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ロリータ・ガンバレット ~魔弾幼女の異世界戦記~  作者: すてるすねこ
第4章 幼女、泣く子の手を引いてあげる編
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第7話 脂たっぷりの肉はきっとよく燃える

 拒絶の氷壁。

 ヴァーヌ湖城砦に対してつけられた、敵意と畏怖を込めた二つ名だ。

 とりわけ魔導国の兵士の間では、その名が使われている。


 ただでさえ帝国の建築技術は高く、石造りの壁だけでも堅牢さを誇る。その石壁を、『凍珠』による特殊な氷が覆っているのだ。まず突き崩すことは不可能である上に、城壁へ辿り着くことすら困難を極める。


「あらためて考えると、本当に難攻不落って言葉が相応しいな」

「はい。よほど特別な魔導遺物でもなければ、この城壁は小揺るぎもしますまい」


 その城壁の上から、ヴィレッサとゼグードは西側の湖岸を見据えていた。

 広い湖面を挟んで、魔導国の軍勢が陣を敷いている。街道を埋め、周囲の森にも大勢の兵士が入り込んでいる。横長の布陣だ。


 総数は四万、といったところだろう。

 対するヴァーヌ湖城砦の兵力はおよそ三万。堅牢な城壁に頼って戦うだけでも、十万の軍勢さえ跳ね除けられる。あくまで戦の常道に則った計算という条件だが、有利であるのは間違いない。


 ただし、魔導国の軍勢は集団魔術による遠距離戦を得意とする。

 攻城戦のような状況では、その兵数以上の脅威ともなるだろう。


「剣で斬り合う距離となれば、あっさりと崩れることも多いのですが。こちらから打って出るのは、やはり危険を伴います」

「まあ、今回はその必要もねえだろ」

『肯定。距離を詰めてこない軍勢など、良い的だと断言します』


 真っ赤な外套の下、ヴィレッサの腰元から冷淡な声が返される。

 その自信ありげな言葉通り、砲撃形態であれば軍勢に大打撃を与えられる。広範囲の攻撃という点では、投擲形態でも大混乱をもたらせるだろう。


 勝利は確定したも同然だと、ヴィレッサは悠然とした笑みを斜め後へと向けた。

 そこには、不安げな顔で同行しているレイアがいる。


「えっと、やっぱり私も戦った方が……」

「無理すんな。レイアはルヴィスの側に居てくれればいい」


 様々な魔術を扱えるレイアは、大きな戦力になれるだろう。けれどまだ幼い子供だ。人の命を奪い合う場に、無理をして足を踏み入れるべきではない。


 この場に連れて来たのも、意気込むレイアを抑えるためだ。

 戦場の空気を知れば大人しく控えていてくれるだろうと、ゼグードからの提案をヴィレッサが了承した。


「でも、ヴィレッサちゃんも戦うんでしょ?」

「あたしは、お姉ちゃんだからいいんだよ」


 腰に手を当て、胸を張って、やや冗談めかして言い放つ。

 レイアは目をぱちくりさせていたが、小さく笑みも零した。


「それじゃ、お茶でも飲んで待ってな」


 控えていた騎士に目線を送って、レイアを砦内へと連れて行かせる。

 まだレイアの瞳には若干の不安が滲んでいた。けれどひとまずは納得してくれたのか、促されるままに下がっていった。


 小さな後ろ姿を見送ってから、ヴィレッサはあらためて城壁の外へ目を向ける。

 その横で、ゼグードが一礼して述べた。


「姫様……某は元より、親衛隊一同、何処までも付き従う所存です」

「……いきなり、なんだよ?」

「御心の痛み、すべてを理解できるとは申せませぬ。ですが、どうか御一人で戦っているとは思われませぬよう」


 一人で突撃しそうなヴィレッサに釘を刺した、という訳ではないらしい。

 幼いながらも戦場に立つヴィレッサを慮ってくれたのだろう。子供を戦わせたくないという想いは、年長者であるゼグードの方が強いに違いない。


 不意の気遣いに、ヴィレッサはむず痒さを覚えつつ顔を背ける。


「はっ、何を今更。爺さんが子供を守るのは当然だろ」

「左様ですな。どうも年を取ると、余計な心配ばかりしてしまうようで」

「耄碌するなら、せめてこの戦いが終わってからにしやがれ」


 ゼグードは頭を垂れると、白髭に覆われた頬を緩めた。どうやら冷たくあしらわれたのが、却って嬉しかったらしい。


 そんな遣り取りをしている内に、敵陣に動きがあった。


「あれは、船か?」


 湖岸に、広範囲の青白い光が灯った。大規模な転移魔術を使ったようで、その光に包まれて大型の船が次々と現れる。

 数にして、二十余り。

 船の大きさから考えても、四万の大軍を一気に運べるだろう。


「ふむ……あれほどの大型船を転移させるとは、新たな術式が開発されたようですな。これまでの侵攻では、小型船が使われたと聞き及んでおります」

「大型だろうが小型だろうが、叩き潰すのには変わりねえが……」


 湖へと向かってくる大型船を見つめながら、ヴィレッサは首を捻る。

 その姿は、確かに船と言えるのだが―――、


「なんか、余計な物がついてやがるな」


 まるで馬車のように、船底には大型の車輪が備えられていた。





 ◇ ◇ ◇



 車輪付きの船を見上げながら、第一導士ジェルザールは満足げに頷いた。

 船体に損傷などは見受けられない。魔力を通して動く車輪部分も、ゆっくりとではあるが淀みなく動いている。


「転移の影響も無いようだな。商工連合の奴等も、払った金の分だけは役立つようではないか」


 ジェルザールは肉の余った顎を揺らして笑う。その腹も贅肉で膨れている。

 戦場に出るのも憚られるような体型だが、魔導国貴族の内ではさほど珍しくもない。魔術研究に没頭して不健康な生活になる者が多いのだ。極端に太っていたり、折れそうなほど痩せていたりする。


 実際、この森の奥に設営された本陣に揃った貴族たちも、そういった体型をしている。

 全体としては健康的な肉比率、と言っても誇れることではないが。


「小賢しい連中ですが、その技術だけは侮れませぬな」

「精々、利用してやればよいのだ。所詮は下賤な商人どもよ」

「左様。あの船にしても、我らの協力あってこそ形になったのだぞ」


 これから戦闘が開始されるというのに、彼らの顔には緊張の欠片もない。

 かといって、現実が見えていない訳でもない。ヴァーヌ湖城砦が難攻不落であるのは承知していて、『凍珠』が厄介な魔導遺物であるのも聞き及んでいる。


 だが、その『凍珠』を攻略するために、長年に渡って準備を進めてきたのだ。


 凍姫ミヒャエルが討たれたというのは衝撃的な報せだった。長年の苦労が無駄に終わるのかと嘆きかけたが、逆に好機であるとも思えた。

 後継者がいるとしても、『凍珠』を使いこなすのは難しい。『子珠』の生成には時間が掛かるというのも、すでに調べ上げていた。


 新たな魔導士である『魔弾』は、それほどに恐るべきものなのか?

 しかし、所詮は魔導銃ではないのか?

 湖という戦場に於いては、『凍珠』の方が厄介なのでは?

 聞けば、ほとんど不意打ちによって勝敗は決したというではないか。

 ならば、いまこの時を逃がしては―――。


「ヴァーヌ湖城砦さえ陥とせば、次期王位は決定したようなものですな」

「もはやジェルザール様に異を唱える者はおりますまい」

「導師ブラローンも、今頃は慌てて恭順の言葉を考えておるのでは?」


 弛緩した笑声が陣内に満ちる。

 そう、彼らにも現実は見えていた。

 ただ少しだけ、致命的な部分を見落としてしまっていたが。


 戦場とはいえ、本陣はかなりの後方に位置しているというのも、彼らから緊張感を奪う原因となっている。魔導国の常として、指揮官はいつでも撤退できる位置にいるものなのだ。


 転移魔術を扱える者も、他国と比べて多い。

 よほどの奇襲でも受けなければ、本陣にいる彼らは安全でいられる。

 あるいは、尋常でない突破力を誇る騎兵部隊でも現れなければ。


「さて、それでは次の段階へ移るとしよう」


 ジェルザールが手を上げて、歓談を止める。

 駆けてきた伝令兵が、兵士の乗り込みが終わったと告げてきた。


「ホデール卿、其方の出番だ」

「はっ、すでに準備は整えております」


 ジェルザールの視線を受けて、緑色のローブを羽織った男が歩み出る。

 術士ホデール。そこそこの領地を持つ中級貴族だ。ジェルザールより幾分か小柄だが、やはり贅肉で膨れた体型をしている。


 ジェルザールから任された作戦を行うために、ホデールは大勢の魔術師を集めていた。レイアの村から強引な徴兵を行ったのもそのためだ。

 多少の混乱はあったが、些細なことだと、ホデールは完全に忘れ去っていた。

 村娘の逃亡も、騎士数名の犠牲も、これからの大役に比べられるものではない。


「ジェルザール様の転移術には到底及びませぬが、氷結の魔術は、私が得意とするもの。とくと御覧くださいませ」

「うむ。期待しておるぞ」


 正確には、個人の力だけでは術式は行使できない。

 これから行うのは大規模魔術だ。大勢の魔術師の力が必要とされる。


 けれど、そんなことは誰も指摘しない。

 配下にいる魔術師の数も、貴族の力として換算されるのが当り前なのだ。

 たとえそれが、貴族本人よりも優れた魔術師であろうとも。


 恭しく礼をしてから、ホデールは本陣から退出する。

 またしばし歓談の時間を置いて、湖の方向から魔力光が発せられた。


「ほう。これはなかなか……」

「見事なものですな。ジェルザール様が任されただけはあります」


 湖の半分ほどを塗り潰すように、青白い光が降り注いでいく。

 次いで、空気が白く染まった。湖岸から城砦へ掛けて、一気に氷が張っていく。

 分厚い氷が、湖の西側半分を埋め尽くした。


「うむ、見事。これならば”氷上船”も問題なく進められよう」


 顎肉を震えさせながら、ジェルザールが指示を出す。

 伝令兵が駆けていくと、すぐに氷上船も動き出した。


 ヴァーヌ湖城砦が難攻不落なのは、その足場を支配されるからだ。

 ならば、始めから凍らせておけばよい。

 実は過去にも、同じような侵攻作戦は行われた。その際には船を使わず、兵士達を徒歩で進ませた。

 狙いは悪くなかったが、結果は惨敗。


 どうにか城壁に張りつくところまでは進軍できた。しかし帝国軍も大規模魔術によって火炎の雨を降らしたため、足場の氷が溶かされてしまったのだ。

 兵士達は溺れ、あるいは改めて氷漬けにされて、魔導国軍は壊滅的な損害を出した。


 だが、今回は違う。

 氷上船ならば、たとえ足場を溶かされても留まっていられる。城壁まで辿り着ければ、一気に壁を乗り越えて城内にも攻め入れるだろう。商工連合が新たに開発した攻城兵器も、多数積んである。


 無論、木造の船なので炎に弱いという欠点はある。しかし船体には耐火術式を組み込んであるし、魔術師部隊による防護障壁も展開できる。

 大規模魔術を撃ち込まれても、一発や二発ならば充分に耐えられる。

 たとえ城壁まで辿り着けなくとも、湖の半分ほどまで進めば遠距離魔術も届く。

 魔術での撃ち合いとなれば、魔導国は帝国軍よりも有利なのだ。


「帝国の奴らめ、今頃になって慌てて対策を練っているのでは?」

「くくっ、無駄なこと。我らの勝利は揺らぎますまい」

「然り。魔導遺物などに頼る連中では、大した知恵は出せますまい」


 陣内に勝ち誇った笑声が満ちる。

 ジェルザールも、満足げに頬肉を吊り上げていた。


「聞けば、噂の魔弾皇女とやらは、まだ十歳にもなっていないそうだな。捕らえて泣かせてみるのも―――」


 空気を叩き潰すような轟音が、笑声を掻き消した。

 全員が呆気に取られ、目を剥き、音がした方向を凝視する。


「なっ……な、なぁ……」


 視線の先で起こっていたのは、惨劇。

 炎に包まれた氷上船が崩れ、大勢の兵士達が悲鳴を上げながら逃げ出していた。



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