第17話 魔弾vs蛇毒石眼③
投擲形態―――単純な機能としては、文字通り、弾を投げるように放つ形態だ。
遠くにある、もしくは障害物の奥にある標的に対しても、放物線状に弾を撃ち込むことで威力を発揮する。
しかしそこに魔術的効果が加わると、距離や障害物以外のものも越えられる。
それは、時間だ。
投擲形態から放たれた魔弾は、遥か高くの上空で一旦待機する。予め設定された時間が過ぎた後、落下を始め、高速で地上への襲撃を掛けるのだ。
最初に炎の壁が作られた際、地上へと降ってきた魔弾の数は五発のみ。
しかしヴィレッサはもっと多くの魔弾を放っていた。炎の壁をくぐる前に、六連装の銃倉を数回転はさせておいたのだ。
十数ヶ所の魔弾落下点を設置して、その内のひとつにランドルを誘い出した。
そして時間差で降ってきた魔弾は、ランドルの眼前を通過し、足元から炎を吹き上げた。
「ぐっ、は、あ……っ!」
全身を炎に巻かれたランドルは、苦悶の声を漏らしてよろめく。肌を焼く炎さえ瞬く間に石化して、殻が剥けるように零れ落ちていった。
しかし醜く焼き爛れた皮膚は、激しい苦痛を物語っている。
それでもランドルの傷は、『蛇毒石眼』によって即座に癒されていく。苦痛だけは消せないが、戦いを忘れるほどではなかったらしい。
歯軋りしながらも、ランドルは大きく飛び退く。追撃を恐れたのだ。
事実、その咄嗟の動きがなければ決着はついていた。
「っ、しぶてえ変態野郎だな!」
いや、変態だからしぶといのだろうか?
どうでもいい疑問を覚えながらも、ヴィレッサは狙撃形態の引き金を立て続けに弾く。しかし、ほんの僅かの差で当たらない。
皮や肉を削がれながらも、ランドルは素早い回避を見せた。
この世界の一級の戦士というのは本当に厄介だ。引き金を弾き、魔弾が放たれる、そんなほんの一瞬の間に射線を読んで回避行動をしてみせるのだから。
所詮は直線の動き、と言い切る者が出てきてもおかしくない。
だが、それがどうしたというのか?
標的が避けるというなら、避けられないようにすればいいだけだ。
「ディード、もう一度だ。投擲形態!」
『了解。檻に捕らえてやりましょう』
変形した太い銃身を上空へと向けて、ヴィレッサは引き金を弾いた。
銃倉が小気味良く回転し、次々と放たれた魔弾が頭上高くへと飛んでいく。
数にして数十発。其々が何処に、何時、落下してくるのか、ヴィレッサの視界には表示されている。
しかし他の者には一切判別できない。
ずっと頭上を警戒していれば、落下してくる魔弾が見えるだろう。けれどそんな隙を見せれば、次の瞬間には命ごと撃ち抜かれてしまう。
投擲弾を撃ち放った後は、魔導銃は他の形態となって獲物を追い詰めるのだ。
謂わば、地雷原が作られたようなもの。
或いは、大量の罠を設置した猟場だろうか。
「檻だと? 貴様の飼い主となるはずの俺を、逆に捕らえただと……?」
どうにか体勢を立て直したランドルが、苦々しげに顔を歪める。
戦闘自体を楽しんでいる様子もあったが、自分が優位という余裕があってこそのものだろう。本質は、弱者を嬲りたいだけなのだ。
けれどヴィレッサは、そんな卑しい趣味に付き合ってやるつもりなど毛頭無い。
一撃必殺となる狙撃形態を構え、殺意を放つ。
「いい加減、テメエの妄想は聞き飽きたぜ」
『ヘッドショットが最適と判断。黙らせてやりましょう』
相棒の言葉に頷きつつ、引き金を弾く。
貫通力に長けた魔弾は、『蛇毒石眼』の石化にも押し勝てる。その点はランドルも身を以って味わわされていて、射線から逃れるしかない。
だが、一歩を踏み出した直後、ランドルの行く手を遮るように炎が吹き上がった。
「選べよ、焼き殺されるか、撃ち殺されるか!」
「ふざ、けるなぁっ、が―――!?」
辛うじてヘッドショットは避けたものの、弾道が撒き散らす衝撃に叩かれ、ランドルは地面を転がる。炎の威圧によって動きが鈍ったのだ。
射線を見て逃れるとは言っても、それは一瞬の間に行われる動作だ。
ほんの僅かな躊躇があれば、即座に死へと繋がる。
ひたすら遠くへと逃げれば、無事でいられるかも知れないが―――。
「テメエはもう、この戦場から逃がさねえぜ」
鋭利な笑みを浮かべながら、ヴィレッサは冷酷に告げた。
同時に引き金も弾いている。
地面に転がっていたランドルは、跳ね起きるようにして狙撃弾を避けようとした。けれど完全には避けられず、腕一本を穿たれる。鮮血を吹き出しながら転がったところで、また頭上からの追撃が掛かり、燃え上がる炎に包まれる。
爆炎の衝撃で飛ばされる最中にも、ランドルの肉体には治癒が掛かっていた。
しかしもはや意味を為さない。苦しみを長引かせるだけだ。
「ぐ、ぁ、がぁっ、クソがぁっ!」
怨嗟の声を上げ、満身創痍になりながらも、ランドルは抵抗を諦めない。
ヴィレッサは、はっ、と短い笑声を零して追撃を続ける。
無様に転がり逃げる標的の、足一本を穿ち、腹に風穴を開けてやる。さっさと頭を撃ち抜いて終わりにしたいのだが―――、
「っ、野郎! どこまでも往生際が悪い!」
『あちらへの逃亡は阻止するべきかと』
魔導銃の声に若干の焦りが混じる。
ヴィレッサも僅かに目元を歪めた。
懸命に逃れようとするランドルの先には、燃え盛る炎壁がある。この戦場で最初に作られた炎壁で、その先にはシャロンたちもいるはずだった。
魔弾の脅威から逃れるため、人質に取る―――悪辣な意図は容易に察せられた。
「掃射形態! 弾幕を張れ!」
魔導銃を変形させながら、ヴィレッサは空中へと駆け出していた。魔力板で足場を作り、ランドルの頭上、シャロンたちを巻き込まない位置を狙う。
上空から一方的に銃撃、というほどの高さは取らない。二階建ての家屋くらいの高さに留めておく。
相手も魔術によって空戦を挑んでくる可能性がある以上、いつでも地上へ降りられる位置を取った方が良いのだ。空中を駆けられるヴィレッサだが、やはり多少は動きが鈍る。落下による負傷も無いとは言い切れない。
なにより、いまは即座に弾幕を張る必要があった。
「逃がさねえって、言っただろうが!」
炎が逆巻く戦場に轟音が響く。数え切れないほどの魔弾がばら撒かれる。
すでにランドルは腕一本を落とし、足も片方が千切れ掛けて、腹部の半分ほどが失われている。いっそ生きているのが不思議なくらいの状態だ。
そこへさらに、ヴィレッサは掃射形態で追い討ちを掛けた。
足止めよりも、むしろ、トドメのつもりだったのだ、が―――、
「このっ、俺が、敗北などぉ―――!」
まるで虫のような奇怪な動きで、ランドルは炎の壁に飛び込んだ。
無数の魔弾を受け、もはや五体で無事な部分の方が少ないというのに、異常なほどの俊敏さを見せた。
正に手負いの獣、といったところか。
ほとんど断末摩に近い叫びを上げながらも、ランドルは魔弾の雨から逃れ、炎壁を突破する。そして瞳に狂喜を滲ませる。
炎を抜けた先には、半ばまで石化して身動きが取れないシャロンたちがいた。
ランドルにとっては無力な小動物だ。
触れただけで石と化せる。命を砕くのも容易い。
人質に取れば、この追い詰められた状況も逆転―――、
そう勝ち誇った笑みを浮かべたところで凍りついた。
無力な小動物。そう思っていたのはランドルだけだった。
「―――撃ち放てぇっ!」
シャロンの号令とともに、無数の光がランドルへと飛来する。
炎壁の向こうで戦闘が行われている間に、シャロンたちは攻撃の準備を整えていたのだ。炎や氷で作られた槍、上空から落とされる雷撃、投げナイフや石礫まで、多種無数の攻撃が一斉に放たれた。
ランドルが万全の状態であれば、多少の手傷を負っても対処できただろう。
けれどもはや、万全には程遠い。小動物に噛み付かれても息絶えそうな、哀れみすら漂わせるほどに追い込まれていたのだ。
「あがっ、かぁはぁぁぁぁぁ―――っ!?」
魔術効果を石化させて止めても、その上からさらに攻撃を叩き込まれる。
全身に打撃を喰らったようなものだ。不意打ちでもあった。
ようやく抜けてきた炎壁に叩き戻されて、ランドルは再び炎に巻かれた。
そして、ついに終わりを迎える。
「遺言も、聞く必要はねえよな?」
『時間の無駄でしょう』
叩き戻された先では、ヴィレッサが待ち構えていた。転がるランドルを踏みつけて、蛙のような悲鳴を上げさせ、動きを封じる。
同時に、狙撃形態の銃口を頭へと突きつけていた。
「ま、待てっ、殺すな! 俺にはまだ―――」
命乞いも無視して、ヴィレッサは引き金を弾いた。
轟音がひとつ。顎下から頭部が吹き飛び、鈍い音を立てて地面に転がった。
『敵、完全に沈黙』
その報告を疑う訳ではなかったが、ヴィレッサはしばし魔導銃を構えたまま警戒を続けた。死体が完全に動かなくなったのを確認して、ようやく銃口を上げる。
ほっと息を吐きながらも、苦々しげに表情を歪めた。
危機を乗り切った安堵はある。けれど人殺しを楽しいとは思えない。
『魔導遺物を残したのですか?』
「ん? まあ、念の為に戦果としてな」
凄惨な姿となったランドルの頭部から、『蛇毒石眼』を抜き取る。
血に濡れた小さな手を眺めて、ヴィレッサはまた息を吐き落とした。




