第6話 帝都攻防、全軍激突戦
そこそこ増量中。
不意に現れた巨大ゴーレムにより、帝国軍先鋒部隊は手痛い打撃を受けた。
城壁ほどの背丈があるゴーレムは、その拳を振るうだけでも、並の攻城兵器以上の破壊をもたらす。次々と兵士が潰され、殴り飛ばされていった。
魔導遺物『傀儡裂鞭』―――形状は、先端が無数に分かれた伸縮自在の鞭である。武器として使えば、高速かつ変幻自在な動きで敵を斬り刻める。さらには絡め取った相手から魔力を吸収できるという。
そうして溜め込んだ魔力により、数多の傀儡を作り出せるのだ。
巨大ゴーレムの背部から、数本の鞭が伸びている。それを辿っていけば、操り手であるミュリエルへと辿り着けるはずだ。
しかし鞭は途中で地面に埋まっていて、掘り返している暇もなさそうだった。
「正面のデカブツは、私が」
「いいだろう。可能な限り、犠牲を減らせ。其方の判断を信じる」
シャロンは術式を発動させ、上空へと舞い上がる。
ディアムントは素早く指示を飛ばして、兵士たちに後退と防御を命じた。
可能な限り―――その言葉には、多少の犠牲には目を瞑るという意味も含まれている。兵士数名の命を惜しんで、大規模魔術を使う機会を見逃していては、シャロンの命も危険に晒されるかも知れない。
ディアムントの配慮に、シャロンは微笑で頷いて感謝を示す。
けれど内心では、侮ってもらっては困る、とも思っていた。
「魔導遺物の力を借りても、所詮は即席のゴーレムね」
軍を相手にするならば有用だろう。しかし魔術師でも剣士でも、ある程度の腕を持つ者ならば、一人でも倒せるはずだ。
なにせ、動きが鈍い。
シャロンは一気に飛んで、ゴーレムの頭部へと迫った。巨大な拳が振り上げられたが、あっさりと避けて、土が固められている頭頂部へと触れる。
すぐさま術式を発動させた。
魔力を込めた指先が触れた箇所から、白い靄が広がっていく。瞬く間にゴーレムの巨体すべてを白く包み込み、凍りつかせた。
「たぶん、氷もゴーレムとして操れるんでしょうけど」
一時でも動きを止められれば充分。
それに、砕きやすくなった。
シャロンは腰の剣を抜くと、凍りついた頭部へ突き刺した。剣に纏わせるように魔法陣を描き、切っ先から術式を発動させる。
轟風が衝撃とともに放たれ、巨大な頭部を砕き散らした。
ゴーレムが痛みに呻くように身を揺らがせる。それでも凍りついた巨体は満足に動けない。
シャロンはまた剣を突き出すと、両肩、胸、腹と、あっという間に砕き下ろしていった。ゴーレム内部にあった鞭の先端も衝撃に叩かれ、地面に落ちると、最後に残った巨大な両脚も倒れながら崩れていった。
後退していた帝国兵から歓声が上がる。
シャロンが勝利を誇示するように剣を一振りすると、歓声は一際大きくなる。
美しく鮮烈な戦いぶりに、大勢の兵士が魅了されていた。
そうして昂ぶった士気は、左翼で小型ゴーレムの群れを相手取っている兵士にも伝播する。やや混乱して押され気味だった隊列も、冷静さを取り戻した指揮官の声によって押し戻され、反撃も行っていく。
「さすがは帝国軍、味方にすると頼もしいわね」
安堵とともに呟いたシャロンだが、油断はしていなかった。
空中に浮かんだまま身を捻り、剣を一閃。下方から迫ってきた鞭を弾き返す。
地面から伸びた数本の鞭が、生き物の触手のようにシャロンを狙っていた。
「……厄介ね」
シャロンが眉を顰めたのは、鞭を”弾き返す”ことしかできなかったからだ。
剣で斬り落とすつもりだった。けれどよほど頑丈な魔導遺物なのか、鞭の表面を僅かに削っただけに留まった。
舌打ちを堪えている間にも、鞭はまた襲い掛かってくる。
鋭い攻撃だが、さほど正確ではないので避けるのも難しくない。操り手が近くにいない所為だろう。しかし鞭の数が増えれば、やがて追い込まれてしまう。
だからシャロンは、相手にしないことにした。
斜め下方の森を睨み、素早く術式を発動させる。短距離の転移術だ。
鞭が空を切った直後、シャロンは森の上空へと再び現れる。すぐさま別の術式を発動させ、焼き払った。
森の一角に城壁のような炎が現れる。木々を赤々と照らし、灰と化していく。
一気に数百名の命を奪えそうな炎壁は、『傀儡裂鞭』を操る魔導士本人を狙ったものだ。たとえ地中に鞭を隠していても、その魔力の流れまでは誤魔化せない。
魔力の気配から、相手のおおまかな位置は掴めていた。
その感覚は間違っていなかった、が―――、
「っ……!」
炎の壁が揺らぐ。
次の瞬間、黒々とした風が竜巻のように吹き荒れた。
束ねられた無数の鞭が渦を巻いて、炎の壁を薙ぎ払っていくのだ。『傀儡裂鞭』は魔力を吸収する。その性質を思い出して、シャロンは舌打ちした。
けれど一撃を加えられたのは間違いない。
黒々とした渦が治まると、焼け焦げてひらけた森の中に、一人の女が立っていた。片手に鞭を持ち、露出の多い服を纏っている。黒一色の不吉な、扇情的な服装だが、その裾に微かな焦げ跡がついているのも見受けられた。
どうやら魔力を吸収するといっても、完全に無効化できる訳ではないらしい。
「十二騎士の一人、ミュリエルね?」
上空から、シャロンが涼やかな声で問い掛ける。
女も静かに頷くと、妖艶な微笑を浮かべながら答えた。
「ええ。十一位、『傀儡裂鞭』を授かっているわ。もう知ってるみたいだけど……そちらは? 帝国にエルフィン族の魔術師がいるなんて聞いていないわよ?」
「生憎、戦場で名乗るのは好きじゃないの。『銀髪の悪魔』とでも呼びなさい」
「あら、自分で『悪魔』なんて名乗るだなんて……」
緩やかに微笑んでいたミュリエルだが、急に言葉を止めて眉を顰めた。
その単語が記憶に引っ掛かったらしい。
「まさか、かつて帝国に大打撃を与えた? 長耳の死神?」
「さあね。ただ、貴方の死神にはなるかも知れないわ。武器を捨てて投降するなら避けられるでしょうけど?」
剣を突き出しつつ、シャロンは新たな魔法陣を浮かべる。
長々と問答をするつもりも、相手が決断するまで待つつもりもない。すぐに降伏するなら命だけは助けてやるが―――、
そんな容赦ない判断に、ミュリエルも即座に対応した。
「残念だけど、こっちも捕まるのは趣味じゃないのよ」
振り払われた鞭が影のように伸び、シャロンを捉えようとする。無数に分かれた鞭は、とても剣一本では払い尽くせない。魔力を喰らう性質を考えれば、障壁で防ぎきるのも不可能だろう。
だからシャロンは、即座に転移して、ミュリエルの背後を取った。
「なら、死になさい」
「貴方が、ね」
シャロンが剣を突き出す。しかしその切っ先は、鞭によって弾かれた。
同時に、地中から現れた鞭がシャロンを絡め取ろうと襲い掛かる。
「え……!?」
愕然とした声を漏らしたのはミュリエルだった。
鞭に囲まれているはずのシャロンの姿はなく、代わりに魔法陣が浮かび上がっていた。連続で転移術を使い、その魔法陣のみを置き去りにしていったのだ。
危機を察したミュリエルは、咄嗟に鞭を振るって術式を食い破ろうとする。
だが、爆炎が噴き出す方が早かった。
「っ―――!」
辺り一帯が業炎に包まれる。
さらにシャロンの攻撃は止まらない。上空へと転移した後、すぐさま別の術式を発動させた。天より現れた巨大な光の柱が、ミュリエルを焼き尽くし、叩き潰すべく、凄まじい衝撃とともに地上へと落下した。
戦場の喧騒も打ち消すほどの轟音が響き渡る。
離れた場所にいた帝国兵やゴーレムも、余波を受けて多数が吹き飛ばされた。
やがて光が消えていくと、後には円く焦土と化した森が残った。
ミュリエルの死体も無い。ゴーレムたちが停止したことから、打ち倒せたとも考えられた。
だが、微弱な魔力の流れをシャロンは感じ取っていた。
「転移で逃げたわね……」
シャロンは苦々しく呟く。危険な相手を仕留めきれなかった。
それに、レミディア軍の最大戦力である十二騎士が、ほとんど単独で出てきているというのも気になった。恐らく目的は足止めで、本隊には彼女以上の戦力が揃えられていると推測できる。
帝都が持ち堪えられているかどうか、不安に駆られる。
だが敵が戦力を揃えているのならば、尚更に急ぐ訳にはいかない。
兵の疲弊を避け、万全の態勢で挑むべきだろう。いまの戦いで負傷した兵も治療しなければいけない。
敵を退けるのは成功した。しかし勝利とは言えない。
口惜しいが、ミュリエルには見事に時間を稼がれてしまった。
「でも……次は必ず仕留めるわ。レミディア軍ごとね」
大切な、娘たちのためにも―――。
強く握った拳を胸に当てると、シャロンは本陣へ帰還するべく身を翻した。
僅かに足止めを受けた帝国軍だが、その後は順調に南進を続けた。
レミディア軍によって帝都が包囲されていることも、全軍に伝えられた。兵士のほとんどは衝撃的な報せに、まず驚愕し、次に怒りを覚えて奮い立った。
軍の不在を突いての侵攻など盗人と同じではないか、と。
隙を見せたディアムントにも非はあるのだが、無論、兵の前でそんなことを認めはしない。高まった士気をわざわざ下げるほど、愚かな指揮官ではないのだ。
多少ながら、連戦の疲れはある。
しかし充分な士気を保ったまま、ディアムントが率いる軍は帝都へと迫った。
そうして帝都を囲むレミディア軍と対峙する。
北方にも兵を残してきたため、帝国軍の兵力は僅かに減じて五万となっている。しかし帝都を守る兵も加えれば、レミディア軍八万ともほぼ拮抗する。
加えて、帝都周辺での戦いとなれば『断傲剣』が使える。
帝国に忠誠を誓った十万の兵士を召喚できるのだ。
城壁上で戦っていた守備兵は、帝都へと迫ってきた皇帝旗を見つけると、もう勝ったような歓声を上げた。大勢の兵士たちも喜びの声を上げて、そのまま出撃してきそうな勢いだった。
さすがに敵が眼前にいる状況では、城門は閉じられたままだったが―――。
レミディア軍は一旦攻勢を止めると、帝国軍主力を迎え撃つべく陣を組んだ。
帝都北東の平原で、両軍は睨み合い、すぐさま激突を開始する。
「向こうから突き掛かってくるとはな。レミディアにしては良い決断をする」
本陣から戦場を見渡しながら、ディアムントは顎を擦った。
不利ではないが、残念な展開ではある。本格的な衝突の前に、大きな一撃を叩き込んでやろうと狙っていたのだ。
シャロンによる、星墜としの秘術を以って。
「まだ敵本陣は狙える位置です。衝撃の余波で、前線が乱れるとは思いますが」
「その程度ならば、我が軍はすぐに立て直せる。すでに一度見ているからな」
「では、取り掛かっても?」
「うむ。期待している」
ディアムントは頷くと、親衛隊に命じて周囲の警戒に当たらせた。
術式に集中する間、シャロンはほとんど無防備になってしまう。いきなり本陣が狙われるとは考え難いが、自分たちがやったことを、敵がやらないとは限らないのだ。
陣を組む親衛隊員に軽く一礼してから、シャロンは術式の準備へと入った。
だが魔力を巡らそうとして、ふと留まる。
「……陛下、残念ですが、いま術に取り掛かるのは難しいようです」
「む……?」
シャロンは斜め上方を睨みながら、腰の剣を抜き放つ。
すぐにディアムントと親衛隊も、同じものを見つけて全身に緊張を走らせた。
「敵襲! 陛下を御守りしろ!」
声が上がると同時に、小さな黒い影が迫ってくる。
円盤状の影が十数枚。回転しながら空中を飛んでくるそれは、鋭利な輝きも纏っていた。
「っ、あれはまさか『殲滅輪』か!」
ディアムントが目を見開く間に、十数枚の円刃は、数十枚へと分裂していた。
さらに速度を増し、目で追えぬほどの動きで迫ってくる。本陣にいる者すべてを斬り刻もうという殺意も感じさせた。
親衛隊員二名が前に出て、大きな盾を掲げる。
直後、金属質の音が響き渡った。
魔導遺物『殲滅輪』は、その刃で鋼さえも容易く切り裂く。魔術による障壁でも並のものでは弾くことさえ叶わない。
たとえ分厚い盾を持った親衛隊員でも、無惨に斬り刻まれ、死体となって地面に転がるかと思われた。
だが、弾かれたのは『殲滅輪』の方だった。
光で形作られた巨大な盾が浮かんでいた。それが円刃を跳ね返したのだ。さらにもう二回りほど小さな光の盾が、本陣を囲む形で無数に浮かんでいる。
魔導遺物『金剛盾』と『銀流盾』、皇帝の親衛隊員に授けられ、代々受け継がれてきたものだ。其々に一枚の絶大な防御力を誇る盾と、無数の堅固な盾を魔力によって形成できる。
空中から襲い来る数十枚の円刃に対しても、近づくことすら許さなかった。
攻めあぐねる円刃を、他の親衛隊員が魔術や矢を放ち、次々と撃ち落としていく。
「……よくやった。だが『殲滅輪』がいる以上、一時も油断はできぬな」
防護を突き崩せないと悟ったのか、残った円刃も空中高くへと舞い上がると敵陣へと去っていった。しかし、いずれまた襲撃を行ってくる可能性はある。
「準備に時間の掛かる術は危険なようですね。かといって、手詰まりという訳ではありませんが……」
まだ剣を握ったまま、シャロンは幾つかの術式を思い浮かべる。
比較的簡単に発動できる戦術級魔術は、まだ幾つも用意してあった。力を出し惜しんで犠牲を増やせば、逆に窮地へと追い込まれかねない。
その点は、ディアムントも心得ていた。
「いや……ここはやはり、我が剣を抜くとしよう」
長大な黒剣を抜き放つと、それを地面へと突き立てる。
そうして柄の部分に手を置くと、ディアムントは魔力を注ぎ始めた。
おお、と親衛隊員から期待を込めた声が上がる。
変化は戦場全体から見て取れた。帝都中心部に聳え立つ巨大な『断傲剣』本体が、煌々と輝きを発し始めたのだ。その威容を以って敵兵すべてを圧するかの如く、溜め込んだ膨大な魔力を放出していく。
降り注ぐ光の中、戦場の端で無数の影が地面から膨れ上がった。
流体魔鋼で形作られた、黒々とした兵士達だ。その数はおよそ十万。屈強な男達は其々の武器を構えて、素早く陣形を組み、レミディア軍の横腹を狙う形で突撃していく。
帝国軍からは歓呼の雄叫びが、レミディア軍からは悲鳴が響き渡った。
「見よ、長き帝国の歴史が、我らに味方してくれるのだ! 存在すらしない神に縋ったレミディアなど敵ではない!」
「正に。もはや勝負は決したも同然かと」
「今こそ好機。陛下、どうか突撃の御命令を!」
本陣の騎士たちも興奮した声を上げる。
帝国の象徴とも言える『断傲剣』は、その消費魔力の大きさから滅多なことでは発動されない。しかし一度発動されれば、絶大な力とも相まって、兵の戦意も大いに高揚させる。
ディアムントも満足げに頷くと、総攻撃の命令を下そうとした。
だが―――ぞわりと、背筋に悪寒が走る。
得体の知れない魔力の気配が、戦場全体に流れたように感じられた。隣を見るとシャロンも同じものを感じ取ったのか、眉を顰めて蒼ざめた顔をしている。
「なんだ……?」
呟いた疑問の答えは、すぐに形となって現れた。
レミディア軍へと迫ろうとしていた十万の軍勢が、急に足を止める。
いや、止まったのではなく―――消え去ろうとしていた。
影のように形作られていた兵士たちの身体が、風に巻かれた砂のように霞んでいく。その異常は、『断傲剣』で召喚された全兵士に及んでいた。
あるいは、切り刻まれて散る紙吹雪のように。
すべての影兵士が、敵に向かおうと駆ける姿のまま散っていってしまう。
ほどなくして、レミディア軍に触れることもなく、十万の軍勢は雲散霧消した。
「ど、どういうことだ……!?」
勝利を確信していた分だけ衝撃は大きい。
愕然とした声を漏らしたディアムントは、剣を強く握り、崩れそうになる体を辛うじて支えた。
「わ、分かりませぬ。いったい、何が……」
「まさか、『断傲剣』に何かしらの不調が……?」
「いえ、これは……魔導遺物すべてが封じられている?」
比較的冷静だったシャロンの声に、全員がはっとして顔を上げる。
上方へ目を向けると、先程まで浮かんでいた光の盾も消え去っていた。
「た、確かに、某の『金剛盾』も起動しませぬ」
「こちらもだ! 奴等が何かをしたというのか!?」
「魔導遺物を封じただと? ならば、敵側の遺物はどうなるのだ?」
疑問に答えられる者はいない。ただ、誰もが最悪の事態を想像してしまった。
もしも敵だけが、一方的に魔導遺物を使えるとしたら―――。
その想像が当たっているかどうかは、現時点では分からない。
しかし確実なのは、いまも戦いが続いているということ。
それを思い起こされるように、剣戟の音が響いてきた。
どうやらレミディア軍が攻勢に出てきたらしい。『断傲剣』の不調は帝国軍全体に動揺をもたらし、その隙を突かれ、大きく陣容を崩していた。
「くそっ、伝令を出せ! まずは落ち着いて防御に努めるのだ!」
ディアムントは歯噛みしながら指示を飛ばす。
しかしその声も震え、焦りは冷や汗となって頬を伝っていった。
現在の幼女……黒馬に乗って一生懸命に疾走中。
今週末までに間に合う、かなあ?




