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ロリータ・ガンバレット ~魔弾幼女の異世界戦記~  作者: すてるすねこ
第3章 幼女、知らないおじさんに誘われる編
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第4話 鬼ごっこ 鬼が追うとは 限らない


 さすがに帝都の衛兵はよく訓練されている。不審者を発見すると同時に声を上げるのは当然、対処としての攻撃も、実に容赦なく統制されていた。


 まず効果範囲の広い炎弾を飛ばし、直後に殺傷力の高い光槍も放ってくる。

 無論、単発ではなく数名がまとまって。

 ヴィレッサでなければ、けっして無傷では済まなかっただろう。

 おまけに―――、


「ぬう。魔術を無効化できるのか? 弓矢を使え! 剣でも槍でも構わん、渾身の力を込めて投げつけてやれ!」

「な、ちょっ、対応早すぎだろ!」


 隊長らしき騎士の言葉に、ヴィレッサは思わず頬を引き攣らせてしまう。

 弓矢程度ならば、『赤狼之加護』によって完璧に防げる。高い防刃性能を備えているし、この世界は魔術を扱える者が多い分、弓矢の発達は遅れているのだ。

 弩弓ですら数が少ない。たとえ直撃を受けても痒い程度で済む。


 だが、投槍はマズイ。

 強化された腕力によって放たれる野太い衝撃は、幼い体にはかなり堪える。下手をすれば痛いでは済まされない。


『撤退を進言します』

「そうだな、戦術的撤退―――」


 まだ空中に立ったままだったヴィレッサは、踵を返して城から離れようとした。

 しかし直後、四方八方から矢が放たれる。

 さすがに戦場ほど矢の密度は高くない。すでに心構えをしていたおかげで、ヴィレッサも即座に回避行動へと移れた。


 小回りの利かない空中でも充分―――、

 そう思った直後、体が引っ張られた。


「え……っ!?」


 唖然とした声を漏らし、魔力板を踏み外してしまう。

 死角から放たれた弩弓の矢が、外套の端に引っ掛かって体をずらしたのだ。


 そのまま地上に落下、とはならなかった。

 ヴィレッサは新たな魔力板を浮かべて、体勢を整えようとした。しかし続け様に弓矢や投槍が放たれ、地上へと追いたてられる。

 城壁を越えられず、広い庭の中央に降り立ってしまった。

 舌打ちするヴィレッサとは対照的に、隊長の嬉しそうな声が響く。


「よし、追い詰めたぞ! 囲め! 絶対に逃がすな!」


 ふははははははっ、とか笑い声も響いてくる。

 目を向けると、偉そうに腕組みをして勝ち誇っている隊長がいた。


『敵、士気旺盛。脅威になると判断します』

「分かってる。どうにかして逃げるぞ!」

『反撃を行えば、事態打破の可能性は高いと思われますが?』

「ああ、打破できるだろうな。もっと悪い方向にな!」


 ヴィレッサとて、不法侵入した自覚はある。ちょっと気づくのが遅れてしまったが、反省だってしているのだ。

 帝国兵と事を構えるつもりもない。少なくとも、現状では、まだ。

 だから反撃をして被害を出すのはマズイのだ。


 加えて、変形する魔導銃なんて使ったら、一発で誰だかバレてしまう。名乗りを上げて投降するという選択肢も頭に浮かんだが、結局は処刑という破目になっても困る。

 というか、あの隊長のノリだと投降なんて認めてもらえそうにない。

 相手の紳士度に期待するには、状況が危機的過ぎる。


「みんなにも迷惑が掛かるだろうし、な!」


 言いながら、ヴィレッサは握った拳の中に魔力を集中させた。

 なにも殺傷能力の高い魔導銃に頼らなくても戦う手段はある。旅の途中、ルヴィスが魔術の訓練をしていたように、ヴィレッサも新たな技を磨いていたのだ。


 凝縮するように一点に魔力を集め、解放する。

 そして、閃光と化す。


「なにぃ―――っ!?」


 小さな掌から、目を眩ませるほどの光が撒き散らされた。

 隊長だけでなく、周囲の兵士すべてが視界を塞がれ、動揺の声を漏らす。


 その隙に、ヴィレッサは駆け出していた。

 しかしさすがに城壁側は包囲網が厚い。仕方なく、とにかく身を隠せそうな物影へと走り込む。


「ええい、小細工を! しかしまだ遠くには行っていないはずだ! 草の根分けても探し出せ! 休暇中の者も呼んでくるのだ!」


 よく響く隊長の声を耳にしながら、ヴィレッサは困惑に顔を歪めていた。

 衛兵部隊の対応が本当に素早い。なにより、こちらを躊躇なく殺しにきているのが厄介だ。捕らえて情報を得ようとか、そういった欲をかく、ある意味では油断となる部分も一切無いのだ。


 皇帝をはじめとして守るべき人物が近くにいる以上、安全第一なのだろう。

 実に勤勉で、実直で、敵に回したくない相手だ。


「久々の獲物だぞ! どうだ、貴様らも楽しいだろう?」

「無論です。我らの庭に踏み入ってきたこと、必ずや後悔させてやります!」

「口先だけの者はいらんぞ。だが一番槍の者には、私からも報償を出そう」


 また笑い声と、無数の足音が響いてくる。

 どんどん城内奥へと追い込まれながらも、ヴィレッサは懸命に足を動かした。


「ああくそっ! なんでこんなにテンション高いんだ!? こいつら絶対、訓練教官にハートマン軍曹とかいるだろ!」

『我々は、アカの手先と勘違いされましたか』

「ああ、そうかもな! 真っ赤だからな!」


 自虐気味の軽口を叩きながら、ヴィレッサは逃走路を探して走り続ける。

 その背後から、大勢の声と矢の雨が降り注いだ。






 衛兵に追い立てられながら、物影に身を隠しながら、ヴィレッサは走り続けた。

 何処をどう走ったのか覚えていない。一度、隙を突いて城壁を乗り越えようともしたが、隠れていた部隊に矢の雨を浴びせられた。


 気づくのが一瞬遅れていたら、命を落とすところだった。

 そうしてまた逃げて、あちこちの壁や扉を壊し、時には隠し通路みたいなものも見つけて、かなり城の奥まで来てしまった。


「集団戦になると、帝国の兵士はやっぱり手強いぜ」

『そう仰られる割には、嬉しそうですが?』

「そりゃまあ、あたしだって帝国の一員だからな」


 味方が頼もしいのは悪くない。もっとも、いまは敵視されているけれど。

 苦笑いを零しつつ、ヴィレッサは壁に背を当てて進む。


 通路と言うよりも、隙間と言った方が正しい。どうにか隠れ潜んだこの場所は、幼い体でなければ入れなかっただろう。背中を当てているどころか、ほとんど体が壁と壁に挟まれている。


「防御を考えた、二重壁ってやつか?」

『そうであれば、意外と重要な所まで入り込んでしまった可能性があります』

「なんか、どんどんドツボに嵌ってく気がするなあ」


 溜め息を落としたい気持ちを苦笑いで誤魔化して、ヴィレッサは進んでいく。

 その途中で、いきなり野太い声が響いてきた。


「ディアムント―――」


 見つかったのかと、ヴィレッサは肩を縮める。けれど違った。

 明かり取りのためか、斜め上方に小さな窓があって、声はそこから流れてきていた。


「―――貴様の皇位継承権を白紙に戻す」


 ヴィレッサは眉を顰める。

 その台詞に出てきた単語だけで、只事ではない様子が伝わってきた。


「ディアムントって……たしか、第一皇子だったよな?」

『肯定。継承権でも第一位、正式な皇太子だと聞き及んでいます』

「なら、それを白紙に戻すってのは……」


 不穏な気配を無視できず、ヴィレッサは小窓へと近づいた。

 かなり高い位置にある小窓は、背伸びをしても指先すら届かない。けれど空中に足場を作れば問題なく中の様子も窺えた。


 広々として、それでいて豪奢な気配を漂わせている空間は、そこが謁見の間だとすぐに察せられた。玉座に腰掛けている皇帝からは、さすがは一国の主だと納得できるだけの威圧感が漂っている。

 けれどヴィレッサが目を引かれたのは、玉座に対して跪いている男の方だ。


「あいつは、ディフリート……?」


 つい先程まで顔を合わせていた相手だ。見間違うはずもない。

 自分の父親であるのはもう確実だし、なにより―――。


「こんな目に遭ってるのも、あいつの所為だ」

『それは、さすがに逆恨みでは?』

「うっせぇ、分かってるよ。言ってみただけだ」


 それよりも、とヴィレッサは謁見の間の会話に耳を傾ける。

 途中から聞いただけでも、大方の事情は推し量れた。


「なあ、これって……ディフリートってのは偽名だったってことだよな? つまり皇位を継がせる二人ってのは……」

『恐らくは、マスターとルヴィス様のことを意味しているのでしょう』


 まさか、という気分だった。

 自分が貴族の生まれだというのは、赤ん坊だった当時の記憶から推測できていた。けれど親との再会すら可能性は低いと思っていたし、ましてや皇族の血筋だったなんて想像もしていなかった。


 けれど同時に、それがどうした、とも思える。

 貴族だの、至尊の血筋だのと言われても、あまり有難いとは感じられない。これは異世界の知識と、薄ぼんやりでも記憶として、血統に縛られない社会を覚えているからだろう。


 むしろ、平民でいて自由を謳歌したい。

 田舎村でのんびりとした日々を過ごして、親しい人たちと笑い合って、偶に都会から訪れた商人から珍しい物を見せてもらって、日向ぽっこをして―――、

 そんな暮らしができれば充分だ。

 睨み合い、剣を向け合う家族なんて、きっとルヴィスだって喜ばない。


「なにより……勝手に決めようとしてるのが気に喰わねえ」


 だからこそ、ヴィレッサはわざわざ帝都まで旅をしてきたのだ。

 周りが勝手に喧嘩を始めて、自分たちも巻き込まれる。そんな事態はもう二度と経験したくない。


 ましてや、運命だの凶兆だの、皇帝の権威だの―――、

 存在すら疑わしいものに左右されて黙っていられるものか。


「それに、まあ……」

『? どうかしましたか?』

「いや……知らない爺さんより、ちょっとでも親切にしてくれたオッサンに味方してやろうかな、なんてな」


 言葉は尻すぼみになり、ヴィレッサは頭を振って思考を切り替えた。

 あまりのんびりとはしていられない。

 小窓の向こうでは、正に一触即発の空気が場を支配していた。


「とにかく行くぞ、砲撃形態」

『了解。派手な乱入を演出します』


 やり過ぎないよう注意しつつも、ヴィレッサは口元を吊り上げ、頷く。

 そして引き金を弾いた。一切合切を吹き飛ばすために。




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