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ロリータ・ガンバレット ~魔弾幼女の異世界戦記~  作者: すてるすねこ
第3章 幼女、知らないおじさんに誘われる編
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第17話 魔弾vs凍珠②



 ヴァーヌ湖城砦は異様な静寂に包まれていた。

 そこかしこが巨大な氷塊で覆われている。野外と城内の区別すらない。

 城砦にいた守備兵のほとんども氷結に巻き込まれている。三万近くの命が一瞬で停止させられたのだ。氷結が解除されれば助かるのだろうが、それにしても凄惨な光景だった。


 攻め込んだ側である親衛隊も百名ほどが氷漬けにされた。

 咄嗟に、『一騎当千』の抗魔形態に切り替えた者は無事だったが、全員が反応できた訳ではないのだ。

 むしろ、この異常事態に対応できた者を誉めるべきだろう。


「まさか自軍ごと殲滅を狙うとはな……」


 白銀に覆われた辺り一帯を見回しながら、ゼグードは苦々しげに呟いた。

 異常な寒さは老骨に堪える。しかし泣き言を漏らしている暇はない。


 敵兵のほとんどが凍りついたことで、ひとまず戦闘も停止された。僅かに残った守備兵も戦意を失って投降し始めている。

 その点だけを見れば、勝利の旗を掲げられるのだが―――。


「ゼグード様、やはり結界塔の機能は停止しているようです」

「城内の様子は詳しく窺えませぬ。何処も氷で埋まっておりまして……」

「そうか……この『一騎当千』が動いている限りは、姫様も御無事なはずだが……ともかくも警戒を怠るな。城壁上にも見張りを立てておけ」


 転移術でミヒャエルに逃げられるという事態は、なんとしてでも避けたい。

 『凍珠』を確保しない限り、シュテラリーデやルヴィスを救い出せない。もしもそうなった際には、ヴィレッサは世界の果てまでもミヒャエルを探しに行くだろう。


 あの御気性ならば間違いない、とゼグードは断言できる。

 諌めねばならないだろうが、聞き入れられない未来も容易に想像できた。


 同時に、外敵への警戒も怠れない。

 まさかとは思えるが、この機に乗じて魔導国や商工連合が攻め入ってくる可能性もゼロではない。そうなれば混乱は必至だ。

 バルツァール城砦では、まさかという状況で不意打ちを受けて痛い目を見た。

 元より慎重な性格もあって、ゼグードは重ねて警戒を促していく。


「なんとかして、姫様の援護にも駆けつけたいのだが……」


 親衛隊としては、主人の護衛こそが本来の役目となる。

 とはいえ、ゼグードはさして心配していない。

 多少の懸念はあるが、あの腕白な皇女殿下が誰かに屈する場面というのは、どうにも想像できないのだ。


「邪魔を入れさせない方が、姫様も喜んでくださるであろうな」


 凍りついた城砦を見上げながら、ゼグードは白い息を吐く。

 ほどなく齎されるであろう吉報を予感して、髭に覆われた口元を緩めていた。





 ◇ ◇ ◇



 氷で囲まれた広間に、硬い衝撃音が響き渡る。

 花吹雪のような白銀の輝きを散らしながら、ミヒャエルは華麗な動きを見せた。氷剣を鋭く振りながら、踊るように床を蹴り、自在に距離を取る。

 それを追うヴィレッサは、苛立ちとともに舌打ちを漏らしていた。


 すでに幾度も相手の氷剣を斬り落とし、叩き折っている。

 攻め続けている。明らかに、ミヒャエルは防戦に追い込まれている。

 しかし、あと一歩が踏み込めない。


「ちょこまかと! 悪足掻きだけは本当に一流だな!」

「怠けていては、美しさも衰えてしまいますもの」


 ミヒャエルも若干、息を乱している。しかし息が止まっても動き続けるだろう。

 口元に笑みは浮かべているが、気迫に満ちた眼光がそう語っていた。


 真っ白な手に握られた氷剣は、細く鋭い、刺突に特化した剣のようだった。だがそう見えたのは最初だけで、『凍珠』の力を受けた剣は自在に変化した。


 突き出された直後に長く太い槍へと変わる。

 引き際には、また細く軽い刺突剣へと戻る。

 薙ぎ払うために幅広の剣となる。


 そこにミヒャエルの体捌きも加わって、変幻自在の剣術となっていた。

 純粋な剣の技量を測れば、帝国内では中の上といったところだろう。先代皇帝が見せた、魔弾を両断するような技は、ミヒャエルには到底真似できない。


 対するヴィレッサは、まず強化術で優位に立っている。

 魔力は無尽蔵。制御に難はあるが、単純な腕力などは圧倒できる。

 手にする近接形態の斬れ味も、氷剣とは比べ物にならない。

 触れれば確実に両断する。防げるものではない。

 相手の首を狙うという条件があっても、ヴィレッサであれば充分に勝利を掴めるはずだった、が―――。


「ふふっ……どうしましたの? 随分と、お疲れのようですわね?」

「うっせぇ! テメエみてえな年寄りと一緒にすんじゃねえ!」


 幼い故の体力の無さだけは、どうにもならない。

 それを見越した上で、ミヒャエルはひたすら防戦に徹していたのだ。

 いまやヴィレッサは激しく息を乱している。冷気で包まれた場であるのに、額には汗を滲ませていた。


「さあ、幼い皇女殿下は、お休みの時間ですわよ!」


 ヴィレッサの疲労を見て取り、一転、ミヒャエルは攻勢に出た。

 石畳を割るほどの氷剣の一撃を、ヴィレッサは咄嗟に避ける。同時に近接形態を振るい、氷剣を叩き折っている。

 しかし次の瞬間には、またミヒャエルの手に新たな氷剣が作られていた。


 続け様に刺突が繰り出される。

 一撃や二撃ならば致命傷にならないだろう。『赤狼之加護』は刺突も打撃として受け止めてくれる。だが痛みで動きが鈍れば、次は致命的な一撃を喰らってしまう。


 けっして甘く見ていた訳ではない。

 己の体力の無さも自覚していた。

 だからこそ短期決戦を挑んだ部分もあるのだが、

 結果として危機に追い込まれて―――それでもヴィレッサは凄惨に笑っていた。


「な……っ!?」


 鋭い刺突を繰り出そうとした瞬間、ミヒャエルは影に足を掴まれていた。

 氷壁越しに、シャロンが魔術を放ったのだ。触手のように伸びた影が、ミヒャエルの足首に絡みついて拘束しようとする。


「一騎打ちに、無粋な!」


 影は一瞬にして凍りつき、砕かれる。

 けれど一瞬とはいえ、ミヒャエルの動きを止めてみせた。


「人質取った奴が、都合のいいこと言ってんじゃねえ!」


 気炎を吐き、ヴィレッサは苛烈に刃を振るう。

 白く冷えた空気が、真っ赤な鮮血で彩られた。


「ぃ、あああああぁぁぁぁぁ―――!」


 片方の足首を斬り落とされたミヒャエルは、荒々しく苦悶の声を上げた。

 しかし同時に、傷口は氷で覆われている。

 さらに、無事な方の足で床を蹴った。飛び退こうとする。


「逃がすか―――っ!?」


 ヴィレッサも追撃のために跳ぶ。

 その瞬間、空中に浮かぶ『子珠』見えた。咄嗟にミヒャエルが撒いたものだ。


 瞬時に『子珠』が氷を纏って膨れ上がる。

 まるで岩のような巨大な棘付き氷玉となって、ヴィレッサの小さな体に叩きつけられた。


「げ、はっ……!」


 肺を潰されそうな衝撃に、思わず子供らしくない濁った声を漏らしてしまう。

 ちょうど駆け出した瞬間だったために踏み止まれない。小さく幼い体は、軽々と広間の端まで弾き飛ばされた。

 壁にぶち当てられ、それでもすぐに顔を上げて、ヴィレッサは体勢を整える。


「ああくそっ! 何処の風雲城だよ、ここは!?」

『マスター、追撃、来ます』


 歯噛みするヴィレッサの前には、幾つもの氷玉が浮かんでいた。

 氷玉に守られる形で、ミヒャエルが佇んでいる。片足を失い、顔色は蒼ざめていたが、辛うじて艶のある笑みを取り繕っていた。


「小さい割に、随分と頑丈ですのね。驚きましたわ」

「テメエこそ、老衰間際のくせに諦めが悪過ぎなんだよ!」


 僅かな遣り取りの後、ミヒャエルが腕を振り払う。

 命令を受けた兵士のように、無数の氷玉がヴィレッサへと襲い掛かった。


 巨大な氷玉が相手では、近接形態で斬り払っても効果は薄い。砲撃形態で吹き飛ばすのが最適だろうが、さすがに距離が近すぎて自分も巻き込まれてしまう。

 ならば、と―――、

 小さな拳を振るって、殴り返した。


「オラァァぁぁぁ―――!」


 さすがに拳で砕くのは難しい。けれど押し返し、機動を逸らせれば充分だ。

 四方八方から飛んでくる氷玉も、正しく玉突き事故に遭ったように、連鎖的に弾かれていく。


 これが鉄球だったら、いくらヴィレッサでも押し潰されていただろう。

 しかし、氷というのは体積に比べて軽い。

 同じ大きさの鉄と比べると、重さには約八倍もの開きがある。

 いくら体ごと押し潰されそうな大きさだろうと、限界まで強化した腕力であれば対抗可能だった。

 反撃する余裕すら生まれたのだ。


「え……っ!?」


 氷玉同士の隙間を突いて、ヴィレッサは近接形態を投げた。

 魔力を纏った切っ先が、一直線にミヒャエルの顔へと迫る。

 ミヒャエルは咄嗟に身体を捻り、凶刃から逃れた。

 けれど―――、


 何故、唯一の武器を手放したのか?

 それほどに自信のある一撃だったのか? 自棄になったのか? 


「いったい、どういうつもり―――」


 疑念に思考を埋められたミヒャエルは、一瞬の隙を作ってしまう。

 空中へと投じられた魔導銃は、ミヒャエルの頭部を掠めた直後に変形していた。

 近接形態から、遠隔形態へと。

 合計十二機に分かれた銃口が、ミヒャエルを取り囲んで狙いを定めた。


「な、なに、これは……っ!?」


 十二の銃口が、一斉に魔弾を放った。

 無論、照準は頭部や手足に限定している。けれど一発でもまともに命中すれば、ほぼ致命傷となる。


 逃げ場のないミヒャエルだったが、それでも氷壁を作って魔弾を防いでみせた。

 遠隔形態の魔弾は破壊力では劣る。

 人体を破壊するには充分だが、時すら凍らせる氷壁に対しては、罅を入れる程度が限界だった。

 しかしヴィレッサが近くに居る限りは、魔弾は尽きることなく―――、


「足は、止まったぜ?」


 氷壁越しに響いてきた声に、ミヒャエルは息を呑んだ。

 自身を取り囲む銃口に気を取られている内に、ヴィレッサの接近を許してしまったのだ。


 ミヒャエルが振り向くと同時に、ヴィレッサの拳が氷壁に叩きつけられた。

 すでに罅割れていた氷壁は、僅かな抵抗とともに打ち砕かれる。


「っ、まだ、私は―――」

「テメエは、とっくに終わってるんだよ!」


 突撃する勢いのまま、ヴィレッサはミヒャエルの顔面を殴りつけた。

 美しい顔が歪み、血を吐いて苦悶に染まる。


 吹き飛ばされそうになった身体も、掴み止められた。『赤狼之加護』が変形し、触手のように伸びた帯によって手足が絡め取られる。

 完全に動きを封じられたミヒャエルは、地面に叩きつけられた。

 その上に、ヴィレッサは馬乗りになって睨み下ろす。


「あたしの大切なものに手を出した、その時点でな」

「……そのようですわね……」


 ミヒャエルの額には、小さな銃口が突きつけられていた。暗殺形態(デリンジャー)だ。

 ひとつ息を吐いたミヒャエルは、全身の力を抜いて目を伏せる。


「皇女殿下、最後にひとつ、年長者として苦言を述べるのを御赦しください」

「……なんだ?」

「とても難しいですわよ。大切なものを、守り続けるというのは」

「はっ、とっくに知ってるぜ」


 吐き捨て、ヴィレッサは引き金を弾いた。

 銃声が響き、ミヒャエルの頭部が撃ち抜かれる。


「少なくとも、あたしは見失わねえ。テメエみてえな間違いは犯さねえよ」


 頬を濡らした返り血を拭いながら、ヴィレッサは立ち上がった。

 ひとつ白い息を吐いて振り返る。

 その先では、優しげな笑みを浮かべたシャロンや黒馬が待ってくれている。

 ヴィレッサもそっと頬を緩めると、小走りに駆け出した。



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