第3話 幼女三人
ふえるようじょ。
ヴァーヌ湖城砦の端、城壁の外へとヴィレッサたちは足を運んだ。
ちょっと試したいことがあった。
それに、ゆっくり休む時間も必要だと思えた。
「あははははっ! お姉ちゃん、すごいよ、これ!」
「うん、予想以上に、わぁっ!?」
木製の簡素なソリが、凍った湖の上を勢いよく滑っていく。
黒馬がソリを引いて、乗り込んだヴィレッサとルヴィスが歓声を上げていた。
真っ直ぐに走るばかりでなく、時折曲がったり、跳ねたりする。それでいて怪我をしないよう、加減もしてくれている。
それでも護衛役であるゼグードやクリシャは、不安げに顔を蒼ざめさせていた。
「姫様、あまり危険な遊びは……」
「そ、そうです! 怪我でもされたら一大事ですよぅ」
忠告に、嘶きを返しつつ黒馬は駆け続ける。
ルヴィスが喜んでくれているのだ。止まる理由がない。
双子が育ったウルムス村は、比較的暖かな地域だった。なので冬の遊びとは縁遠い。初めての遊びに、ルヴィスはすっかり子供らしい表情を見せていた。
「こんなの、よく思いついたね!」
「ほんとは、スキーかスケートがしたかったんだけどね」
「すきぃ? すけぇと?」
「なんでもない。それより、ちゃんと掴まらないと、っ!」
舌を噛みそうになりながらも、ヴィレッサはルヴィスの体を抱きかかえる。
『赤狼之加護』を変形させての衝撃緩和も忘れない。
ひとしきり黒馬の散歩も兼ねて遊んでから、二人は湖岸で腰を下ろした。人気の無い岸辺には、釣り具や椅子も用意されている。
ゼグードから餌の付け方などを習いつつ、糸を垂らしていく。
「おっきいの釣れるかな?」
「ルヴィスなら大丈夫。塩焼きにしよう」
根拠の無い発言だったが、正解だった。
フナ、ウナギ、エビと、次々と釣り上げていく。
一方で、ヴィレッサも紫色のカニを釣り上げたが、
「姫様、お下がりを! こやつは―――」
マッド・クラブと呼ばれる、子牛ほどに大きな魔物だった。
貴重な釣果だったが、即座に黒馬の蹄で踏み潰された。
「カニ……美味しそうだったのに……」
「残念ですが、毒があります。甲羅は鍛冶師などが使うそうですが」
ヴィレッサはがっくりと項垂れる。
どうやら湖に嫌われているらしい。
だけどルヴィスが笑ってくれたので、良しとすることにした。
昼食も外で済ませる。渋い顔をしていたゼグードや、困惑顔をしていた料理人も巻き込んで、手近にいた兵士達も呼んで火を囲んだ。塩をまぶして直火焼きにした魚や、串焼きにした肉や野菜も混ぜて、乱暴に齧りつく。
匂いに釣られたのか、いつの間にかロナが混じっていた。そのロナに連れられる形でマーヤと、元警備隊長のリアルドメイガーも。
けれど恐縮するリアルドメイガーは、火の近くにも寄ってこない。
ヴィレッサが串焼きを手渡すと、震えて涙を流しながら齧っていた。
「あれ? あたし、苛めてないよね?」
「喜んでくれてるみたいだし、いいと思うよ」
ルヴィスも自分で釣った魚の塩焼きを手にして、頬を緩めている。
野外での食事は旅の間も経験したけれど、こじんまりとしたものだった。大勢で騒ぎながら食べると味も違ってくる。
デザートに団子が出された。
ルヴィスが料理人に作らせたそうだ。
たっぷりと黒蜜をかけた団子を頬張って、ルヴィスは幸せそうに目を細める。
「ふぅ。おなかいっぱい」
「うん。ごちそうさま」
双子は肩を寄せ合って、芝生に腰を下ろす。
行儀の悪い行動だが、今日は細かなことには目を瞑るよう、ヴィレッサから言い含めておいた。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「なんにもしてないよ?」
さらりと述べたルヴィスに、ヴィレッサも当り前のように返す。
そう、感謝される理由なんてない。
ルヴィスに笑っていて欲しかっただけ。
「でも、気にしてくれたんでしょ? 私が暗い顔してたから」
「大丈夫。シャロン先生なら心配いらない」
この場にシャロンがいないのは、帝都へと赴いたからだ。
北方征伐の軍に参加すると言い残して。
ヴィレッサもルヴィスも賛成しなかったが、反対もできなかった。
シャロンが戦うのは帝国のためではなく、自分達を守るためだと分かっていたから。
「すぐにまた平和になる。そうしたら、今度こそウルムス村に戻ろう」
「うん……きっと、すぐに帰ってきてくれるよね」
ルヴィスの頭を優しく撫でながら、ヴィレッサは目を細める。
ぽかぽかとした陽射しとともに、湖から爽やかな風が吹いてきていた。
◇ ◇ ◇
ミルドレイア魔導国では、貴族の地位はすべて魔術師で占められている。
高位の魔術を使いこなせなければ、その地位を追われることもある。
逆に、実力さえあれば血筋は問われない―――、
そう謳われてはいるが、実態は大きく異なっていた。
魔術師の力は才能によって大きく左右される。だから国策として才能ある若者を集めてはいるが、その才能は子供の頃に見出され、貴族によって買われる。教育を施されて、貴族を上回るほどの実力をつけても、死ぬまで服従させられる。
大陸各国の中で、『隷属の首輪』が最も多く使われているのが魔導国だ。
才能無しと判断された者は、魔術の知識をほとんど得られない。
努力する手段もなく、奴隷のように働いて一生を終える。
約五十年前の敗戦以来、そういった体制が敷かれている。
その小さな村でも、日々の食事にさえ困窮する者ばかりだった。
「うわぁ、プルト、凄い!」
幼い声の賞讃を浴びて、小さな粘液体が誇らしげに震える。黄色い体は器用に跳ね回るが、人の手に乗るほどに小さい。
その体の上に乗った球根の方が大きいくらいだ。
泥だらけの両手で球根を受け取ると、レイアは小さなお友達を優しく撫でた。
「ありがとう。あとで、お母さんと一緒に食べよう」
ぷるぷると、黄色い塊が嬉しそうに震える。
レイアも笑い返すと、正面へと目を向け直した。
生い茂った草木を掻き分けて、食べられそうな物や、薪になりそうな木枝を籠に入れていく。背中まで伸びた長い髪が、時折枝に絡まりそうになる。けれどその度に、奇跡みたいに風が吹いて髪を守っていった。
まだ冬が明けたばかりなので収穫は少ない。けれどこちら側の森には他の村人が滅多に立ち入らないので、どうにか数日分の食事は確保できそうだった。
その分だけ森は深く、危険もある。
だけど幼いレイアには、他に食べ物を得る手段を見つけられなかった。
「よし、いっぱい採れたね。そろそろ帰ろう」
頬についた泥を拭って、レイアは重くなった籠を背負う。迷いそうな深い森だったけれど、プルトが先導して道を教えてくれた。
息を乱しながらも、どうにか村まで辿り着く。
夕刻で、他の村人はまだ働いている時間だ。それでも普段は静かな村なのだが、今日は少しだけ違っていた。広場の方になにやら人が集まっている。
目を向けると、木の棒に括り付けられた小鹿の姿が見て取れた。
どうやら森の方で収穫があったらしい。
「……よかった。誰も怪我はしてないみたい」
呟くと、レイアは喧騒を避けるように家へと向かった。
自分が”忌み子”と呼ばれているのは知っている。意味はよく分からない。
だけど村の大人に近づくと不快げな顔をされるし、子供からは「あっちにいけ」と言われる。嫌がられるなら、そうしない方がいい。
きっと、自分がみんなと違うからだ。
”みんなが使うような”魔術はまったく使えない。
ミルドレイア様の子孫なのに、それはきっとよくないことなのだろう。
「ただいま、お母さん!」
家に入ると、すぐに部屋の奥にあるベッドへと駆け寄る。
冬に体調を崩した母リュアーヌは、少しだけ元気を取り戻していた。まだ顔色は悪いままだけど、体を起こして縫い物ができるくらいには回復してきている。
「おかえりなさい。危ない目には遭わなかった?」
「大丈夫だよ。プルトも一緒だったし、ね?」
籠の中に隠れていた黄色い塊が飛び出して、レイアの頭の上に乗っかる。
ぷるぷると震える様子は、大丈夫だと頷いているみたいだった。
「よかったわ。もうじき夜になるし、火をつけましょうか」
「うん。お母さんは休んでて。お芋も拾えたから、茹でてスープも作るね」
僅かな薪を暖炉に入れると、レイアはすぐに火を灯した。
種火はもう残っていなかった。炎の魔術式も描いていない。
けれど、微かに青白い光が瞬いていた。
使い古した鍋を手に取ると、そこにもすぐに水が張られる。
空中で魔力粒が輝いて、水が幾つもの玉となって溢れてきていた。
「レイア。分かってると思うけど、その力は……」
「うん。誰にも見つかっちゃいけないんだよね?」
頷きながら、鍋を火に掛ける。芋は丁寧に洗ってから、まだ慣れない手つきで切り分けていく。
少しの塩と芋を混ぜた素朴なスープだ。
毒がある芽の部分は、プルトに与えると喜んで食べてくれる。
小さなテーブルに向き合って座り、母子は手を組んで目を伏せた。
「偉大なるミルドレイア様に、祈りと感謝を」
「祈りと感謝を」
魔女ミルドレイア―――、
この村の住民、全員がその血を引く者だと聞かされている。
レイアにとっては曾祖母に当たるらしい。
魔導国を作り、様々な魔術を生み出し、人々に多大な恩恵を齎した。その偉業は神にも等しく、常に敬愛を忘れてはならない。しかし同時に大いなる罪を犯したのも事実であり、その罰は子孫にまで痛みを与え続けている。
いまの貴族様は、ミルドレイア様の弟子であり、罪を正そうとした。
貴族様がいなければ、世界は滅びていただろう。
だから感謝して、罪が赦されるのを待たなくてはいけない。
いつか心を洗い清めたミルドレイア様が帰ってくる、その日まで―――。
「今日もちゃんと、いい子にしてたよ!」
「そうね。きっとミルドレイア様も見守っていてくださるわ」
祈りを奉げてから、二人はスープを口に運ぶ。
ほとんど味はしないけれど、しっかりと茹でられた芋は柔らかく、温かい。
「お料理も上手になったわね」
「ほんと? お母さんみたいに、もっと美味しい物も作れる?」
「ええ。レイアの誕生日までに元気になって、たくさん教えてあげる」
「やったぁ。私も、お芋とか果物とか、いっぱい採ってくるね」
小さな拳を握って、レイアは体全体で喜びを表す。
そんな娘の様子に目を細めながら、リュアーヌは自分の皿を差し出した。
「さ、これも食べなさい」
「え……ダメだよ、まだ半分も食べてないよ」
「いいのよ。今日はレイアが頑張ってくれたから、ご褒美ね」
穏やかに述べて、大きな芋の欠片をすくい上げる。
差し出されたスプーンを見て、レイアはやや戸惑いながらも口を開けた。
「ゆっくり噛むのよ」
「うん……はふっ、あのね、とっても美味しいよ」
ほふほふと口から湯気を上げながら、幼い魔女は無邪気に笑っていた。
この作品の半分は、幼女への優しさでできています。




