第18話 ふざけた相手にも、全力で牙を剥く
まず最初に交戦を始めたのは、帝国軍の両翼部隊だった。
戦場を大きく迂回する形で、合成獣部隊が襲い掛かってきたのだ。様々な動物や魔物を掛け合わせた異形の化け物どもだが、虎や獅子、熊や狼といった四つ足の獣が元となっている。六本足や八本足、頭が複数あるものも珍しくない。
その機動力は、並の騎兵部隊を上回るものだ。帝国軍も弓矢や魔術を放ち、進撃を止めようとした。しかし合成獣たちは犠牲が出ても一切怯まず、雄叫びを上げながら突撃してきた。
謂わば、魔術で強化された獣の群れなのだ。訓練された兵士でも、一対一では相手にならない。
両翼にいた帝国軍兵士たちは、最初の激突で幾名もの犠牲者を出した。
だが軍としては大した被害ではない。
「慌てるな! 前線の者は防御に徹しろ!」
指揮官から冷静な声が投げられる。魔女ミルドレイアを相手取ると決めた時点で、合成獣との戦いは想定されていた。
最前線の者は盾を掲げ、魔術による障壁も展開させる。
後方からも防御支援と、そして戦術級の攻性魔術が放たれる。
炎や雷撃が合成獣どもを焼く。怯んだところで剣や槍による攻撃も加えられる。
集団戦の巧さに於いては、周辺諸国でさえ帝国軍には到底及ばない。まして知恵を奪われた獣の群れ、即席の軍隊では対応できるはずもなかった。
とはいえ、獣の腕力と素早さが侮れないのは事実だ。
加えて、空からも双頭鴉の群れが迫ろうとしていた。
対空戦術という概念が無い訳ではない。魔物を使った天馬騎士なども存在しているのだ。けれど僅かな数しか用意できない部隊なので、通常の弓矢や、攻性魔術の応用で充分に対応できていた。
空を覆うほどの凶悪な鳥の群れと戦うなど、帝国軍にとっても初めての経験となる。まともにぶつかれば不利な戦況は避けられない。
ヴァーヌ湖城砦襲撃の際にも、ミルドレイアは双頭鴉の群れを放ってきた。
幾名もの犠牲を出した以上、それに対する策が検討されるのは当然だった。しかしながら、充分な策を練る時間も、訓練する猶予も与えられなかった。
盾や障壁によって空からの攻撃を防ぎ、弓矢や魔術で反撃をする。
至極真っ当な、けれど綱渡りとも言える対策しか用意できなかった。
普段の訓練では、上空から襲ってくる敵など想定されていない。もしも部隊同士の連携を乱されれば、一気に全体が混乱へ陥ることにもなるだろう。
其々の部隊指揮官には、冷静さを心掛けるよう通達がされていた、が―――、
杞憂だった。
上空からの敵にも、余裕を持って対処できていた。
何故なら、次々と魔弾によって撃ち落とされていくのだから。
「いい感じじゃねえか。独自設計とは思えねえぞ」
『元々、基本設計はされていた形態です。採用はされませんでしたが』
「なんでだ? 欠点でもあるのか?」
『いえ、そういった点は見受けられません。恐らくは気分の問題でしょう』
なんだそりゃ? 職人の拘りみたいなモノか?
頭の片隅に疑問を覚えながらも、ヴィレッサは引き金を弾く。
太く長い銃身から放たれる魔弾は一発。
しかしその一発は、僅かな距離を飛んだ後に無数の破壊を撒き散らす。
上空から襲ってくる双頭鴉の群れが、断末摩の大合唱を響かせた。
拡散形態―――文字通りに、広範囲に破壊効果を拡散させる形態だ。放たれる魔弾は、一定距離で無数の魔弾へと変化し、周囲に衝撃と崩壊をもたらす。散らばる魔弾は小さなものだが、一発一発に物質崩壊効果が付けられている。
至近距離で喰らった者は、正しく穴だらけにされる。前方全方位に拡散する魔弾は、人間だろうが合成獣だろうが避けられるものではない。
近距離から遠距離まで、安定した殺傷力を発揮する。
連射こそ利かないが、小規模の制圧力、対空戦闘力ならば掃射形態よりも上だろう。
「このポンプアクションってのも気に入ったぜ」
『元より弾詰まりなど起きないのですが。マスターが気に入られたのならば、機能として残しておきましょう』
幼い体には不釣合いに大きな銃身を、片手でくるりと回転させる。それで装填は完了して、また轟音とともに魔弾が撃ち放たれた。
後方の部隊を狙おうとしていた双頭鴉の群れが、一気に肉塊と化して地面に落ちる。僅かに残ったもの、辛うじて息のあるものも、兵士たちにトドメを刺される。
数千羽はいたはずの鴉どもは、瞬く間にその数を減じていった。
悪足掻きみたいに、ヴィレッサを直接に狙ってくる鴉もいた。しかしゼグードや親衛騎士たちがそれを許さない。突き出される槍や魔術によって、確実に打ち落とされていった。
「鴉どもは、けっして近づけさせませぬ。ご安心を」
「楽すぎて、これでいいのかって気になってくるぜ」
また鴉の群れを穴だらけにしながら、ヴィレッサは犬歯を剥いて笑う。
しかし油断はしていない。眼光鋭く、前方を見据えた。
「まあ、ここから少しは厳しくなりそうか?」
合成獣部隊を食い止め、双頭鴉の群れを撃ち払いながら、帝国軍は前進を続けていた。もうじき弓矢や魔術の射程に入る。そうなれば一気に距離を詰めて、互いに剣を振るっての戦いにもなるだろう。
魔術の撃ち合いでは、魔導国軍が多少は有利になる。しかし砲撃を浴びて数を減らしている上に、混乱も残っている。さしたる脅威にはならない。
懸念されるのは、やはりミルドレイアの存在で―――。
「妙だな。もっと派手な魔術も撃ってくるかと思ってたんだが……」
『味方の損害は抑えられるのです。好都合では?』
「それはそうだけどよ。まさか、もう逃げたんじゃねえだろうな?」
ミルドレイアは最優先で討滅すべき標的だ。その位置は、魔導銃の広域探査能力でも定期的に確認している。
積極的に前に出てこないのは、将としては正しい動き方だろう。魔導銃の射程に入るのを避けているのかも知れない。
兵士を盾にして隠れるつもりならば、蹴散らして追い詰めればいい。
しかし、そうなる前に逃げられると困るのだ。
『標的の位置は相対的に縮まって……いえ、若干ですが遠ざかっています』
「っ、早すぎるだろ! まともに戦うつもりもねえのか?」
舌打ちをしつつ、上空へまた魔弾を放つ。
かなり減ってきた鴉の群れをさらに撃ち払って、ゼグードへ声を投げた。
「爺さん、突撃するぞ」
「姫様、お待ちを。それは先鋒部隊が……」
「どうせ一当てすれば崩れる。奴は絶対に逃がせねえんだよ!」
眉根を寄せたゼグードだが、戸惑ったのは僅かな時間だった。
すぐに指示を出すと、周囲にいた親衛隊員も揃って表情を引き締める。
ほどなくして、角笛の音が高らかに響き渡った。
予め通達されていた”突撃”の合図だ。
それを受けて、帝国軍が中央から二つに割れる。
「いくぞテメエら! 全軍突撃!」
幼い声に、黒馬の嘶きと屈強な男達の雄叫びが応える。
そして、殺戮をもたらす一千の騎兵部隊が解き放たれた。
◇ ◇ ◇
白銀の甲冑を纏った騎馬の軍団が、地響きを立てて突撃する。
向き合う相手からすれば怯んでも仕方がない。
統制の乱れた状態では、その騎兵部隊に攻撃が集中するのは当然の流れだった。いっそ逃げ出さずに迎撃を行えただけでも誉められるべきだろう。
魔術も弓矢も、まったく効果を上げられなかったが。
「な、なんなのよ、アレはぁ!? 部隊ごと魔術無効って反則すぎるわ!」
本陣後方で、ミルドレイアは苛立ち混じりの声を上げた。
幾重もの戦術級魔術が放たれはした。巨大な炎弾や強烈な雷撃、氷槍や岩塊などが騎兵部隊へ襲い掛かったのだ。
しかし、それらすべてが傷ひとつ負わせられずに掻き消された。
弓矢は届いても、強固な甲冑を貫けない。稀に甲冑の隙間へ矢が届き、幾名かの騎士に呻り声を上げさせた。けれどそれだけだった。
騎馬の足は止まらない。
虐殺の予感を纏って迫ってくる。
機転を利かせた部隊が、土の魔術を放って進路上に穴を作った。突如として現れた幅広の穴に、横転する騎馬もいるかと思われたが―――、
あっさりと飛び越えられた。一兵の被害も出さずに。
まるで騎馬が甲冑に操られているかのように、完璧に統率された動きを見せていた。
「これだから魔導遺物ってヤツは……しかもあの黒馬、ナイトメアじゃないの! あんな凶暴な魔物が、なんで従ってるのよ!? 若さか? 若さなの? ふんっ、どうせ私は大年寄りですよ! 獣に好かれなくったって悔しくないもんね!」
ミルドレイアが独りで喚いている間にも、騎兵部隊の進撃は続いている。
そう、一方的な進撃だ。
迎え撃とうとする歩兵部隊など時間稼ぎすらできていない。馬蹄に踏み潰され、擦れ違い様に首を落とされ、死体の山を積み重ねていった。
その死体の山まで蹴り散らして、さらに迫ってくる。
「うわぁ、これはさすがに冗談言ってる場合じゃないわね」
黒衣を翻して、ミルドレイアは空中へ浮かんだ。
そのまま迫る帝国軍へ背を向けて、戦場から飛び去ろうとする。
「この場は負けを認めてあげるわ。でも私には、まだ別の作戦もあるんだからね。これで終わりと思うんじゃないわよん」
弾んだ口調で独り言を撒き散らすと、飛行速度を上げた。
先程から転移術が阻害されているのは感じ取っている。しかし、さしたる問題ではない。首都の城まで飛べれば、その後は―――。
「っ……!」
前方で、急激に魔力が膨れ上がるのが感じ取れた。
まるで待ち構えていたかのように。
速度を落とさぬまま、ミルドレイアは急旋回する。しかし直後、無数の矢が飛来して進路を遮った。
風の魔術によって強化された豪速の矢弾に、ミルドレイアは顔を顰める。
咄嗟に障壁を張ったものの、その内の一本が防ぎきれず、肩に刺さっていた。
「……師匠に向けて、この挨拶はないんじゃないのぉ?」
「生憎と、アタシの師匠はもう死んだよ」
隠蔽術式を使って息を潜めていたのだろう。僅か百名ばかりだが、しっかりとした隊列を組んだ兵士たちが弓を構えていた。
その先頭に立ったゾエンヌは、皺の刻まれた目蓋を細めて上空を睨む。
「目の前にいるのは、ただの狂った亡霊さね。地獄へ送ってやるよ」
両拳に魔力を巡らせ、ゾエンヌは空中へと舞い上がる。
ミルドレイアも薄い笑みを浮かべると、全身から魔力を迸らせた。




