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ロリータ・ガンバレット ~魔弾幼女の異世界戦記~  作者: すてるすねこ
第5章 幼女、おうちの前を通り過ぎちゃう編
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第3話 お風呂場の誓い



 帝都西方―――、

 魔導国への遠征を終えたヴィレッサは、早々にヴァーヌ湖城砦へと帰還した。

 親衛隊のみを率いて、『一騎当千』を使い、本隊よりも数日早い帰国となった。


「お姉ちゃん!」


 城砦に着くなり、ルヴィスが駆け寄ってきた。

 ヴィレッサもすぐに黒馬から降りて、小さな体を抱きとめる。


「ん……ただいま、ルヴィス」

「あ、そうだね。おかえりなさい」


 体を離して、ルヴィスが柔らかく頬を緩める。

 ヴィレッサも同じく。緊張を解いて、子供らしい笑みを向け合った。

 あまり皇女としては誉められた態度ではない。けれど周囲の騎士たちも、仲の良い双子を微笑ましく見守っていた。


 だが二人ともに、幼い顔に疲労の色が滲んでいた。

 ルヴィスの方は気苦労だろう。いまは喜びで瞳に涙も滲んでいるが、その目元には隈も浮かんでいる。


 ヴィレッサにしても遠征の疲れがある。加えて、魔導国首都からここまで、満足な休みも取らずに馬を走らせてきたのだ。屈強な騎士でも悲鳴を上げるほどの強行軍なのに、幼い体が耐えられたのは気力で支えていたからだ。

 もしもいまベッドを用意されたら、ヴィレッサはすぐに眠り込んでしまう。


 けれどその前に、確かめなくてはならない事柄がある。

 ヴィレッサは表情を引き締めると、あらためてルヴィスと向き合った。


「……何があった?」


 真剣な声で問う。

 大急ぎで帰還したのは、ルヴィスからの伝令があったからだ。この城砦が無事だったのには安堵できたが、まだ不安は胸に渦巻いている。

 どうやら帝都で何かがあったらしいとは聞かされていたが―――。


「連絡が取れなくなった、っていうのは聞いてるよね?」


 ルヴィスも真面目な顔になると、声を低くして語り出した。


 このヴァーヌ湖城砦では、帝都と定期的に魔導通信で遣り取りをしている。平時ならば数日に一度、異常無しと告げるだけだが、残念ながらいまの帝国は不安定な状況が続いている。

 なので、連絡は毎日欠かさずに取り合っていた。

 とりわけ北方征伐に関しては、ルヴィスもずっと気に掛けていたのだ。


「シャロン先生たちは、北方での戦いを無事に終わらせたみたい。圧勝で、レミディアの十二騎士も二人討ち取ったって」

「圧勝……ってのは良かったけど、レミディアの? 奴等が関わってたのか?」

「あ、それも話してなかったね」


 北方貴族とレミディア国との関わりは、ルヴィスにも詳しく伝わっていないらしい。まだ調べがついていない部分もあるのだろう。

 ともあれ、北方征伐を終えた帝国軍は、ハイメンダール領内にあった飛翔船も鹵獲、戦後処理も済ませて帝都へ帰還しようとしていた。そこまでは、ルヴィスも報せを聞いて安堵していたのだ。


 だが、その連絡が唐突に途絶えてしまった。


「帝都で何かあったんだな。よし、あたしが行って確かめて……」

「ま、待って! まだ話は途中なんだから!」


 身を翻して駆け出そうとしたヴィレッサだが、ルヴィスに引き止められる。赤いフード部分を掴まれて、首を絞められる形になってしまった。

 軽く咳き込みながら、渋い顔をして振り返る。


「多分、戦いになってるんだと思う。帝都が囲まれる形で。対転移結界みたいに、魔導通信を防ぐ魔術装置もあるんだって」

「だったら尚更、応援に行った方が……」

「だから待って。落ち着いて。帝都なら『断傲剣』も使えるんだよ?」


 言われて、ヴィレッサは口元を捻じ曲げる。

 帝国そのものを守る『断傲剣』の力は、ヴィレッサもよく承知している。実際に戦ったのだし、打ち破ったとはいえ、状況次第では敗北も有り得ただろう。

 魔導士を含めた、正しく歴戦の戦士を十万以上も召喚できる。

 その力があれば、たとえレミディア全軍が襲ってきても蹴散らせるはずだ。


「いま、周辺の領主貴族の人達とも協力して情報を集めてるの。帝都に近い人もいるから、もうじきなにか報せが来ると思う」

「だけど、いままで詳しく分かってなかったんだろ?」

「それはそうだけど……お姉ちゃんだって疲れてるでしょう?」


 問い返されて、むぅ、とヴィレッサは黙り込んだ。

 疲労が溜まっているのは自覚している。援軍として向かうにしても、いま動かせるのは親衛隊一千騎くらいだ。そちらも強行軍で疲弊している。

 これ以上の無理をすれば、帝都へ辿り着く前に倒れてしまうかも知れない。


「……分かった。一日だけ休む」

「うん、そうして。御飯とお風呂の用意もしてあるから」


 親衛隊の人たちも、とヴィレッサの背後へ手を振ってみせる。

 そんなルヴィスに、騎士たちは敬礼を返しつつ笑顔と歓声で応えた。


 ルヴィスの人望に感心しながら、ヴィレッサは解散を命じる。数名の護衛のみを残して、騎士たちは一礼すると散っていった。


「ルヴィスも、ちゃんと休むんだぞ?」

「お姉ちゃんと一緒にね」


 柔らかく目を細めて、ルヴィスは姉の手を取って歩き出す。

 ヴィレッサも穏やかに頷くと素直に従った。







 一年中氷に囲まれているヴァーヌ湖城砦だが、なにも寒さが歓迎されている訳ではない。むしろ寒々しい環境にあるからこそ、温かさが求められる。

 そんな城砦では、温かな食事と風呂は最高の贅沢とされている。

 兵舎にも共同の大きな浴室が設けられていて、特別な日には、風呂に浸かりながら酒を飲むことも許される。帰還した親衛隊員たちも、上級兵士用の浴室で大いに盛り上がっているところだろう。


 ヴィレッサも温かい湯で疲れを落としていた。

 城主専用の浴室で、ルヴィスと一緒に。


「それじゃあ、ロナさんの仇でもあったんだ。酷いことする人だね」

「ん……仇は討ってあげたけど、やっぱり悔しそうにしてた」


 ぼんやりと語りながら、ヴィレッサは目蓋を伏せた。頭から零れ落ちた泡が目に入りそうだったからだ。

 しゃかしゃかと、ルヴィスが髪を洗ってくれている。

 柔らかな指先の感触が心地良い。


「マーヤさんも一緒なら、きっと大丈夫だよ。後から帰ってくるんでしょ?」

「そうだね。だけどまた、ゆっくり話す時間も作りたいな」


 思えば、随分と忙しなく動いてばかりな気がする。

 それに戦いばかりだ。そちらは魔導銃を握った時点で覚悟していたけれど、少しくらいは休みたいとも思う。

 そして、悲しいとも。

 目蓋を伏せると、ウルムス村での暮らしが随分と懐かしく感じられた。


「お湯、流すね」

「ん……」


 頭から温かな湯がかけられる。

 濡れて垂れた金髪をしばらく指先で弄んでから、また石鹸を泡立てた。

 今度は互いに背中を洗い合う。


「レイアちゃんも、幸せになれるよね?」

「大丈夫。ちゃんと笑ってたし、プルトたちも、あの婆さんもいるし」

「元気なお婆ちゃんだったよね。それに、大きなスライムかあ。ちょっと見てみたいかも」

「ゼリーみたいで美味しそうだった」

「ぜりぃ?」


 なんでもない、とヴィレッサは頭を振る。

 ルヴィスも深くは追求せずに、石鹸を泡立てる作業に戻る。柔らかな布を滑らせて、丁寧に背中を洗ってくれた。


 ふと、ヴィレッサの二の腕が掴まれる。

 ふにふにと、感触を確かめるみたいに、ルヴィスが揉んできた。


「えっと、くすぐったい」

「お姉ちゃん、少し筋肉ついたね」

「ん……でも、ムキムキにはなってないよ?」


 自分でも確かめようと突ついてみる。

 やっぱり、ふにふにとしている。

 もうちょっと鍛えたいと思うくらい、幼い体は頼りない。

 きっとこれからも戦いは続くのだから―――。


「っ、わぁっ!?」


 いきなり、お湯が掛けられた。

 ルヴィスが桶を持って、バシャバシャと追撃を掛けてくる。


「ほら、ちゃんと洗い流さないと」

「だからって……ああ、もう!」


 ヴィレッサも反撃して、お湯を掛け合う。

 お湯なので痛くもないし冷たくもない。でも、ちょっとムキになってしまう。

 そうしてひとしきり遊んでから、二人は揃って湯船に浸かった。


 温かな感触に全身が包まれる。

 はふぅ、と思わず息を漏らしてしまう。


「ん~……蕩けそう」

「あ、もう! 沈んじゃダメだってば」


 ヴィレッサは半分抱きつく形になって、ルヴィスに支えられた。

 身体の疲れも、心の軋みも、綺麗に溶け落ちていくようだった。


 緩みきった姉の表情を眺めながら、ルヴィスもくすりと笑みを零す。


「寝るのは、御飯食べてからだよ?」

「ん……大丈夫……たぶん……」

「ちっとも大丈夫には見えないんだけど」


 文句を言いながらも、ルヴィスは姉を突き放そうとはしない。

 ゆったりと湯船に足を伸ばして、心地良い時間に目を細めていた。

 そうして姉の頭を撫でながら、ぽつりと呟く。


「でも、本当に大丈夫だよね」


 ヴィレッサは答えない。

 だけど、小さく頷くように頭が揺れた。


「私達はずっと一緒だもん。戦う力はなくても、何があっても、私がお姉ちゃんを支えていくんだから」


 微かに頭を揺らすヴィレッサは、もう寝息を立てている。

 ルヴィスは困惑混じりの笑みを零しながら、柔らかな体を抱きとめていた。




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