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ロリータ・ガンバレット ~魔弾幼女の異世界戦記~  作者: すてるすねこ
第4章 幼女、泣く子の手を引いてあげる編
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第5話 カボチャの馬車はないけれど



 自室のベッドの上で、ヴィレッサは小さくなって膝を折り畳んでいた。

 正座だ。

 この世界ではあまり浸透していないが、反省のポーズである。


「まったくもう! お姉ちゃんは、また勝手なことしちゃって!」

「うん。反省してる」


 でも後悔はしていない。

 だって動いていなければ、みすみす女の子を見殺しにするところだった。

 その点は、頬を膨らませているルヴィスも同様であるらしい。


「私だって、見捨てれば良かったとは言わないよ。だけど後先考えずに突撃ばかりしてたら、また危ない目に遭っちゃうんだよ?」


 原因は、ヴィレッサが勝手に国境を越えたことだ。

 散歩をしていた黒馬(メア)が急に騒ぎ出したので、好きなように走らせてみた。そうしたら自分と同い年くらいの女の子が襲われていたのだ。


 助けない訳にはいかなかった。

 まあ、ほとんどは黒馬(メア)が暴れて片付けてくれたのだが。


 おかげで、”帝国軍”が侵入した事実は伏せておける。

 湖の向こうは魔導国領とはいえ、国境の砦がある場所からは離れていた。事実がどうあれ、魔物が勝手に暴れたと言っても通用するだろう。


 ヴィレッサとて、いまは国境の平穏を保つのが最良だと理解している。

 少なくとも帝国内が安定するまでは、余計な争乱は避けるべきなのだ。


「大丈夫。魔導国だって、戦争してる余裕は無いんでしょ?」

「もう! お姉ちゃんは楽観的なんだから」


 ルヴィスが懸念しているのは、魔導国内の争いに巻き込まれる可能性だ。


 魔導国の王には、約五十年前までは魔女ミルドレイアが君臨し続けていた。そのミルドレイアが国を追われてからは、六名の『導師』から選ばれている。

 王制でありながらも、一種の合議制とも言えるのだろう。

 高位の魔術師が貴族となり、その貴族の内でも最高位が『導師』となる。さらにその『導師』全員の承認により、王位が決定されるそうだ。


 現在、その王位を巡って、第一導士派と第三導士派が対立している。

 国内の貴族から支持を集めるため、どちらか、あるいは両方が帝国へと攻め込んでくる―――そんな可能性も捨てきれない。


「危ない時期なんだよ。まだクリシャさんは、『凍珠』を使いこなせてないんだから」

「ルヴィスが後継者に推薦したくせに……」

「それとこれとは別問題なの!」


 もう!、といつもの口癖とともに、ルヴィスはベッドに腰を下ろす。

 ヴィレッサの横で、ごろんと体を投げ出した。


「どうしてもっと、みんなで仲良くできないんだろうね」

「ん……」


 ルヴィスが腹を立てているのは、なにもヴィレッサの行動に対してばかりではないのだろう。女の子一人を大勢の兵士が追い立てるなんて、話を聞くだけでも平然とはしていられない。


 悲劇的な事態が起こること、そのものに対して憤っているのだ。

 あるいは、村を襲われた際の光景を思い出してしまったのかも知れない。


「ルヴィスが頑張ってるのは、ちゃんと分かってる」


 膝枕をして、ルヴィスの頭を撫でる。少し乱れていた髪にも櫛を入れて、優しく梳いていった。

 いつもはヴィレッサがやってもらう立場だが、逆というのも悪くない。


 最近のルヴィスは、西方国境守護のために精力的に働いている。守備部隊の編成だけでなく、文官達とも時間を掛けて話し合い、学び、他国の情報も積極的に仕入れていた。

 そういった役目を丸投げしたのはヴィレッサなのだ。面倒くさいのを嫌ったのも理由のひとつだけれど、ルヴィスの性格からして、漫然と過ごす日々には堪えられないと思えた。無難にこなしてくれれば充分だった。


 けれど頑張ってくれている以上は、邪魔なんてできない。

 魔導国だけでなく、商工連合に対しても動いているようだし―――。


「あの子、どうして追われてたんだろう?」


 ぽつりと、ルヴィスが呟いた。

 その点はヴィレッサも疑問を覚えたが、さして気に留めていなかった。


「ああいう時は、だいたい偉そうな方が悪いって決まってる」

「お姉ちゃん、自分が偉くなったって分かってる?」

「……とにかく、目が覚めたら聞いてみればいい」


 話を逸らしつつ、ヴィレッサもベッドへ横たわる。

 柔らかな感触が心地良い。可愛い妹を抱き締めていると、その暖かさにも安心できる。


 多少の騒動が起こっても、ヴァーヌ湖城砦はまだ平穏を保っていた。








 後で様子を見に来る。

 何気ない言葉でも、それを皇女殿下が口にしたとなれば一騒動になる。


 気絶した少女を寝かせたのは、下級兵士や使用人にあてがわれる宿舎の一室だ。規律に厳しい帝国軍でも、施設の隅々まで清潔を保っている訳ではない。

 壁や床のあちこちに汚れがこびりついて、埃が舞う箇所もある。


 そのまま皇女殿下を迎えたら、無礼だと首を跳ねられるのではないか。

 しかも、相手はあの魔弾皇女殿下―――。


 兵士も使用人も、総出で清掃にあたった。訓練に出ていた者は呼び戻され、休んでいた者も叩き起こされた。気絶した少女に対しても、一番綺麗なベッドと布団が用意され、怪我にも治療術が施されて丁重に扱われた。

 まあ、ヴィレッサ本人は、そんな兵士達の苦労に気づきもしなかったが。


「足の怪我は、もう大丈夫?」

「あ、うん。もう痛みもない、です」


 ベッドに腰掛けたまま、レイアは瞬きを繰り返していた。

 頭の上では黄色い粘液体(スライム)も震えている。


 部屋にはヴィレッサとルヴィスの他に、ゼグードをはじめとした数名の騎士が控えていた。ただの村娘を囲むにしては威圧的に過ぎる。

 おまけに双子が皇女だとも告げた。

 ただの村娘だったレイアは、恐縮を飛び越えて困惑するばかりだ。


「え、えっと、その、助けていただいて、ありがとうございましゅ」

「気にしないで、いい。黒馬(メア)が暴れただけ」

「そうだね……レイアちゃんも、私達と同じ九歳なんでしょ? だったら普通に話して欲しいな」


 事情を聞き出すだけなら、幾らでも方法はある。

 だけどヴィレッサもルヴィスも、偉ぶるのは好きじゃない。

 それに最近、年齢の合う話し相手がいなくて残念に思っていたのだ。


「その子、スライムだよね? 懐いてるの?」

「うん、プルトとはずっと一緒。一番の友達なんだ」

黒馬(メア)に睨まれても、守ろうとしてた」

「あの大きな馬のこと? あの子もとっても優しそうだったね」


 とりとめもない話を重ねていくと、レイアも落ち着いてきた。子供らしく無邪気に頬を緩めてくれる。

 ヴィレッサは安堵しつつも、真面目な顔になって話を切り出した。


「ところで、どうして追われてたの?」

「あ、それは……」


 一瞬、レイアの表情が固まった。

 綺麗な色をした瞳に、じんわりと涙が滲んでいく。

 声も、掠れていく。


「お母さんが……おかぁ、さん、が……あいつらに―――」


 堰を切ったように、レイアは大きな声を上げて泣き出した。

 くしゃくしゃに顔を歪めて、ぽろぽろと大粒の涙を流して。


 誰も声を掛けられない。

 細かな事情は分からずとも、悲しみの大きさは察せられた。

 ずっと我慢していたのだろう。大人でさえ押し潰されそうな悲嘆を、幼い体の内で抑え込んでいたのだ。


 重苦しい空気が漂う中で、ルヴィスがそっと手を伸ばす。

 泣きじゃくるレイアを、小さな胸に抱き寄せた。


「……もう、怖いことはないよ。よく頑張ったね」

「っ、ひぐっ……るびす、ちゃ……う゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁ~~ん……」


 止まらない慟哭を、ルヴィスも目を伏せながら受け止める。


 ヴィレッサは小さな手で拳を作っていた。

 空中を見上げて、唇をきつく結んで。

 いまはまだ見えない敵に対して、静かに怒りを滾らせていた。








 しばらくして泣き止んだレイアは、ぽつぽつと事情を語ってくれた。

 漠然とした情報ばかりだったが、聞き逃せない部分も多々あった。


 小さな村からも兵を集めている。それも、夜盗討伐などでは有り得ない規模で。帝国へ攻めてくるのか、それとも国内での争いのためなのか―――、

 そこまでは、レイアの証言からは読み取れなかった。


 しかし備えが必要となるのは間違いない。

 いずれにせよ、魔導国で大きな動きがあるはずだ。


「領主のホデールというと、第一導士派の貴族ですか?」

「はい。そう記憶しております。詳しい者にも確認を取りましょう」


 ルヴィスの問いに、ゼグードはすぐに頷いて部下へ指示を飛ばす。

 他の騎士も緊迫した面持ちをして、得た情報を頭の中で整理していた。


 そんな様子を横目に、ヴィレッサは人差し指を立てた。

 ぷにぷにと、黄色い粘液体(プルト)を突つく。

 次に、ふにふにと、レイアの頬っぺたを突いてみる。


「うん。よく似てる」

「……お姉ちゃん、なにやってるの?」


 ルヴィスに睨まれて、ヴィレッサは手を引っ込めた。

 べつに、遊んでいた訳じゃない。疑問のひとつを解消しただけだ。

 そして、もうひとつの疑問も口にしてみる。


「レイアは、魔女ミルドレイアの子孫なんだよね?」

「うん。村の全員がそうだって聞かされてたよ」


 その点は、この場の全員が眉を顰めていた部分だ。

 魔女ミルドレイアに子供がいたなど、帝国には伝わっていない。ましてや村を作れるほどの人数がいたとは、容易に信じられる話ではない。仮にそんな者達がいたとすれば、これまで表舞台に出てこなかったはずがないのだ。


 魔術に長けた者ばかりがいる村というのも、何処まで真実なのか―――、

 恐らくは、何かしらの逸話が年月を経て歪んだのだろう。

 御伽噺みたいなもの。所詮、子供の話に過ぎない。


 口にこそしなかったが、騎士たちは一様に懐疑的な反応をしていた。

 ルヴィスでさえ、考えても仕方ないものとして、頭の片隅に追いやっていた。


 だが、ヴィレッサだけは違った。

 信じ難い話を、ただそのままに受け止めていた。


「これって、凄いことだよ」

「え……? お姉ちゃん、なに考えてるの?」


 ルヴィスが頬を引き攣らせつつ尋ね返す。

 レイアは首を傾げながら、膝に乗せた粘液体(プルト)をさり気なく指で突ついていた。

 そんな二人に対して、ヴィレッサは当り前のように提案した。


「レイアに、女王様になってもらえばいいんじゃない?」


 凍りついたみたいに場が静まり返る。

 幼い一声が、一国の運命さえ左右しようとしていた。




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