表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロリータ・ガンバレット ~魔弾幼女の異世界戦記~  作者: すてるすねこ
第4章 幼女、泣く子の手を引いてあげる編
75/130

第9話 聖女伝説は突然に

ちょっとだけ増量中。



 春の陽射しが凍りついた湖面へ降り注ぐ。

 無数に反射する光の粒は、幻想的な光景となって見る人を楽しませただろう。

 そこに血の色と匂いが混じっていなければ。


「ったく、望んだ戦場でもねえだろうによ……」


 湖岸へと運ばれていく遺体を眺めながら、ヴィレッサは苦々しく息を吐いた。

 味方の被害は皆無と言っていい。突撃を行った時点で、すでに敵軍は壊滅したも同然だったのだ。『一騎当千』の恩恵を受けた親衛隊はもちろん、一般兵にも死者は出ていない。逃げる兵を追って、数名が負傷した程度だ。


 圧倒的な、歴史的な勝利に違いない。

 今後十数年は、魔導国は帝国に逆らう気すら起きないだろう。


 だが作業をしている帝国兵士の顔色は暗い。戦勝を喜ばない訳ではなかったが、後の処理となり、山ほどの遺体を前にすれば浮かれ気分も失せてしまう。

 捕らえられ、作業をさせられている魔導国軍兵士はもっとだ。

 中には、いまにも死体の仲間入りをしそうな顔色の者もいた。


「某も、東方守護に就いていた頃は、似たような情景に慣れてしまいました」


 さすがに歴戦の戦士であるゼグードは、平静な顔を保っている。ヴィレッサの横に控えたまま、穏やかな口調で話し掛けてきた。


「ですが、後方の街で見られる情景はまるで違っております。大勢の民が勝利を喜び、穏やかに日々を過ごしておるのです。それが脅かされぬよう守ることこそが、我らの務めであるかと」

「……分かってる。誰も彼も守れるとは思っちゃいねえ」


 腰に収めた魔導銃を撫でながら、ヴィレッサは項垂れた。

 けれどすぐに顔を上げて、軽やかに咽喉を鳴らす。


「あたしはもう、修羅道を突き進むって決めたんだからな」

「……もしも姫様を咎める者が居れば、某が斬って捨てましょう」

「はっ、物騒な爺さんだぜ」


 笑い捨てると、ヴィレッサは真面目な表情を作り直す。

 そうして戦場跡をぐるりと巡って、作業をしている兵士を労っていった。

 普段、城内でルヴィスも同じように部下の仕事ぶりを見回っている。戦場に於いては、それは自分の務めだと、ヴィレッサも学んでいた。


 仕事の邪魔にならない程度に見回りを終えて、湖岸へと足を運ぶ。

 魔導軍が設営した陣地跡で、簡素な椅子に腰を下ろした。


「あの船の方は、そのまま燃やして沈めた方が楽そうだな」

「左様ですな。船だけならば、疫病などの心配もありますまい」

「そうだな……手洗いなんかの習慣もつけさせるか」


 まともに軍を率いて他国と戦うのは、ヴィレッサにとって初めての経験だった。知識としての備えはあったが、実際に動いてみて分かることもある。


 他の指揮官も集めて、細々とした問題を話し合っていく。

 捕らえた兵や貴族の処遇もその内のひとつだが―――、

 城砦へ戻らないのは、また別の理由があった。


「お、来たな」


 近づいてきた足音に、ヴィレッサが首を回す。

 やって来たのは親衛隊員の一団で、その中心にいるレイアは強張った表情をしていた。







 戦場跡を、レイアは真っ直ぐに見つめていた。

 同行したマーヤとロナが気を利かせて、なるべく凄惨な光景は目に入らないようにはしてあった。それでもかなりの数の遺体が転がっているし、幼い子供には直視できるものではない。


 当然、レイアも蒼ざめた顔をしていた。

 全身を小刻みに震えさせて、胸元に収めた友達(プルト)をきつく抱き締めている。

 けれど目は逸らさなかった。

 何が起こったのか見てみたいと、自分から言い出したのだから。


「……これが、戦争なんだね」


 呟きながら、初めての友人(ヴィレッサ)へ顔を向ける。

 頬に血の染みを残しているヴィレッサは、鋭利な笑みを浮かべながら頷いた。


「ああ。あたしが殺した。レイアの国の人間を、大勢」

「私がここに来たから? だから戦争になったの?」

「違う。魔導国の奴らは、あたしたちから色んなものを奪いたかったんだ」

「……私から、お母さんを奪ったみたいに?」


 ヴィレッサは狂気じみた表情のまま頷く。

 けれどその瞳が一瞬だけ悲しげに曇ったのを、レイアは見逃さなかった。


 そうか、と思う。

 こんな光景を望んだはずがない。誰かを傷つけるのは嫌で、誰かを傷つけられるのはもっと嫌なんだ。みんなで笑い合って、楽しくお喋りをして、畑を耕したり、木の実を取ってきたり―――、

 そうして美味しいものを食べていられる方が、ずっと嬉しいに決まってる。

 だけど、そんなことを分からない人もいっぱい居て―――。


「……だから、ヴィレッサちゃんは笑ってるんだね?」

「あん? 何言ってんだ?」


 不機嫌そうに眉を寄せたヴィレッサに、レイアは静かに首を振った。


 まだ身体の震えは止まらない。

 きっと死体を見慣れることなんてないのだろう。

 でも、ここに来たことを後悔はしていない。


「ヴィレッサちゃんと会えてよかった」

「……ま、友達が増えるのは悪くねえよな」


 むっつりと口元を捻じ曲げながら、ヴィレッサは目を逸らす。

 怖いものなんて何も無さそうなのに、気恥ずかしげに頬を染めた友人の様子がおかしくて、レイアは思わず笑みを零した。


「私、やっぱり一度帰るね」

「ん……? 自分の村に? 大変じゃねえか?」


 また騎士に追われるかも知れない。村の人達も受け入れてくれないだろう。

 だけど、とレイアは迷いなく頷いた。


「お母さんのお墓も作ってあげたい。それに、決めたんだもん。私からお母さんを奪った奴らに、ごめんなさいさせてやるって」


 レイアは小さな拳を強く握り込む。

 胸元からプルトも跳ね上がると、同意するみたいに肩に乗った。


「大変でも大丈夫だよ。色んな魔術も教えてもらったから」

「あー……でもなあ、そのことなんだけど」


 頭を掻きながら、ヴィレッサは陣地の端を目線で示す。

 そこには十名ほどの兵士がいて、他の場所とは違う緊張が漂っている。


「捕まえたみてえだぜ。領主のホデールって奴も」

「え……?」


 唖然とした声を漏らしてから、レイアは陣地の端をもう一度見つめる。

 そこでは、豪奢なローブを着た男達がまとめて縛られ、この世の終わりみたいな顔をして転がされていた。








「み、身代金なら幾らでも払う! 私は第一導師ジェルザールとも懇意にしていたのだ。奴を討つというなら役に立つぞ」


 縛られたまま引きずり出された領主ホデールは、ヴィレッサたちの前で無様に命乞いをした。顔に浮かべた愛想笑いは、哀れなほどに歪んでいる。


 それだけでもう撃ち殺しても良いような気がしてきた。

 だけどヴィレッサはぐっと我慢して、頬杖をつきながら惨めな敵領主を睨んだ。


「他の捕虜からも確認は取れております。第一導士派の術士ホデールに間違いないと」

「一人くらい、好きにしてもいいよな?」

「はい。小領主のようですし、元より姫様の御意向が大切かと存じます」


 説明してくれたゼグードへ頷いてから、横へ視線を移す。

 促されて、静かに待っていたレイアが歩み出た。


「はじめまして、ホデール様」


 太った領主の前に跪くと、レイアは恭しく頭を垂れて名を告げた。

 ややぎこちないが、一応は帝国式の礼儀作法に則っている。ヴィレッサやルヴィスの近くにいる間に、レイアもそういった所作を自然と学んでいた。

 落ち着いているレイアに対して、むしろホデールの方が見苦しい。


「た、ただの村娘が何の用だ!?」

「……私の母は、貴方の騎士に殺されました。病気を患っていたのに、無理矢理に連れ出されて……村の人達だって、戦いなんて望んでいなかった」

「だからどうしたと……待て、貴様、あの村の者なのか?」


 何かに思い至ったらしく、ホデールが顔色を変えた。

 大きく目を見開くと、ぎりぎりと歯軋りをしてレイアを睨みつける。


「そういうことか……貴様ら、戦いが嫌で裏切りおったな!」

「……? いったい、何を言ってるんですか?」

「とぼけるな! あれだけの軍勢が、船が、一斉に燃え上がるなど妙だと思ったのだ! ミルドレイアの呪い子たる貴様らが何かをしたのであろう!」


 完全な誤解だった。

 しかし仕方のない部分もある。最初の砲撃こそ城砦からのものと見て取れたはずだが、投擲形態からの攻撃は把握し難い。上空から高速で魔弾が落下してくるのだ。ましてや混乱の中で、詳細な状況など掴めていなかった。


 ヴィレッサが説明すれば誤解はとけただろう。

 けれど仲裁をしたところで、良い結果になるとも思えなかった。


「貴様らのせいだ! よくも私にこのような屈辱を与えてくれたな!」

「私は何もしていません。ただ、お母さんに謝って欲しいんです」

「黙れ! 謝れだと、ふざけたことを! 貴様らなど皆殺しにしておくべきだったのだ!」

「っ……」


 醜く頬肉を震えさせて、ホデールは吠える。

 レイアは泣き出しそうな顔をしていた。

 けれど気圧されてはいない。強く拳を握って、怒りを堪えていた。


「……どうしても、お母さんに謝ってくれないんですか?」

「やかましい! 貴様の母親など、どうなろうと―――」


 その瞬間、レイアは一歩を踏み出した。

 力の限りに地面を蹴り、喰らわせる。渾身の飛び蹴りを。


「ぶべぁっ!?」


 豚みたいな悲鳴を上げて、ホデールは地面を転がった。

 いくら幼い子供の力とはいえ、完全に不意を打たれたのだ。受け身も取れず、ホデールは折れた鼻から血を溢れさせる。


 周囲で見守っていた者達も唖然とする中で、レイアは華麗に着地していた。


「おまえなんか……おまえなんか……っ……」


 涙声になりながらも、顔を上げ、叫ぶ。


「おまえなんか貴族じゃない! 絶対に許してやらないんだから!」


 くしゃくしゃに顔を歪めて立ち尽くす。

 そのレイアの肩を、背後から歩み寄ったヴィレッサが優しく抱き締めた。


「こんな奴のために、レイアは泣かなくていい」

「っ……うん……ありがとう、ヴィレッサぢゃぁん……」


 胸に抱えて、小刻みに震える頭を撫でてやる。

 そうしてレイアが落ち着くまで待つつもりだったが、状況を読めない愚か者がいた。


「あ、あの、ヴィレッサ殿下、その娘は……」

「黙れ」


 ようやくレイアの重要性に気づいたのか、ホデールが蒼ざめた顔を向けてきた。

 しかしヴィレッサはそちらを見もせずに告げる。


「レイアが言った通りだ。そいつは貴族でもなんでもない。開拓村にでも送って、死なない程度にこき使ってやれ」


 ホデールの縄を持っていた兵士が頷き、引きずって連れて行く。


「お、お待ちを、ヴィレッサ殿下、私にこのような真似をして許されると―――」


 往生際が悪い。聞くに堪えない。

 息をひとつ吐くと、ヴィレッサはもう醜い元領主のことは頭から追いやった。


 それよりも、とレイアの様子を窺う。


「ん……もう、大丈夫。本当にありがとう」


 ヴィレッサの胸から離れると、レイアはぺこりと頭を下げた。

 まだ涙は滲んでいるが、その瞳には力強さが戻っている。


「気にすんな。変な奴に会わせちまって悪かったな」

「ううん、私が会いたいって言ったんだから」


 レイアは首を振ると、控えめながらも頬を緩める。

 足元に寄ってきた相棒(プルト)を抱えなおして、ぼんやりと呟いた。


「これから、どうしようかな……」

「……ゆっくりと考えればいいんじゃないか?」


 帝国へ来ればいい、と言い掛けて、ヴィレッサはやめておいた。


 母親を失って、村を追われて―――、

 あまりにも辛い現実に対して、幼い子供が答えを出すには早すぎる。

 これから魔導国の情勢も変わるだろう。

 しばらくヴィレッサも国境に留まるつもりだし、レイアが考える時間はある。


「そうだね……まずは、できることから」


 小さく拳を握ると、レイアは意気込んでみせる。その肩に乗ったプルトも、主人を励ますみたいに跳ねた。

 ヴィレッサは思わず苦笑いを零しつつ、周りへと目を移す。


「ちょうどいいや。少し手伝ってくれるか?」

「なに? なんでもするよ!」

「大したことじゃない。怪我人の治療を……」


 言い掛けて、ヴィレッサは口を噤んだ。

 レイアの魔術に期待するのはいい。だけど治療を待っているのは、魔導国の兵士ばかりだ。帝国兵士は軽傷者すら少なかったが、敗戦側である魔導国兵士には、かなりの重傷者も混じっている。


 血生臭い場所に子供を送るのは、やはり躊躇われる―――。

 そう思い直して、ヴィレッサは訂正しようとした。

 でも手遅れだった。


「治療術だね! 任せて、マーヤさんに習ったばかりだけど……」


 レイアは両手を広げると、目を閉じ、意識を集中させた。

 小さな体を囲うように無数の光粒が瞬き、空へと昇っていく。

 その光粒たちが寄り集まって―――、


「範囲拡大……これくらいかな? 魔力は余ってるし、いいよね」

「……なんだか嫌な予感がするけど……まあ、大丈夫だよな」


 治療術のはずだし。たぶん。


 まるで二つ目の太陽みたいに浮かぶ魔力の塊を見上げて、ヴィレッサは頬を歪めた。周囲の騎士たちも愕然としている。

 ヴィレッサを守ろうと駆け出す騎士もいたが、同時に光が弾けていた。

 眩いほどの、しかし温かな光が降り注ぐ。


 その神々しい情景は、ヴァーヌ湖周辺の街からも確認できるほどだった。

 戦場跡で治療を待っていた捕虜は、瞬く間に塞がる傷口を見て感嘆の声を上げた。それどころか、魔導国へ逃げ帰ろうとする敗残兵にまで効果は及んでいた。


 全身火傷で死に瀕していた者が、綺麗な肌を取り戻して立ち上がる。

 大量の血を失って息も絶え絶えだった者が、漲ってきた力に歓喜の声を上げる。

 ひとつひとつは、ちょっと効果の高い治療術と言っていい。

 けれどその現象全体は、奇跡と呼ばれるほどで―――。


「よし! これで大丈夫なはず! ヴィレッサちゃん、次は何しよう?」

「……えっと、大人しくしててくれ」


 派手すぎるのはよくない。ルヴィスやシャロン先生の気持ちが分かった。

 これからは少し自重、しようかな?


「変な噂とかにならないといいんだけどな……」


 諦め混じりに呟いて、ヴィレッサは口元を捻じ曲げる。


 ヴァーヌ湖には悪魔と聖女がいる―――、

 そんな噂が流れるまで、さほど時間は掛からなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ