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ロリータ・ガンバレット ~魔弾幼女の異世界戦記~  作者: すてるすねこ
第3章 幼女、知らないおじさんに誘われる編
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第16話 魔弾vs凍珠①


 城内の通路は幅広く造られている。甲冑を着込んだ大勢の兵士が駆けても余裕があるように、いざという時を想定しての設計だ。


 それでも狭い。

 さすがに黒き悪夢(ナイトメア)が駆けるような事態は想定されていない。

 なので、拡張しながら進む必要があった。


「ああもう! また無茶苦茶しちゃって!」


 天井が崩れる音に紛れて、後に続くシャロンが悲鳴に近い声を上げた。

 心の中でごめんなさいしつつも、ヴィレッサはしっかりと手綱を握り、正面へと鋭い眼光を向ける。

 黒馬(メア)が駆ける先、大きな扉が見えた。


『標的確認。あの扉の向こうです』

「メア、突き破れ!」


 猛々しい嘶きとともに、黒馬の蹄が扉をぶち破る。

 ひしゃげ割れた扉が地面に転がり、けたたましい音を立てた。


 同時に、ヴィレッサも部屋へと飛び込んでいる。

 広々とした城主の間は、天井も高く、黒馬の巨体でも堂々と踏み込めた。

 大勢の敵兵による出迎えも警戒していたのだが―――、


「……なんだよ、随分と寂しげじゃねえか」


 繊細な彫刻を施された柱が並んでいたり、壁際には甲冑が列を組んでいたりと、城主の間として恥ずかしくないよう飾り立てられている。

 しかし、護衛の騎士や侍女などは一人もいない。


 寒々とした空気が停滞している。

 部屋の中央、豪奢な椅子には、ミヒャエルだけが鎮座していた。


「覚悟はできてる、ってところか?」


 黒馬から降りて、ヴィレッサは油断なく魔導銃を構える。

 その背後では、シャロンも馬から降りて剣を抜いていた。


 威圧的な眼差しを受けるミヒャエルは、悠然とした所作で椅子から立ち上がる。

 不意を突かれたはずだが、ここへ来るまでに身なりを整えたのだろう。帝都を訪れた際と同じように豪奢な黒ローブを纏い、銀髪も艶やかな輝きを散らしながら揺れている。

 まるで戦場とは無縁であるように、緩やかに首を振った。


「命乞いをしようかとも思ったわ。私が持つ『凍珠』は、地形を利用しての防衛戦に向いた魔導遺物だもの。貴方と正面から戦って勝てるとは思えない」

「……一言だけ許してやるぜ」


 心の底から謝るならば命だけは助ける。

 それ以外ならば即座に引き金を弾く。


 ヴィレッサの決定は単純であり、揺らぎなど起こらないはずだった。

 けれど、ミヒャエルの返答には意表を突かれた。


「今回の騒動、絵図を描いたのはミルドレイア魔導国よ」

「なに……!?」

「聞いたわね? これでもう、貴方は連中を見過ごせないはずよ」


 妖艶な笑み―――あるいは、老獪な嘲笑とも言えるだろう。

 目を細めて勝ち誇ると、ミヒャエルは愉しげに声を弾ませた。


「連中の口車に乗ったのは、確かに私の選択よ。この結果も自分の愚かさが招いたもの。受け入れるしかないわ。でも、悔しいじゃない?」

「……だから、あたしと潰し合わせようってのか?」

「残念だわ。願わくば、結果も見届けたかった」


 瞬間、周囲に高濃度の魔力が爆発的に広がった。

 まるで何百人もの魔術師が、一斉に高度な術式を発動させたかのように。

 何事か? 何かを企んでいたのか?

 疑問を覚えたヴィレッサだが、同時に、引き金を弾いていた。


 すでに狙撃形態へと変形していた魔導銃は、一撃必殺となる魔弾を放つ。

 ミヒャエルを狙い、一直線に。

 暴力の塊は、美しい顔を原形すら留めずに破壊する、はずだった。


「っ―――!」


 ミヒャエルは激しく顔を歪めて、ヴィレッサは舌打ちを漏らす。

 咄嗟に体を捻ったミヒャエルは、頬と耳から鮮血を散らし、魔弾の衝撃によって吹き飛ばされた。暴風に当てられたかのような衝撃で、そのまま気を失ってもおかしくなかっただろう。


「あああぁぁぁぁぁぁぁ―――!」


 己を奮い立たせるように叫び、ミヒャエルは力任せに床を蹴った。近接戦は不得手とはいえ、身体強化術程度、仮にも帝国の武人ならば当然に使いこなせる。

 吹き飛ばされた衝撃も利用して、ミヒャエルは太い柱の影へと身を隠した。


「足掻きやがって! 往生際が悪ぃんだよ!」

「その通りよ! 醜く命乞いなんてしない。最期まで美しく、生き足掻いてみせるわ。たとえ人質を取るような手を使ってでもね!」

「何処が美しくだ! 矛盾してんだよ!」


 罵声を浴びせつつも、ヴィレッサは素早く周囲の状況を確認する。

 人質、という言葉が気になった。

 先程感じた、爆発的な魔力の広がりでも何かが起こったのは間違いない。


 この城主の間では、取り立てて変化は起こっていない。シャロンと黒馬も緊張を纏ったまま、いつでもミヒャエルへ襲い掛かれるよう身構えている。

 ただ、幾分か肌寒さが増したようで―――、

 ちょうどその時、ヴィレッサの足下に白く染まった冷気が漂ってきた。


「私の『凍珠』の能力は理解しているわよね? 『子珠』のことも」

「っ……人質ってのは、まさか!?」

「勘が良いわね。そうよ、たったいま、この城砦全体を氷漬けにしてやったわ。

無事でいるのは、この部屋だけ」


 凍珠ゴールヴェニア―――、

 それ単独では、使い手の周囲程度を凍らせる力しか持たない。時すら凍りつかせる力も異質なのだが、本当に恐るべきは、凍結能力が及ぶ範囲の広さにある。


 正確に言えば、”広範囲”ではなく”遠隔”でも力が発揮されるのだ。

 適合者と一体化する『凍珠』本体は、指先ほどの小さな『子珠』を作り出す能力を与える。魔導士本人の魔力を大量に注ぎ込み、凍りつかせて作られるため、数を揃えるには時間が掛かる。数日から数十日で一個、といったところだ。


 その『子珠』は本体である凍珠と繋がりを持ち、距離に関わらず凍結能力を発揮する。湖に『子珠』をばら撒き、全体を一斉に凍りつかせる、といった真似も可能だった。


 帝都での襲撃の際、ミヒャエルは幾つかの『子珠』をばら撒いていった。人質とともに『子珠』があれば、砕くも溶かすも思い通りにできる。

 そちらについては、シャロンの虚無魔術によって丁寧に除去したが―――。


「帝都の子珠が破壊されたのは、私にも伝わっているわ。でもそれは、逆に言えば人質を砕かれては困る、救いたいという証明よね? この城にいる兵士は三万以上と、貴方の親衛隊も幾らか、全員を犠牲にできるかしら?」

「はっ、覚えてねえのか? あたしに脅しは通用しねえ」

「だけど、『凍珠』は回収したい。そうでないと―――」


 言葉を断ち切るように、ヴィレッサは引き金を弾いた。

 放たれた魔弾は、ミヒャエルが隠れていた柱を貫通し、砕き散らす。

 しかし身を低くしていたミヒャエルは無傷だった。


「やっぱり頭を狙うのね。凍珠が宿る身体の方は狙わない。それだけでも、こちらには戦い易くなるわ」

「甘く見てんじゃねえ、ディード!」

『了解。近接形態へと移行します』


 剣と化した魔導銃を握り、ヴィレッサは距離を詰めるべく床を蹴る。

 同じく、黒馬(メア)とシャロンも援護すべく駆け出していた。

 けれどミヒャエルも動いていた。柱の影から、数個の『子珠』を放り投げる。


「甘く見る余裕なんて無いわよ!」


 癇癪を起こしたような叫びとともに、分厚い氷壁が一瞬にして作られる。

 広間を分断する形で現れた氷壁に、黒馬もシャロンも足止めを余儀無くされた。

 黒馬は蹄で氷を砕き、シャロンは虚無の魔術で削り取ろうとするが、氷壁が再生される速度の方が速い。


 そもそも時すら停滞させる氷なのだ。削るだけでも至難と言える。

 他の道を探して回り込もうにも、きっとそれよりも早く決着は訪れるだろう。


「一騎打ちの場は整えましたわ、皇女殿下」


 柱の影から姿を現したミヒャエルは、その手に氷の剣を握っていた。

 そうして恭しく一礼する。


「御命頂戴いたします。お覚悟を」

「はっ、そっちこそいい覚悟じゃねえか」


 数歩で剣が届く間合いを挟んで、二人は睨み合う。

 近接形態を前方へ突き出しつつ、ヴィレッサは訊ねた。


「褒美に聞いてやる。テメエは、何のために戦おうとした?」

「……永遠の美しさを得るために」


 述べた言葉は利己的で、低俗で、馬鹿馬鹿しいとも思えた。

 けれどミヒャエルの瞳には迷いがなく、純粋で、美しい輝きを放っていた。


 絶対に許せはしない。

 しかし―――嫌いではない。


「いいぜ、その名を覚えて、永遠に語り継がれるようにしてやるぜ」


 腰を沈めると、ヴィレッサは犬歯を剥き出しにして笑う。


「美しくも、愚かなババアがいたってなぁ!」


 ヴィレッサは荒々しく床を蹴る。手にした近接形態から、炎のように魔力が吐き出される。

 対峙するミヒャエルは優雅に構えて、細い氷剣を鋭く突き出した。



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