第5話 帝都攻防、前哨戦
バルトラント帝国の歴史上、帝都まで敵軍勢が迫ったことは二回。
かつて魔導国と商工連合の同盟軍が、量産された魔導銃の威力を以って押し寄せてきた。降伏勧告まで為されたが、結局は分厚い城壁と『断傲剣』の守りによって跳ね返された。
もう一度は、エルフィン族と争った時だ。『銀髪の悪魔』が遊撃部隊を率いて、星墜としの秘術によって城壁を食い破った。しかし少数の部隊であったため、こちらも『断傲剣』の前に撤退を余儀無くされた。
そうして『断傲剣ルギフェルド』は、いまも天を突くほどの威容を誇っている。
帝都を守るように聳え立ち、帝国民の誇りともなっている。
当然、その力のほどは隣国であるレミディアにも轟いている。十万を越える精強な軍勢を召喚できるなど、敵として見れば、ふざけるなとしか言えない。
真っ当な知識がある者ならば、正面からぶつかるのは愚策だと即答する。
「だから、いまが好機なんだけどなぁ……」
皇帝ディアムントが居なければ、『断傲剣』は起動できない。だからその隙を突いて帝都を陥とす。
レミディア軍が取った策は、言ってしまえば簡単なものだった。
他にも用意した策はあるが、いずれにせよ力押しは避けたいところだ。
「でもやっぱり、多少の被害は覚悟しないとダメみたいですね」
ぶつぶつと呟きながら、フェリシアは甲板上から戦況を見守っていた。
だが飛翔船そのものは地上へと降りている。上空に留まり続けるのは危険だったからだ。
最初は数隻の飛翔船が、帝都上空から攻勢を掛けていた。煮えたぎった油を落としたり、矢を射掛けたりするだけでも効果がある。氷塊や岩塊を魔術で作り出し、それで城壁上の帝国兵を押し潰したりもした。
ある程度の高度を保っていれば、一方的に攻撃できるかと思われた。
けれど帝国軍も対策を打ってきた。一気に城まで迫ろうとした飛翔船に対して、地上から凄まじい一撃が叩き込まれたのだ。
天を焦がすかのような野太い光の槍が、飛翔船を貫き、炎上させ、城壁の外まで弾き飛ばした。飛翔船は焼かれ、ばらばらになりながら平原へと落下した。
集団魔術による一撃だ。偵察によると、城の庭に巨大な魔法陣が描かれていて、数百名の魔術師が集っていたという。ただし連発はできないらしく、不完全なものでもあるのか、大勢の魔術師が術の発動後に倒れていたという。
魔力の枯渇によるものか、あるいは命を賭すほどの術式だったのか―――。
いずれにしても、帝国兵の士気の高さを窺わせた。
「城を守るためなら、喜んで命まで投げ出す……帝国兵ならやりそうですね」
手首の腕輪を撫で、怯えたような顔をしながらも、フェリシアはふと首を傾げて傍らに立つ兵士へ問い掛けた。
「貴方たちなら、同じことができますか?」
「は、はっ! 無論、我が国のため、いつでも命を賭す所存です!」
「……あの、そんなに怯えなくても、死ねなんて言いませんよ?」
「はっ、はい! ありがとうございます!」
憲兵隊を殺し尽くしたのがまずかったのか、その兵士はがちがちに身を強張らせて怯えきっていた。
フェリシアは溜め息をひとつ落として、戦場へと目を向けなおす。
「こうなると、バワードさんとフレナンドさんが頼りですね」
飛翔船は一隻でも潰されると大きな痛手となる。なので、いまは戦場後方へ退かせて、地上部隊による真っ当な城攻めが行われていた。
十二騎士の四位、『地炎獄剣』のフレナンドも、主力部隊を率いて東側城壁へと攻め入っている。上手く使えば城壁も一撃で砕ける魔導遺物を持つのだが、激しい抵抗を受けて苦戦している。濠を越えられず、城壁に取り付けてもいない。
同じく八位、『崩甲拳』のバワードも―――。
「……あれ? バワードさんの姿が見えませんね」
フェリシアは首を捻り、瞬きを繰り返す。
魔導遺物『殲滅輪』は、フェリシアが手首につけている腕輪であり、無数の円盤状の刃へと変形して敵を切り刻める。そこから魔術も放てるが、なによりの特徴は、すべての感覚を共有しているという点だ。
視覚も共有しており、空も舞えるので偵察にも向いているのだが、さすがに全部の情報を把握するのは難しい。戦場の声も聞こえるが、油断していると、隣に立つ者の声すら聞き逃してしまう。
もっとも、そんなものは些細なことだ。
なにせ、”すべての感覚”なのだから。
「遊撃部隊が西側へ回るとの報告がありました。バワード様はそちらでは?」
「あ……本当だ。見つけました。うん、怠けてた訳じゃないんですね」
兵士の言葉に頷きながら、遠くに飛ばした円刃からの映像を確認する。
そうして安堵を漏らしながら、艶やかな唇をぺろりと舐めた。
「良かった。敵前逃亡で切り刻まなくて済みそうです」
「……はい。ちょうど防備も手薄なようです。悪くない狙いかと」
「そうですね。敵兵を休ませないのも大事です」
戦場全体を見ると、レミディア軍は攻めきれていないが、幾分か優勢であるのも見て取れる。帝国軍の士気は高いが、それでも焦りのようなものも感じられた。
飛翔船での奇襲に加えて、皇帝の不在が影響しているのだろう。
そもそも首都を敵軍に囲まれて、冷静でいられる兵士の方が珍しい。
勢いを活かせば攻め勝てる。あとは、時間との勝負か。
「私も積極的に動くべきですかね。人殺しは好きじゃないんですけど……」
フェリシアは項垂れながら呟く。
その時、こちらへ駆けてくる兵士の足音が聞こえた。
「報告します! 北方より迫る、帝国軍主力を発見しました!」
「え……? もう帰ってきたんですか?」
「はい。斥候によれば、明後日にも到着するだろうとのことです」
フェリシアは眉根に指を当てながら思案する。
想定されていた事態のひとつではある。だが、早すぎる。
それだけ北方貴族との戦いは一方的なものだったのか?
レミディアからも、援軍として十二騎士を派遣したというのに―――。
「予想以上に手強いみたいですね……ともあれ、いまは警戒するしかありません」
偵察を欠かさぬように告げて、伝令兵を下がらせる。
項垂れながら、フェリシアはまた弱々しく呟いた。
「はぁ。ミュリエルさんが上手くやってくれるといいんですが」
別働隊を率いている友人の顔を思い起こして、自身を抱くように腕を回す。
凍えたように、ぶるりと身体を震えさせた。
「失敗したら……私の指揮が悪い、とか叱られちゃうんでしょうか……」
顔を伏せ、小さく背を丸めるフェリシアの姿は、およそ指揮官とは思えない。
けれど傍らに立つ兵士は、その様子を見て顔色を蒼ざめさせた。
不安ではなく、恐怖から。
得体の知れないものへの忌避感から。
項垂れて震えるフェリシアは、その口元を嬉しそうに歪めていた。
◇ ◇ ◇
南進する帝国軍主力部隊は、細い街道へと差し掛かっていた。
軍が通れるだけの広さはある街道だが、両脇が傾斜のある森となっている。どうしても縦長の隊列となってしまうので、待ち伏せには絶好の場所だ。
当然、帝国軍も警戒は怠っていない。
行軍を急ぎつつも、念入りに偵察を行っていた。
「御報告致します。前方、右側の森に潜んでいる敵部隊を発見しました。数はおよそ三千ほどです」
「やはり居たか。だが、三千とは小勢すぎるな」
騎乗したまま、ディアムントは報告を受け取った。
周囲では親衛騎士やシャロンも馬を並べているが、他の主だった騎士は部隊指揮のために散らばっている。わざわざ召集して軍議を開いている暇はない。
とはいえ、ディアムントはさして迷わずに決断を下した。
「囮の可能性もある。それを留意した上で、戦術級魔術を叩き込め。多少、森を焼いても構わん」
「はっ、まとめて火炙りにしてくれましょう」
指示は素早く伝わり、先鋒部隊が敵に悟られぬ程度に足を速める。
魔術の射程に入ったところで、数十発の巨大な火炎弾を撃ち放った。潜んでいた敵部隊は炎に巻かれ、統率も失い、悲鳴を上げながら四方へと散っていく。
「……脆すぎるな」
「陛下、前方左翼から妙な魔力の気配が―――」
シャロンが馬を寄せて進言しようとしたところで、足下の地面が震えた。
地震かと思われる揺れは、街道の前方から伝わってくる。
「警戒せよ! 防御陣を組め!」
全軍が足を止めて、寄り集まろうとする。しかし僅かに遅かった。
先鋒部隊直下の地面が盛り上がる。一気に数十名の兵士が巻き込まれて、崩れる土砂によって押し潰された。
現れたのは、人のゆうに十数倍はあろうかという巨大ゴーレム。
地面に埋まって隠れていたというよりは、街道下の地面を材料に作り上げられ、そのまま襲撃の頃合いを見計らっていたのだろう。
これには冷静な帝国兵も、さすがに驚愕し、困惑の声を上げる。
その間にもゴーレムは立ち上がり、太い腕を兵士の隊列へと叩きつけた。
まとめて十数名が、紙くずのように弾き飛ばされる。
「ほ、報告! 左翼からもゴーレムが迫っています!」
「慌てるな! 正確に報告せよ!」
兵士を一喝しながら、ディアムントは左翼前方へと目を向ける。
木々に囲まれた斜面から、人間大のゴーレムが群れを成して駆け下りてきている。数はおよそ五百体といったところだ。
「陛下、これは恐らく魔導士、レミディアの十二騎士の仕業かと」
「そうだな。この能力、『傀儡裂鞭』のミュリエルか」
忌々しげに吐き捨てたディアムントだが、その目は冷静さを失っていない。
隣で頷くシャロンも、反撃の術式を発動させようとしていた。




