第15話 出兵と、それぞれの師弟
ヴァーヌ湖城砦の門から、大勢の兵士が隊列を組んで出撃していく。
城砦守備兵からおよそ二万。親衛隊が千五百騎。
魔女ミルドレイアを討つと聞かされ、緊張した面持ちの者もいる。けれど多くの者は戦意を滾らせて、剣や槍を握る手に力を込めていた。
「ったく、帝国兵ってのは戦好きが多すぎるだろ」
「悪しき魔女を討つとなれば、彼らも歴史に名を刻む勇者となれますからな。奮い立たぬ者はおりますまい。ましてや姫様の指揮下となれば、万が一にも敗北は有り得ませぬ」
馬を並べているゼグードが誇らしげに語る。お世辞などではなく、本心からそう思っていると、晴れやかな笑顔で示していた。
ヴィレッサは悪態を吐きながらも、苦笑を零さざるを得ない。
「帰ってきたら、報償を弾まねえといけねえな」
「またルヴィス殿下や文官たちを悩ませることになりますな」
「はっ、爺さんが言えることじゃねえだろ」
本来ならば、兵を出さずに警戒に務める予定だった。
それを覆したのは、他ならぬ兵士たちなのだから―――。
軍議の場で、騎士たちは口を揃えて出兵を唱えた。
「兵の士気は高く、皆一様に怒りを覚えております」
「ミルドレイアを討つ。この一言を待ち侘びておるのです」
「この機会を逃がせば、かの魔女はまた何処かへ逃げ延びるでしょう」
「僭越ながら、某も出兵を具申致します」
これにはルヴィスも困惑顔をせずにはいられなかった。
しかも、自分は軍事には疎いからと、兵をまとめる騎士から意見を聞こうとした答えがこれだったのだ。頭から否定する訳にもいかない。
結局、ゼグードの言葉が決め手となった。
「姫様、国境守護というのは、なにも篭城戦に限ったことではありませぬ。時には打って出ることが最善にもなりまする。慎重かつ臨機応変な対応が肝要なのです」
「ですが、相手は魔女ミルドレイアです。何をしてくるか分かりません」
「なればこそ、敵を知ることは必要でしょう。一当てして撤退するのも可能です。かの魔女に時間を与えるのは、より危険を増すものと考えまする」
魔女も宣言していた。ヴィレッサを狙う、と。
その目的は未だに不明だが、城砦に篭もっていても安全とは言い難い。
こうなってはもう、ルヴィスも出兵を認めざるを得なかった。
「分かりました。ただし、可能な限り犠牲を出さないようにしてください。危険と判断したら、お姉ちゃんが何を言っても撤退させるようお願いします」
沈んだ表情のルヴィスだったが、そっと安堵も漏らしていた。
友人を助けたい―――、
その想いは、ヴィレッサと同じだった。
城門を抜けて、黒馬の上からヴィレッサは背後を振り返る。
「なるべく早く帰って、安心させてやらないとな」
バルコニーから、ルヴィスが見送りのために姿を見せていた。兵士たちへ向けて微笑みつつ、ヴィレッサと目を合わせて頷く。
言葉は届かなくとも、気持ちは通じていた。約束も交わす。
必ず無事で帰ってくる、と。
「帰還する頃には、北方からも吉報が届いておるでしょう」
「そっちもまったく心配してねえよ」
ゼグードの気遣いに苦笑を帰しつつ、ヴィレッサは横へ視線を向ける。
自分よりも不安げな顔をしている友人たちがいた。
「ロナもマーヤも、本格的に戦場へ出るのは初めてだよな?」
「言われてみればそうだニャ。でも……にゃぁ?」
「そうね。下手な戦場よりも、ずっと危ない旅をしてきたものね」
不安はあっても、怯んではいない様子だった。とりわけマーヤは、手にした杖を強く握り締めて、眼鏡では隠しきれない決意を瞳に滾らせている。
従軍したいと、マーヤから言い出したのだ。
ミルドレイアに問い質したいことがある、と。
「貴方には……失礼、皇女殿下には、大変感謝しています」
「畏まるなよ。普通に喋ってくれた方がいいぜ」
「……そう。でも、本当に感謝しているの。これまで曖昧になっていたことに、ようやく決着がつきそうなのよ」
三角帽子を深く被りながら、マーヤはこれから向かう西方へと眼差しを向けた。
戦場が何処になるのか、まだ正確には分からない。
野戦になるかも知れないし、森林地帯で奇襲を受ける可能性もある。あるいは、首都マジスまで一気に進むこともあるだろう。
だが、ある程度の作戦は決まっている。
ゾエンヌやグロウシス、それに第三導師ブラローンの領地からも兵が合流する予定だ。彼らには、申し出てきた通りに対転移結界を任せることになる。
それでもミルドレイアを討つのは容易ではない。
ロナとマーヤには、魔女の逃走を防ぐための部隊に参加してもらう。
「あの人には戦い方も習ったわ。だから、少しは対抗できると思う」
「にゃ! あちしも目一杯頑張ってみるニャ!」
「無理すんなよ。まあ、期待もしてるけどな」
だけど、とヴィレッサは口元を三日月型に吊り上げる。
腰の魔導銃をそっと撫でながら。
「あたしが先に仕留めちまっても、恨み言は無しだぜ?」
こうして帝国軍西方国境部隊は出撃した。
目指すは魔導国首都マジス、そこにいる魔女ミルドレイアの首である。
◇ ◇ ◇
第三導師ブラローン。
魔導国を二分する一派の長なのだが、彼には従軍経験がほとんど無かった。領内の巡回や盗賊討伐など、散歩のような戦いしか知らない。
複雑な魔術強化を施した鉄製の胸当てにも、傷ひとつ付いていない。
高価な戦闘用ローブも新品同然だ。
それでも見た目は整うはずなのだが、本人が俯きがちで、膝まで震えさせているのでどうにも様にならない。
屋敷の一室で戦の準備を整えている間でさえ、不安げな顔を隠せていなかった。
出撃の命令を待っている兵士たちの方が、まだ幾分か肝が座っているだろう。
「あの皇女殿下様に会って、尻でも蹴り飛ばしてもらいたいねえ」
「や、やめてください。それだけで寿命が縮まりそうですよ」
ゾエンヌに叱咤されて、ブラローンは杖に寄り掛かるように持つ手を震えさせる。金の片眼鏡がずり落ちたが、気に留めている余裕もなかった。
「それでもまあ、兵の準備だけは整えたようだね。誉めてやるよ」
「はは……僕は命令しただけですけどね。部下に恵まれてます」
「それを分かってるなら充分さね。戦場でも立ってるのが仕事だよ」
ブラローンとゾエンヌの領地から、合計でおよそ一万の兵が出立する。時間を掛ければもっと多くの戦力も整えられるが、下手に数を増やせば、帝国軍から警戒されるとの判断もあった。
加えて、グロウシスに協力させるギリギリの兵力とも言える。
「こういう危ない戦いは、グロウシスさんは絶対嫌がると思ってました」
「くくっ、その通りさね。アンタも意外と分かってるじゃないか」
己の安全を何よりも優先する。グロウシスはそういう男だ。
だからこそ、魔弾皇女の脅しが効いたのだろう。
裏切ったら何処までも追って魔弾をブチ込むと、帰り際に告げられていた。
「哀れにも首輪を付けられた状態さね。それに、今回は糧食や装備の用意だけを任せたからね。あいつの懐もさほど痛まないんだよ」
「そういうものですか? けっこうな出費だとは思いますけど」
「人が残れば、金なんざ幾らでも稼げるんだよ。アンタも覚えておきな」
胸当てを拳で小突かれる。
呆気に取られてしまったブラローンだが、大真面目な顔になって頷いた。
「ゾエンヌさん……僕はまだ、教えてもらいたいことがたくさんあります」
「なんだい、急に? 気持ち悪いねえ」
「死なないでくださいよ。その、色々と思うところはあるでしょうが……」
いまにも泣き出しそうな顔になって、ブラローンは訴える。
一瞬、ゾエンヌの瞳に複雑な色が宿った。
哀しそうな、あるいは嬉しそうな。
ブラローンがその想いを悟るには、まだ多くの年月が必要となりそうだった。
「あの御方は……いや、かつての師匠はね、いつも繰り返して言っていたよ。
いつか究極の魔法を使ったみたい、とね」
「究極、ですか? 想像もつきませんが……」
「簡単さね。いま、アンタが使ってみせたよ」
かかっ、と笑うと、ゾエンヌはブラローンに背を向けた。
照れたように頭を掻く。きっと表情も見せたくなかったのだろう。
「人を幸せにする魔法さ。魔術師なら、いつだってそれを追い求めるべきさね」
「……そうですね。僕も、そんな魔術師になりたいです」
魔術師二人は優しげに笑う。
そうして肩を並べて足を踏み出した。戦場へと。




