第11話 急報
以前、ヴィレッサとミヒャエルの戦闘によって、城主の間は手酷く破壊された。けれどすでに修繕は完了して、他国の者を招いても恥ずかしくないよう整えられている。
広間の奥に座るルヴィスは、さすがにまだ幼いので威厳に欠ける。
しかしその点は補強できる。脇に並んだヴィレッサや親衛騎士が、威圧を込めた眼光で睨みつけるのだ。相対する者には、逃げ出したくなるほどの重圧が掛かるだろう。
講和を求める魔導国の使者に対しても、一切の隙を見せないつもりだった。
つい先日、侵攻軍を送ってきた相手なのだ。一方的に叩き潰してやったばかりとはいえ油断はできない。派閥が違うのも承知しているが、警戒を解く理由にはならなかった。
加えて、使者の一人は第六導師グロウシスと名乗った。
帝国と、そしてヴィレッサにとっても、許し難い因縁のある相手だ。
凍姫ミヒャエルを唆し、叛乱の原因を作った。大勢が命を落とす事件となった上に、なにより、ルヴィスを悲しませたのだ。
顔を合わせた瞬間、頭を魔弾で撃ち抜いてやろうかとも思えた。
実際、ヴィレッサは腰の魔導銃へ手を伸ばしかけたのだ。
だが―――、
「―――まことに申し訳ございません!」
挨拶の途中で、グロウシスはいきなり床に額を擦りつけ、深々と陳謝した。
ミヒャエルを唆したことも認めて、ひたすらにお詫びの言葉を重ねた。
実に見事な不意打ちで、完璧に近い謝罪だった。
「この通り、深く、深く、お詫び申し上げます。どうかこの哀れなわたくしめに、僅かばかりで構いませぬ、贖罪の機会をお与えくださいませ!」
帝国側の誰もが唖然として―――、
ヴィレッサは空中に漂っていた手を握り込み、歯軋りをした。
どれだけ憎悪すべき相手でも、一度は赦しの機会を与える。
それはヴィレッサが己の課した最低限の戒めだ。どれだけの死体の山を積み上げようとも、悪鬼羅刹に堕ちぬため、最後に踏み止まるための線引きは必要だった。
だからヴィレッサは床を見つめ、息を吐いた。
荒ぶる心を鎮めてから、ゆっくりと視線を移す。
「どうするか、ルヴィスに任せる」
「……分かった。それじゃあ、まずは来訪の旨を聞かせてもらいます」
城主であるルヴィスが穏やかに告げて、魔導国使者との会談が始まった。
この場にいる帝国側の人間は、ヴィレッサとルヴィス、それにゼグードを筆頭に親衛隊員と文官が数名控えている。凍姫候補であるクリシャも同席すべきところだが、安全のために別室で待機となった。
魔導国側は”導師”二名のみ。他にも十数名の従者で使節団を組んでいたが、別室で待機、というか監視されている。
会談の雰囲気が整ったところで、第五導師ゾエンヌが一歩前に出て跪いた。
「まずは、アタシからも謝罪させてもらうよ」
敗戦国の使者らしからぬ、無礼な口調だった。
親衛騎士の幾名かが眉を顰める。
けれどヴィレッサやルヴィスは咎めるでもなく、平然としていた。
元より地位を振りかざすつもりはないし、堅苦しい空気を苦手としている。
それに、その老婆の堂々とした態度には好感が持てた。
「アタシは腹芸ってのが嫌いでねえ。どうやら皇女殿下方もそうみたいじゃないか。だからこその、小細工を弄したことへの謝罪さね」
「……小細工ってのは、そこのペテン野郎のことか?」
「ははっ、ペテンか。そいつはいい仇名だねえ」
皺がれた笑声を上げて、ゾエンヌは両膝をついたままのグロウシスを小突いた。
「まあ、賭けだったんだがね。噂通りの勇猛な武人なら、ひたすら頭を下げる相手くらい見逃してくれるんじゃないか、ってね」
「言っとくが、まだ保留だぜ?」
「ああ、それで充分さね」
ヴィレッサが威圧を込めて睨んでも、ゾエンヌはやはり怯まない。
むしろ楽しそうに、くっくっと咽喉を鳴らした。
「いざとなれば、コイツの首と引き換えに会談の機会を作るつもりだったからね」
その発言に、グロウシスが目を見開いた。
どうやら聞かされていなかったらしい。
「老獪ですね」
「嫌いな芸も覚えないと、生き残れなかったからねえ」
静かに感想を述べたルヴィスに対して、ゾエンヌはおどけるように肩を竦める。
二人はしばし互いを観察するように沈黙したが、やがて、どちらからともなく視線を外した。
「魔導国の情勢は、こちらでも大よそは把握しています。二分されている状況を、貴方がたなら治められると?」
「ジェルザールが自滅してくれたからね。大勢は傾いたさね」
「捕虜になった貴族の身柄を預かれれば、さらに勢力は増しますね」
「身代金も賠償金も、それなりに払う用意があるよ。もちろん目こぼししてくれるのが有難いんだがねえ」
淡々と言葉を連ねていく。
まるで互いの持ち駒を見せ合って、すべてを正面からぶつけるように。
「帝国としては、西方国境が安定していれば充分です。国内で戦い合い、こちらを向く余裕が無いというのも歓迎できる状況のひとつです。賠償金もさほど欲してはいませんし、人質の送り先には商工連合という選択肢もありますから」
「だが、商工連合が力をつけすぎるのも嬉しくないだろう? あまりに魔導国内が乱れ過ぎても、難民やら兵士崩れやらが帝国へ流れ込む。それよりは有利な通商条約でも結んで、腹黒い商人どもに一泡吹かせてやる方が楽しくないかい?」
前提条件としては、帝国側が圧倒的に有利だった。戦に大勝し、大勢の人質も取って、究極的には魔導国全土を武力で制圧することもできる。属国になれと要求しても、滅ぼさないだけ温情を掛けたと言えるだろう。
だが、それ故に、魔導国側は捨て身になれる。
どれだけの犠牲を払っても、講和を成し遂げ、国としての形を保ちたい―――、
穏やかに言葉を並べるゾエンヌだが、瞳には強い決意が宿っていた。
「……どんな奴なんだ?」
話が一区切りついたところで、ヴィレッサが口を挟んだ。
ゾエンヌが不思議そうに首を捻る。
「第三導師、ブラローンって奴のことだ。そっちの親玉だろ?」
ヴィレッサとしては、細かな交渉事に立ち入るつもりはなかった。
ただ、重要なのはひとつだろう。
信用できる相手かどうか、だ。
「ああ、そうさねえ……」
思案するというより、勿体つけるような口振りだった。
そうしてゾエンヌは、老婆らしからぬ、悪戯をするような口調で告げる。
「臆病者だよ。皇女殿下に睨まれたら、それだけで悲鳴を上げるさね」
「そんな奴と、約束事を結べってのか?」
「ああ。そんな奴だが、心の奥には太い鋼が通ってるのさ。だからアタシが従ってやってる。これじゃあ信用できないかね?」
得意気に、ゾエンヌは咽喉を鳴らす。
ヴィレッサは口元を捻じ曲げながらも、否定はしなかった。
とりあえずは信用できそうだ、とルヴィスにも目線で告げる。
「他国の王が温和で友好的なのは、帝国としても望ましいと考えます」
「おお、嬉しいねえ。これからは馬鹿が暴れないよう、きつく見張っておくさね」
ゾエンヌが満面の笑みで応えて、ルヴィスも微笑を返す。
細かな条件はこれからだが、互いに望ましい交渉となりそうだった。
講和条約の細部を詰める前に、一旦休憩を入れることとした。
だがその前に、ふとゾエンヌが口を開いた。
「ひとつ、私的に訊ねたいんだが」
退席しようと腰を浮かしかけていたルヴィスが、椅子へと座り直す。
また無礼な申し出だったが、もはや親衛騎士も諦めたのか咎める者はいない。
「ここへ来る前に、ちょいと小耳に挟んだんだがね。なんでも聖女が現れたとか、神の御使いが降臨なされたとか」
「ああ、それは……」
ちらりとした視線を、ルヴィスは横へ送る。
ヴィレッサは目を逸らして渋い顔をした。
「なんだい、魔弾皇女様の仕業かい?」
「妙な名前で呼ぶんじゃねえ。それに、あたしじゃねえよ」
「まあ、誰の仕業でも構わないんだが……ミルドレイア様が帰還なされた、という噂だけは見過ごせなくってねえ」
人当たりの良い表情を作っていたゾエンヌだが、急に眼差しを鋭くした。
広間に緊張が漂い、ヴィレッサが腰へ手を伸ばすほどに。
ミルドレイア魔導国に於いて、建国の祖でもある魔女の扱いは複雑だ。
五十年前に『骸狂戦士』を作り出し、彼女は多くの者を敵に回した。帝国だけでなく、エルフィン族や獣人族の森も被害を受け、ミルドレイアを討つべく兵を挙げたのだ。
魔導国が生き延びるには、すべての責を魔女一人に押しつけるしかなかった。
だがその一方で、未だにミルドレイアを信奉する者もいる。国名に彼女の名を冠しているのはそのためだ。
どれほどの大罪を犯しても消えぬほど、ミルドレイアの功績は偉大だった。
例えば陣式魔術だが、発祥はエルフィン族の里だとされている。しかしその術式の仕組みを解析し、大勢の人々へ広めたのはミルドレイアだ。エルフィン族が秘匿していた転移術でさえも、彼女は独自に答えへと辿り着き、再現してみせた。
災害級の魔物を数多く討伐し、合成獣の軍団を作り上げもした。ミルドレイアがいなければ、魔導国は数回は滅びているとさえ言われている。
そんな偉大かつ罪深い魔女に、ゾエンヌはどんな想いを抱いているのか―――、
複雑な光が宿る瞳を見据えながら、ヴィレッサは訊ね返した。
「婆さんは、ミルドレイアと面識でもあるのか?」
「あの御方は、アタシの師だよ。少なくとも、もう一度会って真意を確かめるまではね」
大罪人への擁護とも取れる言葉を、ゾエンヌは傲然と言い放った。
状況次第では、自分の首を討たれても仕方のない言葉だ。
それをゾエンヌが理解していないとは思えない。
つまりは、けっして譲れぬ信念を込めた言葉なのだろう。
「ったく……年寄りってのは、どうにも頑固者ばかりだな」
「周りが情けない男ばかりだったからさね。皇女殿下みたいな跡取りでもいれば、また違ったんだろうがね」
軽口を叩きながらも、ゾエンヌの眼光は鋭さを保ったままだ。
小さな噂でも、ミルドレイアに関わるものならば見過ごせはしないのだろう。
「下手に誤魔化しても、しつこそうだな」
「……まさか、本当に……?」
「勘違いすんな。ミルドレイア本人じゃねえよ」
老婆の疑念を晴らしてやる義理はない。面倒そうな相手だが、無視もできる。
けれど魔導国内に繋がりを作っておくのは、レイアの今後を考えれば悪くないとも思えた。
「ルヴィスは、どう思う?」
「うん……会って、話をしてもらうくらいはいいんじゃないかな」
同意を得ると、ヴィレッサは控えていた騎士の一人に目配せをした。
広間を出て行った騎士は、ほどなくしてレイアを連れて戻ってくる。
「あの、私に用って……?」
相棒を肩に乗せたレイアは、やや緊張した面持ちをしていた。城砦での生活には慣れたはずだが、国同士の重要な会談の場に同席するというのは、村娘には場違いすぎる経験だろう。
しかしその表情は、緊張から、すぐに驚きと不安へと変わる。
「お、おおぉ……」
老婆が大きく目を見開いていた。
さながら悪霊が光を浴びたような表情は、レイアだけでなく、周囲の騎士達まで唖然とさせてしまう。
「ミルドレイア様……いや、幼いが、まるで生き写しのように……」
「おい、婆さん―――」
そんなに似てるのか、とヴィレッサは問い質そうとした。
けれどその時、荒々しい足音が響いてくる。
広間に駆け込んできたのは、まず帝国軍兵士が数名。その兵士に囲まれる形で、魔導国使節団の一人が蒼ざめた顔を晒していた。
会談の最中に、いったい何事か―――、
そう叱咤されるのは兵士も覚悟していたのだろう。
それでも敢えて駆け込んでくるほど、重要な報せを抱えていた。
魔導国首都マジスが制圧される。
そして、魔女ミルドレイアが女王として再即位を宣言した、と。




