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ロリータ・ガンバレット ~魔弾幼女の異世界戦記~  作者: すてるすねこ
第3章 幼女、知らないおじさんに誘われる編
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第13話 幼女からは逃げられない



 鋭利な輝きを散らす魔弾が、分厚い氷を一直線に貫いた。

 狙撃形態は貫通力に特化した魔弾を放つ。連射性能に欠け、殺戮範囲(キルゾーン)は限定されるが、確殺を期待するなら他の形態よりも一歩抜きん出ている。

 どれほど堅牢な城壁だろうと一撃で貫く。


 あっさりと氷塊を穿った魔弾は、勢いを落とさず、ミヒャエルの白い肌を鮮血に染めた。

 だが、致命傷には至っていない。貫き断たれたのは右腕一本だけ。


「あっ……が……っ!」


 美しい顔を苦悶に歪めて、ミヒャエルは廊下の壁にもたれ掛かる。

 咄嗟に飛び退き、この至近距離で魔弾を避けてみせたのは見事だった。並の兵士ならば、腕一本では済まず、体の中心を貫かれていたはずだ。


 だが、そんな抵抗は、ほんの僅かに命を永らえたに過ぎない。


「よくも……こんなことをして、人質がどうなると……」

「うっせえ! テロリストの言葉に耳を傾けねえのは基本なんだよ!」


 地獄で後悔しやがれ―――。

 蒼白に染まったミヒャエルの顔に照準を定め、ヴィレッサは引き金に指を掛けた。


『マスター、お待ちを』

「なに……っ!?」


 がちり、と金属質の音を立てて、引き金が固定された。

 ヴィレッサが指に力を込めても動かない。


「テメエ、どうして止める!?」

『申し訳ありません。ですが、この氷を不用意に破壊するのは危険だと判断しました』


 若干の焦りも滲んだ魔導銃(ディード)の発言に、ヴィレッサは眉を寄せた。

 けれど無視もできずに状況を確認する。


 部屋全体が氷で満たされ、ヴィレッサとシャロンの周囲だけに空間が残されている。たったいま放たれた魔弾によって、氷にはひとつの穴が穿たれて、その穴から無数の亀裂が走っていた。


 氷なのだから、衝撃を与えれば割れる。

 落ち着いて考えれば当然だが、その”割れる”というのが問題だった。


『この氷を下手に砕けば、閉じ込められた人間も巻き込まれる恐れがあります』

「っ……なんとかならねえのか!?」

『近接形態ならば、衝撃も少なく切り裂くことが可能です。しかし解放となれば、推測ですが、『凍珠』の力を使うより他にないかと』


 つまりは、人質を取られた―――。

 好ましくない事態を理解して、ヴィレッサは舌打ちを漏らす。

 一方、腕を穿たれたミヒャエルも、敵意に満ちた眼光を向けてきていた。


「ようやく理解できたようね。詳しい要求は、後で伝えるわ……」


 ミヒャエルはふらふらとした足取りで身を翻す。

 断たれた腕は氷に覆われて出血は止まっていた。けれど歩くことさえ辛そうに、激しく息を乱していた。


「まずは、私を無事に帰してもらってから……」

「ディード、近接形態!」


 耳を貸さない。要求など無視する。敵は粉砕する。

 そして、どんな困難があろうとも守り抜く―――。


 それはすでに決定事項だ。僅かなりとも曲げるつもりはない。

 だからヴィレッサは、さらに戦闘を続行する。


「要するに、この氷を壊さなきゃいいんだろうが!」


 ヴィレッサは振り返ると、背後の壁へと刃を振り下ろした。

 一直線にミヒャエルへ向かおうとすれば氷に阻まれる。しかしヴィレッサの背後にある壁は凍りついていなかった。

 壁を切り裂き、砕き、別の道を作り出して回り込めばいいのだ。


 ミヒャエルを殺して、『凍珠』だけを無傷で回収すればなんとかなる。

 そう、ヴィレッサは判断した。


「っ、なんて無茶苦茶な……」


 ミヒャエルは慌てた呟きを漏らして駆け出す。逃走するつもりだろう。

 そうはさせまいと、ヴィレッサも壁の穴へと身を投じる。


 王宮の三階に位置する部屋の外には、何もない空間が広がっていた。そのまま落下すれば無事では済まないが、空中を歩けるヴィレッサならば問題にならない。

 浮かべた魔力板の上を駆け、隣室への壁を叩き割り、さらに廊下へと出る。


『マスター、右です』


 魔導銃からの声に従い、視線をそちらへ向ける。


 廊下の先にミヒャエルがいた。その隣には、魔術師らしき格好をした一人の男も合流している。

 魔術師が手元に青白い光を浮かべている。

 ヴィレッサはすぐさま狙撃形態を構え、照準を定めた。


「逃がすかよ―――!」


 引き金を弾く。だが、ほんの一瞬だけ遅かった。

 放たれた魔弾は空中を貫き、廊下の壁に穴を開けて何処までも飛んでいった。


 ヴィレッサは歯噛みして、青白い光だけが残された空間を睨む。


『……敵生体反応、索敵範囲より消失。転移したものと判断します』


 機械的な声が寒々しく響く。

 それでもヴィレッサは燃え立つほどの敵意を瞳に宿して、遥か遠くにいるはずの敵を睨んでいた。





 ◇ ◇ ◇



 城内への侵入を許し、皇妃と皇女が負傷させられる。

 あまつさえ皇帝にも剣を向けられ、主謀者を捕り逃がしてしまう。

 帝国の長い歴史上でも類を見ないほどに不名誉な事件であった。


 それでも即位式は執り行われた。

 新皇帝は剛毅な御方だと、素直に賞讃と期待を述べる貴族も少なくなかった。

 けれど同じくらいに、不安顔を隠せない者もいた。


 北方貴族に対する処置はどうするのか?

 皇妃や皇女殿下の様態は? これからの治世は―――。

 様々な疑問に対する答えは、翌日以降に持ち越された。予定されていた華々しい晩餐会なども中止されて、貴族たちは複雑な表情をしながら帰宅していった。


 だからといって、静かな夜が訪れるはずもない。

 重要な役職にある騎士や文官は、城の一室に集められた。


 もはや帝国を揺るがす重大な局面にあると、会議に出席する面々は誰もが理解していた。夜を徹してでも、早々に方策を取りまとめる必要がある。

 だが、すでにひとつだけ決定している事柄もあった。


「明日にでも、あたしは西へ向かう」


 会議が始まるなり、ヴィレッサはそう宣言した。

 上座にいるディアムントが眉を顰め、隣にいるゼグードも渋い顔をする。


 西へ向かう。つまりは、ミヒャエルを討ち、『凍珠』を確保する。

 それはもはや、ヴィレッサにとっては絶対の決定事項だった。


「無論、此度の主謀者には報いを受けさせるが……」

「言っとくが、許可は求めてねえぞ。一人でも行くからな」


 『凍珠ゴールヴェニア』によって作り出された氷は、ほぼ破壊不可能と言える。熱で溶けることはなく、剣や槍で突いても砕けない。ヴィレッサの魔導銃か、あるいは虚無の魔術ならば、氷だけを砕くか消すかはできる。

 しかし、氷漬けにされた人間を助ける手段は無い。


 唯一の手段は、『凍珠』の力によって解除することだ。

 魔導遺物の研究者や宮廷魔術師、そしてシャロンも同じ結論に至っていた。


「あのクソ女は、ルヴィスを泣かせた。絶対に許さねえ。テメエだって、自分の妻を氷漬けのまま放っておくつもりはねえだろうが!」

「分かっている! だが、貴様は性急すぎると言っているのだ!」

「性急だあ? だったら、黙って待ってりゃ解決するっていうのかよ!?」

「我慢を覚えろと言っている。半月もあれば、征伐の軍を揃えられる!」

「悠長なこと言ってんじゃねえ。あたし一人なら一日で充分だ。一人だって、城のひとつやふたつ落として、あの女の首を持ち帰ってやる」

「無茶を言うな! 貴様が思っているほど、戦は甘いものではない!」

「うっせえ! これ以上、我慢できるか!」


 ヴィレッサとディアムントは犬歯を剥き出し、獣じみた眼光をぶつけ合う。

 まるで、いまにも殺し合いを始めそうなほどに空気が張り詰めていく。


 騎士や文官は揃ってゼグードへ視線を送った。この場で二人を宥められそうな者は他にいないのだ。

 しかしさすがにゼグードも困惑してしまう。


 実は、襲撃直後にも、ヴィレッサは帝都を飛び出そうとした。

 それを、どうにか辛うじて、ゼグードとシャロンの二人掛かりで諌めたのだ。

 ひとまず”今日のところは”踏み止まる、という形で。


 けれどいま、シャロンはこの場にいない。片足を氷漬けにされたルヴィスの介助をしつつ、シュテラリーデの様子も見守っている。

 ゼグード一人では、この皇帝と皇女を諌めるのは荷が重すぎた。


『マスター、提案があります』


 緊迫した空気を完全に無視して、機械的な声が響いた。

 しばしの沈黙の後、ディアムントもヴィレッサも、声の主へ目を向ける。


「……なんだ? 言ってみろ」

『はい。その前にひとつ、ゼグード様に確認したいのです』


 ヴィレッサの腰に下げられたまま、魔導銃(ディード)が声を投げる。

 話を向けられたゼグードは、僅かに首を捻りながらも続く問い掛けを待った。


『少数の騎兵部隊ならば、二日か三日の間に準備を整えられませんか? 数百名で構わないのですが』

「その程度ならば、すぐにでも……二日あれば二千の騎兵は出立できる」


 幸い、バルツァール城砦から引き抜いてきた少数部隊が、帝都で訓練を重ねている。以前にディアムントからの提案があって選び抜いた、精兵と言える者達だ。

 ディアムント直属の部隊として編成される話は流れてしまった。けれど有能な者が揃っているので、ヴィレッサやルヴィスの親衛隊の中心となる予定だった。


 その者達を中心にすれば、明日にでも精鋭騎兵部隊が出来上がる。

 遠征となると装備や糧食の問題もあるが、少数であれば無理も利く。


「しかし西方国境には三万の兵が詰めておる。加えて、ヴァーヌ湖の城砦は正しく難攻不落。いかに精鋭を集め、姫様の御力があろうとも……」


 神妙に首を振ろうとしたゼグードだが、はっとして息を呑んだ。

 魔導銃(ディード)が提案しようとする策に、ゼグードも思い至ったのだ。


「まさか、”アレ”を使うつもりか?」

『肯定。あの魔導遺物の力があれば、強行軍も可能でしょう』


 場がざわつく。騎士や文官の中には、事情を把握できない者が大半だった。

 だが、事情が分からずとも、ほとんどの者が戦慄を覚えていた。


「はっ……面白え。いいじゃねえか……」


 小さな頭が揺れて、金髪が淡い光を反射する。静まり返った場に笑声が流れる。

 ヴィレッサが、三日月型に口元を吊り上げていた。


 まるで血に飢えた殺戮者のような表情を、可愛らしい子供が浮かべているのだ。

 いかに戦慣れした帝国の騎士でも、背筋に怖気を覚えずにはいられない。


「うっかりしてたぜ。そうか、『一騎当千』か」


 装軍型極式魔導殲滅刃『一騎当千』―――。

 それは以前、ディアムントから伝えられたものだ。魔術や魔導遺物の研究を行っている帝国魔導院に、ひとつの”極式”魔導遺物が保管されている、と。


 即位式の準備に追い立てられる中で、確認だけはしておいた。

 掌に乗るくらいの、小さな騎馬を模した装飾品にも見える魔導遺物だ。

 その能力は、製作者の正気を疑わせるもので―――。


『敵の陣容が不明である以上、圧倒的な戦力で蹂躙するべきかと』

「そのために待てって訳か。仕方ねえ、乗ってやるぜ」


 ヴィレッサは愉しげに咽喉を鳴らしつつ、ディアムントとゼグードを見やる。

 その瞳は、おねだりをする子供みたいに輝いていた。

 けれど同時に、狂気じみた殺意も感じさせるのだ。


「……止めても聞かぬか。ゼグード、頼む」

「はっ……この命に代えましても、姫様を御守り致します」


 ディアムントが溜め息混じりに承諾して、ゼグードが恭しく頭を垂れた。

 そうして十日ほど後、魔弾皇女の親衛隊は大陸に名を轟かせる。


 大陸史上、最も容赦ない騎兵部隊として。




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