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ロリータ・ガンバレット ~魔弾幼女の異世界戦記~  作者: すてるすねこ
第4章 幼女、泣く子の手を引いてあげる編
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第4話 白馬の王子様はあらわれない


 朝から森へ入ったレイアは、昼前には籠をいっぱいにしていた。

 球根が三つと薪がたくさん。それと、大きな兎も獲れた。

 いきなり草むらから飛び出してきた兎に、レイアは驚いていただけだった。でもプルトが素早く動いて仕留めてくれた。


「今日は、お昼御飯も食べられそうだね」


 レイアが声を弾ませると、黄色い粘液体(スライム)も足元で嬉しそうに跳ねる。

 一人と一体は、そうして村の入り口へと近づいていった。


「あれ……?」


 なにやら村の様子がおかしい。

 まだ陽も高いのに、畑に人がいなくて静まり返っている。

 どうしたのだろう?

 服の中に隠れるようプルトに指示してから、レイアは村の奥へと足を進める。


「なにをやっとるか! さっさと乗り込め!」


 荒々しい、野太い声が響いてきた。

 レイアはびくりと肩を縮めながらも、その声がした方へ近づいていく。


 村の端に、数台の馬車が停まっていた。全身甲冑を着込んだ騎士が二十名ほど、馬車を囲んでいる。

 その騎士に追い立てられる形で、村人たちが馬車へ乗り込もうとしていた。


「え……? これって、まさか……」


 以前にも、幾度か似た光景は見た覚えがあった。

 夜盗の討伐などのために、村の男達が集められた時だ。

 この村の住民は皆、魔力量も魔力適性も高い。必要な時には領主様の下に集められて、戦うのが贖罪になると教えられていた。


 だけど、これだけの大人数が集められるのは初めてだ。

 それに―――馬車へ向かう列には、リュアーヌの姿もあった。


「お母さん!? まだ元気になってないのに……」


 蒼ざめた顔をしたリュアーヌが、騎士に腕を掴まれ、無理矢理に立たされていた。その膝も震え、とても戦いになど堪えられそうにない。

 レイアは背負っていた籠を放り出すと、駆け出していた。


「やめて! お母さんを放して!」

「っ、なんだ貴様は!?」


 騎士の足元へ、レイアは体ごとぶつかる。

 けれど騎士を押し退けるどころか、小さな体はあっさりと跳ね退けられた。


「ホデール様の命に逆らうつもりか!」

「そんなの知らない!」


 領主ホデールの名前は、レイアも覚えていた。だけど反射的に言い返す。


「見れば分かるでしょ! お母さんは具合が悪いの、戦いなんて無理だよ!」

「黙れ! 魔力量の高い者から連れて来いとのご命令だ」

「だからって……!」


 言い返そうとしたレイアだが、目を見開いて凍りつく。

 騎士の背後で、リュアーヌが倒れ伏していた。

 しかも、地面を真っ赤に染めて。


「お母さん!」

「なっ……こいつ、病魔持ちだったのか」


 冬越しで疲弊した村人には、顔色が悪い者も珍しくない。だから騎士達も気に留めようとさえしなかった。

 けれど病を患っているとなると話は異なる。

 口から大量の血を吐いたリュアーヌを警戒し、騎士達は後ずさりする。

 その騎士達の隙間から、レイアは母の元へと駆け寄った。


「しっかりして! 誰か、お母さんを助け―――」


 振り返ったレイアの目に飛び込んできたのは、救いの手ではなかった。

 魔力の輝き。術式が描かれ、魔素が複雑に組み合わされる。

 そこから何が生み出されるのか―――、

 レイアが悟った直後、その視界は巨大な炎に埋め尽くされた。


「……隊長、良かったのですか?」

「構わん。病魔を広げられるよりはいい。帝国との戦いどころではなくなるぞ」


 近くで事態を見ていた騎士隊長が、炎の魔術を放ったのだ。

 病を患った者を焼くのは、小さな村に限らず行われる。犠牲者を減らすためには最適と言われる手段で、騎士ならば平民を焼いてもさして心は痛まない。


 ただ、この村の住民に対しては少々事情が異なる。

 戦力として使えるだけではない。魔女ミルドレイアが行った魔術研究の遺産であり、殺せば災いが訪れると伝えられていた。

 他でもない、魔女ミルドレイアがそう言い残したのだ。


「言い伝えなどアテになるものか。夜盗討伐などでも、すでに何人も……」


 騎士隊長は言葉を止め、眉を顰める。

 発動した術式は、確実に母子を炎で包んだはずだった。

 けれど燃え盛る壁は急速に衰えていく。


「……どうして、こんな酷いことするの……?」


 周囲を炎の壁に囲まれながらも、レイアはリュアーヌを抱きかかえていた。

 術式が不発だったのではない。

 まるで捻じ曲げられたかのように、そこだけ炎が避けて壁が作られている。


「私達はなにも悪いことしてないのに! 毎日、お祈りだってしてるのに!」

「レイア……っ」


 小さな胸に頭を抱えられながら、リュアーヌがか細い声を漏らした。

 口元から血を零しながらも、手を伸ばして娘の頬を撫でる。


「逃げなさい。これからは、一人で生きるの……」

「っ……やだよ! お母さんとずっと一緒にいる!」

「……仕方ないわね。でも、レイアならきっと大丈夫よ」


 瞳からぽろぽろと涙を零して、レイアは母親の胸にすがりついた。

 けれどリュアーヌは静かに首を振る。娘の我が侭を諌めるように。

 そうして小さな体に腕を回しながら、空中に複雑な魔法陣を描き出した。


「貴様、その術式は―――」


 騎士隊長の声を遮り、強い風が吹く。

 風は母子を巻き込むと、上空へと跳ね飛ばした。


 飛翔術式には及ばない。けれど短い距離ならば飛べる。だから―――、

 最期の言葉を交わす時間くらいは作れた。


「ごめんね……もう、お料理を教えてあげることもできないみたい」

「いいよ、そんなの! お母さんが一緒にいてくれれば何にもいらない!」

「……そうね。私も、貴方さえいれば幸せだったわ」


 柔らかな長い髪を撫でてやってから、リュアーヌは震える声で述べた。


「貴方の力は、とても素晴らしいものよ。だから……心から正しいと思えることのために使いなさい」


 レイアは言葉を返せない。

 口を開こうとしても、嗚咽しか出てこない。

 ただ懸命にすがりつこうとしたけれど、それすらも叶わなかった。


「愛しているわ、レイア……」


 母の手に押されて、幼い体は空中へ放り出される。

 風はレイアだけを包んで、さらに遠くへと運んでいく。

 リュアーヌはゆっくりと落下していって―――、

 その途中で、地上から放たれた巨大な炎弾に包まれた。


「お母さん―――!」


 叫んだ声は届かない。

 黒々と焦げた母の最期を目に焼き付けながら、レイアは風に流されていった。








 膝がびりびりする。足裏も痛い。

 靴だってもう壊れかけていたが、それでもレイアは懸命に足を動かした。


 隣で跳ねるプルトも心なしか動きが鈍っている。

 服の中に隠れていたおかげで離れずに済んだのだ。独りぼっちにならなかったのは嬉しいけれど、苦労に付き合わせているのは申し訳ない。


「でも……まだ、頑張らなきゃ……」


 お母さんに助けて貰ったんだ。

 一人で生きろって、大丈夫だとも言ってくれた。

 だから、こんなところで挫けちゃいけない。

 なんとかして貴族様に、あいつらに、ごめんなさいさせてやる。

 絶対に、お母さんに謝らせて、それで―――。


「―――いたぞ、こっちだ!」


 背後から響いた野太い声に、レイアは思考を中断させた。

 肩越しに振り返ると、鎧を着た数名の男達が見えた。


「また追いついてきたの……走るよ、プルト!」


 ここ数日、レイアは昼夜を問わずに歩き続けていた。

 村にはもう帰れない。どうせ捕まるだけだと、幼いレイアにも判断できた。


 なら、何処に向かえばいいのか?

 アテなんて無かった。ただなんとなく、陽が昇る方向へ歩いていただけ。

 それと、湖には妖精が住んでいて、願い事を叶えてくれるとも聞いていた。

 もしも本当なら会ってみたいし、頼れば助けてくれるかも知れない。

 水場の近くなら食べ物も多いような気がした。


 けれどそんなレイアを捕まえようと、騎士たちもしつこく追ってきた。

 子供の足では、当然ながら大人には簡単に追いつかれる。ましてや相手は馬まで使っているのだ。森の中なので隠れる場所はたくさんあったが、大勢の兵士に囲まれて、幾度も見つかってしまっていた。


 その度に、撃退もしていたけれど。


「見つけたぞ、大人しく―――」


 レイアの前に立ちはだかった兵士が、太い木の幹に殴り飛ばされる。

 近くにあった樹木を、レイアが操り、捻じ曲げたのだ。


 レイア自身には、ほとんどの魔術を扱う適性がない。

 おまけに、魔力量では皆無に近い。

 けれど他のものに宿る魔力になら干渉できる。複雑な魔素の動きを感覚として読み取って、干渉し、およそ無限に近い様々な現象を引き起こせる。


 それは正に、魔術の根源とも言える力だ。

 魔素への理解が深まれば、いずれ世界の創造すら可能になる。

 もっとも、本人にはそんな自覚などなかった。


「私は、あんたたちの言うことなんて聞かない!」


 自分を鼓舞するみたいに叫びながら、レイアは森の中を懸命に駆ける。

 幾本かの矢が放たれたが、風を起こして弾き飛ばした。

 魔術によって炎や氷が撃ち込まれても、術式に干渉して打ち消してみせた。


 魔素を思うがままに操る。

 その力は万能に近い。


 けれど本人の持つ魔力が皆無に近い以上、可能なことは限られてくる。周囲から借りられるとしても、都合よく必要な魔素が揃う状況は少ない。

 さらに、通常の陣式魔術を扱うよりも、桁外れに神経を擦り減らす。

 力自体は万能の可能性を秘めていても、人間である限り、そこには至れない。


 なにより、レイアはまだ幼いのだ。

 何日も満足な休みも取らずに動き続けて、時折、意識すら途切れかけていた。


「う、わぁっ!?」


 足下にいたプルトが、いきなり頭の上に乗ってきた。

 小さな衝撃だけで、レイアは地面に倒れてしまう。

 いったい何を―――そう問い返そうとしたところで、頭上を矢が掠めていった。


「あ、ありがとう、プルト」


 弱々しく震える黄色い塊を抱えて、レイアはまた走り出す。

 追ってくる足音は途切れない。でも前方には、きらきらとした光も見えていた。


 森を抜けられる。湖が近い。

 だからといって、何かが解決するとは思えなかった。

 きっと騎士たちは諦めてくれない。食べる物だって簡単には見つからない。

 もう疲れた。はらぺこだ。

 どうしたらいいのか、さっぱり分からない。

 だけど、あそこまで辿り着ければ、もしかしたら―――。


「っ……ぁ……」


 痺れるような痛みを覚えて、レイアは倒れ伏した。

 地面に転がされて泥に濡れる。

 すぐに起き上がろうとしたが、足が満足に動かず、そこには深々と矢が突き刺さっていた。


「ふん、ガキが手こずらせおって」


 振り返って見上げると、数名の騎士たちが歩み寄ってきていた。

 その中心にいる男には見覚えがある。村にやってきた騎士隊長だ。

 そして、恐らくは―――。


「おまえが、お母さんを……!」

「うん? あの病に掛かった女か。そうだ、私が焼き殺してやった」

「っ……謝れ! お母さんに謝れ! お母さんは何も……」

「黙れ」


 冷酷に言い捨てると、騎士隊長はレイアの足を踏みつけた。

 矢が刺さった箇所から血が溢れ出す。

 初めて味わう痛みに、レイアは咽喉が張り裂けそうなほどの悲鳴を上げた。


「喧しいガキだな。だが、なるべく殺さぬようにとの命令だ。ホデール様に感謝するんだな」

「ぅ……うるさい! おまえたちなんて―――」


 レイアは魔術を発動させようとした。

 けれどその瞬間、腹を蹴りつけられる。


「貴様が妙な術を使うのは分かった。だが、こうして捕まえてしまえば何もできまい。何かしようとした瞬間、首を圧し折ってやるぞ」


 苦悶するレイアの首に手を掛けて、騎士隊長は幼い体を吊り上げた。

 そのまま指先に力を込める。


「ぁ……うぅ……っ」

「随分と苦労させられたからな。もう少し、甚振って―――」


 続く言葉を、騎士隊長は発せられなかった。

 何故なら頭が吹き飛んでいたから。


「え……?」


 唖然と声を漏らしたレイアの顔が、血飛沫によって濡れる。

 頭部を失った騎士隊長は、当然ながら倒れ、レイアも放り出されて尻餅をついた。プルトが受け止めてくれたので怪我をせずに済んだが―――、


 いったい、何が起こったのか?


 疑問の答えを探そうとした直後、背後で大きな音がした。

 とてつもなく重い物を地面に落としたような、ずしりとした衝撃音だ。


 次いで、頭上に影が差す。

 現れたのは、巨大な黒馬。レイアを飛び越えた黒馬は、そのまま騎士達の隊列へ突撃し、暴れ回った。


「な、なんだ、この化け物は!?」

黒き悪夢(ナイトメア)だ! 災害級の魔物じゃねえか!」

「に、逃げろぉ、敵う訳が、ぁぶっ―――」


 巨体と蹄によって、騎士達は次々と屠られていく。

 頭を齧り潰される者もいた。

 信じられない光景に、レイアはぽかんと口を開けたまま座り込んでいた。

 だけどやがて、すべての騎士が動かなくなって―――、


「よし。もう大丈夫だぜ」


 黒馬の上から声が掛けられる。

 そこには真っ赤な色を纏った子供が、禍々しくも優しげな笑みを浮かべていた。



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