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ロリータ・ガンバレット ~魔弾幼女の異世界戦記~  作者: すてるすねこ
第2章 幼女、迷子になっても歩き続ける編
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第16話 魔弾vs蛇毒石眼②


 城壁のように燃え盛る炎を睨んで、シャロンは歯噛みした。

 その炎の奥へと進んでいくヴィレッサを止められなかったのだ。今度こそ絶対に守りたいと心に刻んでいたのに、またも凄惨な戦いへと向かわせてしまった。

 かつて、置き去りにして逃げた時のように―――。


「あの時とは、違うわ。いまはまだ手が届く!」


 後悔を頭から振り捨てると、シャロンは状況の把握へと意識を傾けた。

 まず、自分達は満足に移動もできない。ヴィレッサ以外の全員が、身体の一部を斑模様のように石にされている。下手な動きをすれば、それだけで砕けて、致命傷とも成り得る。

 一歩も動かぬまま、対処法を探らなくてはいけない。


 しかし、ランドルの魔導士としての能力は大よそ理解できた。

 石化の力を操る魔導遺物。自らが触れたもの、その視界に収めたものを瞬時に石化させるほどの力を持つ。しかも対象は人や物に限らず、魔術効果や魔力そのものも含まれるらしい。

 攻撃魔術の効果も石と化すため、ほとんど意味を為さない。防護障壁も同じく、ヴィレッサのように常に無効化魔素を纏っていない限りは砕き散らされる。


 おまけに、対象を石化し終えるまで止まらないらしい。

 つまりは視界内に入った時点で、逃れるのは困難極まりない。


 一部の抗魔障壁は有効のようだが、それとて石化を完全には防げない。大地に転がるのをほんの少し遅らせるだけだ。石化侵蝕を食い止めるには、常に治療術を掛け続けて力技で対抗するしかない。

 抗魔障壁と治療術、この二つに同時に意識を傾け、魔力を注ぎ続けるのだ。


 言葉にすれば単純だが、僅かでも集中が途切れれば、石化の勢いが勝ってしまう。一瞬たりとも気が抜けない。魔力量の問題もある。

 あるいは、ヴィレッサに頼れば、石化侵蝕そのものを打ち消せたかも知れない。無効化魔素を含んだ魔力を溢れさせて、この場全体を包み込めば恐らくだが止まるだろう。

 けれど、それは賭けになってしまう。

 石化も止まるが、拮抗しているシャロンの術式も消されてしまう。まったく同時に打ち消されるならば良いが、一瞬の差で石化が押し勝てば、ヴィレッサには治療は行えない。


 石化する、という現象ならば無効化できる。だが、

 石化した、という結果になってしまえば覆せない。


 そうヴィレッサも判断したから、一人で戦うことを選んだのだろう。シャロンが堪えるのを信じて、自らは炎の中へと身を投じた。

 最低限、その信頼には応えたいとシャロンも思う。

 けれど果たして、どれだけ持ち堪えられるか―――。


「マーヤ、貴方は石化治療の術は使えないの!?」


 障壁だけに意識を注げれば、また他の魔術を発動する余裕が出てくる。状況次第ではヴィレッサを助ける一撃も放てるだろう。

 だが、そう都合よくはいきそうもなかった。


「残念ながら、単純な傷の治療くらいしか……」

「あちしも、基礎の解毒術くらいしか使えないニャァ」


 二人は申し訳なさそうに眉を寄せる。その後ろで守られているルヴィスも無言で顔を伏せて、黒馬も忌々しげに嘶いた。

 この場を支えられるのはシャロン一人ということ。

 けれど、まだ悲嘆に暮れるのは早い。


「得意な魔術なら扱えるわね?」


 否定を許さない口調で問い掛ける。

 身体の各所が石化して、魔力の流れも普段と違ってくる。追い詰められた状況で繊細な作業となるのも、シャロンは承知していた。

 けれども、やれ、と眼差しで告げた。


「機会は来るわ。あの子を援護するための機会が―――」


 シャロンの言葉を遮るように、轟音が響く。

 立て続けに何発も。大気に悲鳴を上げさせるように。

 同時に、赤々とした光が辺り一帯を照らす。

 炎の壁に遮られた奥で、さらに巨大な炎が巻き起こり、否が応にも激しい戦闘の様子を窺わせた。




 ◇ ◇ ◇




 異世界の知識を持つヴィレッサは、ふとした感想を頭に浮かべた。

 こんなホラーゲームがあったな、と。

 迫ってくるゾンビどもを、銃器で撃ち倒していくゲームだ。緩慢な動きで襲ってくるゾンビは、ハンドガン程度の威力ではなかなか倒せない。強力な銃器もあるが、弾数が限られているので、上手く使わないと追い詰められてしまう。


 まあ、いまのヴィレッサとはかなり状況が異なる。

 弾数は無限な上に、扱い易い速射形態でさえ大口径マグナム以上の威力を誇る。人体に命中すれば内部から破壊して、拳大の風穴を開けるほどだ。

 ゾンビでさえ、一発で仕留められるだろう。

 しかし目の前の男は、その魔弾を何発受けても、愉しげな笑みを浮かべ続けている。


「いいぞ、これほどの痛みは久しぶりだ! もっと俺を悦ばせろ!」


 全身から鮮血を零しながらも、ランドルは心底嬉しそうに笑声を上げる。

 明らかに異常、異質な精神の発露がそこにあった。


「余裕ぶりやがって! テメエはどっかの変態ドM吸血鬼かよ!?」

「くくっ、吸血鬼か。さすがに会ったことはないが、どちらが真に不死身か、試してみるのも面白いかも知れぬな」


 ランドルとヴィレッサの間は、まだ充分に離れている。しかし強化された肉体であれば、数秒で詰められる距離でもある。

 その短いとも言える距離を、ランドルはゆっくりと歩み寄ってきていた。


 魔弾が命中する度に、ほんの少しだけ足取りが乱れる。身体に穴が開き、血を流させてはいるのだ。けれど撃ち込まれた魔弾は瞬時に石と化して、小さな傷を刻んだだけで、ランドルの足元へと落下してしまう。

 傷痕も残らない。弾丸を押し返した体は、ほんの一呼吸の間に完治していた。


 およそ人間とは思えないほどの頑強さと回復力だ。

 しかし、そのタネはすでに明らかになっている。


『恐らく『蛇毒石眼』は、主人と一体化する魔導遺物です。肉体を強化、回復力も与え、なにより触れるものを瞬時に石化する能力を発揮できるのでしょう。魔弾が体内へ達する僅かな間に、その能力によって止められているのです』


「面倒なヤツだな。だが、おまえの魔弾はどんな障壁でも食い破れるはずだろ?」


『肯定。しかしその効果は、魔弾の外殻によるものです。対象に命中した瞬間から消え去ります。魔弾内部にある破壊効果を発揮するためには必要な手順です』


 魔弾の外殻とは、謂わば、無効化魔素の集合体だ。そのおかげであらゆる魔術障壁を突破できるが、破壊効果自体は持たない。

 内部にこそ本物の魔弾が詰められているとも言える。


『私の破壊よりも、敵の石化の方が早いのでしょう。認めざるを得ません』

「はっ、悔しがるなよ。半分以上は通用してんだ」


 それに―――と、ヴィレッサは魔導銃を変形させた。

 長大な銃身を持つ、狙撃形態へと。


「まだ殺しきれねえとは決まってねえぞ!」


 取り回しの悪い狙撃形態は、顔が判別できるほどの間合いでは使うべきではない。

 けれどいまは破壊力優先だ。触れるものすべてを石化するとはいえ、ほんの僅かな時間差もある。

 要は、石化される前に殺しきれればよいのだ。


「ぬっ……!」


 その脅威を認識したのか、ランドルも眉を揺らした。

 地面を蹴り、頭を捻り―――その顔面の真横を魔弾が掠める。

 耳たぶを裂き、頬肉を削ぎ落としていった。

 次弾は肩の肉を抉り取って貫通していく。だが、三発目は避けられた。


「どうした? 随分と余裕がない動きじゃねえか!」

「くっ……ははっ、ははは! いいぞ、やはり戦いとはこうでなくてはな!」


 鮮血を撒き散らしながら、ランドルは素早く地面を駆けた。

 強化術か、それとも『蛇毒石眼』による効果か、判別は難しい。しかしいずれにしても、射撃の瞬間を見て弾道を避けるほどの身体能力を発揮している。


「もっともっと俺を追い詰めてみせろ! その上で屈服させてやる!」

「どこまで変態なんだ、テメエは!?」


 怒号とともに、ヴィレッサは魔弾を連射する。しかし当たらない。

 やはり射線を読まれている―――、

 そう舌打ちした直後、ランドルが一気に距離を詰めてきた。


 しかし奇妙な点がある。すでに戦闘に入っているというのに、ランドルは腰に差した剣を抜いていないのだ。

 捕縛が目的らしいが、まさか素手で殴り掛かってくるつもりなのか?

 ヴィレッサの疑問は、次の瞬間には肯定される。


「はぁっ!」


 呼気とともに、ランドルが拳を振り下ろしてくる。子供の頭に教育指導的拳骨、なんて生易しいものではない。鉄の手甲に覆われた拳は頭蓋骨まで砕くだろう。

 ヴィレッサは魔導銃を掲げて、拳を受け止める。

 金属同士が打ち合わされ、甲高い音が激しく響いた。


「くははははっ! やはり通用しないか。何故、貴様は石となって転がらぬ? 

その魔導銃の力か? それとも貴様自身が特別なのか!?」

「勝手に考えろ! 地獄でな!」


 拳を逸らすと同時に、ヴィレッサは変形させた近接形態を握った。

 敵は眼前、青白く輝く刃を突き出す。

 狙うのは胸の中心、心臓だ。如何に強力な回復能力を持つランドルでも、そこを狙えば、最低でも動きが鈍ると期待できた。


 可能であれば首を斬り落とすか、眼帯の下にある『蛇毒石眼』本体を狙いたかった。さすがに頭部だけになっては絶命するであろうし、魔導遺物を壊せば不死身に近い能力も失われるだろう。

 だが残念ながら、背丈の差という問題がある。

 上半身を狙うだけでも、子供であるヴィレッサは跳び上がらなければ届かない。


 もっとも、それはそれで、避け難い一撃にもなったのだ。魔導銃が剣の形を取ったのも、ランドルの不意を突く効果があったのだろう。


「がっ……!」


 鮮血が飛び散る。

 ヴィレッサが突き出した刃は、ランドルの身体を深々と貫いた。僅かに体を捻じられたために心臓からはズレたが、尋常な人間相手ならば致命傷になる一撃だ。


 近接形態は、人体など紙よりも容易く斬り裂ける。正確には、刃の先から無数の小さな魔弾を放って穿ち裂くのだ。いずれにしても、喰い込んだ刃を振り払えば、ランドルの胴体を真っ二つにできたはずだが―――、


「かっ、は、ははは! 貫かれたのも久しぶりだぞ」

「そのまま黙って逝きやがれ!」


 力を込めたヴィレッサの手が止まる。いや、止められた。

 近接形態を握る手に、ランドルが手を重ねてきたのだ。小さな手を握り潰しそうなほど力で押し止めてくる。

 さらにもう一方の手で、ヴィレッサの細い首を掴んだ。


「っ……!」


 ヴィレッサは思わず顔を歪めてしまう。苦痛と、そして嫌悪から。

 片手で小さな体ごと吊り上げられたのだ。『赤狼之加護』に守られていなければ、首が圧し折られてもおかしくなかった。それでもギリギリと圧迫が加えられて、無骨な指の感触も伝わってくる。


 ランドルは悦びに打ち震えるように目を細めて、さらにヴィレッサへ顔を近づけてきた。

 荒い鼻息が、柔らかな頬に当たる。


「やはり俺の石化が通じぬ。いや、それにも増して……美しいな」

「っ―――ディード! 遠隔形態!」


 了解、との返答と同時に、ランドルに刺さっていた近接形態が変形する。

 刺し貫いていた剣が消えたことで、ランドルが僅かに体勢を崩した。その一瞬を見逃さず、ヴィレッサは顔面を蹴りつけ、反動を利用して飛び退く。

 ランドルは首が折れそうな勢いで仰け反り、盛大に鼻血を吹き出した。


 大きな隙を見せたランドルに対して、頭上に浮かんだ遠隔形態が狙いを定める。即座に十数発の魔弾が撃ち下ろされたが、さすがにランドルの反応は早かった。

 体勢を崩しながらも地面を蹴り、半ば転がりながら退避する。

 射線を見ての正確な回避行動ではない。その証拠に、数発の魔弾が命中して、ランドルに舌打ちと鮮血を零させた。

 だが致命傷には至らず、ランドルは再びヴィレッサへと危険な眼差しを向ける。


「貴様も、貴様の持つ魔導遺物も、まったくもって飽きさせぬものだな。その魔導銃、いったいあと幾つの形を残している?」

「教えて欲しけりゃ、まずはテメエの命を差し出しな」

「構わんぞ。貴様が地べたに這いつくばり、懇願するなら考えてやろう」


 不快な妄想を垂れ流すな―――、

 もはや言葉にするよりも嫌悪が増して、ヴィレッサはがちりと歯噛みした。


 すでに魔導銃は速射形態へと戻り、両手に収まっている。一層鋭くランドルを睨むと、ヴィレッサは引き金を弾いた。

 ランドルも低く身構え、再びヴィレッサへ迫るべく地を蹴る。


「その形はもう見たぞ。俺を殺せる力は無い―――」


 確かに、速射形態は扱い易い分、威力には欠ける。それでも並の人間相手ならば充分なのだが、ランドルを殺しきるには足りない。

 魔導銃の主人であるヴィレッサが、その点は一番よく理解している。

 事実、ランドルは魔弾を何発も喰らいながらも一直線に駆けた。『蛇毒石眼』を収めた眼帯部分だけは片手で守り、一気に距離を詰めようとする。


 しかし、ヴィレッサは口元を吊り上げた。

 瞬間、ランドルの眼前にひとつの影が現われる。

 眼前から、足元へと、小さな何かが落下していった。ほとんど目に留まらぬほどの速度だったが、強化されたランドルの目は、それを辛うじて捉えた。


 微かな光を発する、魔弾。

 何故、頭上から? いったい、いつの間に撃ち放った?

 いや、そもそも目の前にいるのにどうして―――、

 疑問が明確な形になるよりも早く、その魔弾は地面へと到達する。

 そして、閃光とともに爆炎を上げる。


「が、ぁぁっ―――!?」


 まるで、あらゆる罪を焼き尽くす地獄の業火のように。

 逆巻く炎が、ランドルの全身を包み込んだ。




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