第4話 その言葉を、心に刻んで
目が覚めると、いきなり抱き締められた。
「お姉ちゃん! よかった! 本当に無事でよかっだ゛よ゛ぉ゛ぉ~」
どうやら自室に寝かされて、ルヴィスがずっと付き添っていてくれたらしい。
ヴィレッサの身体はそこかしこに包帯が巻かれて、片腕と片足には添え木もされていた。
たとえ骨折していてもシャロンなら治癒魔術で簡単に治してくれる。しかし妙な魔力が溢れる体質なので、術を掛けても効果が現われなかったのだろう。
ヴィレッサは大方の状況を理解した。痛みとともに。
「い、たっ! ルヴィス、痛い痛い! これたぶん、腕とか足とか折れてる」
「あ、ご、ごめん。でも目を覚ましてくれて、本当によかったぁ」
瞳に涙を浮かべたまま、ルヴィスは慌てて身を引いた。けれどまたベッドに手をつくと、頬を膨らませて詰め寄ってくる。
「すっごく心配したんだからね! もう! 二度とあんな無茶しないでよ!」
「あんな魔物と何度も戦いたくないなぁ」
「そういう問題じゃないの! 死んじゃってたかも知れないんだよ!」
「いや、だから、好きであんなことした訳じゃ……」
ぎゃあぎゃあと怒鳴り声を上げるルヴィスを、ヴィレッサが困り顔で宥めようとする。そんな声が聞こえたのか、部屋の扉が開いてシャロンが入ってきた。
「おはよう。やっぱりヴィレッサはお寝坊さんね」
「えっと……おはようございます、シャロン先生」
シャロンは優しい声を投げてくれた。けれどその顔は心なしか蒼ざめている。
心配させてしまったことを察して、ヴィレッサは歯切れ悪く答えた。
「三日も目を覚まさなかったのよ。その間、ルヴィスはずっと付き添ってくれてたんだから。ちゃんとお礼を言いなさいね」
「そんなに……ルヴィス、ありがとう」
「ううん、私は何にもしてないよ。シャロン先生こそ、ずっと治療してくれてたんだよ」
ヴィレッサはベッドの上で身体を起こすと、重ねて感謝を述べた。
二人は優しい笑顔で受け止めてくれる。
「ルヴィス、村の皆にも伝えてきてちょうだい。眠り姫が目を覚ましたって」
「あ、そうですね。すぐに行ってきます」
ルヴィスが席を立って、入れ替わりにシャロンがベッド脇に腰を下ろす。そうして部屋の扉が閉じられると、一呼吸を置いて、シャロンは険しい表情を見せた。
「皆も心配してたわよ。とりわけガステンなんて、地面に頭を擦りつけて謝ってきたの。もしものことがあったら、命でも償えないって」
「棟梁のおじさんが、そんなことを……」
「……何故、あんな危険な真似をしたの?」
シャロンは真っ直ぐに見つめてくる。眼差しに非難の色はなく、物分りの悪い子供を諭す教師のそれだった。
ヴィレッサは項垂れたが、さして考える必要はなかった。正直な言葉を返す。
「あの時は、ああするのが一番だと思った。
私が戦わないと、みんなが危ない目に遭って……死んでたかも知れない。そんなのは嫌だったから」
「そうね。貴方は頭のいい子だもの。理屈に合わないことはしないわよね」
だけど、と。
シャロンはヴィレッサの頭に優しく手を乗せた。
「貴方はまだ子供なのよ。もっと甘えてもいいの」
「でも……私には力があった。怯えて逃げてたら、きっと後悔したよ?」
「それでも許される後悔よ。繰り返して言うけど、貴方はまだ子供なの。確かにその魔力は大きな力になるけど、まだ持て余しているでしょう?
もっとたくさんのことを知って、たくさんの経験をして、重荷を背負うのはそれからで構わないのよ」
ふわふわの金髪を撫でながら、シャロンは小さな頭を胸に抱き寄せた。
「貴方が優しいのも分かってる。だから、もっと自分を大切にしなさい」
親が子供を愛するように。何処にでもありふれた、当たり前の行為だったろう。
けれど―――その言葉は、ヴィレッサの胸に深く刻まれた。
「貴方が何をしても、私が許すわ」
「……うん」
「それと……よく頑張ったわね」
くしゃくしゃと頭を撫でられて、ヴィレッサは微かに頬を染める。子供扱いされるのには慣れたつもりだったが、やはり気恥ずかしかった。
「それじゃ、横になって。治療術を掛けるから」
「うん……えっと、やっぱり寝てる間は無効化されちゃってたのかな?」
「そうね。頑張ってみたけど、貴方の魔力に消されちゃうのよね。だけど意識すれば抑えられるんでしょう?」
「ほんの少しくらいなら。いっそ、自分で治療術を練習した方がいいかも」
「ほら、またそうやって無理しようとする。いいから任せなさい」
軽く額を突つかれて、ヴィレッサは渋い顔をしながら横になった。
意識を集中して魔力を抑え、治療を受け入れる。それでもかなりの魔法効果を打ち消してしまうので、完治するには時間が掛かりそうだった。
「そうだ。あの魔物はどうなったの?」
「大丈夫よ。私がちゃんとトドメを刺して……まあ、その必要もなかったけどね」
報せを受けたシャロンと村の男達が見に行った時には、ブルド・ボアは痙攣して倒れたままだったという。どうやらヴィレッサの一撃で首の骨が折れたらしい。
「あんな真似、本職の魔物狩りでもなかなかできないわよ。自滅するのも、ね」
「今度は自滅しないように上手くやる」
「だから、そういう無茶はしないの。少なくとも一週間は魔法禁止ね。治療にも時間が掛かりそうだから……と」
治療術を一旦止めて、シャロンはベッド脇に手を伸ばした。そこに置いてあった一本の杖を取ってみせる。
松葉杖、とは少し形が違っていた。でも脇に挟んで使えるようになっている。
「棟梁が作ってくれたわ。それと、カミルくんも。使い難かったらすぐに手直ししてくれるって」
「なんだか重傷患者みたい」
「みたい、じゃないて本当に重傷なのよ。大人しくしてないと怒るからね?」
「何をしても許してくれるんじゃ……」
シャロンは優しく微笑みながら、頬っぺたを摘み上げる。
ヴィレッサは涙目になってごめんなさいしようとしたが、ちょうどそこで、
ぐぅ~と、お腹が鳴った。
二人ともぱちくりと瞬きをして見つめ合う。
「そういえば何も食べてなかったわね。待ってなさい、スープ作ってくるから」
「……うん」
ヴィレッサは微かに頬を染めながら、部屋を出て行くシャロンを見送った。
一人になって、ベッドで横になりながらぼんやりと天井を見上げる。
まだあちこちが痛む。でも気分は悪くない。
小さな体の内にある膨大な魔力を感じながら、ヴィレッサは口元を綻ばせた。
当作品は、幼女の安全と健康を祈りつつ、
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次回更新は、また今日の内に。