第16話 戦いの狼煙は、絶対に煙だけじゃ済まない
魔弾vs魔女、プロローグですね。
週末になるべく書き進めたい!
現在の帝国は、周辺国と比して二倍から三倍の領土を誇る。過去の侵攻、あるいは侵略によって勢力を増したからだが、それ故に、ここ数十年は領土を広げる必要性を認めていない。
『断傲剣』や『不滅骸鎧』など、防衛向きの魔導遺物を揃えているという事情もある。国境には堅牢は守りを敷いているが、触れなければ危険は少ない―――、
最近では、そんな評価が近隣国で囁かれ始めていた。
あるいは、他国へ攻め込むための用兵術は失われてしまったのでは、と。
しかし現実はまるで違う。一度解き放たれたれれば、帝国軍は容赦なく敵国領土を食い破る。さながら狼の群れのように、苛烈に、統率の取れた動きで。
その片鱗は、行軍にも表れていた。
「第一陣及び、第二陣、予定通りの行程を踏破。小休止へと入ります」
「後方第四陣も同じく。息を乱しているのは新兵程度です」
「偵察部隊より報告。南方にて鹿の群れを発見。数は三十ほどです」
「輜重隊、次の大休止に合わせて芋の皮剥きに入りました」
几帳面を越えて、神経質なほどの報告が本隊へと届けられる。
そこまで細かくなくてもいいのに、とヴィレッサは思っても口にしない。
黒馬に跨ったまま頷くと、もはや慣れてしまった一言を告げた。
「爺さん、任せる」
「はっ。予定に変更は無い。だが鹿の群れには一個中隊を狩りに向かわせよ」
行軍中の狩りは、新鮮な肉を得られる貴重な機会だ。さすがに兵士全員に行き渡るのは期待できないが、見逃す手もない。
狩りに向かう部隊も深追いはせず、後で追いつけるだけの判断力を持った者が選ばれる。
「この分なら、首都まで残り五日ってところか」
「敵襲への警戒と休息のため、もう一日は取った方がよろしいかと」
「爺さんは慎重だな……だが、疲れた兵じゃ戦えねえか」
「迅速を旨とし、余力を残すことが肝要かと存じます」
大勢の兵がいる以上、『一騎当千』を使ったような無茶はできない。
それでもすでに首都までの行程を半分過ぎている。ヴィレッサは逸る気持ちを抑え込んで、ゼグードの提案を了承した。
敵国内にあるのに、行軍の正確な日数まで予測できる。部隊の統率が取れているのは当然だが、事前に地形を把握していなければ不可能な芸当だ。
目立たぬ努力を重ねている、帝国軍密偵部隊の成果だった。
商人や旅芸人に扮して、地道に、かつ綿密に調査を行っていたのだ。
いつ何時でも、敵国の急所を食い破れるように。
「ここまで順調だと、あたしでも妙だと思うからなあ」
「油断はできませぬが、魔導国内は予想以上に乱れておるようですな」
つい昨日、魔導国の城砦がヴィレッサたちの前に立ちはだかった。
街道を守る形で建てられた、周囲の森と丘陵地を生かした堅牢そうな城砦だった。位置的に無視できるものではない。まともに攻め立てれば、帝国軍にもそれなりの被害が出ただろう。
だが、一刻ともたずに陥落した。
あっさりと。砲撃形態による威嚇のみで。
城砦の部隊が、降伏を申し出てきたのだ。
どうやら先のヴァーヌ湖城砦侵攻戦の際に、かなりの兵士を出していたらしい。加えて、城主である第四導師が戻らず、再編もままならなかったという訳だ。
二千にも満たぬ守備兵たちは、武器を取り上げられた後、そのまま解放された。
「却って、兵の気が緩む恐れがありますな。そういった意味では、ゾエンヌ殿との合流は良い頃合いかと」
「新しい情報も聞けるかも知れねえな」
予定では、ゾエンヌたちとの合流は明日となっている。共同戦線を張るとは言っても、敵国の別派閥だというのは兵士も承知していた。
肩を並べても、完全に気を許せる相手ではない。緊張感も増すだろう。
「この分だと、首都での決戦も有り得るな」
『提言。砲撃形態によって、跡形も無く消滅させるのも選択肢のひとつです』
「……ディードは時々、あたしより物騒だな」
虐殺をするつもりはない。レイアだって何処にいるか分からないのだ。
首都の住民すべてが敵だというなら、その選択肢も躊躇わないが―――。
「ゴスロリババアさえ仕留めれば、この戦いも終わるだろ」
軽く肩を竦めてから、ヴィレッサは黒馬の手綱を握り直す。
小休止は終わり、進軍が再開されようとしていた。
警戒していた奇襲もなく、帝国軍は順調に進軍を続けた。
ブラローンとゾエンヌが率いる部隊も加わり、三万余りの兵は、魔導国首都マジスへと迫ろうとしていた。
だが、首都を囲んでの戦いにはなりそうもなかった。
「ここで野戦を挑んでくるとは……正直なところ、意外と言うしかありませぬ」
「街を守るために慌てて出てきた、なんて性格とも思えねえな」
ヴィレッサが見据える先では、魔女ミルドレイアが率いる魔導国軍が陣を張っている。首都への侵攻を阻む形で布陣しているのだ。
まだ互いに、辛うじて影が見える程度の距離だ。
しかし偵察用の魔術で、陣容なども把握しているだろう。妖しげな鴉が上空を飛んでいたと、複数の部隊から報告があった。
無論、その点は帝国軍も抜かりはない。
「敵本隊は、魔導国軍兵およそ二万。双頭の獅子や熊といった合成獣も、二千余りが先陣に配置されております。そして―――」
ひとつ息を吸った伝令兵は、声に緊張を滲ませた。
「魔女ミルドレイアの姿も確認致しました」
ヴィレッサをはじめ、本陣に集まった騎士が一様に強張った顔をする。
怯む者は一人もいない。
各々の胸には戦意が沸き上がっていた。
「婆さんも準備はいいな?」
「ああ。死なない程度に役に立ってみせるさね」
聞く者によっては、「命を惜しむなど腰抜けが」と罵られる言葉だろう。
しかしゾエンヌは軽く咽喉を鳴らして、慇懃に一礼すると陣を出て行った。
戦場に対転移結界を張るのが、ゾエンヌの役目となる。
結界の基点を設置するために、部隊を分け、敵軍を囲める位置へ密かに移動するのだ。敵の偵察部隊に発見されないよう、幻覚の魔術によって部隊を隠しながらの行動となる。
主戦場となるのは平原だが、周囲には森も広がっている。木々を使って隠れたり、大きく迂回する進路を取れば、敵の視線を避けられるだろう。
しかし相手は魔女ミルドレイア、魔力の動きによって発見される可能性は高い。
それを少しでも防ぐために、結界の展開自体は戦端を開いた後になる。
だが、たとえ分散した部隊が襲われても助けには向かわない。
ある意味では、最も危険な役目とも言えるのだ。
「これまでの行軍を見たところ、ゾエンヌ殿の兵もなかなかに統率が取れておりまする。上手く動いてくれることでしょう」
「はっ、あの婆さんは殺しても死にそうにねえだろ」
吐き捨てると、ヴィレッサはゼグードを睨みつけた。
余計な気遣いは無用。
いつでも戦場を駆ける心構えはできている、と。
狼を想わせる眼光を向けられて、ゼグードは深々と頭を垂れた。
それでも老騎士の表情は嬉しそうに緩んでいる。
ヴィレッサも苦笑を零すと、出陣の命を下した。
「もはや瓦解した魔導国軍に抗う力は無い! 敵は、魔女ミルドレイア唯一人!
その魔女も、この『魔弾』のヴィレッサが討つ!」
総指揮官の鼓舞に、兵士たちは歓声を上げ、武器を持つ手を高々と掲げる。
戦意を滾らせ、けれど整然と秩序を保って動き出した。
前面には六千ずつの部隊が左右に並ぶ。そこから斜め後に位置する三千ずつの部隊が、左翼と右翼を固める。後詰めとして二千が待機。そしてヴィレッサと親衛隊一千騎余りは、まずは中央で様子を見つつ、攻め上がる時を待つ。
一騎当千―――流体魔鋼による白銀の騎馬甲冑も、すでに展開されている。敵が僅かでも隙を見せれば、即座に突撃、蹂躙戦へと移れるだろう。
この強靭な騎兵部隊が控えているだけでも、他の兵士は安心して戦えるのだ。
対する魔導国軍もゆっくりと前進する。
先鋒を務める合成獣《キメラ》部隊も、その機動力を抑えつつ進んでくる。本隊である二万の部隊も変わった動きは見せない。やや前方に厚いだけの、基本的な布陣だ。
まだ矢も魔術も届かない距離だが―――、
「敵陣に動きあり! 百名ほどの部隊が三隊、突出してきます!」
伝令の声に、ヴィレッサは眉を揺らした。
黒馬の上で背を伸ばすと、確かに少人数の部隊が向かってくるのが見て取れた。
何だ? ここに来て使者でも送ってきたのか?
だとしても、叩き帰すだけだが―――。
疑問はすぐに無為なものとなる。
何故なら、その合計三百名ほどの兵士達は自滅したからだ。
合成獣《キメラ》部隊よりも前に出たところで、いきなり一人の兵士が味方に噛み付いた。それを皮切りに、壮絶な殺し合いが始まったのだ。ある者は手刀で胸を貫かれて、またある者は腕を引き千切られて、剣で真っ二つに裂かれた者もいた。
同士討ちというよりは、獣同士の凄惨な殺し合いと言った方が相応しい。
瞬く間に三百の命は、血と肉の塊と成り果て、平原の中央に転がった。
あまりにも奇怪な惨事に、帝国軍兵士たちも唖然として固まってしまう。
指揮官も対応できない。
敵の意図が、まったく読めなかった。
「まさか……」
ヴィレッサが苛立ち混じりに呟いた直後、はっきりと異変が現れた。
血と肉の塊が蠢いた。まるで肉片が意思を持ったかのように寄り集まり、巨大な赤黒い塊と化していく。
不定形の魔物にも見えたが、それは徐々に人の形を取っていった。
数にして三つ。
おぞましい化け物の姿に、ヴィレッサは見覚えがあった。
「骸狂戦士か!」
「なんですと……っ!」
驚嘆するゼグードの声を掻き消して、呪いのような咆哮が上がった。
生きる者すべてを恨むような、無数の咆哮だ。
小山のように膨れ上がった骸狂戦士の赤黒い肌には、血走った眼と、歪んだ形をした口がそこかしこに浮かんでいた。
見た目からして、尋常な敵でないと判別できる。
いかに精強な帝国軍とはいえ、まともにぶつかるのは愚策でしかない。
「伝令! あの敵との接触は厳禁だと伝えよ! 攻撃は魔術を中心に―――」
「待ちな。その必要はねえぜ」
ゼグードを制止すると、ヴィレッサは黒馬の上から跳び上がった。
空中に硬く魔力板を固定して、しっかりと踏み締める。
全軍を見下ろせる位置に立つと、真っ赤な外套をはためかせ、魔導銃を抜いた。
「挨拶代わりだ。ディード、やれるな?」
『問題ありません。再生怪人は敗北するのが常だと、教育してあげましょう』
砲撃形態を構えて、ヴィレッサは赤黒い巨体を睨む。
そして―――、
苛烈に、鮮烈に、戦いの狼煙を上げた。




