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ロリータ・ガンバレット ~魔弾幼女の異世界戦記~  作者: すてるすねこ
第4章 幼女、泣く子の手を引いてあげる編
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第14話 狂乱魔女が望むもの

幼女の安全は保たれています。

ただし、今回は子供には見せられない(グロ注意)な内容が含まれます。


 魔女ミルドレイア再臨。

 さらには突然の襲撃によってルヴィス皇女殿下が負傷。


 この突然の凶事に対して、ヴァーヌ湖城砦の兵は大きく衝撃を受け、また同時に激しく憤った。日頃から城砦内を見回って、下級兵士にも気さくに声を掛けていたルヴィスは、大いに慕われていたのだ。

 また、時折見せる年相応の愛らしさが、男どもの癒しにもなっていた。


 即座に出撃して魔女を討つべきだと、戦意を滾らせる者ばかりだった。

 きっとつい先日、『魔弾』の戦いぶりを間近で見て興奮もしていたのだろう。

 そして、いざ出兵となれば先頭に立つであろうヴィレッサだが―――、


「一兵も出す必要はねえ。あたし一人で捻り潰してやる」


 最も過激な意見を打ち出していた。眼光から怒りを溢れさせ、犬歯を剥き出しにして、いまにも誰かに噛み付きそうだ。

 止める者がいなければ、それで軍議を終わりにして飛び出していただろう。


「お姉ちゃん、お願いだから落ち着いて」


 幸い、ルヴィスの負傷は大したものではなかった。簡単な治療術を受けただけで目を覚まして、すぐにこうして軍議にも参加できた。


 幅広の机が置かれた部屋には、城主であるルヴィスを始めとして、軍の主だった者が集められている。『凍姫』であるクリシャや、魔女ミルドレイアと関係があるらしいマーヤとロナも末席に加わっていた。


 さらには異例ながら、魔導国からゾエンヌとグロウシスも参席している。

 場合によっては協力したいと、ゾエンヌからの申し出をルヴィスが認めたのだ。


「お姉ちゃんが心配してるのは、またこの城砦が襲われることでしょう?」

「……次は、確実に仕留めてやる」

「ミルドレイアは、お姉ちゃんが狙いだとも言ってた。ゼグードさんから聞いたよ。だから自分が狙われて、私や他の人を巻き込むのを避けようとしてる」


 図星を突かれて、ヴィレッサはしかめっ面になって呻る。


 友人(レイア)を救い出し、狂乱魔女(ミルドレイア)を討つ。

 これはすでに、ヴィレッサの内では決定事項だ。

 けれど兵を挙げるとなると、別の意味も戦いに加わってくる。


 これまでもヴィレッサは、帝国軍とともに戦場を駆けた。それどころか指揮を執ったこともある。けれど過去の戦いでは、ヴィレッサがいなくとも帝国軍は動いていたはずなのだ。

 凍姫の叛乱を鎮めるため、あるいは魔導国侵攻軍を追い返すため―――、

 謂わば、共同戦線を張ったに過ぎない。


 無論、ヴィレッサは感謝しているし、その分は恩返しをしたいとも思っている。だからひとまず、帝国内が安定するまでは皇女として振る舞っている。


 だが、今回は事情が異なる。

 ヴァーヌ湖城砦の兵力は、あくまで国境防衛のために置かれている。兵権を握る皇帝から命じられれば、他国へ攻め込みもするだろう。けれどいまは、あまりにも状況が悪いのだ。


 皇帝であるディアムントは、北方貴族の征伐へ向かっている。今日明日にも戦闘が始めるとの報告があった。さらには国内各所で、レミディア軍の飛翔船部隊による嫌がらせにも似た攻撃が続いている。そちらへの対処にも兵力を割いている。

 また南方では海賊騒ぎがあり、東方国境でも睨み合いが続いていて―――、

 いかに精強な兵を誇る帝国軍でも、手一杯の状況だった。


 魔女ミルドレイアは早急に討つべき敵ではある。しかし襲撃を許してしまったとはいえ、帝国への明確な侵攻軍は向けられていない。

 つまりは現状では、敵国内まで打って出るのは性急と言える。


 娘の友人を助けるため、なんて理由では皇帝も軍を動かせない。

 いや、帝国皇帝ならばそれくらいの無茶も通せるのだが、さすがに最優先という訳にはいかないのだ。


 ヴィレッサとしては、一刻も早くレイアを救いに行きたい。

 皇女として命じれば、親衛隊と西方守備軍だけならば動かせる。

 だがそれは、大勢の命を左右することと同義だ。


 敵の命を奪うのではない。味方の命を、言葉ひとつで死地へも送ってしまう。

 もはや仮初めの皇女ではいられなくなる。ただの村娘には戻れない。

 その責任を負うのは、きっと自分一人では済まされないから―――。


「まずは、事の詳細を帝都へ報告します」


 沈黙したヴィレッサを横目に、ルヴィスが話を切り出した。

 ただし、と躊躇い混じりの口調で付け加える。


「すでに北方征伐の軍は出立しています。なので、陛下へ伝えるのは向こうの戦況が安定するまで待ってもらいます」

「……北方征伐に集中させるためか?」

「うん。ないとは思うけど、シャロン先生なら飛んで帰ってきちゃうかも知れないから。そうなったら作戦も崩れちゃうだろうし」


 この言葉には、ヴィレッサも納得せざるを得ない。

 シャロンを知っているゼグードなども、苦笑を堪えつつ頷いていた。


「遅れてでも情報が届く手筈さえ整えておけば、問題にはなりますまい。また獣人族やエルフィン族にとっても、ミルドレイアは怨敵です。使者を出す準備も進めておけば、なおよろしいかと」

「そうですね。では、陛下の御裁可を待つように整えましょう」


 連絡ひとつ取っても簡単には済ませられない。

 それだけいまの帝国が複雑な状況に置かれていて、魔女ミルドレイアが侮れない存在なのだ。


「それで、本題に移りますが……」


 ミルドレイアへの対処をどうするか?

 やはりヴィレッサはすぐにも飛び出したいのだが、ルヴィスの眼差しに押し止められる。


「ともかくも相手の情報をまとめるべきです。個人として何が出来るのか、どんな魔術を得意としているのか、魔導国内にいる味方は誰か、その兵力はどれほどか、些細な情報でも構いません」


 魔女ミルドレイア―――魔導国の初代女王であり、『魔導士殺し』の異名を持つ。あらゆる魔術に精通し、過去に戦術級魔術師を幾名も討ち果たしている。合成獣(キメラ)の軍団を作り上げ、さらには骸狂戦士(デス・バーサカー)によって各国に多大な被害をもたらした。


 一般に知られているのは、そんなところだろう。

 何をしてくるか分からず、侮れない、と考えられる。


「マーヤさんは、師弟として何年も近くにいたんですよね?」

「ええ……聞いた外見や特徴からすると、私が知っている師匠で間違いないかと」


 いつもの三角帽子も被らず、マーヤは神妙な口調で答えた。

 けれど怯んではいない。幾名かの騎士が怪訝な眼差しを向けていたが、マーヤは構わず、そっと眼鏡を上げ直してから続けた。


「およそ不得手な魔術というのもなさそうでした。僅かな触媒からでも大きな効果を発揮させて……目的は分かりませんが、合成獣(キメラ)は何体も作ってましたね。それと人間の魂に関する研究を進めていたみたいです」


「あ、でも料理は苦手だったニャ。炭みたいな物でも平然と食べてたニャ」


「アンタは黙ってなさい! っと、失礼。えっと……あとは、意外と用心深い性格をしてました。転移術用の触媒はいつも持ち歩いてましたし、隠れ家も幾つか用意してるらしいことを仄めかしてました」


 転移術という言葉に、幾名かの騎士が腕組みをして呻る。

 自分たちで使う分には便利な術式だが、敵に使われると厄介極まりない。捕縛の難易度は跳ね上がるし、殺すことを前提にしても逃げられる恐れは高まる。


「対転移用の阻害結界ってのは、運べねえのか?」

「攻城用に使われるので、この城砦にも備えはあります。しかし効果的に使うのは難しいかも知れませぬ」


 ヴィレッサも腕組みして訊ねると、ゼグードが神妙に首を振った。


「最低限、四つの部隊に魔術師を振り分けねばなりませぬ。範囲を広げれば、その分だけ魔力供給に必要な人員も増え、護衛部隊も大人数となります。さらに野戦で使うとなれば、地形を把握する必要もあるのです」

「……下手に使えば、結界を張る部隊だけ狙われるってことか」


 現在、ヴァーヌ湖城砦の守備兵力はおよそ三万。最低限の兵は残す必要があるので、出兵可能なのは二万と、親衛隊一千騎といったところだろう。


 対する魔導国は、首都に一万から二万の兵が残っていると推測される。先の戦いでの敗残兵が合流し、ミルドレイアに屈する貴族が出てくれば、また戦力は増えると考えられる。

 さらには合成獣(キメラ)もいる。こちらはそもそも戦力として計るのが難しい。


 魔導国軍だけならば、さほどの脅威にもならず蹴散らせるだろう。

 しかしそこにミルドレイアが加わると、天秤がどう傾くのか読めなくなってしまう。


「対転移結界なら、アタシの方でも用意できるさね」


 一同が難しい顔をする中で、ゾエンヌが声を上げた。

 他国の者が勝手な発言を、と顔を顰める騎士もいる。けれどそんな反応はゾエンヌも承知の上で、淡々と言葉を連ねていく。


「もはや師とは呼ばないよ。あの魔女は魔導国にとっても害悪さね。とは言っても他国の者と轡を並べるのが難しいのも事実さ。アタシが胡散臭いのは、自分が一番承知してるからね」

「だから、別行動ができて、一番狙われ易い役を買って出るって言うのか?」

「ああ。それならたとえ裏切っても、対処の仕方はあるだろう?」


 本当に胡散臭い婆さんだな、とヴィレッサは吐き捨てる。

 しかし、信用できなくもない。


「兵力はまあ、一万ってところさね。コイツの領地と合わせてね」

「……はぁ、やはり私も巻き込まれますか」


 いきなり話を向けられたグロウシスだが、ある程度は予測していたらしい。

 溜め息を落としながらも、銀の片眼鏡を上げ直し、表情を引き締める。


「その前にひとつ、ミルドレイアに関する情報がございます」


 一礼してから、グロウシスはルヴィスへ目を向ける。

 まるで商談を持ち掛ける商人のような眼差しに、ルヴィスは微笑で応じた。


「是非、聞かせてください。話の内容によっては、貴方の誠意だと受け止めます」

「誠意、ですか……魔導国の極秘事項なのですが……」

「貴方は以前、帝国の国境を揺るがすような真似をしたのですよね? それを打ち消すには、誠意が最適だと思いますよ」


 グロウシスは渋い顔をして、ちらりと視線をずらす。

 その視線の先では、ヴィレッサがいつの間にか魔導銃を抜いて、カラカラと弾倉を回していた。


「あたしが赦すのは、誠意を持って、心から反省してる奴だけだぜ?」

「……はい」


 双子皇女からそれぞれに違った笑みを向けられて、グロウシスは恭しく頭を垂れる。冷や汗を拭い、咳払いをひとつしてから語り出した。


「これは先々代の術士ホデールから聞いた話です。それはミルドレイアが行った、自分の子を”造り出す”ための魔術実験で……」


 グロウシスの顔色が徐々に蒼ざめていく。

 それはなにも、命の危機を覚えたからではなくて―――、


 語るもおぞましい話は、魔女の狂気を否応無く伝えてくるのだった。







 ◇ ◇ ◇


 薄暗い部屋に粘ついた水音が木霊する。

 しかしその中で暴れ、もがく、幼い少女の声は僅かなりとも響いてこない。


「んもう、暴れても疲れるだけよん。折角、貴方のために特別に作った檻なんだから、もうちょっと気に入ってくれてもいいのにぃ」


 そこはつい先日まで、王城の地下にある牢獄だった。ちょうどいい実験体がいるからと、ミルドレイアが実験室として改造したのだ。

 いま檻の中には、罪人の代わりに数十体の合成獣(キメラ)が入れられている。


 生きている人間は二名のみ。

 ミルドレイアと、彼女の前で顔を歪めているレイアだけだ。


粘液体(スライム)が好きなんでしょ? ほら、この子も仲間が増えて喜んでるみたいよ?」


 嘲笑を浮かべるミルドレイアの手には、小さな硝子箱が乗せられていた。

 複雑な魔法陣が描かれた箱の中には、レイアとともに捕まった黄色い粘液体(プルト)が収められている。ぐったりとしていて、とても喜んでいるようには見えない。


 そして、レイアは―――、


「~~~~!!」


 黄金色に輝く巨大な粘液体(スライム)によって、全身をすっぽりと覆われていた。

 捕食されている最中にも見える。実際、服は喰われてしまって、幼い裸身を隠すものはほとんど残されていない。


 しかし「特別」と言うだけあって、この粘液の檻はレイアの肌には傷のひとつも付けていない。呼吸までも保たれていた。

 だが、脱出だけは許さない。

 レイアがどれだけ暴れても、粘液の表面が僅かに震えるばかりだった。


「いい加減に諦めなさぁい。仮にも私の血を引いてるんだから、もっと物覚えよくならなきゃダメよん」


 人差し指を立てて振りながら、ミルドレイアは挑発するような口調で言う。

 レイアには外からの声も届いていないのだが、それを承知で、ミルドレイアは一方的に喋り続けていた。


「まあ、血縁って言っても、私自身は産んでないんだけどねぇ」


 粘液檻を軽く叩いてから、ミルドレイアは壁際に並んでいる別の檻へと目を向けた。指先を空中に走らせ、魔力を瞬かせると、金属質の音が響いてくる。

 扉が開いて、三つの頭部を持った巨大な熊が飛び出してきた。


「私はね、自分自身を複製したのよ」


 三つ首熊は牙を剥いて、ミルドレイアへと襲い掛かる。けれど振り下ろされた爪は、魔女の身体へ触れられもせず、障壁によって完全に防がれていた。


 無雑作に、ミルドレイアは手刀を突き出す。

 細い手が、剛毛に覆われた熊の腹部を易々と貫いた。


「何十体、何百体と複製して、其々に子を孕ませた。もっと適した素体があれば、誰でもよかったんだけどね。生憎、私ほど魔力の扱いに長けた人間はいなかったのよ。知ってる? 魔力操作の才能って、肉体にも影響されるのよ」


 問い掛けながらも、ミルドレイアは返答を待っていない。

 淡々と熊の腹部を裂いて、そこから赤々と脈打つ臓器を取り出した。


「それで、こんな風に子供たちも取り出していったの」

「~~~~!!?」


 むごたらしい光景を見せつけられ、レイアは激しく顔を歪め、大粒の涙を零した。しかしその涙は、檻の中で吸収されて消えてしまう。


 ミルドレイアの手に握られた臓器は、まだ脈打ち―――鳴き声を上げた。

 無数の口が開いて牙を剥く。ぎょろりとした目玉も、幾つも浮かんできた。

 倒れた三つ首熊の上に放り出されると、その得体の知れない生き物は、母体だったものに歯を立てて喰らっていく。


「ま、こんな成長の仕方はしなかったけどね。普通の子供ばかりだったのよねぇ。肉体も魂も普通の……無限魔力の器としては、とても耐えられない」


 しばし凄惨な光景を見下ろしてから、くるりとミルドレイアは振り返る。

 そうして、まじまじとレイアを見つめた。


「でも、貴方は違うわ。貴方だけは特別なの」

「っ……」

「帝国と魔導国の戦いを観察していたの。そしてその後、偶然に貴方を見つけた。ううん、これは運命よね。私に後を継げという、偉大なる魔王の導きなのよ!」


 ミルドレイアは狂喜としか取れない笑みを浮かべながら、血に濡れた手を粘液の檻へと伸ばした。

 そのままレイアの頬に触れて、形を確かめるように撫で回していく。


「まずは貴方に、無限魔力を移してあげる。そして……私のすべてもあげるわ」


 陶酔したように、ミルドレイアは目を細める。

 狂喜に染まった瞳は、それでも望む未来を冷ややかに見つめていた。


「貴方は、私になるのよ」


 レイアはもう何も答えない。

 ただじっと、瞳に涙を湛えながらも、許してはいけない敵を睨みつけた。




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