第6話 魔弾vs断傲剣②
魔法おじいちゃん、マジカル☆アドラバルド、始まります!
断傲剣ルギフェルド―――それは、国家を主とする魔導遺物である。
アドラバルドの手に握られた黒剣は、起動のための鍵に過ぎない。城を見下ろす形で立つ、帝都すべてを薙ぎ払えそうな巨大な剣こそが本体となっている。
完全な力を発揮するには膨大な魔力を必要とする。そのため、帝都住民には一定期間ごとの魔力提供が義務付けられている。また危急の際には百万を越える住民がありったけの魔力を注ぎ込んで、それでようやく起動が叶う。
個人では扱えない、極めて使い勝手の悪い魔導遺物だと言える。
しかし国を守る武力としてなら、これほど頼れるものはない。
『敵勢力増大。状況的に不利と判断します』
「分かってる。だけどな……ここは、退けねえだろ」
武力ですべてを解決する、なんて考えに賛同するつもりはない。
むしろ嫌いだ。自分は平穏を愛する村娘なのだ。
だから―――そんな考えは、木っ端微塵に撃ち砕いてやる。暴力で!
「目を覚ましてやるぜ。その白髪頭を、ぶん殴ってなあ!」
謁見の間の端まで下がりつつも、ヴィレッサはそこで踏み止まった。
正面に広がる縦長の空間を見据える。
そこにはすでに、兵士の隊列が組み上げられていた。
数百名はいるだろう。全員が影で作られたように黒々と染まっていて、似通った帝国式の鎧を装備しているが、顔や体格の違いは見て取れる。
中には、バルツァール城砦で見た覚えのある顔もあった。
「貴様も聞き及んではいるであろう。これぞ断傲剣ルギフェルドの力……ここに呼び出されたのは、帝国に永遠の忠誠を誓った兵どもだ。長い時を掛けて積み重ねられてきた、帝国の歴史そのものでもある」
そう、説明されるまでもない。
ヴィレッサの前に迫るその力は、恐らくは大陸の隅々まで知れ渡っている。
過去に帝国に仕えた騎士や兵士を、謂わば分身体として召喚できるのだ。一般には魂を剣に奉げ、永遠の戦士となって帝国を支えるのだと言われている。
しかし魔導銃の分析によれば、魂の保管ではなく、情報の保存であるらしい。
いずれにせよ、脅威には違いない。
断傲剣に刻まれた戦士の数は、およそ十万を越える。全員が歴代の皇帝に認められて、喜んで召喚の契約を結んだ忠義の士だ。中には永く語り継がれるような武勲を遺した強者もいる。
アドラバルドが望めば、それら全員を一度に召喚することも可能なのだ。
「積み重ねられた歴史の前には、何者であろうと無力。ましてや個人では何も変えられぬ。牙を剥いた己の傲慢を噛み締め、屈服するがいい!」
「はっ! 確かに人として、先達には敬意を払わねえといけねえよなあ!」
だがな、と。
戦意を瞳から溢れさせて、ヴィレッサは魔導銃を構える。
「そいつは、歴史を変えねえのと同義じゃねえぞ!」
掃射形態の銃口を、影騎士たちの戦列へと向けた。
アドラバルトも黒剣を高々と掲げると、戦士として立つ幼い少女を真っ直ぐに見据えた。
一拍の静寂を置いて―――、
其々に、引き金を弾き、剣を振り下ろした。
「吹゛っ飛べやオラァァァァアアアア―――!!」
「前進せよ! 蹂躙し、帝国の武威を示せ!」
無数の魔弾が撃ち放たれる轟音に、一斉に踏み出される軍靴の音が重なる。
戦端が開かれた直後、まず先手を取ったのはヴィレッサだった。
当然だ。いくら歴戦の勇士が相手でも、掃射形態であれば一呼吸の間に百名以上は撃ち砕ける。真っ直ぐに突っ込んでくる限り、容易には接近させない。
謁見の間という閉ざされた空間も、ひとまずはヴィレッサに味方した。
かなり広々とした造りの部屋とはいえ、横に戦列を組めるのは三十名ほどが限界だ。掃射形態で薙ぎ払えば、正しく一掃できる。縦には厚い陣容だったが、それでもさして時間を掛けずに削り取れただろう。
ただし、相手が人間の軍であれば、だ。
「くそっ、次から次へと! ゾンビアタックかよ!?」
『敵、生体反応は確認できません。その身体組成は流体魔鋼です』
「あん? つまり、どういうことだよ?」
『私と同様、ということです。形成こそ魔力に頼っていますが―――』
魔弾の掃射に晒されている隊列の隙間から、数本の矢が放たれた。
途中で撃ち落とされた矢もあったが、数本がヴィレッサの体に命中した。咄嗟にヴィレッサも避けようとしたのだが、狙いが正確で、速度も卓越したものだった。
『赤狼之加護』のおかげで、痒い程度の被害で済んだが―――。
『物質化しています。無効化魔素でも打ち消せるものではありません』
「はっ、そう簡単に叩きのめせるとは思っちゃいねえよ!」
床に落ちた矢を踏みつけ、魔力を流してみるがやはり消えない。ルギフェルドによる召喚自体は魔術効果でも、兵士や武具は物質として固定化されているのだ。
それを確認しつつ、ヴィレッサは押し迫ってくる影兵士の列へ目を向け直す。
僅かだが、互いの距離が縮まっていた。
すでにヴィレッサは、数百体の影兵士を撃ち倒している。生気すら感じられない兵士達だが、頭や体の中心を吹き飛ばされると、人間のように倒れ、微かな魔力光を散らしながら消えていった。
一体一体を相手取るなら、魔導銃の性能で押し切れる。
しかし、集団となるとまるで違ってくる。
影兵士が倒れるたびに、その穴を埋めるように新たな影が現われるのだ。
最後列にいるアドラバルドの元では、足下から水が湧き出るように影兵士が続々と召喚されている。
さらに、影兵士たちは恐れを知らない。手足を撃ち抜かれても平然として向かってくる。中には、仲間を盾として利用する者もいた。
掃射形態の魔弾は、生身の人間相手なら数名を貫通できるほどの威力がある。
しかし完全な集団と化した兵士の分厚い隊列は、容易には突き崩せなかった。
「なるほど。ゼグードからの報告通り、戦略級と呼べる魔導遺物であるな」
「誉めるより、降伏する言葉を考えた方が身の為だぜ?」
「本人の教育は足りておらぬか。まずは、引き際を心得るがいい」
アドラバルドが守る玉座は、幾分か高い位置に作られている。ヴィレッサが直接に狙えない位置ではないが、その前にも重装備の騎士達が盾を構えて立ちはだかっていた。
さらにアドラバルドが軽く手を振ると、一人の騎士が玉座の横に現われる。
槍を持った若い騎士は、膝をつき、アドラバルドへ対して頭を垂れた。
「ナイルポルトよ、其方の武勇をあらためて示すがよい」
「……? ナイルポルト?」
『該当一件。バルツァール城砦で戦死したとされる、魔導士です』
魔導銃からの報告に、ヴィレッサはぴくりと眉を揺らす。
もしや、と頭の中で警鐘が鳴った。
その直後に、ナイルポルトと呼ばれた影騎士が跳ぶ。
玉座の横から天井へと。そして天井から、ヴィレッサを目掛けて一直線に。
「んなっ……!」
『マスター、回避を』
影騎士の動きは、強化術を使ったにしても尋常な速度ではなかった。
迎撃しようと銃口を上げたヴィレッサだが、魔導銃の言葉に従って床を蹴る。
一瞬だけ遅れて、爆ぜるように石畳が砕けた。振り下ろされた槍がどれだけ重かったのか、飛び散る破片の勢いからも察せられる。
しかし驚いている暇はなく、ヴィレッサは今度こそ迎撃に移ろうとした。
掃射形態の銃口を向け直す。引き金を弾いた直後、またも影騎士が跳ねた。
今度はヴィレッサの頭上を跳び越えて、背後へと降りる。もはや墜落とも言えるほどの速度で着地すると、意思を持った跳弾のように突撃してきた。
「ノミみてえな動きしやがって―――!」
ここで、室内戦という状況の不利が出てしまった。
充分な距離が取れていれば、例えば砲撃形態で軍団ごとまとめて吹き飛ばすことも可能だった。けれど砲撃形態は充填に時間が掛かる。室内戦では撃ち放つよりも斬りつけられる方が早い。
加えて、ヴィレッサは”なるべく巻き込まないよう”周囲にも気を配っていた。まだ部屋の端では、護衛騎士や文官たちが息を呑んで事態を見守っているのだ。
投擲形態も使い難い。天井に邪魔されるのもあるが、派手に炎を広げたりすれば、無関係な人間も大勢巻き込んでしまう。
殺傷力こそ高い『万魔流転』だが、誰かを守るには不向きとしか言えない。
それでも勝算はあると思っていた。
まさか、ここまで早く追い込まれるとは―――。
「がっ……―――!?」
振り払われた槍を、ヴィレッサは咄嗟に銃身で受け止めた。
だがあまりにも重い一撃に、小さな体は豆粒のように弾き飛ばされる。背中から壁に激突して、ヴィレッサは朱色混じりの息を吐いた。
『データ照合。敵が持つ槍は、魔導遺物『重剛槍』です』
「ちくしょうが……魔導遺物まで、再現できるってのかよ?」
『どうやら、そのようです。『重剛槍』は自在に重力を操る槍で、接近戦では極めて高い戦闘力を発揮します』
魔導銃は淡々と解説をしてくれる。
けれどその声に混じった、戸惑いに似た微かな揺らぎを聞き取って、ヴィレッサは自嘲めいた笑みを零した。
それだけ危機的な状況なのだな、と。
「はっ、いいじゃねえか。老人虐待にならなくて済みそうだぜ」
割れた壁から瓦礫が落ちるのを背中で感じながら、ヴィレッサは凶暴な笑みを浮かべた。
そうして正面を睨む。
『重剛槍』を構えた影騎士が、今度は正面から真っ直ぐに迫っていた。
「三次元戦闘ができるのは、テメエだけじゃねえぞ!」
張り上げた声とともに、ヴィレッサは空中へと跳び上がった。影騎士の頭上で、くるりと身を翻しつつ、掃射形態の銃口を眼下へと向ける。
同時に引き金も弾いている。
掃射形態の良いところは、狙いが曖昧でもけっこう当たる、という点だ。
事実、咄嗟に避ける動きを見せた影騎士の、片足と脇腹を穿ち抜いた。戦闘不能には至らない傷だが、僅かでも動きを鈍らせられれば充分だ。
「ディード、遠隔形態!」
了解、の声と同時に、まず二機が変形を完了する。即座に魔弾が撃ち放たれ、影騎士の片腕と胴を抉った。
さらに数機が影騎士を囲み、多方向からトドメを刺す。
「ほう。随分と奇抜な攻撃もできるのだな」
「っ、偉そうに見物気分になってんじゃねえぞ!」
ヴィレッサは舌打ちし、振り返る。
空中に魔力板を浮かべたまま、その上からアドラバルドを睨み下ろした。
「本陣を狙うのは戦の常道だからな。卑怯だとか喚くなよ!」
「無論だ。試してみるがいい」
遠隔形態の十機が、影兵士の隊列を一気に飛び越える。頭上からアドラバルドを囲むと、一斉に魔弾を放った。
アドラバルドの周囲には守護役の騎士もいたが、数名程度ならば一息に打ち倒せる。なにより、頭上からの攻撃を守る者はいない。
これで、決める―――、
そう頬を吊り上げたヴィレッサだったが、直後に目を見開いた。
「な、に……っ!?」
『敵、健在。障壁によって防がれました』
ヴィレッサが放つ魔弾は、あらゆる魔術障壁を撃ち抜ける。
それは間違いなく事実だ。
しかし対象が多重障壁となると、少々事情が異なってくる。
「『不滅骸鎧ゼル・ガラフ』。この力は、貴様も目にしていたはずだな?」
静かに述べたアドラバルドの横には、いつの間にか新たな騎士が現われていた。
中年の影騎士の顔には、ヴィレッサも見覚えがある。顎鬚は生やしておらず、本物よりも幾分か若いが、どうやらゼグードで間違いないらしい。
すでに謁見の間に現われた影兵士たちは隊列を組み上げている。
『ゼル・ガラフ』による強固な障壁は、謁見の間のほぼ全体に効果を及ぼしていた。
『マスター、遠隔形態では撃ち抜けません。狙撃形態が最適と判断』
「ああ。まさか、こんな形で爺さんと対決するとはな!」
苦々しく歯噛みしつつ、ヴィレッサは遠隔形態を手元へと戻す。
狙撃形態への変形もすぐに完了したが―――、
そこで、アドラバルドが動いた。
守護に当たっていた騎士を下がらせると、斜め上方に浮かぶヴィレッサを睨む。
「貴様の力は大よそ見せてもらった。次は、余自身の力を見せてやろう」
黒剣を体の正面に掲げると、アドラバルドはそこに魔力を流した。
青白い光とともに、十数個の小さな魔法陣が浮かぶ。黒剣を囲むように現われた魔法陣は、アドラバルド自身が扱う魔術によるものらしい。
「かつて、エルフィン族と講和した際に受け取った術式だ。我らの技術では扱えぬと思ったのであろうが……なかなかどうして、これが面白い効果を持っておる」
低く咽喉を鳴らして、アドラバルドは術式を完成させた。
魔法陣が弾けて、黒剣が白い光に包まれる。
「さあ、撃ってくるがいい。貴様の魔弾、我が力によって斬り伏せてやろう」
「……後悔すんじゃねえぞ」
空中に立ったまま、ヴィレッサは狙撃形態の狙いを定める。
アドラバルドも油断なく、白光が立ち昇る黒剣を構えた。
互いにまるで呼吸を合わせたように―――引き金が弾かれ、剣が振り払われた。
「っ―――!?」
豪速の魔弾が、一直線に空間を貫く。
多重障壁も難なく貫いた魔弾は、アドラバルドの体も抉り取る、はずだった。
しかし振り払われた剣は、魔弾を真っ二つに叩き斬ったのだ。
両断された魔弾は、そのまま背後の壁に当たり、あっけなく消滅した。
「んなっ……!」
弾丸の速度を、見切って、正面から斬り落とした!?
ふざけてる! なんて人間離れした真似しやがるんだ、このジジイ!?
思わず口から零れそうになった罵倒を、ヴィレッサは辛うじて呑み込む。
なんだか言ったら負けを認めたようで嫌だったのだ。
しかし同時に、大きな疑問も沸いていた。
「狙撃形態の魔弾まで、どうしてだ……!?」
『戦術データベースへアクセス、分析……完了。推測になりますが、あの剣は施された術式により、”世界を”纏っています』
「はぁ? 世界だぁ!?」
『はい。極小ですが、別世界を創り出し、この世界と完全に隔絶したものとなっているようです。故に、魔弾も切断されたのかと』
滅茶苦茶しやがる! 対策は―――。
そう思案する暇は無く、アドラバルドが新たな命令を影兵士へと下していた。
「見よ、敵は怯んでいるぞ! 今こそ攻め立てよ!」
「っ、怯んでねえ! 勝手なこと言ってんじゃ―――」
反論を断ち切るように、無数の矢が迫る。一拍遅れて、槍や剣なども、空中にある小さな体を狙って投げ放たれた。
ヴィレッサは咄嗟に飛び退きつつ、また引き金を弾いていた。
しかし動きながらでは満足に狙いを定められず、狙撃弾はアドラバルドを掠めもせずに床を削っただけだった。
そして、その間にも飛来する影は増えていた。
「っ……!」
『マスター!』
野太い槍が脇腹に突き当たる。鈍い音とともに、骨が折れた感触があった。
激痛に顔を歪めながら、ヴィレッサは硬い床へと落下する。
落ちた先は、すでに敵陣。大勢の兵士によって四方を囲まれていた。
「勝負あったな。其方は充分に戦った。素直に膝を屈するがいい」
「はんっ……」
狙撃形態を杖代わりにして立ちながら、ヴィレッサは周囲を見回す。
無数の剣が突きつけられている。正に、蟻が這い出る隙間も無さそうだ。
四面楚歌、絶体絶命―――、
状況を充分に理解しても尚、ヴィレッサは三日月型の笑みを崩さなかった。
「そういや、こういう時に言ってみたい台詞があったぜ」
『マスター、この戦況では……』
「うっせえ! もうちっとだけ付き合え!」
一度足場を踏み鳴らしてから、魔導銃を変形させる。
狙撃形態から、近接形態へと。
そして―――眼前の剣を払い除け、敵陣へと突撃した。
「意地があるんだよ! 女の子にもなあ!」
叫び上げ、剣と化した魔導銃を振るい、一息に数名の兵士を斬り伏せる。
近接形態の刃は、多重障壁があろうと防げはしない。無論、盾や鎧、剣や槍でも紙よりも容易く切り裂ける。
剣術もなにもなく、ただ振り払うだけで敵を薙ぎ倒せるのだ。
「皇帝だろうが神様だろうが、テメエの我が侭に振り回されてなんざやらねえ! あたしの家族はなあ、とっくの昔に枠が埋まってんだよ!」
「……止むを得ぬか」
アドラバルドが手を振る。
同時に、影兵士たちが圧力を強めてくる。
突き進もうとするヴィレッサの進路を、槍の壁が塞ぐ。横合いから剣も突き出される。叩き落し、身をかわしても、数え切れないほどの影が迫り―――、
「っ……―――!」
小さな体ごと叩き潰すように、背後からの一撃が振り下ろされた。




