第8話 帝都攻防、崩壊と蹂躙と
城壁と肩を並べるほどの巨大ゴーレムが迫ってくる。
錬度の低い軍ならば、それだけで壊走してしまう光景だろう。
けれど帝都城壁を守る兵士達は、落ち着いて対処に当たっていた。
巨体に対して、自分達が直接に剣を振るう必要はない。美しくも苛烈な戦いをする女魔術師を援護すればいいのだ。
「朝から三体とは、今日は随分と張り切ってるわね」
帝都へ帰還して以来、シャロンは積極的に前線で戦っていた。強力な魔術を披露して敵兵の損害を増やしつつ、敵魔導士の注意を引くのが目的だ。
可能であれば、敵本陣や対転移結界を破壊し尽くしてしまいたいところだった。しかしレミディア軍も警戒していて、本陣である飛翔船はかなり距離を置いて停泊している。簡単な魔術では、効果を及ぼすのも難しい。
最大級の魔術、星墜としなどであれば、一気に消し飛ばせるだろう。けれど準備に時間が掛かるし、城の奥に篭もって発動できるものでもない。
戦場全体を『殲滅輪』が睨んでいる状況では、それは危険すぎる賭けだった。
とはいえ、魔導士二名、『殲滅輪』と『傀儡裂鞭』を引きつけておける状況は悪くない。緊張は強いられるが、それだけ味方の被害を少なくできる。
「右から三、いや五枚だ! またあの円刃が来るぞ!」
「城壁下からも狙ってやがる。抜かせるな!」
「はっ、シャロンさんには傷一つ付けさせねえよ」
「張り切りすぎるなよ。どうせテメエの顔じゃ、口説いたって無駄なんだからよ」
兵士達が軽口を叩く間にも、シャロンは巨大ゴーレムを氷漬けにして、砕き散らしていく。砕けた巨体は堀を埋める材料にもなってしまうが、そこまでは気に留めていられない。
いつでも円刃と鞭の攻撃を警戒しないといけない。帝国兵の援護は頼もしいが、完全に防御を任せる訳にもいかなかった。
敵本陣を急襲する、という考えも頭に浮かんだ。
転移術は封じられているが、空を飛んでいけば可能だろう。けれど敵も天馬騎士や魔術師部隊を置いて防衛を図っている。そこで魔導士二人をまとめて相手取るのは、さすがに無謀だと思えた。
帝国側で空戦可能な兵は、各地の飛翔船対策に向かってしまっている。各領地を守るために、兵の集まりが悪かったのも痛い。
今更ながら、帝国内の不安定さが、じわりと戦況に影響を及ぼしてきていた。
「だけど、まだ追い込まれてはいないわね。もう少し敵を減らせれば……」
三体目のゴーレムを倒して、崩れ落ちた巨体を見下ろす。
シャロンが城壁に戻ると、今度は兵士たちが前面に出て迎撃に当たる。城壁を破ろうと群がるレミディア兵に、矢を射掛け、重い石を落とし、煮えたぎった油を降り注がせる。
レミディア軍は攻めあぐねているように見えた。
だがその時、別方向の城壁から大きな音が響いてきた。
「っ、あれは……!」
怒号と悲鳴が流れてくる中で、シャロンは苦々しく歯噛みする。
南側城壁の一角で火の手が上がり、激しく白煙が立ち昇っている。その白煙の奥、破られた城壁からレミディア兵が雪崩れ込んできていた。
城壁の一部が破られ、帝都へ敵兵の侵入を許してしまう。
衝撃的かつ屈辱的な事態だが、ディアムントは内心の動揺をどうにか抑えつけた。内城門の前に設置した本陣から、兵に指示を出し、自らも腰を上げる。
「侵入してきた敵は、こちらで押し返す。我に続け!」
予備兵力を一気に投入して、反撃に打って出た。城下街を戦火に巻き込んでしまうが、こうなっては他に手段はない。
出陣すると、すぐに『断傲剣』を起動させた。
大量の魔力を消費してしまうので、恐らくはこれが最後の一回となるが―――。
ここ数日の戦いで、敵が魔導遺物の機能を停止させられるのは分かっていた。
『断傲剣』を使うと、即座に封じられてしまうことも。
よほど警戒しているのだろう。
だが、それを逆手に取ることもできる。
ディアムントが『断傲剣』を使った直後には、レミディアの魔導士も後退する。自分たちの力も封じられるのだから、安全を図るのは当然の判断だろう。
つまりは、短時間ながら純粋な兵力同士の戦いとなる。
その間に侵入部隊を蹴散らし、城壁を修復しようという計算だった。
城壁が崩れた際、『地炎獄剣』と『崩甲拳』の姿も確認されていた。どちらも正面から戦うには厄介な相手であり、可能ならば無力化している内に討ち果たしたいところだ。
「押し返せ! 突撃せよ!」
ディアムントの読みは当たった。『断傲剣』は発動させてすぐ、機能を停止させられたが、戦闘自体は帝国軍が優位に立った。
広い街路を、ヘルラーンが指揮する騎兵部隊が突撃していく。ここ数日、祖父の仇であるシャロンに見せ場を奪われるばかりだった彼だが、その鬱憤を晴らすように豪快に敵部隊を蹴散らしてみせた。
ヘルラーンは突撃の先頭に立ち、次々とレミディア兵を斬り伏せ、馬蹄で踏み潰していく。帝都へ侵入してきたレミディア兵は、まだ隊列を組むことすらできず、あっけなく刈り取られていった。
ディアムント率いる本体も、大穴が空けられた城壁へと迫った。
あとは、魔術師部隊によって素早く修復作業に取り掛かる予定だったが―――、
「っ、が、ぁっ―――」
「ヘルラーン!」
ディアムントが救援を呼びかけようとした時には、すでに遅かった。
突撃の先頭を駆けていたヘルラーンは、地面から吹き出してきた炎に包まれ、乗っていた馬ごと倒れ伏した。さらに駆け込んできたレミディア兵が、槍を突き出してトドメを刺す。
割れた地面と逆巻く炎に遮られて、帝国軍の足は止められてしまった。
「おのれ……レミディアの十二騎士か!」
「如何にも。十二騎士が四位、『地炎獄剣』のフレナンドと申す」
破れた城壁の前に立っていた男は、炎を纏った剣を手にしていた。男の背丈ほどもある長剣だが、片手で軽々と振るい、空中に炎を舞わせてみせる。
「異教徒の王、ディアムント陛下とお見受けした。その首、我が神のために奉げさせてもらおう」
「ふん、狂信者か。自らの首でも奉げておけ」
危険な眼光を受け止めて、ディアムントは油断なく黒剣を構える。
その正面を守る形で、『金剛盾』のディルク、『銀流盾』のガイウスも歩み出た。周囲にはレミディア兵の数も増えてきているが、将たる十二騎士を討ち取れば、撤退に追い込めるだろう。
だが、一人だけに狙いを絞るのは難しそうだった。
「大将首の匂いがするぜぇっ!」
場違いな明るい声とともに、城壁がまた大きく崩される。そこから黒髪の若い男が駆け入ってきた。
どよめく兵士達には目もくれず、高々と跳び上がり、真っ直ぐにディアムントへ向かってくる。
「テメエが大将だな! 俺は十二騎士の八位―――」
「―――『崩甲拳』のバワードか!」
互いの声は、甲高い激突音によって掻き消される。
空中に浮かんだ無数の『銀流盾』と、バワードが振り下ろした拳がぶつかり合った。数枚の盾が一気に砕かれ、しかし辛うじて拳を防ぎ、バワードは少し離れた場所へと着地する。
直後、フレナンドも動いた。
長剣が地面に突き刺されると、そこから大きな地割れが生じる。同時に、人間を丸ごと焼き尽くせるほどの炎が噴き出した。
地面を駆けるように向かってくる炎は、真っ直ぐにディアムントを狙う。
護衛の騎士ごと焼き尽くすかと思われた。
けれど炎は、『金剛盾』によって完全に遮断される。地面深くまで突き刺さった巨大な光の盾が、小揺るぎもせずに熱すらも防いでみせた。
「こちらの守りは破られぬ! 今の内に、奴等を討て!」
ディアムントの指示が飛び、兵士たちが前に出る。
同時に、弓矢や魔術も放たれた、が―――、
空中を薙ぐように炎の幕が広がった。『地炎獄剣』は大地の熱を利用して、炎を自在に操る。その炎は兵の前進を止めるだけでなく、弓矢や魔術も焼き尽くしてみせた。
フレナンド自身は、炎の奥へと距離を取る。
そして今度は、周囲の家々に火を放ち始めた。城壁近くの住民は避難を終えているが、だからといって被害を放置はできない。
「異教徒どもに、住む家など不要」
「っ……街ごと焼くつもりか! やらせるな!」
障壁を張った兵士の一団が炎を裂いて攻めかかる。ディアムントも前に出ようとした。
しかしその横から、またも突撃してくる影があった。
「俺を無視してんじゃねえ!」
地を蹴り、苛烈なまでの速度で、バワードが迫ってくる。
すぐさま『金剛盾』のディルクが反応して、光の盾をそちらへと回した。
盾と拳が激突する。凄まじい衝撃が巻き起こり、石畳や、周りにいた兵士たちもまとめて弾き飛ばした。
城壁すら砕けるほどの一撃だった。
それでも絶大な堅牢さを誇る『金剛盾』には傷一つ付かない。
だが、揺らぎはした。
衝撃を受けて、単純な力で、盾を持つディルクの体勢ごと崩される。そこへ二撃三撃と、続け様に拳が打ち込まれる。
「ぐっ……こ、これしきで……」
「雑魚には用がねえんだよ! ぶっ飛べや!」
一際強烈な打撃を受けて、ディルクの体は盾もろともに殴り飛ばされた。
手甲型の魔導遺物『崩甲拳』は、装着者の身体能力を爆発的に増強させる。単純な腕力も、肉体の頑強さも与えるという。さらにその拳は特殊な震動を放ち、触れる物質すべてを砕き散らす。
あまり多人数の戦闘に向いた魔導遺物ではない。
しかし一対一となった場合、その恐ろしさは存分に発揮される。
頼れる親衛騎士を吹き飛ばされて、ディアムントも戦慄を覚えずにはいられなかった。それでも怯んでいる暇はない。黒剣を強く握って前に出る。
「我が騎士を倒したのは誉めてやろう。だが、これで終わりだ!」
「終わるのはテメエの方だ!」
ディアムントは一息に間合いを詰め、黒剣を振り下ろした。
バワードも拳を突き出す。だが、ディアムントの方が速い。
鍛え上げられた剣技は、握られた剣に最高の力を与えた。最短の軌道を取って、最速で敵の体へと到達し、真っ二つに斬り裂こうとした。
剣技だけならば、ディアムントに匹敵する者は大陸中でも片手で数えられるほどだろう。
だが、そんな積み重ねた努力すら、魔導遺物はあっさりと引っ繰り返す。
「っ―――!?」
突き出されたバワードの拳は、確かにディアムントに”届かなかった”。
しかし空気を叩き、その衝撃で振り下ろされる剣ごと弾き返した。
黒剣を握ったまま、ディアムントは背後へと大きく吹き飛ばされる。家屋の壁を破り、そのまま汚れた床に転がされた。
「へ、陛下っ!?」
「ぐ……ぅ……」
鎧と障壁で守られたおかげで、大した怪我は負っていない。しかし肺から空気を搾り取られるほどの衝撃を受けて、すぐには立ち上がれなかった。
「皆の者、陛下を御守りしろ!」
親衛騎士が隊列を組み、『銀流盾』のガイウスも無数の盾を浮かび上がらせる。
周囲の兵士も剣を振り上げて―――、
だが、バワードの相手にはならない。
魔力を纏った拳が振るわれるたびに、数名がまとめて吹き飛ばされていく。
辛うじて『銀流盾』だけは、その突撃を遅らせていた。しかし空中に浮かぶ盾は数を減らされ、親衛騎士たちも後ずさりさせられる。
さらに、事態は悪化していた。
開いた城壁の穴が、大きく崩されようとしていた。城壁の向こうに巨大ゴーレムが迫っていたのだ。頭が見えたかと思うと、直後に太い腕が振るわれて、脆くなっていた壁は完全に崩壊してしまう。
瓦礫を押し退け、レミディア軍の後続部隊が雪崩れ込んでくる。
城壁上の帝国兵はまだ攻撃を加えているが、敵の勢いは増すばかりだ。
「っ、帝都が……」
兵士の一人が呟いた。
帝都が蹂躙される―――、
最悪の想像をしてしまって、周りにいた兵士も騎士も、ディアムントでさえも、愕然として戦意が消えていくのを止められそうになかった。
あとひとつ、何かが起これば帝国軍は瓦解するだろう。
そんな様子を見て取って、バワードは勝利を確信したかのような嘲笑を浮かべた。
「はっ、退屈な奴等だぜ。もっと楽しめるヤツはいねえのかよ?」
「……楽しめる、だと?」
ようやく立ち上がったディアムントが、鋭い眼光とともに問いを投げた。
バワードは僅かに眉を顰めながらも、口元の嘲笑をさらに濃く見せつける。
「そうだ。もっと強いヤツを出せよ。そのために俺は、わざわざ帝国まで足を運んでやったんだぜ?」
「なるほど……楽しむため、それだけのために侵略を行うと言うのか」
「あん? なんか文句でもあるってのかよ?」
舌打ち混じりに問い返したバワードの目には、一切の迷いが無い。
心の底から楽しんで力を振るい、弱者を省みない者の目だ。
一歩間違えれば、ディアムントも同じような人間になっていただろう。生まれながら皇族として権力を持ち、それを振るうことに疑問も覚えず、他者が従う世界を当り前のものとして受け入れていた。
けれど、生まれたばかりの娘を奪われた時に、虐げられる痛みを知った。
その娘が、幼い子供の戦う姿が、己の責務の重さを思い知らせてくれた。
だから―――心が奮い立つ。
いくらでも、立ち向かってやろうと思える。
「貴様のようなクズに、我が国を好きにはさせぬ」
ディアムントは黒剣を強く握りなおし、構える。
睨まれたバワードは、僅かに怯んだように下がりながらも、拳を構えて腰を落とした。
「けっ、吠えてんじゃねえよ。弱えくせに、まだ勝てるとでも思ってんのか? 見下すような目をしやがって……」
踏み込もうと、バワードが足に力を込めた。
しかし一撃を繰り出そうとしたところで踏み留まる。
突如として、轟音が響いてきた。
戦場全体を揺るがすような衝撃が、空気に乗って伝わってきたのだ。
怒号と悲鳴と、そして歓声が流れてきた。
「なん、だ……?」
場の一同が、揃って疑問を覚える。
大きな爆発でも起こったような衝撃は城壁の外から伝わってきた。
怒号と悲鳴も。恐らくは、レミディア軍に何かが起こったのだろう。
けれど歓声は、城壁上の帝国兵が上げたもので―――。
「間違いありません。黒地に金狼の旗です!」
「黒地金狼……では、あの先頭の黒馬は……!」
「はい! ヴィレッサ皇女殿下です! 援軍に来てくれたんですよ!」
「ヴィレッサ殿下が……魔弾皇女様が!」
どっと歓声が大きくなる。
つい先程まで予感していた敗北を忘れ去ったかのように。
雄叫びに混じって、一際大きな、雷鳴にも似た馬の嘶きも響いてきた。
そして、逆撃が始まる。
混迷とした戦場に、さらなる死が振り撒かれようとしていた。




