第8話 真正面から、正々堂々と、一方的に蹂躙する
幼女「清く! 正しく! 容赦なく!」
上下に分かれて形成された銃身に、眩いほどの光が渦巻いている。
まるで狂気と暴力が解放の時を待ち侘びているかのようだ。
引き金を弾かれた途端、轟音が響く。
解放の喜びを表すように、巨大な爆発が炎の華を咲き散らせた。
『命中。これで三隻轟沈です』
「沈むっていうか、砕け散ってるけどな」
城壁上で、ヴィレッサは三日月型の笑みを浮かべていた。
しかしその眼差しは、冷徹に戦場を眺めて観察している。
氷上船が湖に入ったところで、即座に砲撃を撃ち放った。魔導国軍からすれば、完全に出鼻をくじかれた形だ。あれこれと作戦を用意していたのだろうが、もはやそれが披露されることもない。
爆破炎上した船から、大勢の兵士が逃げ出している。炎に包まれ、凍った湖の上を転げ回り、そのまま絶命する者も多い。
まだ遠い城壁の上まで悲鳴が届いてくるような、そんな錯覚もチラつく。
手加減してやってもよいのでは―――。
頭を掠めた甘い思考を、ヴィレッサは歯噛みひとつで砕き潰した。
いまの自分は戦場にいる。殺し合いをしているのだ。相対するのが敵である以上は刃を向けてくる。刃を向けられれば、味方が、大切な人が、傷つけられ殺される可能性はいつだって有り得る。
だから―――敵がいなくなるまで、徹底的に殺し尽くす。
「足場が崩れるのはよくねえな。ディード、投擲形態」
『了解。焼夷弾を形成します』
小さな手に握られたまま、魔導銃が青白い光に包まれて変形する。
その様子を、周囲の兵士たちが息を呑んで見つめていた。ゼグードや一部の親衛隊員以外は、ヴィレッサの戦いぶりを間近にするのは初めてだった。
正しく異彩を放つ魔導銃を手にして、幼い少女が狂笑を浮かべているのだ。
唖然として、慄き、震え、あるいは見惚れてしまうのも無理はない。
「なにを呆けておる。まだ敵は迫っておるのだぞ」
「は……はっ! 申し訳ありません!」
ゼグードに叱咤されて、耳まで紅く染めた兵士が戦場へと目を向け直す。
敵の氷上船は、まだ十七隻が残っている。中央の船を砲撃で潰したのでかなりの混乱が起こっているが、残りの船はゆっくりと進軍を続けていた。
湖の中程まで船が進めば、城壁上の帝国兵と魔術の撃ち合いになるだろう。
しかし、そこまで待ってやる義理は無い。
「恨まれてやるぜ。この世界をぶち壊すほどにな!」
魔導銃を上方へと掲げ、引き金を弾く。
弾倉が回転し、赤黒い魔弾が次々と撃ち放たれる。
澄んだ青空へと消えていった魔弾は、しばしの間を置き、高速で落下してくる。
そして、地獄が現れた。
一斉に地上へと撃ち込まれた魔弾により、残っていた氷上船すべてが業火に包まれた。さながら炎で城壁が築かれたように、湖の西側一帯が赤々と染められる。
当然、炎は焼く相手を選ばない。
船だけではない。乗り込んでいた大勢の兵士も、逃げ出そうとする者も、一切の区別なく灼熱の舌で絡め取っていく。
投擲形態は、破壊力という点では砲撃形態に一歩譲る。しかしその殺傷能力が及ぶ範囲は広く、魔弾の滞空時間を調整すれば、一気に広範囲の殺戮地帯を作り出せる。
さながら絵の具をぶちまけるように、地獄絵図を描き出せるのだ。
大型とはいえ、船という限られた空間に詰め込まれていたのも、敵兵士にとっては仇となった。大人数がまとめて炎に巻かれ、逃げ出せる者は半数にも満たない。
魔導国軍は、ほとんど出撃した直後に壊滅させられていた。
「爺さん、これなら追撃もできるか?」
「はっ。指示さえいただければ、すぐにでも」
ヴィレッサが頷くと、すぐにゼグードが部下へと指示を送った。
城壁上の兵士たちが大規模魔術の準備に掛かる。発動させるのは氷結の魔術だ。魔導国軍によってすでに湖面は凍りついているが、念の為に、しっかりとした足場を築いておきたい。
そう、薄氷の足場では困る。
これから騎兵部隊が出撃するのだから。
「お待ちしておりました。我ら親衛隊による騎兵二千、城砦守備兵から二万、尽く準備を整えております」
西門前の広場には、リアルドメイガーを筆頭に大勢の兵士が隊列を組んでいた。
城壁上で防御に当たっていた兵士の半数以上を、素早く移動させたのだ。こういった集団行動の機敏さは、帝国軍の強みだと言える。
用意されていた黒馬に跨ると、ヴィレッサは魔導銃を高々と掲げた。
「これより侵略者どもを打ち払う! 我に続け!」
声色こそ幼いが、威風堂々とした様は歴戦の戦士を思わせる。鋭い眼光には戦意が溢れ、口元に浮かべた笑みは、獲物に襲い掛かる直前の獣にも似ていた。
自信に溢れた指揮官に、否を唱える者は一人もいない。
一拍の静寂を置いて、湖全体に轟くような大声が張り上げられた。
大歓声を浴びながら、ヴィレッサは馬首を巡らせる。
城壁の上にいる部隊が、湖面への氷結魔術を発動させるところだった。
『凍珠』ほど強力な凍結効果は期待できなくとも、すでに大型船が乗れるほどに固められている。そこへ上乗せするのだから、軍勢が押し寄せても湖面は耐えられるだろう。
さらにヴィレッサは、凍結弾を装填した投擲形態を構えていた。
門が開かれると同時に、上空へ向けて引き金を弾く。
着弾を待たず、大声で告げた。
「全軍突撃!」
甲冑を纏った黒馬を先頭に、騎兵部隊が飛び出す。
次いで、歩兵部隊を雄叫びを上げて後を追う。
哀れな侵略者の軍勢は、まともな攻撃すらできぬまま刈り尽くされようとしていた。
◇ ◇ ◇
侵攻の要であった氷上船は次々と焼け落ち、兵士達は悲鳴を上げて逃げ惑っている。統制を取り戻そうと声を上げる指揮官もいるが、耳を傾ける者はいない。
もはや勝敗は完全に決した。
城砦を攻め落とすどころか、自軍の撤退すら難しい。
望んでいた光景とは真逆の現実を突きつけられて、魔導国軍の本陣も大混乱に陥っていた。
「あ、ああ……あの船には、我が領軍の精鋭も……」
「ど、どうするのですか!?」
「これほどの損害を出しては、たとえ勝利しても穴埋めできませぬぞ!」
「ま、まだ、何か手は、良い策があるのでは……?」
彼らにも目はついている。
多少残念ではあるが判断力も備えている。
だが、望ましくない現実を受け入れる勇気に関しては、致命的に欠けていた。
赤や青に顔を染めて、有り余った肉を震えさせるばかりで、まともな対応策を出せる者はいない。撤退という簡単な結論にも至れない。
けれど、彼らばかりを責めるのも酷だろう。
戦場での敗北となれば冷静でいる方が難しい。ましてやこれほどの、敵に傷一つすらつけられない大敗北など、誰も経験したことがないのだ。
その一言を発せられたジェルザールを、さすがは一軍の将、と誉めてもいいほどだ。
「お、おお、落ち着きたまえ!」
余った顎肉を震えさせながら、ジェルザールは立ち上がった。
一同がジェルザールを注視する。とりあえず総指揮官の言葉に耳を傾けようとする程度には、場は落ち着きを取り戻した。
けれど間が良いのか悪いのか、そこに伝令兵が駆け込んでくる。
「こ、今度は何だ!?」
問い返すというよりは怒鳴り声に近かった。
さすがにこの状況で吉報を期待する者はいない。
「はっ、報告します。ヴァーヌ湖城砦より敵軍が出撃。我が軍の戦列を破りながら、恐るべき速度でこちらへと迫っております」
「なっ、ななな、なんだとぉ!?」
再び陣内に混乱が満ちる。
しかし慌てふためく声よりも、外から流れてくる悲鳴混じりの喧騒の方が大きかった。
地響きとともに馬蹄の音も近づいてくる。
まるで血を求めるような、悪魔じみた馬の嘶き声も響いてきた。
「わ、私は逃げ……撤退する!」
「じ、ジェルザール様!?」
「其方らも早々に退くがよい。うむ、しかと命じたぞ。後はどうなっても私の責任ではないからな!」
早口でまくしたてると、ジェルザールは自身を囲う形で魔法陣を描き出した。
制止の声を上げる者もいたが、すぐに術式は発動してしまう。青白い光がジェルザールを包むと、その姿は消え、後には魔力の残滓だけが残された。
「なっ……じ、自分一人だけ逃げるとは!」
「と、とにかく我らも撤退するのだ。転移術を―――」
指先から魔力を放った男は、その瞬間に頭から潰された。
体から分断された両腕が弾け飛び、下半身も勢いよく転がって血を撒き散らす。前線に出た経験もない貴族たちでは、とても正視に堪えられない光景だった。
嘔吐する者もいた。意識を失った者は、いっそ幸せだったろう。
いったい今度は何事か―――、
辛うじて思考を保っていた者は、疑問と驚愕、そして絶望に襲われる。
血と土煙が舞う中心で、巨大な黒馬が一同を睨み下ろしていた。天幕を突き破って現れた黒馬は、逃げ出そうとした男を一撃の下に踏み潰したのだ。
誰一人として逃がさない。
草食動物とは思えない赤々とした瞳が、そう語っていた。
そして、明確な言葉でも告げられる。
「動くなよ。逃げようとした瞬間、魔弾が頭を撃ち抜くぜ」
黒馬の上から、狼みたいな笑みを浮かべた幼女が魔導銃の銃口を向けてくる。
それだけでなく、すでに帝国軍の騎士によって包囲陣が敷かれていた。
こうして魔導国軍は、立て直しも難しいほどに瓦解させられた。
それを行った『魔弾』の恐ろしさは、西方諸国にも広まっていくのだった。




