第5話 イノシシ姫と幼馴染
たまには昼間投稿。
短く区切るなら、今回から新章開始ですね。
ブルド・ボア騒動から十日。ようやくヴィレッサは外出を許された。
まだ杖をついて、ルヴィスも付き添っているけれど。
「おお、イノシシ姫の復活か」
「無事でよかったねえ。あんまりシャロン先生に心配かけるんじゃないよ」
「次はちゃんと俺達が守ってやるからな。無茶すんなよ」
「おねぇちゃん、まものをやっつけたんでしょ? きかせてよ! ”ぶゆーでん”を!」
村を巡って挨拶をすると、皆が笑顔で迎えてくれた。
大人に会うたびに頭を撫でられて、金髪はいつの間にかクシャクシャになっていた。いつもは身だしなみを注意するルヴィスも、憮然とした姉を横目に楽しそうに笑っていた。
ちなみに、ブルド・ボアの死体は皮だけになっていた。
ただの猪なら村の皆で食べられるのだが、魔物の肉は毒を含んでいることが多い。なので皮や牙などの部位だけを取って、あとで帝都まで売りに行くそうだ。ブルド・ボアの黒剛毛は良い防具の素材になるので人気があるらしい。
「嬢ちゃんの怪我が治ったら、その金で快気祝いをするって訳だ。楽しみにしてろよ」
「おじさん! それは秘密だって言ったでしょ!」
「あ、そうか。わりぃ、うっかりしてたぜ」
「もう。お姉ちゃんを驚かせようと思ったのに」
ルヴィスが唇を尖らせ、棟梁がぺこぺこと頭を下げる。そんな様子を、周りの大人たちは微笑ましく見守っていた。
ヴィレッサが助け舟を出そうかと迷ったところで、「おい」、と声を掛けられた。
「その杖、使い心地はどうだ?」
なにやら眉根を寄せて不機嫌顔をしているカミルがいた。ヴィレッサを見て、すぐに目を逸らす。手を腰の後ろに回して落ち着きなく身をよじっている。
「うん、助かってる。カミルも作るの手伝ってくれたんだって?」
「べ、べつに、大したことはしてねえよ! それよりも……えっと、ありがとうな!」
「? ブルド・ボアのことだったら、たまたま上手くいっただけだから」
「そんなことねえ! ヴィレッサはすげえよ!」
カミルはいきなり大きな声で力説した。
思わぬ反応に、ヴィレッサは目をぱちくりさせて一歩退いてしまう。
「あの時は、俺は怯えてて何もできなかった。なのにおまえは必死に頑張って……」
「いや、それが普通だと思うけど……」
「本当なら、男の俺が守らなきゃいけなかったんだ。でも俺が弱いのは分かった。だからもっと強くなる! もっと体を鍛えて、魔術だって練習して、ヴィレッサを守れるくらいに。それで、俺が強くなったら―――」
一気にまくしたてたカミルだが、急に沈黙した。顔が紅潮していって、耳まで真っ赤に染まる。
「あのな、強くなったら、その、一緒に、ずっと、なんて言うか……」
何を言おうとしたのか、その反応が語っていた。
強くなったら結婚してくれ―――とか。
まあ、思春期の男の子にはありがちな想いだ。カミルはまだ九歳なので早熟だとも思えるが。
それにしても、とヴィレッサは平静な顔を取り繕いながらも戸惑ってしまう。
幼馴染。小さな頃の結婚の約束。なかなかに憧れるシチュエーションだ。
ただし、相手が男でなければ、という条件がつく。
ヴィレッサは身体こそ幼女だが、意識としては男に傾いているのだ。男性として生活した記憶がある訳でもなく、どうにも自分としても不思議で曖昧なのだが、ともあれ男と愛し合うのは受け入れ難い。
もはやこの時点で、ヴィレッサはカミルの告白を拒絶する意志を固めていた。
しかし、どう断ったものだろうか?
正直に男は恋愛対象として見られない、と言うのは危険だろう。
この世界に性同一性障害という認識は存在しない。ある程度の文明が進んだ時代でさえ、なかなか受け入れられない事柄だ。白い目で見られるのは間違いない。
もしも村の皆から侮蔑の眼差しを注がれたら、泣いてしまう自信がある。
シャロンやルヴィスから見捨てられたら、きっと立ち直れない。
最悪なのは、育ての親であるシャロンや、双子のルヴィスまで同じ目を向けられることだ。皆からの視線に耐え切れなくなって、三人で村を出て、いずれバラバラに―――、
そんな悲しい未来まで想像してしまった。
いや、この村の人々なら受け入れてくれるはず、とも思えるのだが。
けれど危険は冒せない。ヴィレッサは波風の立たない断り方をしようと決意した。楽しい未来のため、多少の残酷さを持つ覚悟も必要なのだ。
友達でいましょう。私じゃ貴方を幸せにできない。ごめんなさい―――。
八歳児には似合わない台詞を準備しつつ、深呼吸をして時を待つ。
だけど、カミルの行動は予想を裏切った。
「っ~~~~……これ! やるよ!」
背中に回していた手を突き出す。そこには小さな木製の櫛が握られていた。
少々荒い作りだが、漆塗りなのか綺麗な光沢を纏っている。細かく彫られた花模様が可愛らしい。丁寧に作り込まれているのは、カミルの手についた無数の傷が語っていた。
これを拒絶するのは、さすがにヴィレッサでも気が引けた。
「ん……ありがとう。大切にする」
受け取った櫛を胸に抱えて、ヴィレッサは頬を緩める。柔らかな笑みは自然と浮かんできた。嬉しかった。
純粋に。友達として。
「身だしなみには気をつけろよ。おまえは、えっと、可愛いんだから―――」
「ちょっと! 何してるのよ!」
カミルが懸命に吐き出した台詞は、割り込んできたルヴィスの声で掻き消された。
「告白なんて許さないわよ! お姉ちゃんは、私のお姉ちゃんなんだから!」
「ばっ、ち、違うよ! なんで俺が、コイツなんかに!」
「コイツですって? 口の利き方に気をつけなさいよ、カミルのくせに!」
「なんだよその言い方! おまえの方こそ―――」
すぐにも取っ組み合いを始めそうな二人を、周りの大人達が慌てて引き離す。それでもしばらくは罵り合いが続いて―――、
「……こういう時は、嬢ちゃんが止めるべきじゃないのか?」
「ああいうのは苦手だから」
棟梁の影に隠れながら、ヴィレッサは嵐が過ぎ去るのを待った。
短いので、夜にもまた投降予定、というか決定。
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