第7話 魔弾vs断傲剣③
甲高い音が響く。金属同士がぶつかった音だ。
どれだけの剛剣を受けても、『赤狼之加護』ではそんな音は鳴らない。
「なっ……テメエ! なにしてやがる!?」
ヴィレッサの背後を守る形で、ディアムントが立ちはだかっていた。
影兵士が突き出す剣や槍を、甲冑の手甲や肩の部分で弾いていく。けっして無手での戦いを得意としているのではないだろう。謁見の際に剣を取り上げられていたので、他に戦いようがなかったのだ。
「当然のことをしているだけだ」
「当然だぁ?」
眼前に迫った剣を払いながら、ヴィレッサは尋ね返す。
ディアムントも、影兵士を殴り飛ばしながら頷いた。
「父親が娘を守る。これに勝る道理を、俺は知らぬ」
勝手なことを! 誰が父親だなんて認めた!?
そう怒鳴りつけたいヴィレッサだったが、言葉を断ち切るように剣と槍が迫る。残念ながら、口論をしている余裕はなさそうだった。
「ああくそっ! いまだけは、勝手にそう名乗るのを許してやるぜ!」
「そうか。それでも充分だ」
無愛想な声に、ほんの少しの笑みが混じったようだった。
しかしそんな反応に構う暇もなく、ヴィレッサは近接形態を振るい続ける。
分厚い敵陣の奥にいるアドラバルドを鋭く睨みつけた。
「……愚かよな、ディアムント」
アドラバルドは冷ややかな表情を崩さない。けれどその声には、微かな溜め息も混じっていた。
落胆か、悲嘆か、あるいはもっと別の感情なのか。
推し量ろうにも、やはりまた剣撃によって遮られるのだが。
「大人しく従っておれば、命までは落とさずに済んだのだぞ」
「父上こそ愚かではないか! 俺が、命を惜しんで戦いを避けるような、そんな柔弱者だと思っていたのか!?」
「貴様が勇猛なのは認めよう。だが、それだけでは皇帝は務まらぬ」
「くだらぬ予言に従うのが皇帝か? 実の孫娘にまで剣を向けて―――」
ディアムントの言葉は断ち切られた。
背後から、ヴィレッサに蹴りつけられて。
「―――ゴチャゴチャうっせえ!」
蹴り飛ばされたディアムントは、影兵士たちの頭上を越えて、壁に叩きつけられる形でようやく止まった。
咄嗟に受け身を取ったので無傷ではあったが、愕然とした顔を晒していた。
あまりの事態に、アドラバルドも、影兵士たちですら立ち尽くす。
唐突に訪れた静寂の中心で、ヴィレッサは忌々しげに吐き捨てた。
「死にたがりが、あたしの戦場に入ってくるんじゃねえ!」
「な……っ!」
「テメエの出番は終わったんだよ。そこで黙って見てやがれ」
助けてもらうのは一度だけで充分だ。
借りも返していないのに、勝手に死なれるのは我慢ならない。
それに―――、
ディアムントのおかげで、状況を打破する可能性が見えた。
影兵士の表情は読み取れないが、ディアムントが乱入してきた際に、僅かだが攻撃の手が緩んだ。動揺したように退く影もいた。
皇子に剣を向けるのを躊躇った、ということだろうか?
皇族という意味では、ヴィレッサも同じ立場と言える。
けれどいきなり現われた怪しげな皇女候補では、正式に認められた皇子とは、臣下からの扱いも違って当然だろう。
いずれにせよ、影兵士たちは勅命に従い、すぐに剣を向けてきたが―――。
それはつまり、ひとつの事実を示していた。
召喚された影兵士にも、意思に似たようなものが存在するということ。
考えてみれば当り前なのだ。召喚した主君に従うとはいえ、影兵士の手足の動きひとつまで、アドラバルドが操作できるはずもない。少なくとも、ある程度の判断力を持った者でなければ、兵士として役に立たない。
果たして、どれだけの判断力を、意思を持っているのか?
生前の人格を完全に保存しているのか?
それとも、兵士として都合のいいように書き換えられているのか?
あるいは、奴隷のように主君の命令には絶対服従なのか?
その点はまだ推測の域を出ない。
しかし『断傲剣』という名前から察するに、もしかしたら―――。
「賭けてみるのも悪くねえ」
ヴィレッサは近接形態の切っ先を床に向けると、そのまま突き立てた。
手を離し、両腕を胸の前で組み、真っ直ぐに立つ。
じろりと周囲を見渡したが、無防備な少女に斬りかかってくる影はいなかった。
それを確認して、ばさりとフードも下ろした。
綺麗な金髪を緩やかな風に流して、大きく息を吸い込む。
「聞け! 帝国の古強者どもよ!」
影兵士たちは声を発しない。
けれど、戸惑ったような動きを見せた者はいた。
「我はヴィレッサ・バルトラント! 帝国皇家の血を引く者である! だが、今はその名を捨て、一人の人間として貴公らに問おう!」
元から名乗るつもりはないけどな!
そう心の中で付け足しつつ、さらに声を張り上げる。
「貴公らは、いまのこの帝国の現状、いや、惨状を知っているか? 私はこの目で見てきた! 国境では多くの兵が倒れ、領地の治安は乱れ、大勢の領主が、民が、皇帝への不満を抱えている。そんな中で、聖職者どもが身勝手に振る舞い、さらに混乱を加速させている。いま、貴公らが主君と仰いでいるその男が、不用意な言動によって特権を与えたからだ! 怪しげな予言に頼り、己の意思によって判断する勇気を捨て去ったからだ!」
眼差しは真っ直ぐに。自信たっぷりな姿勢で揺るぎなく、堂々と。
旅路の途中で教わった、貴族としての振る舞いの基本だ。
演説技術とは別物だが、多少なりとも説得力を上げる効果が表れていた。
「貴公らの忠義は疑うべくもない。主君に異を唱えるなど有り得ないと言うだろう。だが、敢えて願おう。一人の人間として考えてもらいたい。忠義とは絶対で、無償であるべきものか? 主君の命に唯々諾々と従うだけが忠義なのか?」
否! 断じて違う!
ヴィレッサは大きく手を振ると、猛々しく叫び上げた。
「主君が道を誤った時は、それを正す者こそ真の騎士である! 断傲剣とは帝国の敵を屠るだけの刃に在らず! 民を守ることを忘れ、己の権力に溺れた、その皇帝の傲慢こそを断ち切るために存在するのだ!」
「っ……戯言を! この我が傲慢だと!?」
「己の玉座を守るため、皇子すら手にかけようとした! それを罪とも思っておらぬ! 貴様以上に傲慢な者などいない! 貴様こそが、帝国の歴史を潰えさせようとする逆賊である!」
アドラバルドは苦々しげに表情を歪める。
指揮官として優秀だからこそ、戦場に走った動揺を感じ取れたのだ。兵士たちの心がヴィレッサの言葉に傾きかけている、と。
この場を覆すには、皇帝である自分の行動を正しいと認めさせる必要がある。
だが、アドラバルドはそのための言葉を持たない。
占いに従った? 予言で告げられたから?
そのために孫娘を、息子すら刃にかけようとした―――。
そんな言葉で納得する者など、もはや一人もいなかった。
「重ねて問おう! 貴公らは、何に対して忠誠を誓ったのか!」
言葉による追撃を掛けながら、ヴィレッサは床に立てた近接形態を握った。
その切っ先を高々と掲げてから、強く正面へと振り下ろす。
「あくまで皇帝に従うというなら、我の前に立ちはだかるがいい。その剣を振るい我が首を跳ねよ! だが、真に帝国の未来を憂う者ならば―――」
すでに決着はついていた。
ヴィレッサとアドラバルド、これまでの互いの行動が明暗を分けたのだ。
「―――道を開けよ!」
謁見の間が静寂に包まれる。しかし、そう長い時間ではない。
やがて一人の影騎士が剣を収めた。それに習った訳ではないだろうが、ばらばらと影たちは剣を引き、ヴィレッサの前に道を作るように退いていく。
もはや影騎士たちの戦意は完全に消えていた。
そうしてヴィレッサを迎え入れるように、影騎士たちは一斉に頭を垂れる。
作られた道は、アドラバルドまで真っ直ぐに伸びていた。
「……これが、答えだというのか……」
「そうだ。しっかりと見ろよ、自分の目でな」
アドラバルトは呻くように呟く。
その眼前に、ヴィレッサは剣先を突きつけた。
次回、決着!(予定)
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