表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロリータ・ガンバレット ~魔弾幼女の異世界戦記~  作者: すてるすねこ
第2章 幼女、迷子になっても歩き続ける編
42/130

第13話 新たな出発



 骸狂戦士デス・バーサーカーの討伐から数日、ガーゼムの街はひとまずの平穏を取り戻していた。

 大勢の兵士が命を落としたので、弔うだけでも苦労は多かった。遺体が残されていたのはファイラット男爵をはじめ数名のみだが、葬儀は街全体で行われた。

 反乱を起こした近隣の農民たちは、教会に騙されたということで減刑をされた。全員の首を切れば、また新たな混乱を生じるという事情もある。主謀者に近かった者のみを処断して、あとは多少税を重くするのみで解放された。


 街の復興はこれからだろう。領主の後継問題もある。

 本来なら、すぐさま帝都へ報せて、次の領主を決めなくてはいけない。ファイラット家が続くとしても、成人前のエリムが当主として認められるのは難しい。さらには骸狂戦士(デス・バーサーカー)という、尋常ならざる化け物の出現も報告しなくてはいけない。


 そういったややこしい事情に関しては、シャロンが積極的に動いていた。

 転移術を活用して、ヴァイマー伯爵や、帝都にいるゼグード侯爵にも相談している。なにやら難しい顔をして帰ってくる時もあったが、「任せておきなさい」と頼もしげに胸を張っていた。


 だからその言葉を信じて、ヴィレッサはのんびりと過ごさせて貰っている。

 しばらくは領主屋敷の客間で寝泊りさせてもらって、昼間はルヴィスと一緒に本を読んだり、黒馬(メア)と遊んだりして過ごしていた。やや手持ち無沙汰ではあったけれど、久しぶりの穏やかな時間に文句を言うつもりはなかった。

 おやつも美味しかったから。


「これ、大学芋……?」

「ん? 私が作ったんだよ。カルトフ芋の糖蜜揚げ。美味しいでしょ?」


 黄金色の蜜が絡みついた新作おやつを、ルヴィスが口元へ差し出してくる。

 甘い香りに誘われるまま、ヴィレッサはぱくりと齧りついた。

 その途端、口の中に幸せが広がっていった。


「うん。甘くて贅沢」

「そうでしょ。これね、お茶ともよく合うんだよ」


 嬉しそうに頬を緩めたルヴィスは、自分の口にも黄金色の塊を放り込む。

 はむはむと咀嚼して、うっとりと目を細めた。


「キールブルクから少し離れた島でね、トゥービっていう植物を育ててるの。その茎から砂糖が取れるんだよ。ちょっと値段は高いけど、お菓子のレシピとか、砂糖を取り易くする道具の設計図とかと交換してもらったの」

「レシピって、この糖蜜揚げの?」

「うん。あと、お姉ちゃんが作ったコロムクリームも」


 にへらっ、と。

 ちょっと申し訳なさそうに笑いつつ、ルヴィスは尋ねてくる。


「ごめんね。勝手に売っちゃって……ダメだった?」

「ううん。全然」


 ヴィレッサは静かに首を振った。

 元々、ルヴィスやシャロンとも協力して作ったものだ。独り占めするつもりはない。それに、ルヴィスが必要だと思ったからそうしたのだろう。


「でも、契約とかちゃんと出来たの?」

「大丈夫。そこはシャロン先生にも間に入ってもらったの。あと三年は、砂糖なら好きなだけ使えるよ」

「……ルヴィスって、もしかして天才?」


 どんな交渉があったのだろう? 

 相手の商人を泣かしていないだろうか? 

 一抹の不安を覚えたヴィレッサだが、それよりもいまは糖蜜揚げの美味しさの方が大切だった。一口を噛み締めるたびに、また頬が緩んでいく。


「キールブルクって港町だよね? 賑やかなのかな?」

「うん。とっても。色んな物があってね、あと、お魚も美味しいよ」

「ルヴィス、食べ物のことばっかり」

「そ、そんなことないもん! 船とか、えっと、お洒落な服とかも見てるよ!」


 とりとめもない話をして、シャロンが帰ってくるのを待つ。

 そんな時間は、あっという間に過ぎていった。

 二ヶ月余りも離れていたのだ。話すことはいっぱいあった。


「え? じゃあロナさんって狼人(ウルディラ)族なの?」

「うん。犬と間違えると、少しだけ怒る」

「そっか、聞いておいてよかった。猫人(ヌルディラ)族とのハーフでもないんだよね?」

「……あれは、ただの口癖」


 なんとなしに、ヴィレッサはルヴィスの肩に寄り掛かった。

 触れ合う温もりが心地良い。お腹も膨れて、少しだけ眠気も覚えていた。


「キールブルクには、村の皆もいるんだよね?」

「うん。お姉ちゃんが帰ったら、大喜びしてくれるよ」

「そっか……また、お祭りもしたいな」


 睡魔に誘われるまま目蓋を伏せる。

 いつしか静かな吐息が重なって、双子は小さな手を握り合って眠っていた。







 深夜―――、

 領主屋敷の庭を、小さな影がこそこそと動いていた。周囲を窺いながら慎重に足を進めていて、明らかに不審者だと思われる。

 警備を務める兵士の怠慢が疑われるところだが、この場合は責めるのも酷だろう。その影は外からでなく、屋敷の内から出てきたのだから。

 庭の端にある馬小屋に入って、影は可愛らしい声で呟いた。


「こんな夜中に、悪いな」


 ヴィレッサだ。赤狼之加護をしっかりと着込んで、背中には大きな鞄も背負っている。馬小屋の奥へ足を進めると、そこで休んでいた黒馬をそっと撫でた。

 起きてたのか? 黒き悪夢(ナイトメア)なのだから夜行性なのだろうか?

 そんなことも考えつつ、ヴィレッサは小声で語り掛ける。


「ちょっと……とは言えねえな。少し面倒な旅になりそうだけど、付き合ってくれるか?」


 黒馬は一度、不思議そうな眼差しをヴィレッサへ向けた。

 けれどすぐに頷くみたいに嘶いて立ち上がる。伸びをするような動作をしてから、馬首を巡らし、頼もしげに背中へ乗るよう示した。


『マスター、本当によろしいのですか?』


 ヴィレッサが黒馬に跨ろうとしたところで、服の内側から問いが投げられた。

 しかし、何を今更、とヴィレッサは首を振る。


「もう決めたことだ。充分に休ませても貰ったからな」

『ですが、皆様に相談した方がよいとも考えられます』

「いいんだよ。あたしが勝手にやることで、迷惑は掛けたくねえ」


 相談したら、きっとシャロンやルヴィスは止めようとするだろう。

 心配も掛けてしまう。それくらいは、ヴィレッサだって理解している。

 だけど、それでも―――あのおぞましい光景が忘れられない。


骸狂戦士(デス・バーサーカー)だけじゃない。ギガ・アントや、バルツァールでの戦いもそうだ。起こらなくていい、誰も望んでない出来事が多過ぎる」

『だからといって、マスターが解決する必要はないのでは?』

「放っておいたら、もっと大きな事件になる。巻き込まれる人間が増える」


 その時には、また大切な人が犠牲になる―――。

 ウルムス村の惨劇が脳裏に浮かんで、ヴィレッサは顔を顰めた。


「あたしには力がある。過信はしたくねえが、怯えて縮こまってるのは嫌だ」

『……マスターの身を守るのは、私の責務であり、存在意義です』

「なら、これからも頼っていいよな?」

『肯定。この身のすべては、マスターとともに在ります』


 服の上から魔導銃を撫でて、ヴィレッサは顔を上げた。

 今度こそ、と黒馬に乗るために空中へ魔力板を浮かべる。


「みんなのことなら大丈夫だろ。シャロン先生もいるし、手紙も残したし……」

「そういえば、手紙の書き方は教えてなかったわね」


 唐突に、横合いから涼やかな声が投げられた。

 ヴィレッサは硬直する。足を空中に踏み出そうとした姿勢のまま。

 頬を引き攣らせながら首を回すと、その視線の先、馬小屋の入り口にシャロンが立っていた。

 腰に手を当て、胸を張って、一枚の紙切れを掲げている。


「一文だけ、『探さないでください』じゃないわよ。こういうのは手紙じゃなくて書き置きって言うの」

「お姉ちゃん、これは私も酷いと思うよ?」


 ルヴィスもいた。

 シャロンの脇に寄り添って、やれやれと溜め息を吐く。

 どうやらヴィレッサの行動は見抜かれていたらしい。バレないように気を配ったつもりだったが、シャロンやルヴィス相手なら仕方ないとも思う。


 それでも若干の悔しさもあって、じっとりと睨み返してしまう。

 シャロンたちに対してでなく、その後にいた二人に対して。


「あ、あちしは悪くないニャ! ちょっと匂いが違うって言っただけニャ!」

「ちょっ、盾にするんじゃないわよ。私は何も……」


 なにやら醜い争いをしながら、ロナとマーヤがこちらを窺っていた。

 短い間とはいえ、一緒に死線をくぐり、旅をした仲だ。普段と違う気配をロナが察して、マーヤが警戒していた、といったところか。


 ああ、とヴィレッサは口元を綻ばせる。

 そうして黒馬を撫でて小屋へ戻すと、待っている四人へ歩み寄った。


「帝都へ行こうとしたんでしょう?」


 一歩前に出たシャロンが問い掛ける。

 もはや確認に近い口調で、ヴィレッサも素直に頷いた。


「魔導士になったからって、誰も彼もを救えはしないのよ?」

「分かってる……だけど、何もしないでいるのは我慢できないから」


 みんなを幸せに、なんて大それた考えは抱いていない。

 だけどせめて、自分の周りにいる人には笑って暮らしていて欲しい。

 それは子供の純粋な願いか、我が侭か、まだ分からないけれど―――。


「何もしないでいたら、きっと手遅れになる。村の人や、シャロン先生やルヴィスだって……以前みたいに逃げられるとは限らない」

「……そうね。大きな戦いになる前に、その芽を摘むのは悪くないわね」


 だけど、と。

 シャロンはヴィレッサに歩み寄ると、その頭に軽く拳骨を落とした。


「一人で行く必要はないでしょう?」

「そうだよ、お姉ちゃん。あたしだって旅くらいできるんだから」


 二人は頼もしげに笑ってみせるが、ヴィレッサとしては歓迎できない。

 そう言われるとも思ったから、こっそり旅立とうとしたのだ。


「ボス、大丈夫ニャ。あちしらもついてるニャ」

「根拠のないことは言えないけど……まあ、帝都を見ておくのは悪い経験じゃないわよね」


 どうやら五人での旅路にはなるのは決定事項らしい。

 嬉しくもあり、でも素直に喜べず、ヴィレッサは眉根を寄せる。


「だったら、四人は先に転移術で……」


 言い掛けて、口を閉じる。シャロンとルヴィスが物凄い形相で睨んできた。

 こうなってはもう、受け入れるしかない。

 だけど念の為、最後の確認をしておくことにする。


「四人とも、本当にいいの?」


 かなり危険な目に遭う覚悟が必要なんだけど、と。

 それでも返答は、予想通りと言うべきか、まったく迷いのないものだった。


「危険だって言うなら、尚更よ」

「そうだよ! お姉ちゃん、放っておいたら何するか分からないもん!」

「にゃはは。逃げ足なら自信あるニャ」

「もう危ない旅には慣れたわ。感覚が麻痺するくらいには」


 四人の返答を受けて、ヴィレッサは諦め混じりの息を落とした。

 だけど頬は緩んでしまう。目頭も熱くなっていた。

 そうして項垂れた小さな頭に、シャロンはそっと手を乗せてきた。


「とにかく、今日は部屋に戻って休みなさい」

「ん……そうする」

「街の人やエリム様にも挨拶して、支度もして、出発は明後日以降かしらね。もう無理に急ぐ必要もないんだから」


 ヴィレッサは素直に従う。密かに旅装などは揃えておいたが、少々不安が残っていたのも確かだ。準備は万全にしておきたい。

 そういった意味でも、止めて貰えたのは幸運だったかも知れない。

 絶対に反対されると思っていた。なにせ、目的が目的だ。


「でもよかった。これで―――」


 にっこり、と。

 迷いのない、純粋な、晴れ晴れとした笑みを浮かべる。


「心置きなく、皇帝をぶん殴ってやれる」

「「「「え……?」」」」


 ヴィレッサ以外、全員が凍りつく。その表情は一様に語っていた。

 こいつは何を言っているんだ?、と。


「ま、待ちなさい。帝都に行くのは、魔導士になるためじゃないの?」

「うん。皇帝を殴ってから、向こうが謝って頼むなら、なってやるつもり」


「やっぱり放っておけない! お姉ちゃん、どうしてそんなこと考えたの!?」

「だって、今回の騒動とか、だいたい皇帝が原因だから」


「ぼ、ボス、そんなことしたら、逃げ場所も無くなるんじゃないかニャ?」

「帝国の外なら大丈夫だ」


「あの……それはもう、危険というか、自殺の域だと思うけど……」

「まあ、なんとかなるだろ」


 ヴィレッサは胸を張って、自信満々に頷く。

 だけど一拍置いて、首を捻った。どうにも四人の反応がおかしい。深刻な齟齬が発生している気がする。

 自分だって、不安がない訳ではないけれど―――。


「……ヴィレッサ、ここは一度、じっくりと話し合いましょう」

「え? あれ? シャロン先生、顔が怖い……」


 がっしりとフードを掴まれて、ヴィレッサは屋敷内へと連行されていく。

 帝都への出立は、”お話し合い”の分、丸一日ほど延期された。




次回から、帝都へ向けての旅路です。

第二章自体は、もうほんのちょっとだけ続きます。


連日更新は……う~ん、どうなるかなあ、というところ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ