第15話 魔弾vs蛇毒石眼①
ランドルが陣取った丘陵からは、遠くの森が焼ける光景もはっきりと見えた。
戦術級の火焔魔術による不意打ちだ。並の魔術師では防ぐのは困難。咄嗟に障壁を張っても、無傷でいられるものではない。
しかしランドルが楽しげに口元を歪めたのは、焼き爛れた相手の姿を想像したからではなかった。
「ほう……少しは歯応えがありそうではないか」
ランドルの手元にはひとつの水晶玉が置かれていた。探索鳥が見たものを、術者だけでなく他人にも見せるための魔導具だ。
そこには、周囲を炎に囲まれながらも、負傷すらしていない獲物の姿があった。
咄嗟に防護障壁を張ったのは、修道女の姿をした女魔術師だろう。その卓越した技量と、芸術品の如き美貌には目を引かれた。しかしなによりランドルの心を躍らせたのは、黒馬に跨っている双子の幼女だ。
とりわけ、真っ赤な外套に身を包んでいる方はランドルの好みだった。
「こやつが『魔弾』か」
危うく焼け死ぬ場面だったというのに、その幼女は泰然として眉一つ動かしていない。しかし遠くへ向けた、ランドルを見据えているであろう瞳には、鋭利な殺意が潜んでいる。
実に、魅力的と言えた。
「面白い。面白いぞ……殺すつもりだったが、ギルアードの言葉通りに捕らえてやろうではないか。そして毎晩のように愛でてやろう」
ランドルは目を細め、軽快に咽喉を鳴らす。
満面の笑みを浮かべて、彼の背後で困惑顔をしている兵士達へ指示を出そうとした。だが、直後―――、
「む……っ!」
頭上から強い光が差した。
雲が割れ、晴れ間が覗いた―――などという生易しいものではない。
魔術による強烈な光の奔流が、灼熱を纏い、大地を裂くほどの衝撃とともに叩きつけられた。
◇ ◇ ◇
周囲を取り囲んだ炎を魔術で消し止めると、ヴィレッサたちは街道から森の中へ馬を走らせた。生い茂る木々の合間を擦り抜け、速度を上げていく。
先制攻撃は防いだが、次はどうなるか分からない。
多数決の結果通り、敵を迂回していく方針を取った。単純に逃げるだけでは追撃されるので、シャロンが牽制の一撃を放っておく。
もっとも、牽制と言っても、シャロンの術式は尋常ではない威力で―――。
「うわっ……」
降り注ぐ光の柱を遠目に眺めて、ルヴィスが感嘆を零した。
教会兵が陣取っている丘陵までは、弓が届かないほどの距離がある。それでも太い光が落ちた直後には、大気の震えが届いてきた。
ヴィレッサは平然として光の奔流を眺めていたが、期待も抱いて首を捻った。
「もしかして、全滅したんじゃ?」
「油断は禁物よ。相手が魔導士なら、そう簡単にはいかないはずだもの」
シャロンは警戒を保ったまま、丘陵から離れるように進路を取る。
同時に探索鳥も操っていて、やがて、少しだけ馬の速度を落とした。
「本当に、全滅してる……?」
呟いたシャロンの目には、焼き尽くされた丘陵の様子が送られていた。一人として動いていない。残っているのは鎧や剣、骨になった死体の一部ばかりだ。
シャロンの表情から、ヴィレッサたちにも状況は察せられた。
「全滅したなら、街道に戻る?」
「でも近づかない方がいいよ。遠回りでも、このまま進もう」
双子の意見も割れる。
けれど凄惨な現場を見たがる趣味はないので、ヴィレッサも強くは主張しなかった。警戒を続けつつ、丘陵を迂回して進むことにする。
やがて街道に戻って、背後に丘陵を窺えるようになっても、追撃に現われる者はいなかった。
「警戒しすぎたかニャ?」
「油断して、不意を突かれるよりはマシよ」
気が緩むくらいの距離を進んだところで、遠くに小さな村が見えてきた。事前に仕入れた情報によると、二百名ほどが暮らしているらしい。
シャロンの探索鳥も、上空から村の姿を捉えていた。
「今日はあそこで休む予定だったけど、補給だけにして―――」
先に進んでおこう、と言いたかったのだろう。
けれどシャロンは急に表情を強張らせて、眉間に深い皺を寄せた。しばし虚空を睨むようにした後、ヴィレッサとルヴィス、そして後方へと視線を移す。
「……これは、さすがに見過ごせないわね」
「シャロン先生?」
「みんな、最大限に警戒して。やっぱり魔導士がいるみたいよ。あるいは、いた、だったら嬉しいのだけどね」
何を言っているのか?
疑問を表情に乗せつつも、其々が頷いて緊張感を纏う。
ロナは短剣を、マーヤは杖の握りを確かめる。ヴィレッサは魔導銃に手を伸ばすと、握っていた黒馬の手綱をルヴィスへと渡した。
「村に近づいてみれば分かるわ」
シャロンの先導に従って馬を進める。
簡素な柵に囲まれた村に近づいて―――全員が、その奇怪な光景に息を呑んだ。
やけに静か、というのは小さな村では珍しくない。住民が項垂れて農作業に従事するばかりの寂れた村も、ヴィレッサたちは幾つか目にしてきた。
息を呑んだのは、もっと分かり易い異常に対してだ。
すべてが石と化している。木造だったはずの柵も、家屋も、背の高い木や雑草、地面までも、なにもかもが暗灰色に染まっていた。
村ひとつが、丸ごと、石化させられていたのだ。
「石化の魔術はあるけど、この規模となると私でも難しいわ。そういう被害を出す魔物も稀にいるけれど……魔導士の仕業、と考えるのが妥当ね」
皆が言葉を失っている間に、シャロンは石化している地面の手前で馬を止めた。馬を降りて、地面を軽く蹴り、土粒を石化した地面に転がす。
外側から入った土粒に変化はない。どうやら領域内に入ったら石化される、という危険はないらしい。
「せ、先生、それよりも村の人は?」
我に返ったルヴィスが慌てた声を投げる。
その点は、ヴィレッサも一番気になった点だ。けれどさほど心配はしていない。シャロンが立ち寄る選択をしたのは、助ける手段に心当たりがあるからだろう。
「どうやら夜の内に襲われたみたい。ほとんどの人が家の中で寝たまま、ベッドの上で石化されてるわ」
不安を宥めるように言いながら、シャロンは手元に魔法陣を浮かべた。青白い光が弾けて、周囲へと広がっていく。
その広がる光に合わせて、石化していた草や地面に色が戻っていった。
「うん。これなら解除できそうね。さすがに村人全員だと、時間は掛かるでしょうけど……」
ルヴィスがほっと息を吐く。
ヴィレッサも頬を緩めて、目の前にある小さな頭を撫でようとした。
けれど途中で手を止めた。振り返ったシャロンが、まだ張り詰めた面持ちをしていたからだ。
「誰か、こっちに来るわ。一人……眼帯に、あの鎧……さっきの丘にいた男?」
記憶にある姿とは若干異なる。磨き抜かれた豪奢な鎧はあちこちが歪み、マントも焼け焦げてボロボロになっている。けれどそれ故に、男が光撃の魔術に晒され、かつ耐えてみせたのだと姿で語っている。
シャロンは来た道の方を見据えながら、腰の細剣に手を当てた。
その男の姿は、まだヴィレッサたちの目にはまだ見えていない。けれどシャロンの言葉を疑うはずもなく、状況もなんとなく掴めていた。
つまりは、戦いになるのだ、と。
ヴィレッサも地面に降りると、黒馬とルヴィスを後ろに下がらせた。ロナとマーヤも、ルヴィスを守る形で馬を寄せる。
「お姉ちゃん……」
「大丈夫。すぐに終わらせて、御飯にしよう」
シャロンとルヴィスがいて、魔導士と相対する―――、
一瞬だけ、ウルムス村が襲われた時の光景が脳裏をよぎった。
けれどすぐに消える。以前とは、状況がまったく異なるのだ。
「ディード!」
『はい。いつでも戦闘へと移れます』
頼もしい相棒を握り締めて、ヴィレッサは力強く頷いた。
強化術に習熟した人間は、馬と同等以上の速度で走れる。逆に言えば、走りを見れば相手の戦士としての技量がおおよそは推察できる。
この世界に於いて、強化術は戦いの基本なのだから。
その点からすれば、迫ってくる男の技量は卓越しているのだろう。
ヴィレッサたちが迎え撃つ態勢を整えた時、眼帯の男はすでにかなりの距離を詰めていた。一般的な魔法の有効射程内、速射形態でも届く、といったところだ。
「―――止まりなさい!」
警告と同時に、シャロンは雷撃の魔術を放っていた。
上空から雷光が降り注ぐ。眼帯男も駆けたまま、そちらへ顔を向けた。
この程度は防ぐだろう―――そう予測して、ヴィレッサは魔導銃を構えていた。相手が障壁を張った一瞬の隙に、速射形態で蜂の巣にしてやるつもりだった。
だが、次の瞬間に現われた光景は完全に予想外だった。
「え……?」
ヴィレッサもシャロンも唖然とした声を零してしまう。
雷撃が命中し、眼帯男が石と化して倒れた。
訳が分からない。だが、そうとしか見えなかった。
後には、雷撃によって出来た地面の僅かな焦げ跡と、人間大のゴツゴツとした石が残されている。正確には、眼帯男は石化したと言うよりも、石に包まれたようでもあった。
どちらにせよ、ヴィレッサたちには奇妙な現象としか受け取れない。
「いったい、何が起こっ―――!?」
シャロンが怪訝に呟いた直後、倒れた石が割れた。
まるで卵の殻を内側から破るように、眼帯男が立ち上がる。
驚愕すべき光景だが、ヴィレッサの反応は早かった。両手に構えた魔導銃の引き金を弾き、無数の魔弾を撃ち放つ。
男は咄嗟に身を捩った。しかし数発の魔弾が命中する。
口から血を吐き、身体にも幾つも穴を開けられながら、それでも男は立ち続けていた。
「ふん……名乗る暇も与えないとは、随分な歓迎だな」
額や咽喉、鎧に開いた穴からも血を流しながら、男は愉快そうに笑ってみせる。
普通ならば致命傷であるはずなのに、気に留めた様子もない。顔を濡らす血を軽く拭っただけだ。
そして血を拭った後は、あるはずの傷痕が消え去っていて―――、
男の足元に、小さな石礫が幾つも落ちる。まるで身体にめり込んだ魔弾が石と化し、傷口から押し出されたように。
いったい、何が起こっているのか?
疑問に囚われず、徹底して魔弾を撃ち込んでやれば良かったかも知れない。致命傷には至らなかったとはいえ、血を流させたのは確かなのだ。反撃の隙を与えずに一方的に仕留める機会ではあったのだろう。
しかしあまりにも奇妙な事態が、ヴィレッサの行動を躊躇わせた。
シャロンも眉根を寄せ、息を呑み、次の一手に迷っていた。
だから、その行動を許してしまった。
「狙われる心当たりはあるだろう? 俺はレミディア聖教国近衛十二騎士が一人、ランドル・リオーダン。『蛇毒石眼』を持つ魔導士であり……」
そして、と。
ランドルは眼帯に手を掛け、その下にある魔導遺物を晒した。
「貴様を飼ってやる主人だ」
直後、赤紫色の光が溢れ出した。
眼帯の下にあったのは、まるで己の意思を持って飛び出してきそうな、血走った眼球だった。異質ではあるが、作り物とは思えないほどの生命感を伴っている。
しかし、それこそが魔導遺物であり、恐るべき能力を秘めていた。
まるで視線に色がついたように、赤紫色の光が放たれる。直線状の太い光と、そこから溢れる粒子状の煌きが、一瞬にして周囲へと広がった。
花弁の如く、光粒が無数に舞い散る。
しかしそれは花のように可愛らしいものではない。
光粒に触れたすべてが、暗灰色の石へと変化していく。
「なっ……抗魔障壁が!?」
「っ、シャロン先生!?」
石化を操る魔導遺物。それは予測できた。
だからシャロンは事前の対策も打っていたのだ。ランドルと向き合った際には、多重の抗魔障壁を即座に展開できるようにしてあった。虚無の魔術でさえしばらくは持ち堪えられる、強力な障壁だ。
しかしその障壁も、あっさりと砕け散らされた。
ヴィレッサたちを守る形で僅かな光を発した後、四枚の障壁が一瞬にして暗灰色に染まったのだ。薄い石板と化して散ってしまった。
辛うじて残った一枚も、ほとんど障壁の役目を果たしていない。例えるならば、豪雨に対する穴だらけの屋根といったところだ。
シャロンの体が所々、暗灰色に染まる。
後ろに控えていたロナとマーヤも同じく、悲鳴に近い声を上げた。
黒馬も抗うように嘶く。その馬上で、ルヴィスが泣き出しそうな顔をしていた。
ヴィレッサだけは無事だが、打つ手がなく―――、
それでも咄嗟に、シャロンが魔術を発動させた。
先程見せた石化を解く魔術だ。青白い光が広がると、どうにか石化の進行は食い止められた。
「ほう……やはりただの修道女ではないな。先程の一撃といい、尋常ならざる魔術の腕を持っている」
「っ……誉められても、嬉しくないわね」
「誉めてなどいない。貴様など、『魔弾』の輝きに比べれば石ころ同然だ」
ランドルは眼帯を下ろす。しかし石化の効力は止まらない。
懸命に抵抗を続けるシャロンへ嘲笑を向けてから、視線を横へずらした。
「さて『魔弾』よ、貴様だけが無事な理由も問い質したいところだが……それよりも、俺の要求は分かっているな?」
「……あたしを、捕まえにきた」
ヴィレッサは完全に表情を消して答える。
ああ、そうだろう。
飼ってやるとか主人だとか、気持ち悪い笑みとともに、男が自らの口で語ったのだ。目的は分かった。
でも、そんなことはどうでもいい。
レミディア国近衛十二騎士。そう名乗ったことからも、ヴィレッサを狙ってくる理由も推し量れる。邪魔だとか、仇討ちだとか、色々あるのだろう。
そんなことも、気に留める価値すら無い。
重要なのは―――あたしの家族に、仲間に、手を出したということ。
コイツは敵だ。生かしておけない。
それだけ分かれば、後の行動は決まっている。
「素直に従えば、他の連中も生かしておいてやろう。石像にはなってもらうがな。抵抗するならば、五体を削り落として―――」
醜く口元を歪めたランドルの言葉を、ヴィレッサはそれ以上許さなかった。
魔導銃を握り、その銃口を頭上へと向ける。
「ディード、投擲形態」
『了解。投擲照準、速度をマスターの思考とリンク。標準弾頭を装填』
掲げられた魔導銃は即座に変形する。腕のように太い銃口と、それに合わせた回転式弾倉を備えた形態だ。見るからに重々しく、素早い戦闘には向かないのは間違いないが、その真価は別のところにある。
ヴィレッサは引き金を弾く。空気が軽く破裂するような音を立てて、数発の魔弾が頭上高くへと連続して打ち上げられた。
ランドルが怪訝に眉を寄せる。その短い間に、魔弾は落下してくる。
赤々とした輝きを放つ魔弾は、ランドルとヴィレッサの間に落ちて―――、
「ぬっ……!」
盛大に炎を吹き上げた。
さながら城壁のように、高く、横にも長い炎がランドルの視界を遮る。触れたら肉まで溶けるほどの熱気が、平原の草を揺らしながら広がっていく。
ランドルに直接的な被害はない。標的への道は塞がれたが、それにしても炎の壁を迂回して行けばよいだけだ。その気になれば、炎すら石化させて砕き散らせる。
不快ではあるが、さしたる障害ではない―――、
その点は、ヴィレッサも承知していた。
だからこの炎の壁は、単純な境界線としての目印でしかない。
あるいは、決意表明だろうか。
「テメエは、ここから先には進ませねえ」
燃え盛る炎の中を、ヴィレッサは平然として足を進めた。
僅かに怯んだようなランドルを見据え、炎を背に、魔導銃を構える。
「きっちりと、確実に、地獄まで叩き落してやるぜ」
碧色の瞳に殺意を滾らせて、ヴィレッサは三日月形の笑みを浮かべた。
次回、本格バトル。
投擲形態の本領発揮も次回からです。




