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ロリータ・ガンバレット ~魔弾幼女の異世界戦記~  作者: すてるすねこ
第4章 幼女、泣く子の手を引いてあげる編
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第11話 急報



 以前、ヴィレッサとミヒャエルの戦闘によって、城主の間は手酷く破壊された。けれどすでに修繕は完了して、他国の者を招いても恥ずかしくないよう整えられている。

 広間の奥に座るルヴィスは、さすがにまだ幼いので威厳に欠ける。

 しかしその点は補強できる。脇に並んだヴィレッサや親衛騎士が、威圧を込めた眼光で睨みつけるのだ。相対する者には、逃げ出したくなるほどの重圧が掛かるだろう。

 講和を求める魔導国の使者に対しても、一切の隙を見せないつもりだった。


 つい先日、侵攻軍を送ってきた相手なのだ。一方的に叩き潰してやったばかりとはいえ油断はできない。派閥が違うのも承知しているが、警戒を解く理由にはならなかった。


 加えて、使者の一人は第六導師グロウシスと名乗った。

 帝国と、そしてヴィレッサにとっても、許し難い因縁のある相手だ。

 凍姫ミヒャエルを唆し、叛乱の原因を作った。大勢が命を落とす事件となった上に、なにより、ルヴィスを悲しませたのだ。


 顔を合わせた瞬間、頭を魔弾で撃ち抜いてやろうかとも思えた。

 実際、ヴィレッサは腰の魔導銃へ手を伸ばしかけたのだ。

 だが―――、


「―――まことに申し訳ございません!」


 挨拶の途中で、グロウシスはいきなり床に額を擦りつけ、深々と陳謝した。

 ミヒャエルを唆したことも認めて、ひたすらにお詫びの言葉を重ねた。

 実に見事な不意打ちで、完璧に近い謝罪だった。


「この通り、深く、深く、お詫び申し上げます。どうかこの哀れなわたくしめに、僅かばかりで構いませぬ、贖罪の機会をお与えくださいませ!」


 帝国側の誰もが唖然として―――、

 ヴィレッサは空中に漂っていた手を握り込み、歯軋りをした。


 どれだけ憎悪すべき相手でも、一度は赦しの機会を与える。

 それはヴィレッサが己の課した最低限の戒めだ。どれだけの死体の山を積み上げようとも、悪鬼羅刹に堕ちぬため、最後に踏み止まるための線引きは必要だった。


 だからヴィレッサは床を見つめ、息を吐いた。

 荒ぶる心を鎮めてから、ゆっくりと視線を移す。


「どうするか、ルヴィスに任せる」

「……分かった。それじゃあ、まずは来訪の旨を聞かせてもらいます」


 城主であるルヴィスが穏やかに告げて、魔導国使者との会談が始まった。


 この場にいる帝国側の人間は、ヴィレッサとルヴィス、それにゼグードを筆頭に親衛隊員と文官が数名控えている。凍姫候補であるクリシャも同席すべきところだが、安全のために別室で待機となった。


 魔導国側は”導師”二名のみ。他にも十数名の従者で使節団を組んでいたが、別室で待機、というか監視されている。

 会談の雰囲気が整ったところで、第五導師ゾエンヌが一歩前に出て跪いた。


「まずは、アタシからも謝罪させてもらうよ」


 敗戦国の使者らしからぬ、無礼な口調だった。

 親衛騎士の幾名かが眉を顰める。

 けれどヴィレッサやルヴィスは咎めるでもなく、平然としていた。


 元より地位を振りかざすつもりはないし、堅苦しい空気を苦手としている。

 それに、その老婆の堂々とした態度には好感が持てた。


「アタシは腹芸ってのが嫌いでねえ。どうやら皇女殿下方もそうみたいじゃないか。だからこその、小細工を弄したことへの謝罪さね」

「……小細工ってのは、そこのペテン野郎のことか?」

「ははっ、ペテンか。そいつはいい仇名だねえ」


 皺がれた笑声を上げて、ゾエンヌは両膝をついたままのグロウシスを小突いた。


「まあ、賭けだったんだがね。噂通りの勇猛な武人なら、ひたすら頭を下げる相手くらい見逃してくれるんじゃないか、ってね」

「言っとくが、まだ保留だぜ?」

「ああ、それで充分さね」


 ヴィレッサが威圧を込めて睨んでも、ゾエンヌはやはり怯まない。

 むしろ楽しそうに、くっくっと咽喉を鳴らした。


「いざとなれば、コイツの首と引き換えに会談の機会を作るつもりだったからね」


 その発言に、グロウシスが目を見開いた。

 どうやら聞かされていなかったらしい。


「老獪ですね」

「嫌いな芸も覚えないと、生き残れなかったからねえ」


 静かに感想を述べたルヴィスに対して、ゾエンヌはおどけるように肩を竦める。

 二人はしばし互いを観察するように沈黙したが、やがて、どちらからともなく視線を外した。


「魔導国の情勢は、こちらでも大よそは把握しています。二分されている状況を、貴方がたなら治められると?」

「ジェルザールが自滅してくれたからね。大勢は傾いたさね」

「捕虜になった貴族の身柄を預かれれば、さらに勢力は増しますね」

「身代金も賠償金も、それなりに払う用意があるよ。もちろん目こぼししてくれるのが有難いんだがねえ」


 淡々と言葉を連ねていく。

 まるで互いの持ち駒を見せ合って、すべてを正面からぶつけるように。


「帝国としては、西方国境が安定していれば充分です。国内で戦い合い、こちらを向く余裕が無いというのも歓迎できる状況のひとつです。賠償金もさほど欲してはいませんし、人質の送り先には商工連合という選択肢もありますから」


「だが、商工連合が力をつけすぎるのも嬉しくないだろう? あまりに魔導国内が乱れ過ぎても、難民やら兵士崩れやらが帝国へ流れ込む。それよりは有利な通商条約でも結んで、腹黒い商人どもに一泡吹かせてやる方が楽しくないかい?」


 前提条件としては、帝国側が圧倒的に有利だった。戦に大勝し、大勢の人質も取って、究極的には魔導国全土を武力で制圧することもできる。属国になれと要求しても、滅ぼさないだけ温情を掛けたと言えるだろう。


 だが、それ故に、魔導国側は捨て身になれる。

 どれだけの犠牲を払っても、講和を成し遂げ、国としての形を保ちたい―――、

 穏やかに言葉を並べるゾエンヌだが、瞳には強い決意が宿っていた。


「……どんな奴なんだ?」


 話が一区切りついたところで、ヴィレッサが口を挟んだ。

 ゾエンヌが不思議そうに首を捻る。


「第三導師、ブラローンって奴のことだ。そっちの親玉だろ?」


 ヴィレッサとしては、細かな交渉事に立ち入るつもりはなかった。

 ただ、重要なのはひとつだろう。

 信用できる相手かどうか、だ。


「ああ、そうさねえ……」


 思案するというより、勿体つけるような口振りだった。

 そうしてゾエンヌは、老婆らしからぬ、悪戯をするような口調で告げる。


「臆病者だよ。皇女殿下に睨まれたら、それだけで悲鳴を上げるさね」

「そんな奴と、約束事を結べってのか?」

「ああ。そんな奴だが、心の奥には太い鋼が通ってるのさ。だからアタシが従ってやってる。これじゃあ信用できないかね?」


 得意気に、ゾエンヌは咽喉を鳴らす。

 ヴィレッサは口元を捻じ曲げながらも、否定はしなかった。

 とりあえずは信用できそうだ、とルヴィスにも目線で告げる。


「他国の王が温和で友好的なのは、帝国としても望ましいと考えます」

「おお、嬉しいねえ。これからは馬鹿が暴れないよう、きつく見張っておくさね」


 ゾエンヌが満面の笑みで応えて、ルヴィスも微笑を返す。

 細かな条件はこれからだが、互いに望ましい交渉となりそうだった。







 講和条約の細部を詰める前に、一旦休憩を入れることとした。

 だがその前に、ふとゾエンヌが口を開いた。


「ひとつ、私的に訊ねたいんだが」


 退席しようと腰を浮かしかけていたルヴィスが、椅子へと座り直す。

 また無礼な申し出だったが、もはや親衛騎士も諦めたのか咎める者はいない。


「ここへ来る前に、ちょいと小耳に挟んだんだがね。なんでも聖女が現れたとか、神の御使いが降臨なされたとか」

「ああ、それは……」


 ちらりとした視線を、ルヴィスは横へ送る。

 ヴィレッサは目を逸らして渋い顔をした。


「なんだい、魔弾皇女様の仕業かい?」

「妙な名前で呼ぶんじゃねえ。それに、あたしじゃねえよ」

「まあ、誰の仕業でも構わないんだが……ミルドレイア様が帰還なされた、という噂だけは見過ごせなくってねえ」


 人当たりの良い表情を作っていたゾエンヌだが、急に眼差しを鋭くした。

 広間に緊張が漂い、ヴィレッサが腰へ手を伸ばすほどに。


 ミルドレイア魔導国に於いて、建国の祖でもある魔女の扱いは複雑だ。

 五十年前に『骸狂戦士(デス・バーサーカー)』を作り出し、彼女は多くの者を敵に回した。帝国だけでなく、エルフィン族や獣人族の森も被害を受け、ミルドレイアを討つべく兵を挙げたのだ。

 魔導国が生き延びるには、すべての責を魔女一人に押しつけるしかなかった。


 だがその一方で、未だにミルドレイアを信奉する者もいる。国名に彼女の名を冠しているのはそのためだ。

 どれほどの大罪を犯しても消えぬほど、ミルドレイアの功績は偉大だった。


 例えば陣式魔術だが、発祥はエルフィン族の里だとされている。しかしその術式の仕組みを解析し、大勢の人々へ広めたのはミルドレイアだ。エルフィン族が秘匿していた転移術でさえも、彼女は独自に答えへと辿り着き、再現してみせた。

 災害級の魔物を数多く討伐し、合成獣(キメラ)の軍団を作り上げもした。ミルドレイアがいなければ、魔導国は数回は滅びているとさえ言われている。


 そんな偉大かつ罪深い魔女に、ゾエンヌはどんな想いを抱いているのか―――、

 複雑な光が宿る瞳を見据えながら、ヴィレッサは訊ね返した。


「婆さんは、ミルドレイアと面識でもあるのか?」

「あの御方は、アタシの師だよ。少なくとも、もう一度会って真意を確かめるまではね」


 大罪人への擁護とも取れる言葉を、ゾエンヌは傲然と言い放った。

 状況次第では、自分の首を討たれても仕方のない言葉だ。

 それをゾエンヌが理解していないとは思えない。

 つまりは、けっして譲れぬ信念を込めた言葉なのだろう。


「ったく……年寄りってのは、どうにも頑固者ばかりだな」

「周りが情けない男ばかりだったからさね。皇女殿下みたいな跡取りでもいれば、また違ったんだろうがね」


 軽口を叩きながらも、ゾエンヌの眼光は鋭さを保ったままだ。

 小さな噂でも、ミルドレイアに関わるものならば見過ごせはしないのだろう。


「下手に誤魔化しても、しつこそうだな」

「……まさか、本当に……?」

「勘違いすんな。ミルドレイア本人じゃねえよ」


 老婆の疑念を晴らしてやる義理はない。面倒そうな相手だが、無視もできる。

 けれど魔導国内に繋がりを作っておくのは、レイアの今後を考えれば悪くないとも思えた。


「ルヴィスは、どう思う?」

「うん……会って、話をしてもらうくらいはいいんじゃないかな」


 同意を得ると、ヴィレッサは控えていた騎士の一人に目配せをした。

 広間を出て行った騎士は、ほどなくしてレイアを連れて戻ってくる。


「あの、私に用って……?」


 相棒(プルト)を肩に乗せたレイアは、やや緊張した面持ちをしていた。城砦での生活には慣れたはずだが、国同士の重要な会談の場に同席するというのは、村娘には場違いすぎる経験だろう。

 しかしその表情は、緊張から、すぐに驚きと不安へと変わる。


「お、おおぉ……」


 老婆が大きく目を見開いていた。

 さながら悪霊が光を浴びたような表情は、レイアだけでなく、周囲の騎士達まで唖然とさせてしまう。


「ミルドレイア様……いや、幼いが、まるで生き写しのように……」

「おい、婆さん―――」


 そんなに似てるのか、とヴィレッサは問い質そうとした。

 けれどその時、荒々しい足音が響いてくる。

 広間に駆け込んできたのは、まず帝国軍兵士が数名。その兵士に囲まれる形で、魔導国使節団の一人が蒼ざめた顔を晒していた。


 会談の最中に、いったい何事か―――、

 そう叱咤されるのは兵士も覚悟していたのだろう。

 それでも敢えて駆け込んでくるほど、重要な報せを抱えていた。



 魔導国首都マジスが制圧される。

 そして、魔女ミルドレイアが女王として再即位を宣言した、と。



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