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ロリータ・ガンバレット ~魔弾幼女の異世界戦記~  作者: すてるすねこ
第3章 幼女、知らないおじさんに誘われる編
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第15話 装軍型極式魔導殲滅刃『一騎当千』

 その日の朝、ミヒャエルはやけに早く目を覚ました。

 魔導灯に明かりを点し、窓の外を窺ってみる。

 まだ朝陽すら昇っていない。『凍珠』の力によって寒気には耐性ができているが、吐いた息は白く染まった。


 なんとなしにベッドから身を起こし、自身の手を掲げてみる。

 細くしなやかな右腕は、つい昨日、再生したばかりだ。

 もう違和感は消えている。左腕と比べても異質な部分は無い。

 そちらは、良い出来事だったのだが―――。


「すこし、気持ちが昂ぶっているのかしらね」


 昨日はもうひとつ、大きな報せが入ってきた。

 帝都から出立した征伐軍が間近まで迫っているのだ。ヴァーヌ湖東にある街まで到着して、休息を取っているという。

 あと三日もすれば、この城砦へと攻め入って来るだろう。


「イノシシ皇女に付き合わされて、兵士達も哀れね」


 幼すぎる敵の顔を思い浮かべて、ミヒャエルは嘲笑を零した。


 まともな指揮官ならば、冬の行軍というだけでも避ける。とりわけ騎兵部隊は、馬が寒さを嫌って頼みである機動力は半減する。いつ吹雪が起こるかも分からない状況で、僅かでも分別があるなら戦おうとはしない。


 もしもまともな戦闘になったとしても、このヴァーヌ湖城砦は堅牢だ。

 中央の小島を囲う形で城壁が造られている。足場は氷だが、城壁自体は石と氷の多重構造になっている。帝国の建築技術と、『凍珠』の力を合わせたものだ。

 頑強な造りに加えて、たとえ崩壊する部分があっても、すぐに氷を生成して穴を埋めることが可能だ。ミヒャエルが目を光らせている限り、突破されることは有り得ない。


 そもそも、この城砦に辿り着くことすら至難の業なのだ。

 だというのに、騎兵のみ、それも二千程度の兵力で何ができるのか―――。


「まあ、あのゼグードが同行しているのだから……策はあるのでしょうね」


 己の勝利は微塵も疑わないミヒャエルだが、けっして油断はしていなかった。


 魔導士は戦場を引っ繰り返す。

 故に、戦場に絶対は無い。


 バルツァール城砦に於いて、『魔弾』はレミディア軍十万を蹴散らすほどの働きをしたという。話半分だとしても、この城砦に詰める三万の兵と拮抗できるだけの力は持っているのだろう。


 だが、所詮は一人の力に過ぎない。

 強力な魔導士への対策は、常に各国が頭を悩ませてきた問題だ。

 だからこそ、完全ではないが、ある程度の定石というのは生まれている。

 どれだけの戦闘能力を持とうが、人間である以上は傷を負い、疲労は蓄積していく。大軍に囲まれるほどに、限界は早く訪れる。


 要は、休ませず、逃がさず、消耗を待てばいいのだ。

 魔導士を城に見立てての兵糧攻めとも言える。


 無論、前線に立つ兵士には被害が出る。捨て駒とされる者の方こそ逃げ出したくもなるだろう。それを踏まえた上で、訓練を重ね、”戦える兵士”を揃える必要がある。

 そういった”戦える兵士”は、同時に、魔導士を守る盾ともなる。

 魔導士は戦場を引っ繰り返せるが、けっして魔導士一人で勝敗は決しないのだ。


「まさか、一騎打ちでも挑んでくるつもりかしら」


 そんなものに応じるつもりは毛頭無い。

 ほくそ笑むミヒャエルは、また窓の外へと目を向けた。


 そこから窺える”東側”城壁は、薄っすらと白んできていた。やがて朝陽が昇れば、氷壁が光を反射して、幻想的な情景を描き出すはずだ。

 数日後には、湖畔に並ぶ征伐軍もその姿を目にするだろう。

 美しくも堅牢な城壁を目にして、諦めて帰ってくれれば楽なのだが。


「こうしてあれこれと考えていること自体……脅威を覚えている、そう認めるしかないわね。まだ敵も来ていないのに―――」


 唐突に、大気が震えた。轟音が響き渡った。

 さながら城砦全体が揺らいだかと錯覚しそうなほどに。

 同時に、ミヒャエルの心も激しく動揺していた。


「っ―――何事!?」


 困惑に染まった疑問の声を上げる。

 しかし答えられる者はいない。部屋の外には護衛の兵士や侍女も控えているのだが、誰もが混乱に囚われていて―――、


 さらに事態を掻き乱すように、破壊的な轟音が幾度も響いてきた。

 けたたましい音に耳を塞ぎながらも、ミヒャエルは部屋を飛び出す。


「何事かと聞いているのよ! さっさと報告しなさい!」

「そ、それが……」


 蒼ざめた顔をした護衛兵は立ち尽くすばかりだ。

 無能者を氷漬けにしてやろうかと、ミヒャエルが指先に魔力を灯す。

 しかしそこで、廊下の奥から一人の兵士が駆けつけてきた。


「み、ミヒャエル様、敵襲です!」

「はぁ!? 敵襲? いったい何処の軍だというの?」

「はい……敵は、ヴィレッサ皇女殿下の親衛隊だと名乗っております」


 半信半疑といった様子で、兵士はその名前を口にした。

 ミヒャエルも信じられず、目を見開いて問い返してしまう。


「馬鹿な……征伐軍が来るには、まだ距離があったはずよ!?」

「ですが、確かにそう名乗っておりまして……」

「っ……見張りは!? 見張りは、いったい何をしていたの!?」

「それが……敵は闇に紛れ、北側から侵攻してきたようです。どのような手段で湖を渡ったのかは分かりませんが……」


 項垂れた兵士は、恐る恐る、言葉を繋げる。

 それは、またも信じられない事態を告げる言葉だった。


「すでに北側城壁は破られております。城内へ踏み入られるのも時間の問題かと」

「なっ……なんですってぇ!?」


 立て続けに齎された凶報に、ミヒャエルは素っ頓狂な声を上げてしまう。

 もはや『凍姫』としての威厳を取り繕う余裕も失せていた。


 そんなミヒャエルを嘲笑うように、またも轟音が響いてくる。

 さらには怒号と、悲鳴と、馬蹄の音と―――、

 さながら津波のように、破滅の響きが押し寄せてきていた。





 ◇ ◇ ◇



 煌々と燃え盛る炎が、暁闇を照らし出す。

 湖に張った氷の上を黒馬によって駆けながら、ヴィレッサは雄叫びを上げた。


「突き進め! 遮るものは尽くを粉砕せよ!」


 後に続く一千の騎兵部隊も猛々しい叫びで応える。

 さながら、雪山から降りてきた獣の群れのように。


 三日三晩、ほとんど休息も取れない強行軍を行ってきたというのに、兵士たちの士気は異様なほどに高かった。

 いや、むしろ疲労困憊だからこそ、だろうか。

 目が爛々と輝いている。戦闘を待ちきれないと全身で語っている。

 そして彼らが乗る一千頭の騎馬も、並外れた健脚を見せていた。


 全身を銀色の甲冑で覆われているのに、速度は微塵も衰えない。随分と長距離を疾駆してきたのに、息切れすらしていない。氷という不慣れな足場の上にいるのに、一糸乱れぬ陣形を保っている。

 騎馬の一頭一頭すべてが、魔導遺物の力によって守られているのだ。


 装軍型極式魔導殲滅刃『一騎当千』―――。

 最大一千頭の騎馬に対して、流体魔鋼による甲冑を装着させる。その銀色の甲冑は、単純な身体強化をはじめとして、疲労を打ち消し、一個の軍団として完璧な統率を可能にする。

 無論、”刃”である以上、凶悪な攻撃力も秘めているのだが―――、


 常識外れの機動力というのは、それだけでも恐るべき脅威となる。

 ヴァーヌ湖城砦の兵は、東側ばかりを警戒していた。

 対してヴィレッサたちは、北側から襲い掛かった。闇に紛れ、吹雪さえ身を隠すのに利用して、完璧な不意打ちを成功させた。


『敵城壁、崩壊。本丸への門も、出力三〇%で撃ち砕けます』

「出し惜しみは無しだ。一気に駆け抜けるぜ」


 湖上に建てられた城壁を砲撃形態によって砕き、あっさりと通過し、ヴィレッサ率いる一千の騎兵部隊は城砦内へと乗り込んだ。

 すぐさまゼグードが指示を飛ばす。

 騎兵たちの進撃は止まらない。


「作戦通り、まずは結界塔を押さえよ! 敵は蹴散らして構わん! だが、武器を捨てた者にはけっして手を上げるな!」


 作戦としては、そう難しいものではなかった。

 ヴィレッサが率いる兵は、合計で二千五百騎。これを二つに分けた。


 第一隊は、ヴィレッサ、ゼグード、シャロンを含んだ一千騎。

 第二隊は、元警備隊長リアルドメイガーや、ロナとマーヤを含んだ千五百騎。


 途中までは両隊揃っての通常行軍でしかなかった。帝国領の西端まで一ヶ月近い道程を、やや短めの二十日程度で進んだに過ぎない。

 しかし湖畔近くの街へ到着する前に、第一隊のみが密かに離脱した。


 第二隊は、何事もなかったように街へ入った。ちょうど吹雪も起こっていたので、兵数の変化を誤魔化すには都合がよかった。

 そうして第二隊が注意を引きつけている内に、第一隊は北へと迂回していた。


 後は、闇と吹雪に紛れて突撃するのみだ。

 湖を乗り越えるには、魔導銃の投擲形態を使った。通常弾としては火炎を撒き散らす投擲形態だが、凍結弾や雷撃弾なども備えている。数十発も放てば、瞬く間に太い氷道が出来上がった。

 シャロンの魔術でも可能だったが、そちらは部隊の隠蔽に使ってもらった。


 そして城へと突入してからも、騎兵部隊は如何なくその威力を発揮した。


「こいつは、酷えな……」


 ヴィレッサでさえ、思わずそう呟いてしまうほどだ。

 自分で作り出した光景でなければ、目を背けてしまいたい。


 一方的な蹂躙だ。

 馬が走るだけで血路が作られていく。

 無論、敵兵の血によって。

 慌てて駆けつけてきた敵部隊も、ほとんど剣を抜く暇もなく死体と化した。


 一千騎の馬すべてが、流体魔鋼による強固な甲冑に守られているのだ。その突撃は質量だけでも恐るべき凶器となる。全身を覆った甲冑は、並の剣や槍では傷すら付けられない。関節部などの繋ぎ目だけは弱点となるが、駆ける馬が相手では、小さな隙間を狙うなど不可能に近い。


 さらに甲冑から突き出す形で、無数の刃が備えられている。

 鉄すら切り裂く刃は、相対した敵兵が運良く生き残ることすら許さない。まるで肉食獣の牙や爪のように、骨まで断ち切り、確実な死を与える。

 おまけに味方が隣接する際には、自動で刃が引っ込む便利仕様となっていた。


「く、くそっ、陣形を……っ」

「どうしろってんだよ! ちくしょうがぁっ!」

「ダメだぁっ、誰か、助け、っ―――」


 阿鼻叫喚。地獄絵図。

 馬蹄の音と、悲鳴と、どちらが多いのか分からない。


 とはいえ、城内での戦闘となれば、騎馬は足を止める。そこを狙って大規模魔術を打ち込もうとする者達もいた。

 だが、それすらも『一騎当千』の前では無意味となる。


「来るぞ! 抗魔障壁を張れ!」


 狙われていた親衛隊員が声を張り上げる。

 直後、巨大な炎弾が放たれた。

 数十名は一度に焼き尽くせそうな炎弾だったが、騎兵に命中する手前で、あっさりと消え失せる。後には青白い光だけが漂っていた。


「我らには、ヴィレッサ殿下の御加護がある! 魔術は通じぬぞ!」


 叫び上げると同時に、親衛隊員たちは魔術師の一団へと突撃する。

 敵兵は城壁の上に陣取っていたが、まったく問題とならない。騎馬は駆ける勢いのまま、壁を蹴り、跳躍し、城壁上へと降り立った。

 突撃を再開して、敵兵を蹴散らしていく。


 その親衛隊員が叫んだ通り、魔術を打ち消したヴィレッサの力によるものだ。

 『一騎当千』は、ヴィレッサの魔力によって稼動している。騎馬を覆った甲冑に魔力が流れているのだが、当然ながら、そこには無効化魔素も含まれている。

 つまりは、あらゆる魔術を無効化する特性を、騎馬たちも発揮可能となる。


 一時的に騎馬の強化は切れてしまうし、兵士も魔術を使えなくなるが、さしたる問題ではない。あらためて強化を施せばよいだけだ。

 強化形態と抗魔形態が切り替え可能、といったところだろう。


「こっちは任せて大丈夫そうだな」

『肯定。我々は、第一目標の確保に向かうべきかと』


 弓を放とうとしていた敵兵を、速射形態で撃ち抜く。

 そのヴィレッサの視界に、赤いマーカーが表示された。


『標的の生体反応を捉えました。逃がしません』

「上階か。それじゃ、近道を作っておこうぜ」


 魔導銃を砲撃形態へと変形させて、城砦へと向ける。

 僅かな溜め時間の後、引き金を弾いた。

 閃光と轟音が撒き散らされ、石壁の破片が舞う中で、ヴィレッサは三日月形の笑みを浮かべる。


「あのババアには、しっかりと教え込んでやらねえとな」

『マスターに逆らうことの愚かさを、でしょうか?』

「それと、後悔ってやつを、な」


 手綱を引くと、ヴィレッサは黒馬を空中へと駆けさせる。

 蹄によって潰される兵士の悲鳴を聞きながら、城砦内へと踏み込んだ。




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