第20話 魔弾は届くよ、どこまでも
ちょっと短めです。
肘から断ち切られた腕を一瞥して、ミルドレイアは舌打ちを漏らした。
同時に傷を塞いでいる。この程度の傷は大したものではない。ほんの僅かな時間があれば、新たな腕を繋げるのも容易い。
けれどいまは、そんな時間すら許されそうになかった。
「勝てない戦いはしないのよ!」
歪んだ笑みとともに吐き捨てると、ミルドレイアは複雑な術式を発動させた。
周囲に闇が広がり、ミルドレイアの姿を覆い隠す。生命や魔力の反応まで歪ませる高度な隠蔽術式だ。
さらに地面から、数十の土壁が沸き上がって盾となった。
直後、遠方から魔弾が撃ち込まれる。しかし数枚の土壁を砕き、衝撃波を撒き散らしながら貫通していっただけで、ミルドレイアには命中しなかった。
魔弾皇女は恐るべき速度で迫ってきているが、まだかなりの距離がある。
そしてまたミルドレイアは逃走を再開した。
「お城で待ってるわよー!」
高らかに声を響かせて飛び去っていく。
その背を追って数発の魔弾が飛来したが、轟音と衝撃を散らしただけだった。
狙撃形態の魔導銃を掲げて、ヴィレッサは忌々しげに眉を顰めた。
標的である魔女ミルドレイアは、まだ射程範囲内に捉えられている。けれどその姿も生体反応も、複数にぶれて絞り込めなかった。
『申し訳ありません。早急に索敵能力の改善に努めます』
「いや、相手が特殊なだけだろ」
腹立たしさを覚えながらも、ヴィレッサは相棒を責めなかった。
それよりも、と馬首を巡らせて、もう一人の魔女の元へと駆け寄る。
「マーヤ、ロナは無事だな?」
「ええ。何ヶ所か骨は折れてるみたいだけど……命に別状はないわ」
ひとまずの治療を終えて、マーヤはほっと息を吐いた。
その横で、ロナは横になったまま、申し訳なさそうな笑みを浮かべている。傷は癒されても、体力は失われたままだった。
「にゃはは。ちょっと無理しすぎたニャ」
「大人しくして、煮干しでも齧ってろ」
「にゃぁ! 猫扱いはやめて欲しいニャ!」
元気な反論を受け流して、ヴィレッサはまた視線を移した。
周囲にはヴィレッサとともに駆けてきた親衛隊員たちがいる。一部の者は馬から降りて、生き残ったゾエンヌの兵を治療してやっていた。
百名ほどの部隊は、ミルドレイアの爆裂術式によってほぼ全滅している。無傷な者は皆無で、生き残れた者も数えるほどしかいない。
ゾエンヌも、地面に腰を下ろして項垂れていた。
「婆さん、満足したか?」
「はっ、そんな気分には程遠いよ。でも……ここまでかねえ」
皺だらけの手を見つめて苦笑を零す。指先は小刻みに震えていた。
「子供に掛ける言葉じゃないが、後は任せたさね」
「ああ。年寄りは茶でも飲んで休んでな」
軽い口調で告げて、ヴィレッサは手綱を引いた。
黒馬を進めると、すぐ後に控えていたゼグードが馬を寄せてくる。
「姫様、某も年寄りですが、最後までお供させていただきますぞ」
「ふん。いまは爺さんを説き伏せる時間も惜しいからな。好きにしな」
ひとまずの救護措置が終わったのを確認すると、ヴィレッサはまた馬を走らせた。一千の親衛騎士も後に続く。
残りの帝国軍兵士も前進を続けていたが、待つつもりはなかった。
どうせもう敵の兵力は壊滅している。
目指すは目と鼻の先、魔導国首都マジス。
ヴィレッサは魔導銃を掲げると、その頑丈そうな門へと狙いを定めた。
首都を守る門は、一発の砲撃によって呆気なく砕かれた。
僅かな兵士達が残っていたが、どうしようもない。大きく開かれた門を抜けていく騎兵部隊を、愕然として見送ることしかできなかった。
『レイアさんの生体反応を確認しました。やはり標的とともに城内にいます』
「分かった。このまま突っ込む!」
城下街の大通りを、一千の騎兵が駆け抜けていく。
大勢の住民が暮らしている気配は漂っていた。しかしさすがに軍が迫っているとは聞かされていたのだろう。家の戸口は固く閉じられ、ほとんど人の姿は見掛けられなかった。
遮るものもなく、ヴィレッサたちは瞬く間に城へと到達する。
たとえ立ちはだかる兵士がいても、時間稼ぎすら不可能だったろう。
罠ではないのか―――、
そんな警戒心は、ずっとヴィレッサの胸に留まっていた。
ミルドレイアは、ヴィレッサとレイアが狙いだと自らの口で告げていた。何を企んでいるのかは知らないが、二人が鍵になるのは間違いない。
だが、そうだとしても躊躇する理由にはならない。
もしも罠があったとしても、食い破ればよいのだ。
だからヴィレッサは速度を落とさずに城へと突撃した。
黒馬が嘶き、扉をブチ破る。
その巨体では通れない通路も崩しながら突き進んでいく。
さすがに他の騎士達には同じ真似はできず、馬を降りて後を追おうとした。
「姫様、御一人で行かれては―――」
ゼグードの声が途切れる。
不穏を察して、ヴィレッサは魔導銃を掲げて振り向いた。
『魔力反応多数。ゴーレムです』
「今更、足止めのつもりか!?」
崩れた通路の破片が寄り集まり、その中心から腕が生えていた。さらには壁や床、天井も蠢き、人型の石像が次々と作られていく。
だがそれらはヴィレッサを襲おうとはしない。
ゼグードをはじめ、後に続こうとする親衛騎士を足止めする形で通路を塞いだ。
「先に行く! こんな連中に殺されるんじゃねえぞ!」
「っ……お任せを。者共、姫様の戦いを邪魔してはならぬ。蹴散らせ!」
僅かな逡巡の後、ゼグードは頷き、手にした槍を突き出した。
他の騎士も雄叫びを上げ、無数のゴーレムに斬り掛かっていく。
元々、親衛隊は精鋭騎士が集められているのだ。得体の知れない魔女が作り出した物とはいえ、たかが石人形の群れに怯みなどしない。
頼もしい声と剣戟の音を背にして、ヴィレッサはさらに城内奥へと進んだ。
やがて一際頑丈そうな扉を蹴破ると、広々とした場所に出た。
謁見の間、という雰囲気ではない。高い天井が太い柱によって支えられていて、あるいは闘技場のような空間が中央に置かれている。
そして、その広間の奥にいるのは―――、
「―――レイア!」
肌着一枚を纏った友人が、黄色い粘液体に囚われていた。ヴィレッサの姿を認めて口を開くが、声は外まで届いてこない。
だが、その瞳に滲んでいる涙は見て取れた。
「……心配すんな。すぐに助ける」
ヴィレッサは魔導銃を構えながらも、レイアの不安を和らげるように笑みを浮かべる。だけど眼光から溢れる殺意は抑えきれない。
その凶暴な眼差しの先で、魔女ミルドレイアは悠然と佇んでいた。




