意が感じられなかったって? んなこたぁ、地獄で考えな」

『幸か不幸か、私は人間とは違いますから』


 『赤狼之加護』の制御は、元よりディードに任せている。だから野生的な勘を持つバワードにも、殺意を感じさせなかった。

 だが、そんなことを丁寧に教えてやる義理もない。


 自由になった魔導銃をあらためて構えると、ヴィレッサは引き金を弾く。

 同時に、バワードの首は背中まで捻じ曲げられている。放たれた魔弾は、その後頭部を撃ち抜いて砕き散らした。


「はっ……」


 地面へと落ちる凄惨な死体を見下ろして、ヴィレッサは眉を顰めた。

 敵戦力のひとつを潰したのは良いのだが―――。


「さすがに、ちっとやり過ぎたか?」

『確実に敵を葬っただけです。問題ありません』


 冷淡な声に、ヴィレッサは苦笑を零しつつ頷く。

 黒馬の手綱を握りなおすと、次の戦場へと駆け出した。



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