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ロリータ・ガンバレット ~魔弾幼女の異世界戦記~  作者: すてるすねこ
第4章 幼女、泣く子の手を引いてあげる編
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第10話 魔導国、第三導師派



 ヴァーヌ湖侵攻軍敗北の報せは、瞬く間に魔導国内に広まった。

 他国より魔導通信網の整備が進んでいたのも理由のひとつだ。貴族間でしか使われないが、情報を知る者が増えれば、自然と民衆にも伝わっていく。

 敗戦によって動き出す貴族が多かった、というのも大きな理由だろう。


 次期王位を巡って、これまでは第一導士ジェルザールが優位に立っていた。

 好戦的で傲慢だと、裏では囁かれている。しかし大きな領地を持ち、帝国へ敵意を持つ貴族たちを上手く取り込んでいた。第二導師と第四導師の後押しもあって、首都マジスは完全に彼の勢力下にある。


 対する第三導師ブラローン派は、穏健派、あるいは弱腰だと揶揄されていた。

 実際、反抗勢力を作ったのが不思議なほど、ブラローンは決断力に欠けた男だった。まだ二十代で中肉中背、顔立ちも特徴が薄い。領地に篭もって魔術研究に没頭している時間が長く、たまに社交の場に出ると怯えた顔ばかりしている。

 金の片眼鏡を付けているが、これは少しでも己を特徴づけようという、苦肉の策だった。


「ど、どうしたものでしょう?」


 派閥の導師が揃っての会議の場でも、第一声がそれだった。

 他の導師から溜め息が漏れないのは、もうそんな態度に慣れてしまったからだ。


 大きなテーブルを三名で囲んで、ブラローンが上座に位置している。盟主として当然の席次だが、ほとんどの場合、聞き役に徹していた。

 左右に向き合って座る二名の方が、圧倒的に発言力を持っている。


「好きにしな」


 席の左側から、皺がれた、けれど力強い声が投げられた。

 第五導師ゾエンヌ。齢は八十を越える老女で、頭髪は真っ白に染まっている。しかしその眼光は鋭く、背筋も真っ直ぐに伸びて衰えを感じさせない。


 第一導士ジェルザールや、国王ですら、彼女の前では縮こまる。

 長く国を支えてきた経験、魔術師としての実力も備えているが、野心の無さ故に”第五”という地位に留まっていた。


「ジェルザールが噂通りに大敗したなら、首都へ侵攻したって上手く進むだろうさ。ただし、帝国が黙ってるとは限らないがね」

「商工連合の動向も気になります。奴らは、弱い相手には強いですからねえ」


 第六導師グロウシスも意見を述べる。

 かつて凍姫ミヒャエルに対してもそうであったように、グロウシスは飄々とした態度を崩さない。戦場に立つのを嫌ってブラローン派に属したが、なにがあっても生き残れる自信も持っているのだ。


「連中は動きやしないよ。自分達の商品を守るだけで手一杯さね」

「ふむ。ゾエンヌ様が仰られるなら、間違いないのでしょうな」

「アンタこそ、帝国の動きには詳しいんじゃないのかい? 例の叛乱に関わってたのは、調べがついてるんだよ」


 皺がれた声に威圧が込められる。

 ブラローンなら即座に「なんでも話します許してください」と言ってしまうところだが、グロウシスは少し困ったような顔をして肩を竦めただけだった。


「私が把握しているのは、魔弾皇女が噂通りに恐ろしい方、というくらいですよ。いまは帝国内も不安定なようですが……本気で攻め込まれたら、この国なんて三日で滅ぼされるんじゃないですか?」

「み、三日!? それほどの魔導遺物を持ってるのですか?」

「ああいえ、ブラローン様、三日という部分はさすがに冗談、言葉の綾です」

「あ、そ、そうですか。よかった……いや、よくはないか……」


 たとえ三日が三ヶ月でも、帝国が脅威であるという問題は解決していない。

 ブラローンは頭を抱えて、情けなく歪んだ顔を伏せて隠した。

 もっとも、項垂れている時点で、貴族としては恥ずかしい態度なのだが。


「やれやれ、本当に頼りないねえ。ジェルザールに啖呵を切った時の勢いは何処にいったんだい?」

「そう言われても、あの時は必死でしたから……」

「格好よかったですよ。『貴方にこの国は任せられない!』、いやぁ、なかなか言えることじゃありません」


 からかわれていると分かっても、ブラローンは反論できない。耳まで真っ赤に染めて机に突っ伏した。


「本当にもう勘弁してください……あの後、妻にも散々に怒られたんです。感情で突っ走っちゃいけないって、分かってはいたはずなのに……」

「馬鹿だね。後悔する部分が違うんだよ」


 ゾエンヌは溜め息に苦笑を混ぜる。

 厳しい眼差しの中にも、孫へ向けるような温かさが含まれていた。


「アンタが反対してなかったら、今頃はアタシたちもあの世行きさ。ジェルザールの阿呆に付き合って、魔弾皇女様に殺されてただろうね」

「で、でも、それは運が良かっただけで……」

「運が味方してるってのは大事だよ。だから、アンタの判断を聞きたいのさね」


 皺だらけの目蓋を細めて、ゾエンヌは返答を待った。


 相手を待たせているというだけで、ブラローンは緊張して肩を縮めてしまう。けれどいつまでも意見を表さない訳にもいかない。

 片眼鏡を上げ直して、ひとつ深呼吸をした。


「……僕達の姿勢は変わりません。国内の安定を第一に、戦争は最後の手段です。ジェルザールさんたちとも手を結ぶ方法を探りますし、帝国に対しても、なるべく穏便に解決できるよう働きかけていきたいです」


 当たり障りのない、面白くもなんともない意見だろう。

 けれどこれが、ブラローンに言える精一杯だった。


「ふむ……其々に使者を送る、ということですか?」

「とりあえずは、それが無難かと。今回の戦いで捕えられた人もいるでしょうし、帝国が矛を収めてくれるなら、ある程度の出費は覚悟して……」


 どこまでの条件を受け入れるか、事前に細かな打ち合わせが必要となる。

 けれどブラローンが言葉に迷ったのは、もっと大切なことに気づいたからだ。


「人選はどうしましょう? こちらの本気を訴えるなら、ヴァーヌ湖には僕が赴いた方がいいかと……」

「あぁん? アンタ、それこそ馬鹿を言うんじゃないよ!」


 一喝し、ゾエンヌはテーブルを叩く。


「真っ先に敵地へ突っ込む大将が何処にいるんだい? 大人しくしてな!」

「す、すいません……」


 老婆の眼光に射竦められて、ブラローンはまたがっくりと項垂れた。


 とはいえ、本気を訴える人選というのも一理ある。

 下級貴族などに使者を任せれば、「こちらを侮っているな」と怒りを買うことも充分に考えられるのだ。


「そうさねえ……ここは言いだしっぺの、アンタが行ったらどうだい?」

「私が言い出した案ではありませんよ。使者を出すのかと確認しただけで……」

「細かいことはいいんだよ。相手を煙に巻くのは得意だろう?」

「人聞きの悪いことを仰らないでください。それに……帝国領へ入るのはマズイんです。先程も仰られた通り、恨まれている可能性も高いのですから」


 言葉をぶつけ合う二人を、ブラローンははらはらして見守っていた。


 帝国領は、もはや敵地と言っていい。しかもこちらから攻め込んだばかりだ。

 別派閥の者が勝手に、なんて言い訳は通用しないだろう。

 そんな危険な場所へ、自分を支えてくれる者を送り出したくはない。けれど重要な役目だとも理解している。

 だからこそ、最初に自分が名乗りを上げた訳で―――。


「うだうだ話してても仕方ないさね。こうなったら、二人で行こうじゃないか」

「え……ちょっ、ゾエンヌ様!?」

「さすがにそれは……万が一の事態になったらどうするのです?」

「なぁに、なんとかしてみせるさね」


 ブラローンは顔色を蒼白に染め、グロウシスも渋い顔を隠せない。

 けれど男二人の不安を嘲笑うように、ゾエンヌは軽快に咽喉を鳴らしていた。


「魔弾皇女殿が噂通りの人物なら……そうさね、グロウシス、後で生き残るための秘策を教えてあげるよ」

「……なにやら、ろくでもない予感がするのですが?」

「なぁに、至極真っ当な方法さね」


 皺だらけの笑みは、さながら悪霊を思わせる。

 実際、ゾエンヌは霊魂に関わる魔術研究に力を注いでいるのだ。そのことからも妙な連想をしてしまい、ブラローンは身震いを覚えた。


「なんだか無礼な評価を受けた気がするねえ?」

「あ、いえ……ですが、本当に大丈夫なのですか? なにも御二方が直接に赴かなくても……」


 強く言えば、ゾエンヌを止めることも出来ただろう。

 けれどブラローンにその勇気はなく、充分に考える時間も与えられなかった。


「しつこいねえ。だいたい、アタシはいつも言ってるだろう?」


 呆れ混じりの息を落とすと、ゾエンヌはふと遠くを見るような眼差しをした。

 その瞳に映ったのは、追憶だろうか。

 あるいは、後悔だったのかも知れない。


「ミルドレイア様が帰還されるまでは生き抜いてやるさ。何があろうともね」


 師の名前を口にして、ゾエンヌは誇らしげに笑みを浮かべていた。






 ◇ ◇ ◇


 その日、ヴィレッサは複雑な気分を抱えていた。

 機嫌は悪くない。でも、落ち着かないのだ。


「お姉ちゃん、口に合わなかった?」

「ん……違う。とっても美味しい」


 手が止まっているのに気づいて、ヴィレッサはスプーンを口に運んだ。琥珀色のコンソメスープは、ルヴィスが考案したものだ。美味しくないはずがない。


 それに、ヴィレッサが考案した兎肉のハンバーグも並べられている。ソースはまだ試作品だが、数種類が用意されて、それぞれに違った味を楽しめる。口の中で柔らかくほどける肉の食感は、充分に満足できるものだ。

 コンソメと合わせて、野菜に包んで煮ても美味しくなるだろう。


 豪華な昼食には、同席したレイアも大喜びしていた。


「二人とも凄い! 私、料理人にもなりたくなったよ!」

「レイアのおかげでもあるんだよ。色んな食材が手に入ったからね」

「うん。聖女効果のおかげ」


 双子に誉められて、レイアは照れくさそうに肩を縮める。

 切っ掛けは、先日”やらかしてしまった”広範囲の治療術だ。湖周辺の街にまで効果の及んだ治療術は、転んで怪我をした子供や、畑仕事で腰を痛めた老人なども回復させていた。


 当然、騒ぎになる。憶測が噂となり、さらに噂を呼ぶ。

 神の御使いが降臨されたのでは―――なんて話まで囁かれていた。


 そうして治療術の恩恵に与った街や村の住民が、神への供物なんてものまで届けに来たのだ。まあ大した物は無かったが、貴族には知られていない、地方ならではの食材もあって、ルヴィスの目に留まったという訳だ。


「でも勘違いされたままで……聖女とか、私には似合わないよ」

「ん、大丈夫。その内に慣れる」

「お姉ちゃん、それじゃあ解決になってないよ」


 笑い声を零しながら、三名は穏やかに食事を進めていく。

 城砦の広い部屋で、護衛騎士に見守られながらというのにも慣れた。

 だけど―――。


 いつしか、ヴィレッサの手はまた止まっていた。


「……お姉ちゃん、そんなに気になるの?」

「ん……違う。心配なんてしてない」


 パンを千切って口へ運ぶ。

 だけどそんなことでは、ルヴィスの目は誤魔化せなかった。


「シャロン先生が強いのは、お姉ちゃんだって知ってるでしょ? あと何日かすれば、きっと無事だって報告が届くよ」


 ディアムントが率いる帝国軍と、北方貴族軍との戦端が数日後に開かれる。

 そんな報せが魔導通信によって届けられたのは今朝のことだ。

 ついでに、少しだけシャロンと話をしたのが心に影響したのかも知れない。


 勝利を信じている。可愛い妹にまで心配を掛けたくない。

 むしろ自分が支える役割だったはずなのに。

 安心して戦ってもらうために、いまは後方を守るのが大切で―――。

 そう理解しているヴィレッサだが、どうにも心は乱れたまま鎮まらなかった。


「そうか……お姉ちゃんは、はじめてなんだよね」

「ん……?」

「お姉ちゃんが無茶するたびに、私やシャロン先生は同じ気持ちだったんだよ。

どう? 少しは反省した?」


 得意気に指摘されて、うっ、とヴィレッサは言葉を詰まらせる。

 じっとりとした眼差しを返すのが精一杯で、反論できなかった。


「これなら、自分が戦ってた方が楽だね」

「もう! またそんなこと言って……」


 その時、部屋の扉が叩かれた。

 伝令兵の声に、ルヴィスが頷いて護衛騎士を応対に向かわせる。


 食事の時間にも関わらず伝えてくるだけあって、それは重要な報せだった。

 けれど驚きは少ない。

 予想していたし、むしろ待っていたものだ。


「そうですか。魔導国からの使者が……」


 報告を受けて、ルヴィスは落ち着いた様子で頷く。

 けれどヴィレッサは、妙な胸のざわめきを覚えて眉を顰めていた。




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