第6話 我が侭は蜜の味
料理回というのも楽しいですね。
異世界なので、あれこれと不思議な食材があってもいいですし。
たまには我が侭を言ってもいいかも知れない。
ふと思いついたヴィレッサは、シャロンや村の大人達に頼んで栗の実を採ってきてもらった。
コロムと呼ばれるそれは近くの森に生えている。普段は茹でるだけで食べているものだ。甘味はあるが渋味もあるので、村ではあまり好まれていない。
そこに、一手間を加えてみた。
「あまぁ~い!」
味見をしたルヴィスが天にも昇りそうな表情をする。
しっかりとアク抜きをしたり、茹で時間を計ったりして、さらにペースト状にしたのだ。つまりはマロンクリームである。いや、コロムクリームと呼ぶべきか。
ともあれ、砂糖を加えなくても充分な甘さが引き出されていた。
「ん! これは凄いわね。帝都でも食べたことのない味よ」
「まあ、一応はオリジナルだから」
「もう一口! あぁ、やっぱり美味しいぃ~……」
幸せそうな二人を見て、ヴィレッサも満足げに笑みを浮かべる。
けれどこれはまだ前座に過ぎない。我が侭を聞いてもらうための呼び水だ。
「先生、これを使ったお菓子って食べたくない?」
「何か考えがあるの?」
「卵と小麦粉と牛乳はあるでしょ。あと、砂糖か蜂蜜があれば作れそうなんだけど……」
「蜂蜜ね。任せなさい」
ぐっと拳を握ると、シャロンはすぐさま修道院を飛び出していった。
甘味の魔力、恐るべし。
そう、本当に恐ろしかった。ちょっと後悔してしまうくらいに。
小一時間ほどして帰ってきたシャロンは、牛ほどに大きな蜂の巣を抱えていたのだ。
「ギガマッド・ビーがいて助かったわ」
「なにその恐ろしげな名前は?」
「人間の赤ん坊くらいに大きな蜂の魔物でね、見掛けたら絶対に近づいちゃダメよ。針や毒を飛ばしてくるだけじゃなくて、集団で城壁だって噛み砕くんだから」
「なにそれ怖い」
そして、それを平然と狩ってくるシャロン先生も怖い。
ヴィレッサは頬を引き攣らせながらも、お菓子作りを再開した。シャロンとルヴィスが期待に目を輝かせて見つめてくるので、もはや失敗は許されない。
でも、美味しいものを作るには時間が掛かるのだ。
「えっと、今日は蜂蜜作りだけで終わると思うけど?」
「「えぇ~、そんなぁ~」」
二人して泣き出しそうな顔をする。だけど無理なものは無理だ。
「色々試さなきゃいけないんだよ。お祝いしてくれる日までには間に合わせるから」
「うぅ~……でも仕方ないか。楽しみに待ってるからね」
「そうね。残念だけど、ここは我慢しましょう」
どうにか納得してくれた二人だったが、やはり完全には我慢できなかったらしい。大きな壺にたっぷりと注がれた蜂蜜が、毎日少しずつ減って、お祝いの当日には半分も残っていなかった。
そして、シャロンとルヴィスはちょっと太っていた。
「二人とも、お腹の弛みとか大丈夫?」
「な、なんのことかしら?」
「お、お姉ちゃんは時々、意味の分からないこと言うよね!」
そんなこんなで、宴の日が訪れる。
仕事を終えた夕刻、村の全員が広場に集まり、酒と料理が振る舞われる。ヴィレッサの快気祝いという名目だが、皆で騒いで楽しい時間を作るのが大切なのだ。
辺境の開拓村というのは、本来は厳しい環境にある。シャロンは頼りになるが、魔物や夜盗の脅威は多少なりとも存在する。過去には幾名もの犠牲が出た事件もあって、自警団は訓練を欠かしていない。
その脅威を忘れることはできないが、一時でも紛らわし、明日への活力へと繋げられる。だから皆の無事を喜び、魔物の襲撃を退けたことを祝うのだ。
ヴィレッサとしても、大勢に心配を掛けたお詫びと感謝を伝えられる良い機会だった。
「あの時はほんとに驚いたぜ。このちっこい体で、あの魔物を押さえつけたんだからな」
「いやぁ、俺達も夢でも見てるのかと思ったよ」
「まったく大したもんだよな。将来の旦那が可哀相に思えるくらいだ」
「おじさん、お酒くさい」
帝都で仕入れられた食材を中心に、ヴィレッサも手を加えた料理は好評だった。お酒の味は子供であるヴィレッサには分からないが、焼き鳥や煮込み鍋、果実の盛り合わせなど、普段よりも豪勢な食事に頬が緩んでくる。
ちょっとした隠し芸の披露会も催された。
「ヴィレッサ、光ります」
皆の反応は微妙だった。
「ルヴィス、歌います!」
大好評だった。
「「どちらがヴィレッサちゃんでしょうかゲーム!」」
髪型や服まで揃えたのに一発で当てられた。子供らしくないジト目でバレたらしい。
「さぁて、みんなの恥ずかしい過去を暴露しちゃうわよ」
阿鼻叫喚。何歳までおねしょをしていたとか、子供の頃にシャロンに愛の告白をしてきたとか、そんな過去を語られるのだ。
やっぱりシャロン先生は最強だった。
酒の飲み比べ勝負があったり、腕相撲で何人かが投げ飛ばされたり、
そうして宴もたけなわ、というところで特製マロンケーキが投入された。
「あまぁ~い! んもう、すっごい幸せ!」
「待った甲斐があったわね。あぁヴィレッサ、貴方を育ててよかったわ」
大きなホールケーキをメインに、モンブラン型を数十個。村の子供と女性には行き渡って大好評だった。一口しか貰えなかった男性陣が恨めしそうな顔をするくらいに。
ルヴィスの頬についたクリームを取ってやって、ヴィレッサも目を細める。
急に棟梁が昔の武勇伝を語り出したり、ルヴィスとカミルが口喧嘩を始めたり、女性陣と料理談議で盛り上がったり―――。
ああ。こんな時間がいつまでも続けばいい。
子供らしくない想いも胸に浮かべながら、ヴィレッサは無邪気に笑っていた。
やがて料理も尽きて、自然と解散する流れになってくる。いつの間にか眠ってしまったルヴィスを背負うと、ヴィレッサも修道院へ帰ろうとした。
シャロンの姿を探すと、村長となにやら話しているところだった。
「……モゼルド教会ですか。数年前でしたか、この村にも来ましたな」
「ええ。皇帝陛下から布教の准許を得て……以前は大人しかったらしいのだけど」
「目に余るほどに? 帝国への反乱など、なかなか信じられない話ですが」
「このヴァイマー伯爵領は、以前からヤツラを排除していたからね。だけど他の領地では実際に起こっていると聞いたわ。まだ小さなものでも、あちこちで……」
声を掛けようとしたヴィレッサだが、真剣な雰囲気を察して言葉を呑んでしまった。
そのまま眉根を寄せて耳を傾ける。
「下手をすると内乱になりかねないわ。排斥派貴族の不満が高まれば……」
シャロンが口を閉じ、こちらへと振り向いた。
別段、ヴィレッサは盗み聞きをしていたのではない。だけどつい気まずさを覚えて沈黙してしまった。
内乱―――形はどうあれ、戦争となれば辺鄙な村でも無関係ではいられない。自警団にいるような若者は、兵士として連れて行かれる可能性もある。
子供が気に掛ける話ではないのだろうが、知ってしまった以上は無視できなかった。
「村長、この話はまた明日にでも。そう心配することでもないわ」
「あ、あぁ、そうですな」
村長は柔和な笑みを作り直すと、ヴィレッサにも挨拶をして去っていった。
そうしてシャロンが歩み寄ってきて、ヴィレッサの頭に軽く手を乗せる。
「言った通りよ。心配しなくていいわ」
「でも、内乱って……」
「頭のいい貴方なら分かるでしょう? ここは国の外れも外れ。おまけに私は領主様への顔も利くの。だから何が起こっても大丈夫よ」
綺麗な金髪を優しく撫でると、シャロンは「帰りましょう」と促した。
ヴィレッサは素直に従う。ほんの少しの不安は胸に留まっていたけれど、背中に感じるルヴィスの温もりの方がずっと大切だった。
ただのほのぼの料理回では終わらない。
それが、ロリガンクオリティ。
たくさんの美味しい物が幼女の口に届くのを祈りつつ、
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